23 死んだかな? 死んだよね? 死んだな!
ごすっ!
「あ痛ぁっ!」
いきなり後ろから叩かれ、私はつんのめった。
思わず『あ痛ぁっ!』とか云っちゃったけど、小突かれた程度にしか感じなかったから、ダメージらしいダメージはない。
びっくりしただけだ。
【黒檀鋼の皮膚】万歳!
というか、殺気とか全然感じなかったよ? どういうこと?
むぅ。
慌てて数歩ほど離れ振り向き、私を叩いたソイツを睨みつけた。
虚ろな目をした痩せぎすな男。さっきメイドさんが蹴り飛ばしていた賊だ。
よく見ると右腕が折れてるな。メイドさんがやったのかな? 凄いな。
あ、そういやメイドさん、ゾンビって云ってたよね。なるほど、見た目は綺麗だから気が付かなかったけれど、こいつ成りたてのゾンビか。
まともな意思なんてないだろうし、だから殺気とかもないのかな?
本能的行動みたいなものだろうし。
うん、実験には丁度いいかな。
対アンデッド用の魔法の効力とかわかんなかったからね。ここで確かめよう。
装備を回復魔法補助装備に切り替えて、まずは――
【神の霊気】!
ゾンビがのそのそと殴りかかってきた。だが私の周囲に球形に展開している光の障壁に触れた途端、バチンッ! と弾かれ、あっさりと倒れてしまった。
おー、思ったよりいい感じ。
さすが対アンデッド用攻防魔法。
ちなみに今の私は、今や世界的に有名になったバトル漫画の主人公の変身状態みたいになっている。もし使った魔法が【雷の霊気】だったら、変身二段階目みたいな感じになるかな。バチバチとスパークするから。
いや、そんなことはどうでもいいんだよ。
とっとと仕留めよう。
【太陽弾】!
対アンデッド用攻撃魔法。お日様の威力を喰らうがいい!
倒れているゾンビに容赦なく数発撃ち込むと、起き上がろうともがいていたのが大人しくなった。
死んだかな? 死んだよね? 死んだな!
いや、ゾンビ相手に死んだもなにもないけどさ。元々死んでるんだから。
よし。……あ、メイドさんと目が合った。
あれ? なんかびっくりした顔で固まってるけど。
あぁ、魔法を使った、か……らって感じじゃないね。あれ?
……私の顔をじっと見てるね。あれ?
あぁっ! フードが外れてる!
そうか、ゾンビに叩かれた時に外れちゃったのか!
慌ててフードを被り直す。
「あ、あの、叩かれたんで、勝手に参戦しますね」
と、とりあえず問題は先送りだ。正直どうにもならないし。
それよりもとっととゾンビを始末しないと。
まずは、この馬車の防衛をしておこう。
あ、御者さんいた。どこに行ったのかと思ったけど、反対側で馬車を護ってたよ。
それじゃ、さっさと対アンデッド用防御結界魔法を掛けよう。
【守護円陣】!
なんとか馬車を囲うくらいに青白い光の輪が出現する。あんまり範囲が広くないからね、この魔法。でもゾンビ避けは十分かな。
そういや魔法の効果時間が微妙にまちまちなんだよね。このあたりの調整に関しては、常盤お兄さんは適当にやってるみたいだ。
多分、私の使用状況からなにかしら調整されるとは思うけど。
いや、ゲームの環境時間と戦闘のリアルタイムでの歪みがあるからね。環境時間は、一時間=四分だったから。
【守護円陣】の効果時間は、ゲームだと確か一分かそこらだったはずだけど、リアルだと五分くらいになっている。
一分は短いようで長い、けれど厳しい。っていう感じの時間だったから、五分もあれば十分以上だ。
騎士さんたちは手練れのようだ。多勢に無勢のこの状態で、ゾンビを押しとどめてる。とはいえ、ゾンビは死なないから、そう簡単に戦闘は終わらない。
おぉぅ、首がなくても普通に動いてるよ。
……うわぁ。
落ちてる首が、目をギョロギョロさせてるよ。
……うひぃ。
リアルで見るとこんな感じか。現実味がなさ過ぎて、少なくとも現状は気持ち悪いとかはないけれど、これ、あとでキツイことになりそう。
私のメンタルはポンコツなのに……夢に見そうだ。
騎士さんたちの対処方法は、ゾンビの手足を斬り落として行動不能にするということのようだ。
容赦なくて怖いよ。
いや、仕方ないんだろうけどさ。
どこぞのゲームの宇宙最強のエンジニアと、そのゲームでのセリフの空耳が頭ん中で騒いでるよ。
Cut them apart!(奴等をバラバラにしろ!)
