226 女王陛下のリクエスト
おはようございます。一月の二十六日となりました。
昨日はいろいろとてんやわんやでしたよ。……原因は私だけれど。
二体の魔物は査定の後、適切な金額が支払われることになりました。トロールはともかくも、ベヘモスは未発見の魔獣だった模様。
ベヘモスはダンジョンから溢れ出なかったみたいだ。トロールは二百年前の記録に残っていた模様。ディルルルナ様が打ち倒した内の一体がそうらしい。多分、雑魚のほうのトロールだろう。ボスはボス部屋から動けない仕様らしいから。
そうそう、ボストロールだけれど、骨格標本にして飾るそうだよ。あのでっかい棍棒と一緒に。博物館なんかも、そのうち建設されそうだ。
さて、私ですが、本日も王宮へと足を運んでいます。
昨日があんな有様になってしまったので、改めて競馬事業関連のことで呼ばれましたよ。
あんまり役に立たないと思うんだけれどなぁ。
今日はひとりで王宮にまで来たんだけれど(侯爵様方は、ダンジョンを確認をするための部隊編成やらなんやらで忙しい模様。あ、この機に組合王都支部の組合長はクビになるみたいだ。イリアルテ家の強権で)、話がきちんと通っているのか、顔パスで入れたよ。
思わず心配になって、門衛の兵士さんに確認しちゃったよ。
そして半ば勝手知ったる感じで、昨日の会議室へと向かっていたんだけれど、――途中で捕まりました。
「どうか、頼まれてくれないだろうか。もちろん、報酬もだす」
そういって私に頭を下げているのは、宮廷料理人のいかついおじさんだ。料理長さんだったかな?
昨年八月に、ロールケーキを持って挨拶に行って以来、接触はなかったんだけれど、私の事は覚えていたらしい。
……いや、覚えてるか。こんな仮面付けてウロウロしてる小娘なんて、私ぐらいだし。でも今日はメイド服じゃなくて黒ワンピなんだけれどなぁ。
「えーっと、私が作るのは問題になったりしませんか?」
「そんな些細なことはどうにでもなる。これは、しくじるわけにはいかないんだ!」
そんな、集中線が幻視できそうな勢いで、くわっ! と目を見開かないでくださいよ。料理長さん、ただでさえ顔が怖いんだから。
食事関連のことだけに、部外者がそれに関わるのは問題だと思うんだけれど。王宮内のことだし。
八月は国王陛下の依頼という形で、イリアルテ家が引き受けただけだからね。あれは特殊な事例だよ。
ん? 冒険者食堂で王様に料理を出しただろうって? あれは食堂に王様がご飯を食べに来ただけだよ。王宮とはまた別でしょう?
いや、なにが起こっているのかと云うと、カニクリームコロッケ。それを近く出さなくてはならなくなったそうだ。
曰く、モルガーナ女王陛下のリクエストだそうな。
アンラではいまだに出回っていないらしい。ミストラル商会経由で食堂経営が行われるはずだったけれど、現状、いろいろと妨害があっていまだ開店できていないんだよね。
まぁ、ディルガエアの方が成功しているから、慌ててやらなくてもいいだろうと、後回しにしているんだよ。店舗を開くにしても、肝心の人員がいないとね。誰でもいいってわけじゃないし。
で、ディルガエアの冒険者食堂は、既に全国展開しているわけで、カニクリームコロッケが看板料理になっているわけですよ。
そしてその評判はモルガーナ女王陛下の耳にも入っているわけで。
いくらお忍びと云えども、女王陛下が庶民の食堂みたいになっている冒険者食堂に足を運ぶわけにもいかず、というか、行かせてもらえず、いまだ食することができていない。
ということで、ここで妹であるオクタビア王妃殿下に話したところ、料理長さんにリクエストが来たと。
……問題は、レシピは公開されていないんだよね。なので、現状はイリアルテ家傘下の食堂でしか、カニクリームコロッケは提供されていない。
というか、よくレシピが漏洩していないな。そっちが不思議だよ。それにいまだにレシピを盗まれていないというのもびっくりだ。
そう、料理長さん、カニクリームコロッケを作れないんだよ。模倣しようとはしたみたいけれど、上手く行かないらしい。
そういうことで、イリアルテ家の料理人兼メイドと思われている私がウロウロしているのを見つけて、藁をも掴む思いで捕まえたとのこと。
カニクリームコロッケか……。前に作った、あとは揚げるだけの状態の奴が、いくらかインベントリにはあるんだけれど、これを提供しちゃおうかな。
ん? なんで揚げる前の状態なのかって?
