229 トロール、買いませんか?
こっちにはスタートゲートなんてものはない。作ろうと思えば作れるのかもしれないけれど、現状、そこまでやらなくてもいいだろう。
そしてスターターのおじさんが手にしているのは、もちろんスターターピストルなんかではない。旗である。
いや、スターターピストルなんかがあったとして、使ったら馬が驚いてレースどころじゃなくなるか。
各馬はすでにスタート位置についている。
おじさんが旗を振り上げ、一気に振り下ろした。
レーススタート。
七頭のバイコーンたちは団子状態で最初のコーナーへと入っていく。
このコースは約二千メートル。えーっと、中距離コースかな? 近く、コースの内側にコーナーを設けて、短距離コースもつくる予定だそうだ。
さて、各馬はコーナーを抜け、進み、いまはバックストレートへと入っている。
ここまでにくると馬群は伸び、ほぼ一列に並んでいる状態だ。先頭はダリオ様。その後をバレリオ様、アンラとディルガエアの騎士、そしてその後ろにナナイさんと続いている。
「バックストレートにも観客席をつくるのですか?」
レースを目で追いながら、王妃殿下たちに訊ねた。
「そうねぇ。この分だと作ったほうがよさそうね。でも、こっちみたいに大掛かりなものでなくてもいいかしらね」
「事故も怖いですからね。斜めに、数段高くする程度でいいと思いますよ」
バイコーンたちはバックストレートを駆け抜けていく。だがその差は顕著に開いて行った。
最後方にいたアンラとディルガエアの二頭は完全に脱落。トップグループにいた二頭も半ば失速し、ナナイさんに順位を譲っていた。
バックストレートを抜けるころには、一位と二位は変わらず、そして三位へとナナイさんが順位を上げた。
これはペースを上げたわけではなく、トップにいたアンラとディルガエアの二頭が失速した結果だ。
これはあれだ、完全に調教の差がでているとみていいかな? ほんの二ヵ月程度の差だけれど、それでもその差が大きいと云うことだろう。
そして最後のストレート。
バレリオ様がダリオ様を差してトップに躍り出る。
そして追い上げて来たナナイさんがダリオ様を抜き去り、そして――
ゴール!
あー、届かなかったかー。
順位は、一位、バレリオ様、二位、ナナイさん、三位、ダリオ様となった。
そうだ、いま思い出したけれど、このゴールの判定を行う方法をどうにかしないといけないね。いわゆる写真判定。
肉眼だと限界があるだろうし。帝国でダンジョンから見つかってる魔道具の中で、そういうのないかな?
そういえば、リスリお嬢様が未確認の魔道具を集めるとかなんとかいってたよね。映画にいたく興味を持ったみたいだし。
今晩にでも訊いてみよう。
あ、いつのまにか立ち上がってたよ。見ると、女王陛下も、王妃殿下も立ち上がってた。
これまでの四レースと比べて、レースがかなり速かった。やはり種の差が大きいということだろう。
「キッカちゃん。このレースの結果はどう見るかしら?」
「調教の度合いの差じゃないですかね。私とイリアルテ家の三頭は、昨年十三月に連れてきたものですから。僅か二ヵ月程度ですけれど、訓練をしたか否かの差ではないでしょうか」
実際、そんなところじゃないかなぁ。そこまで個体差はないと思うんだよね。野生ではなく、ダンジョンで生み出されているものだし。ある程度、身体能力は均されていると思うんだよ。
まぁ、ダンジョンからでると、食欲だのなんだのの生存本能がアンロックされるそうだけれど。そこからは大分個性が育つんじゃないかな。
ちなみに、バイコーンたちはリンゴと白菜が好きだ。白菜、本当に人気だな。なにか、麻薬的な成分でも入っているんじゃないかと思えるくらいだ。
「馬との能力差が大きいわね」
「バイコーンはバイコーンのみで競技をしたほうがいいわね」
「馬との繁殖はできるのかしら?」
うん。いろいろとまた企画のお話が始まったね。このあとは、また国王陛下が挨拶をして、本日の競馬大会は終了となる。
そのあとは王宮にもどって簡単なパーティを行うそうだ。
……私もでなくちゃいけないのかな? いけなさそうだなぁ。またゴスロリ人形みたいな感じで、隅っこに収まっていよう。
★ ☆ ★
王宮に戻ってきました。
ゴスロリドレスに着替えて来ましたよ。きちんと勲章も着けてありますとも。
私は大人しく、ひっそりとしていようと決めました。
パーティ会場には料理がたくさん並んでいますよ。歓談がメインのパーティなので、晩餐会スタイルではなく、立食形式のパーティです。私はというと、できうるかぎり他の人と接触しないようにコソコソしつつ、料理を頂いています。
……いや、なにをやっているんだろうね、私。別に悪いことをしているわけじゃないんだけれど、大抵、こういう場だとロクなことにならないんだよ。
リスリお嬢様やアレクサンドラ様と一緒に居ればなんとかなるんだろうけれど、ふたり共いまは挨拶回りにいっているからね。
料理を食べるために、今回はフルフェイスの仮面ではなく、半面の仮面を被っていますよ。ヴェネツィアンマスクみたいなやつ。あぁ、ヴェネツィアンマスクといっても、毛羽毛羽が付いているような奴じゃないよ。いわゆるバタフライマスクみたいなものは作ってないからね。
ただでさえ仮面は目立つというのに、あんな目立つもん被れるか。というか、さすがに恥ずかしいわ!
さて料理ですが、パテが美味しい。
パテなんて数えるほどしか食べたことないけど。これはかなり美味しい。
焼くだけじゃなくて、こういうのもあったんだね。というか、これ、下拵えが大変そうだ。イリアルテ家で使っているミンサーがあるわけでもないだろうし、人力でやったんだよね、これ。
宮廷料理人の意地かな?