空耳だと『業の園』って、どんな皮肉だ。
というか、この世界のゾンビはこんな感じか。ゾンビとしては最強クラスじゃないの? 大変だこれ。よく人類は生き残ってるな。
よし、【神の息吹】を使おう。
対アンデッド用の達人級攻撃魔法。アンデッドに打撃を与え、炎上させる広範囲魔法だ。タメ時間が掛かるのが玉に瑕。ちなみに、達人魔法だけど対アンデッド最強魔法じゃなかったりする。
騎士さんたちのちょっと後ろに陣取り、魔法の準備を開始。
……例の変身ポーズはしませんよ。恥ずかしいもの。
軽く両手を広げ、両掌に魔力を充填。
「せーの!」
どかん!
十分に溜めた魔力を足元に叩きつける。
途端、足元を中心に、放射状に青白い光が走る。範囲は十分。集まっていたゾンビはすべて効果範囲に入った。
効果を受けたゾンビは弾かれるように倒れたかと思うと、たちまち青白い炎を全身から吹き出した。そしてこれまでののそのそと動きはなんだったんだというくらい機敏に動き、じたじたと転がったり、ばたばたと走り回ったりしている。
一応、なんらかの行動原理があって、目的に沿って動いている時は鈍いのかな? パニック(?)になると、最近のゾンビ映画みたいに走ってるし。
やがて暴れていたゾンビ共は、淡く光りながら灰となって崩れ落ちた。
うわ、灰になるのか。ゲームだとこんな効果まではなかったはず。
いや、使ったことないんだよ。五作目にはゾンビいなかったし。あ、ドラウグルが一応ゾンビみたいなものか。ゾンビの上位種って感じだったな。
四作目の方? 普通に殴り倒してたよ。
あぁ、騎士さんたち、唖然としてるね。まぁ、いままで苦戦していたゾンビが突然燃え上がってばたばたした挙句、勝手に灰になっちゃったからね。
あ、なんか騎士さんのひとりに見つかって二度見された。
「君は誰だ?」
「通りがかりの者ですよ」
私は答えた。というか、本当に通りすがりだしね。
あ、そうだ。
「少々お尋ねします。ここから人里まで、どのくらいかかるか教えて頂けますか?」
「あ、あぁ。徒歩なら、三日ほどでコロナードに着くだろう」
「三日ですか。ありがとうございます。それでは、私はこれで――」
「リリアナ! なにをしているの! やめなさい!」
「お嬢様、後生です。お慈悲を!」
「ラミロ、手を貸して!」
「死なせてくださいまし!」
後方から聞こえて来た大騒ぎ。
見ると、さっきのメイドさんに、綺麗なドレス姿の女の子がしがみついていた。
うわぁ、なんだか大変なことになってる。っていうか、なにが起きてるのよ。
あ、騎士さんたちが慌てて走って行った。
あぁ、うん。さすがに簡単に取り押さえられたね。短剣も取り上げられた。
とりあえずこの自殺騒ぎについて訊いてみようか。
放って行くと、絶対後悔してぐじぐじ悩むことになるのが目に見えてる。
我ながら難儀な性格だよ。
「あの、どうしました?」
いまだじたばたしているメイドさんの前にしゃがみ、訊ねてみた。
あ、急にピタって止まった。なんで?
っていうか、そのせいで周りの皆さんが私をガン見してるんですけど?
「め、女神様、私はゾンビに噛まれてしまいました」
「私は女神様じゃありませんよ!」
あぁ、これで確定した。やっぱり顔と髪をさらすと問題にしかならないよ。
アンララー様に間違われるのは光栄だけど。
って、ますます皆が見ているんですけど!?
で、怪我って、うわ、腕が抉れてる。もしかして食べられた?
