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227 痛いどころじゃないよ


 二月の一日となりました。本日は競馬の……プレレース? 貴族のみなさんや豪商の方々を招いての競馬ですよ。


 スポンサーや参加者の獲得も目的なのかな?


 あ、私はもう、単なる見学者なので気楽なものですよ。




 さて、昨日と一昨日にあったことを。


 カニクリームコロッケ。料理長さんにお届けしましたが、やっぱり不安なので私が揚げましたよ。ついでに、カニクリームコロッケだけじゃ寂しかろうと、グラタンコロッケも提供しました。


 作るだけ作って帰ったので、どんな反応だったのかは不明。女王陛下にご満足いただけたのならいいんだけれど。


 でだ。相変わらず私の不運はお仕事をしてくれるようで、カニクリームコロッケを料理長さんにお届けする前にトラブルがひとつ。


 ……余裕をみて早く行ってよかったよ。あれ? 云われた通り、夕方に行っていれば面倒事には遭遇しなかったのかな?


 まぁ、過ぎたことだから、もうどうにもならないか。


 なにがあったかというと、またしても決闘騒ぎみたいなことになりまして。


「あなたが弓を使えるはずがないわ!」


 と、指を差されて罵倒されたよ。


 一体なにごとかと思ったよ。


 発端は私が献上……じゃなかった、売ったボストロール。あれは頭に矢を撃ち込んで仕留めたわけだけれど、目の前で騒いでいる黒服の少女は、それが納得いかないらしい。


 弓で倒せるわけがない、というわけではなく、私が弓を使えるはずがない。ということで。


「そんな無駄なおっぱいをしてて、まともに弓を引けるわけがないわ! ……ちくしょう!」


 ……最後のちくしょうは聞かなかったことにしよう。なんだか懐かしいものを感じるけれど。まぁ、こうやって昔を思い出せるのも、余裕ができたってことなのかな。


 そういえば大木さんが、私のことを『病んでる』って云ってたけど、うん、今にして思うと、日本にいた時は確かにそうだと思うよ。ここにきて自覚したよ。


 それにしても、こっちに来てから、はじめて同性に胸の事で罵倒されたよ。日本にいたときはそれなりにあったけれどね。あと妬み嫉み。


 やいのやいのと騒ぐ少女をどうしたものかと眺めていると、同じく黒づくめの中年男性が音もなくやってきて、すこんと少女の頭を叩いた。


「お前はなにをやっとるんだ!」

「あいたぁっ!」


 男性は少女にひととことそう云うと、私に対し頭を下げた。


「部下の非礼を謹んでお詫びいたします。神子様。どうかお赦しを」

「団長! こんなペテン師に頭を――」

「――あ?」

「ひぅ!」


 おぉ、怖い怖い。


 団長さんのひと睨みで、少女は竦み上がった。


「申し遅れました。私、黒羊騎士団団長をしております、パクスアル・エスパルサと申します。見知り置きを」


 黒羊騎士団団長、そしてエスパルサ! ということは、この御仁がサロモン様の息子さん。アレクサンドラ様のパパさんか。

 確か、黒羊騎士って、いわゆる諜報だったよね。口に気を付けねば。


「はじめまして。キッカ・ミヤマと申します。サロモン様にはお世話になっております」


 私も挨拶をし、一礼する。


「じゃ、練兵場にいきましょうか。『百聞は一見に如かず』といいますしね。私の弓の腕前を判断してくださいな」


 もう面倒だから、実際に実演して、とっとと厨房に行こう。その方が私も余計なことを喋らないだろうし。何より見てもらうのが一番手っ取り早い。


 私はふたりと一緒にまたしても練兵場へ。ベヘモスとトロールはまだ残ってたよ。ベヘモスは解体がほぼ終了していたけれど、トロールは解体が始まったばかりかな? 皮が剥がれて、筋組織丸出し状態の姿はなかなかグロいね。頭はそのままだけれど。解体作業はいまも続行中だ。


 解体作業の方々の脇を通り抜け、練兵場の端、弓の訓練場にまで進み、私は弓と矢を借りた。


 弓を持ち、軽く弦を引いて確かめる。……なんだろう、玩具みたいに感じるんだけれど。まぁ、いっか。


 定位置に立ち、私は弓を横に寝かせて、矢を的に向けて射る。もともと、隠密状態で、しゃがんで射つには弓は寝かせないとダメだったんだよ。地面が邪魔で立てて構えられないからね。

 それに慣れちゃったから、立ち姿勢でも寝かせて射つようになっちゃったのさ。


 弓を寝かせて射つというのは、きっと邪道の類だろう。でも動画サイトで見たことがあるんだよね。曲射ちの類だけれど。一度に矢を三本……だったかな? を射て、三つ的に当てるって云う動画。それを実現していた射手さんは、弓を寝かせて射っていたんだよ。

 他にも速射の動画。こっちは女性の射手だったけれど、凄い連射で目を丸くして見てたよ。


 一度、速射の方を真似てみたけれど、私には無理だった。あれは手先の器用さに加えて、センスが必要だね。

 それと三本同時射ちは、そもそもの時点で無理だった。私の手じゃ矢を三本持てません。あの動画のおじさんはどうやって三本持ってたんだろ?