揚げ物は揚げたてが一番じゃないのさ! 揚げたてをインベントリに入れておいてもいいのかもしれないけれど、気分的にそれは揚げたてにならないんだよ。
そんなわけで、作る時には数食分大量に作るから、インベントリにストックされているんだけれど……。
「えーっと、作ることは吝かではないのですが、その調理工程を見せる訳にはいきませんよ」
「ダメか?」
「イリアルテ家にレシピを販売した以上、勝手にそれを公開するわけにはいきませんからね。揚げるばかりになったものを、こちらに持って来ることはできますけれど、それで構いませんか?」
「問題ない。それでよろしく頼む」
……えええ。大丈夫なの? 料理長の立場とか面子とかあるんじゃないのかな? 八月の時は睨まれたんだけれど。
「では、明日で構いませんか? 今日は用事があって王宮にきていますので」
「あぁ、問題ない。恩に着る」
「では、明日また来ますね。時間は何時ごろがいいでしょう?」
「そうだな。少しばかり遅い時間になるが、夕刻で頼めるか?」
「分かりました。では、そうですね、五時ごろに届けに来ますよ。揚げるのは大丈夫ですよね?」
「……練習用に、ひとつふたつ多めに持ってきてもらえると助かる」
……なんだろう。そこはかとない不安を感じる。私が揚げた方がいいんじゃないかな? いや、さすがに全部私がやるわけにはいかないか。
「分かりました。では、また明日」
うーむ。それにしても、モルガーナ女王陛下がカニクリームコロッケを所望なさるとは。普通のコロッケも出回っているんだけれどなぁ。なぜか人気はカニクリームコロッケの方が上なんだよね。
そうそう、冒険者食堂では、普通のポテトコロッケを伝授したところ、他にもコロッケができたよ。というか、ジャガイモがまだ流通していないから、他の素材で……ってなっただけだけれど。とりあえず、メニューにチーズ入りの豆コロッケとカボチャコロッケが追加されてたよ。
まぁ、コロッケはアイデアさえあれば、いくらでもバリエーションが造れそうだしね。
生食用じゃないバナナを使ってコロッケを作ってもよさそうだね。火を入れるのが必須のバナナって、お芋みたいだって聞いたことがあるし。
とはいえ、それを育てるのには二の足を踏むけれど。いや、一度の収穫量が多いからね。
まぁ、コロッケの事はひとまず置いておこう。
急いで会議室に行かないと。予想外のことで時間をとられたからね。
★ ☆ ★
会議室は妙な雰囲気になっていたよ。明暗がくっきり分かれた感じ。
具体的にいうと、宰相閣下二名がどんより。
王妃殿下と女王陛下がにっこり。
いや、にっこりというよりは、はしゃいでる感じかな? 宰相閣下のお二方は、掛かる予算をどうにか抑えようと必死の模様。
立ち上げにはお金が掛かるものだけれど、あまり無茶な金額を掛けると転けた時が怖いんだけれど。大丈夫なのかな?