「それで、なんでゾンビに噛まれるのは問題なんです? あ、この薬を飲みなさい。その怪我をまずは治しましょう」
ポシェットから下級回復薬を出してメイドさんに渡す。
お、騎士さんたちも大丈夫だと思ったのか離れたね。
メイドさん……えっと、リリアナさんだっけ? は、暫し小壜をじっと見つめた後、栓を抜いて中身を飲み干した。
直後、リリアナさんの全身を金色の光が包み込むと、じくじくと血がながれていた腕の怪我が変化をし始めた。齧られ抉られた腕の肉が盛り上がり、たちまちの内に修復されていく。
ふむ、下級でもこのくらい傷は完治するのか。怪我の大きさとかも関係するのかな? 今回の怪我は腕の肉を齧り取られただけだからね。
いや、だけって、結構な怪我だよ? なんか麻痺してるね、私。
いましがたバラバラ死体をいくつも見たからかな。……バラバラでも動いてたけど。
怪我としてみたら酷い部類だろうけど、命に関わる程じゃない。ゲームだと減ったHPゲージが回復するだけだからね。
怪我の度合いに対して、薬がどこまで効果があるか分からないのは問題でしかないな。これもどっかで確認しないと下手に売れない。
なにより値段設定もできないし。
というか、そろそろゾンビに噛まれることがどういうことなのか教えてくれないかな? なんとなくは分かるんだけど、推測じゃなくてちゃんとした話を訊きたいんだよ。私が知ってるのは所詮フィクションなんだから。
周りのみんなは、綺麗に傷の消えたリリアナさんの腕を、いまだに見つめている。
全員が全員、顔を強張らせて。
「あのー、ゾンビに噛まれるとどうなるのか、そろそろ教えて欲しいのですが?」
私が訊ねると、再び皆が一斉に私に視線を向けた。
うん。その懐疑的というか、得体の知れないものを見るような目はさすがに堪えるのですが。
「ゾンビに噛まれたり、引っ掻かれた者はゾンビになるんです」
リリアナさんが答えた。
「リリアナ! それは絶対ではないでしょう!」
「ですが……。私は以前、伯父がゾンビになっていくのを見たことがあるんです。徐々に壊れていく伯父が、私は怖くて怖くて仕方ありませんでした。
私はあのようにはなりたくありません。後生ですから死なせてください!」
「生きたままゾンビになるんですか?」
リリアナさんはちょっとまともに会話できそうにないので、隣にいた御者のおじさん……いや、お爺さんかな? に訊ねた。
「その通りです。大体、二日か三日で高熱が出、それが一週間続くのです。その後急激に体温がさがり、その者はゾンビとなるのです。そして高熱のでている一週間の間に、記憶や、知性が失われて行くのです」
痛まし気に御者さんが首を振る。
……ところで、なんで敬語なの?
私の脳内翻訳、おかしくなってないよね?
ま、まぁいいや。
しかしこれ厄介だね。映画とかのタイプだよ。感染して増えるのか。でも、ネットで見た都市伝説創作にあったゾンビ病よりはマシみたいだ。
あれは感染率百パーセント、死亡率百パーセントの最悪な代物だったからね。
となると、ゲームの吸血症と一緒だね。最終段階に入ったら効かないけど、そうでなければ万病薬で治る。……多分。
「これも飲んで」
万病薬を渡して空き壜を回収。
リリアナさんは私と薬壜とを交互に見つめる。
いや、そんな絶望じみた顔をしないでよ。
「私はあなたを死なせるためにあなたを治したわけではありませんよ」
はよ飲め。
リリアナさんは泣きそうな顔で、意を決したように薬を飲んだ。
……なんでそんな覚悟したようになるかな。先に薬一本飲んだじゃないのさ。
解せぬ。
「これで治りましたよ。本当かどうかは、経過を数日みればわかるでしょう」
光の納まったリリアナさんにそれだけ告げると、空き壜を回収して私は立ち上がり踵を返した。
さぁ、人里に向かって出発だー。えーと、コロラドじゃない、コロ……なんだっけ? まぁ、その町だか村へと向かおう。
「あ、お、お待ちください、女神様!」
「いや、だから私は女神様じゃありませんよ!」
お嬢様がいきなり呼び止めてきた。
え、なに? もうなにも問題ないよね? 私、逃げたいんだけど。
「あ、あの、なにか?」
「恩人に対しなんの礼もしないわけにはまいりません。それこそ我がイリアルテ家の名折れ。とはいえ、ここではなんの礼もできません。ですから、是非とも私たちに同行し、イリアルテ家へおいで頂けませんか?」
「いえ、お気になさらず。見過ごすと良心が咎める気がしたので、勝手に首を突っ込んだだけですから」
それに加えて魔法の実験したかっただけだから。
「いえ、そういうわけにもいきません。これは貴族の義務であり、なにより面子、沽券に関わるのです。どうか当家までご同行ください」
「そうは云われましても、そちらの三名、彼と彼と彼は、私に先ほどから悪意を向けていますし。そんな方と共に行動したいとは思いませんよ」
騎士さん三人をひとりひとり指差し私は答えた。
うん。私がとっとと逃げたい理由。さっきから悪意がビシビシ刺さって苛々するんだよね。なんで私を殺したいのかは理由がさっぱりだけど。
「なんだと貴様、我らを侮辱するか!」
三人のうちのひとりが怒鳴った。一番大柄な騎士だ。
いや、本当のことでしょうに、なんで剣に手を掛けるかな。
殺る気満々じゃないのさ。それにこれが侮辱になるの?