 あぁ、そうそう。普通に正しい姿勢で射たこともあったよ。……射た際に、弦が胸に当たって酷いことになったけれど。あまりの痛みに声もでなかったよ。というか、脇からバチンと胸を叩かれるなんて初めての経験だったからね。痛いどころじゃないよ。そんなこともあったから、寝かし射ちが基本になったんだけれど。


 さて彼女だけれど、私の射た結果に、目と口をまん丸に開けて的をみていたよ。


 回中っていうんだっけ? 的の中心に三射……四射? 連続して当てるの。弓に関しては腕は十二分に上がっているからね。ドーピング無しでも訓練用のこの距離くらいなら、問題なく真ん中に当てられるよ。


 五射してすべてど真ん中を射抜いたよ。


 でもこの練習用の弓、使ってみて思った感想は『威力低!』ってこと。合成弓(コンポッジドボウ)でもない、ただの木の弓だとこんなもんなんだね。なんだかやたらと、ぐにょんぐにょんしてるように感じたけれど。


 ま、それでもしっかりと結果をだせて満足だよ。これで、嘘偽りなく私が弓を主体にしているというのを分かってもらえるだろう。


「はい。弓をお返ししますね。これで私がなにもたばかっていないと証明できたと思います。では、私は仕事がありますので、これで失礼しますね」


 私は驚いているふたりに弓と矢を返し、そそくさとその場を離れようとしたところ――


「さ、先ほどは大変失礼を致しました。申し訳ございません」


 私の前に駆け込んできた少女が頭を下げた。


 あぁ、きちんと謝れるんだね。あんな調子だったから、覚えてろよーっ! 的な感じになるかなと思ってたんだけれど。


「弟子にしてください!」

「え、ヤダ」


 ちょっ!? いきなり変なことを云うから、素で答えちゃったよ。びっくりした。なによ、弟子って。というか、なんで!?


「そんな! どんなことでもやりますから! どうか弟子に!」

「いや、私は完全に自己流で、変な癖のついた射方をしているから、教えるなんてできませんよ」

「マヌエラ、神子様を困らせるな」

「痛い痛い痛い団長痛い」


 少女、マヌエラさんがパクスアル団長に頭を掴まれて抑え込まれている間に、私は練兵場を離れて厨房へと向かったよ。


 自己の向上に貪欲な人は好感が持てるけれど、私を相手にやらないで欲しいよ。



 これが一昨日の出来事。



 そして昨日は、組合へと行って、ダンジョンの情報を報告してきたよ。例の残念な組合長はさっそく更迭されて、暫定ながら別の副組合長が組合長として取り仕切ってた。

 聞いたところによると、組合員の訓練やらを担当している、完全に体育会系の脳筋な人とのことだ。


 で、報告は私担当になっているラモナさんにしたんだけれど、凄い笑顔だったよ。


 どれだけ嫌だったんですか? その無能組合長のこと。あぁ、いや、無駄な仕事を生み出し続ける奴を好きになるわけがないか。


 【菊花の奥義書】を使って魔物の説明をしつつ、ダンジョン内の様子を報告。途中で、なにかしらサンプルとなるような物品はないかと云われたので、あのでかい雌鶏の羽根を渡してきたよ。

 羽根といっても、体高七メートルもの鶏の羽根だからね。羽根ひとつでも、私の腕くらいの長さがあるんだよ。


 鞄から出して渡したら、ラモナさん、目を丸くしてたけれど。


 あと、浅層部分は、外部から入り込んだ魔物がコロニーを作っている場合があるとも報告しておいた。ゴブリンの集落を見つけたので、征伐しておいたとも。


 これについては、無茶はしないでくださいと怒られたよ。私の場合は、敵の数が多いほど有利になるんだけれど、普通はそうじゃないからね。

 眩惑魔法で同士討ちをさせることを主戦術とすると、一対一よりも一対多のほうが楽だからね。


 消耗しきった生き残りを狩るのは簡単ですよ。


 報告後はダンジョンの名前を決めることになった。


 私は頑張れたと思うよ。【キッカ】と名付けられることを阻止できたからね。慣例では、発見者のファーストネームが付けられるんだよ。

 さすがに私の名前を冠するなんて嫌ですからね。ダンジョンで命を落とした人の関係者に恨まれそうで。


 なので、頑張って変えてもらいましたよ。名前を使うところは変更できなかったので、【ミヤマ】で登録してもらったよ。

 ファミリーネームはそうそう名乗ることはないから、多少はマシだろう。


 あ、そうそう。この報告の時には、バレリオ様とアキレス王太子殿下が同席していたよ。王太子殿下が同席していたのは、ダンジョンの位置確認部隊が王太子殿下の指揮下にはいることになっているからだ。副官の人とメモを取りながら私の報告を聞いていたよ。