柑橘系のソースが掛かっていて実に絶妙ですよ。
今度、私も作ってみよう。一応、作り方は知ってるからね。パウンドケーキの型もあるし。
というかこのパテ、なんのお肉なんだろ? ……ちょっとインベントリにいれて確認してみよう。
鵞鳥とな!? 鵞鳥なんて初めて食べたよ。……多分。こっちに来てからたまに屋台で買い食いとかしているから、その時に食べてるかもしれない。
って、レバーか。……え? フォアグラ? いや、さすがに土に埋めて過食させるなんてことは、こっちじゃやってないだろう。というかフォアグラなら、こんなことしないで焼くか。
多分、普通のレバーを磨り潰して作ったのかな? 裏ごしとか、こっちの料理技術であるのかな? まぁ、それはナタンさんにでも訊いてみればいいかな。
それじゃ、次はあっちの骨付き肉を――
「おぉ、こちらに居られましたか。捜しましたぞ」
うわ、誰!? って、あっ、UMA伯爵!
「これは失礼を、神子殿。私、アーロン・ナバスクエスと申す。どうぞ見知り置きを」
「これはありがとうございます。キッカ・ミヤマと申します」
おぉ、しっかりとした御仁だ。競馬場ではしゃいでた人と同一人物とは思えないよ。何気に、胸に視線が釘付けになっていないのもポイントが高い。いや、最初にチラッと見られたけれど、これは仕方ないからね。
……いや、背丈とのバランスが悪いからね。いわゆる、驚かれる、というような意味合いで見られるんだよ。で、男性の場合、そのままガン見されたりするから。
「それで伯爵様、どのようなご用件でしょう?」
「あぁ、先ずはお礼を。あの素晴らしい馬を捕獲したのは、あなただと聞いた。おかげで今日、私は良いものを見ることができた。あぁ、実に美しい馬であった」
お、おぅ。
そうそう。馬だけれど、こっちの馬はどちらかと少しばかりずんぐりしてる。かなり力強い感じの馬だ。ばん馬に近いかな。あそこまでおっきくはないけれど。
一方、バイコーンはサラブレッド寄りのスタイルだ。
二頭を並べるとサイズ的には、ほぼ一緒だけれど、バイコーンの方が足が細く、体も引き締まっているように見える。さらには角が、なんというかね、恰好良いからね。巻いたりはしていないんだけれど、山羊みたいな角が反るように生えているんだよ。
騎馬戦闘の時には、ちょっと邪魔かもしれないけれど。牝馬だったら角が短いから、気にならないかな。
「ところで、アレはどこで捕獲したのだろうか?」
「やはり気になりますか?」
「できれば、私も手に入れたい」
「あれ、ダンジョン産なんですよ。魔物の一種です」
「なんと!」
まぁ、見た目は角が生えてるだけの馬だからね。草食だし。白菜大好きだし。
「となると、組合に依頼をだすか……」
「近く、また私が捕獲に行かなくてはならなくなったので、よろしければ捕まえてきましょうか? 二頭くらいなら大丈夫ですけれど」
「あー……私としてはありがたいのだが、良いのかね?」
「問題ありませんよ」
私は答えた。
「ならばお願いしよう。依頼料は――」
「あぁ、そうだ。組合を通しての指名依頼をしてください。その方がトラブルにならないと思いますので」
多分、次に行くときには【バンビーナ】がそれなりに賑わってる可能性があるからね。バイコーンを連れて出て来た時に、絡まれそうな予感がするよ。バイコーンを寄越せって。正規の依頼にしておけば、問題なく断れるだろうからね。
生け捕りにした魔物とあれば、寄越せと云うやつは絶対いるだろうし。
あ、そうだ。インベントリの中の邪魔者を押し付けられないかな?
不意にあることを思いついて、私は伯爵に話を持ちかけた。
「ところで伯爵様。王家がボスのトロールを買い取ったことはご存知ですか?」
「あぁ、聞いている。骨格標本を公開するとのことだから、楽しみにしているのだ」
「伯爵様。トロール、買いませんか? ボスではありませんが」
そういったところ、伯爵様が目を剥いた。
「王家にボスのトロールを売却したのは私なんですよ。途中で普通のトロールも倒しましたからね。なので、討伐したトロールがあります。傷はほとんどありませんよ」
「おぉ、是非に」
「どこに持って行けばいいでしょう? 身の丈五メートルの巨人ですけれど」
「私の屋敷で問題ない。ところで、運搬方法はどうするのかね?」
「あぁ、沢山はいる鞄を手に入れたので、そこにいれてあるんです」
「【底なしの鞄】か。私もひとつ持っているよ。なるほど、それならそうそう腐る心配もないな」
あれ? 『底なし』? 私のは『底抜け』なんだけれど。二種類あるってことかな? どう違うんだろ? まぁ、気にはなるけど、さほど変わりはしないかな。
「では……そうだな、明後日にでもお願いしよう」
ということで、明後日はナバスクエス伯爵邸へとお邪魔することに。ちゃんとお屋敷の場所も教えてもらった。これでインベントリの肥やしが減るよ。
話も終わり、ナバスクエス伯爵はご機嫌な様子で歩いて行った。他の貴族様のところを回るんだろうけれど、大丈夫かな?
それにしても、本当に珍しい魔物が好きなんだね。蒐集家なのか、それとも研究家なのか、どっちだろう?
まぁ、それは置いておいて、食事を再開しよう。
そして私は、目を付けていた骨付き肉(多分、スペアリブ)を取りに向かったのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※アンラの謝罪の件。すっかり書き忘れていました。近く修正します。実は謝罪の件だけでなく、ロクサーヌのこともすっかり忘れていました。