あぁ、苛々する。
「私が胡散臭いのは認めましょう。警戒するのも当然でしょう。ですがだからといって悪意、殺意を向けるのは別でしょう。なんです? 指摘しただけで侮辱などと云いがかりを付け、剣に手を掛けるとか。そんなに私を殺したいのですか? あぁ、誤解だの思い込みだのっていう云いがかりは受け付けませんよ。
テスカカカ様のご加護により、その手の物は知覚できますので」
私はその騎士を睨みつけた。
あぁ、気持ち悪い。この感じ、中学の時以来だ。
だいたいやろうと思えば、この状態でも無傷でお前らを皆殺しにだってできるんだよ。殺し合いをしたいのならいくらでも相手をしてやるよ。
言音魔法【幽体化】であらゆる攻撃を無効化した状態で【静穏】。これで【幽体化】は解除されてしまうけど、戦闘状態も解除されている。お前らは私を敵だと認識できないだろうよ。あとは距離を取ってスケさんチーム召喚して、攻撃魔法を撃ちまくればそれで終わる。
っていうか、わざわざ助けたんだから、そんなことしたくはないんだよ。
なんで自分で骨折り損にしなくちゃなんないのよ。
ったく、これだから……。
「やめろ、イワン。どう見ても礼儀を逸しているのは我々だ。だいたい、ゾンビ共を始末したのはこのお嬢さんだぞ」
「隊長! ゾンビの二十や三十、我々だけで殲滅できます!」
「ほう、一体抜かれたのにか? そのせいでリリアナが殺されかけ、リスリ様まで危険にさらしたというのにか? イワン、貴様、どこまで恥知らずなんだ?」
おぉ、あの二度見してた騎士さん、隊長さんだったのか。
うーん、なんか、随分と強かそうな感じがするなぁ。
「女神様、部下が無礼を働き、申し訳もございません。どうか平にご容赦を」
隊長さんはいきなり跪くや、そんなことを云いだした。
慌てて私もその場にしゃがみ込む。少なくとも頭の位置は同じにせねば。
「跪くとかやめてくださいよ。私はそこらに転がってる、魔法が使えるだけの小娘ですよ。断じて女神様ではありません。というか、さっきの見てました?」
「金色の光を纏い、光の球でゾンビを倒す姿をしかと。それに魔法を使えるという時点で、あなたはそこらに転がってる小娘などではありませんよ」
そういって隊長さんはニヤリと笑った。
はぁ。いや、見られても良かったんだけど、ここまで大げさになるのか。
これどうしたものかな。もう後先考えずに魔法バラまいた方が楽かな。
いや、なんとか、面倒事にならないように広める方法を考えよう。
はぁ。
私はため息をついた。
これ、同行しなきゃダメそうだなぁ。
断っても私の速度に合わせて移動しそうだしなぁ。
この三人と一緒なんて願い下げなんだけど。
はぁ~。
私はもう一度大きくため息をついた。
仕方ない。ひとまずは諦めよう。
姿を眩ますのはいつでもできる。
「わかりましたよ。同行しましょう」
仕方がないので、私は折れた。
まったく、面倒なことになりそうだ。
いや、私が気にしていなければいいんだけどさ。あそこまで敵意を持たれて、警戒しないなんてできるかい!
あぁ、気が重い。
かくして、私は今後の数日間の不自由さを考え、泣きたくなったのです。