 確認部隊の取りまとめ役と聞いて、丁度いいとばかりに指輪をひとつ貸与してきたよ。


 【生命探知の指環】。半径五十メートル範囲の生物を知覚できるようになる指輪だ。

 友好、中立の生物は青色。敵性生物は赤色のシルエットで見えるようになるモノだ。


 これがあれば、魔の森を行軍するのに、危険を回避できるようになるだろうからね。実際、私はそれで半ば蛇行しながら進んで、大木さんの家にまで一切の戦闘もせずに辿り着いたからね。


 有用性は実践済みの代物ですよ。


 貸与なのは、これは悪用しやすいから。泥棒さんの手に渡ったら、面倒なことになると思う。捕らえるのが難しくなると思うよ。


 それ以前に、贈り物をしすぎって感じにもなるからだけど。


 個人的にはお中元とお歳暮感覚なんだけれどね。そういった意味だと、日本は贈り物を定期的に行う文化があるってことか。よその国だとお中元やお歳暮みたいな文化はないみたいだしね。


 こんな感じで、昨日と一昨日は微妙に忙しかったよ。ちょっと買い物に行ってみたかったんだけれど……まぁ、それは後日、暇を見て行こうと思うよ。




 そしてやっと、王都に来た本来の行事ですよ。


 場所は王都の南へ十キロくらいの場所。そこに簡素ながらも競馬場ができていました。まぁ、日本にあるみたいな観客席はないけれど。それでも一応は、二階建てくらいの高さの観客席は作られていたよ。


 コースはダートコース。芝のコースも現在作っているとのこと、いや、出来ているみたいなんだけれど、芝がきちんと生えそろうのを待っている状態だそうだ。


 私はと云うと、観客席で王妃殿下と女王陛下の間に挟まれる場所に座っている。いまは王妃殿下だけで、女王陛下は開会の挨拶のために席を外しているけれど。


 ……よくわからないけれど、女王陛下にも気に入られたみたいなんだよ。なんでだろう、私を嫌う人にしろ好く人にしろ、かなり極端なように感じるんだけれど。


 利用価値云々じゃないっていうのがわかるんだよ、加護のおかげで。多分、どちらかというと、猫可愛がり的な方向で気に入られてる? ペットか? 私は。いや、あれだ、ふれあい動物園とかにいるモルモットみたいなものか。


 とはいえ微妙な壁があるのは、私が神子ということになっているからだろう。


 あ、料理長さん。怒られて減俸になったそうだよ。私が作ったことを黙ってコロッケを出したみたい。

 カニコロはともかく、グラコロが原因で露見した模様。


 グラタンコロッケに関して王妃殿下が質問したところ、料理長、答えられなかったそうな。

 これは料理長のミスだから、私は知らないよ。私は追加で違うコロッケも入れておくと、ちゃんと宣言したからね。それについてきちんと確認しなかった料理長が悪い。料理長、しっかり試食はしてたんだし。


 腕はいいんだけれどなぁ。なんで他がこんなに残念なんだろ。顔怖いし。


 まぁ、グラコロは、カニの入っていないカニクリームコロッケといってもいいかも知れないし(暴論)。一緒だと思ったのかもしれないね。


 それにこれに関しては、マリサさん(王妃殿下付きの侍女)が、私が作っていることを知っていたから、料理長が正直に云うかどうかを試したのかもしれない。



 いや、お茶の準備にきたマリサさんに会ったから、せっかくだからとお茶菓子を渡したんだよ。

 作ろう作ろうと思って、先延ばしにしていたクロスタータを作ったから(作ったのはサンレアンを発つ前)、それを丸ごとひとつ。ジャムを三種つかった三色のクロスタータで、結構な自信作だ。お茶菓子としては申し分ないだろう。


 あとついでに試作のバナナプリン。これはマリサさんたちへの差し入れとして渡したよ。全部で十個。もし王妃殿下たちに出したとしても、これだけあれば足りるだろう。


 感想を聞きたいところだけれど、私からそれを訊くのもあれだしね。少なくともエメリナ様のお店で売っている物と遜色ない出来だったから、酷評はされないとは思う。


 あ、国王陛下と女王陛下がでてきた。


 競馬場に設えられた、壇上に国王陛下と女王陛下が立つ。そばには侍女さんと、もちろん警護の近衛も控えている。


 企画主導の王妃殿下ではなく、国王陛下が挨拶に出張っているのは、いわゆる格の関係。女王と王妃だと、王妃は格下になるからね。


 今回の場合だと、女王陛下を王妃と同格とするのか! などという侮辱的な意味に捉えられ兼ねないから、国王陛下が代表として挨拶に出ているわけだ。


 まずは国王陛下が一歩前に出て、開催の挨拶を述べ始める。




 こうして、競馬事業周知の為の、先行レースが開催されたのです。


感想、誤字報告ありがとうございます。


※キッカはブラコンをこじらせたヤンデレでした。もっとも、足の後遺症のせいで活動的ではありませんでしたが。もっとも、兄の方も重度のシスコンでしたので、悲惨なことにはなりませんでしがけれど。

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