成功させれば問題ない。
というわけにもいかないと思うんだけれどなぁ。
「ところでキッカちゃん」
「なんでしょう?」
「バイコーンを捕まえるのは難しいのかしら?」
オクタビア様が訊いてきた。
バイコーンの捕獲か。私はズルをしているようなものだからね。それをせずにまともに捕まえるとなると……。
無理じゃないかな? 眩惑魔法を使ってくるし。
とりあえずそのことを話す。
「魔法を使うの?」
「えぇ。草食で危険性があまりないように思えますけど、バイコーンは一応、魔物ですからねぇ。それも、最下層で出現するような魔物ですよ」
そう答えると、オクタビア様とモルガーナ女王陛下が顔を見合わせた。
「そうなると、繁殖は難しそうね」
「最低でも五十頭くらいは集めたいものね。できれば三桁」
あぁ、繁殖を考えてたのか。たしかに魔物だけあって、既存の馬よりも頑健で足も速いしね。更には眩惑魔法も使うし。
繁殖に必要な最低限数は、番で十二組とは聞いたことがあるけれど、実際のところ、これ、どうなんだろ? この数だとすぐに種の限界を迎えそうな気がするんだよね。というかそもそも、番十二組って、どこで拾ってきた知識だっけ?
……うん、信用しない方がいいな、これ。たまに得体の知れない知識があるからな、私の頭ん中には。
「十頭くらいなら捕まえてきますけれど」
そう申し出たところ、モルガーナ女王にじっと見つめられた。
えーっと、ゴージャスな美人に見つめられると、すごい居心地が悪い気分になるんだけれど。
モルガーナ女王とオクタビア様は姉妹っていうけれど、雰囲気はあまり似ていないよ。
モルガーナ女王は華やかな雰囲気。オクタビア王妃殿下はしとやかな感じ。ベタな例えをするなら、太陽と月、って云う感じだ。
「キッカ殿はどのようにしてとらえて来たのですか? 献上して頂いたバイコーンたちは随分と大人しかったですが」
「魔法で無理矢理従順にさせたんですよ。とはいえ、不当な扱いを受けた場合には、やっちまいなと云ってあるので、調教の際にはまずなにをこれからするのか、云い聞かせるのがいいと思います。むやみに鞭打ちとかすると、魔法を掛けられますよ」
そういうと、宰相閣下たちが呻くような声をあげた。
「その魔法と云うのは?」
「幻術ですね。基本的に、生物の三大欲求のいずれかを増進させるみたいです」
「三大欲求というと……」
「食欲と睡眠。それと……」
お二方が口籠って私を見つめる。
「性欲ですね」
私が答えた途端、ふたりとも急に顔を赤らめた。
「き、ききキッカ殿? そんな大声で」
「キッカ殿は嫁入り前でしょう?」
嫁入り前って、大げさな。
ふむ。貴族的なあれかな? はしたないとかどうとか云うの。この程度でもそれに引っ掛かるのか。
「そんなに恥ずかしいことでもないと思いますが。学術的なことですし。
それはさておいてですね。その幻術は生物の本能を後押しするようなものなので、抵抗は難しいです。
睡眠不足であれば、その場でバタリと眠ってしまうでしょう。もし倒れた先が水溜まりだったりしたら、そのまま溺死しますね」
「「えっ!?」」
お二方が驚いたように目を瞬いた。
うん。バイコーンの幻術は強烈だよ。だから最下層に配置されてたんだろうしね。
「食欲が増進した場合、冗談ではなく腹が裂けるまで食べ続けることになるでしょう。多分、自分では止められないと思います」
そういえば、そういう事件……事故? の話を聞いたことがあるな。乾燥わかめだか饅頭だかを食べまくった直後に、水を大量に飲んだところ、胃の中で食べた物が膨張して――
っていうの。
確か映画でも、強制的に過食させて死に至らしめる、っていうのを見たことがあるな。
もしかしたら、拷問とかでもあるのかもしれないね。
「そして性欲となると、見境が無くなるんじゃないですかね? それこそなんでもいいと。性欲さえ解消できれば、生き物だろうが物だろうが」
「お、恐ろしいわね」
「その、キッカ殿は大丈夫だったのですか?」
「私は掛かりませんでしたけれど、お供の兎が掛かりまして。ご飯をよこせと大変でした」
「兎!?」
モルガーナ女王陛下が驚いたような声を上げた。
あぁ、うん。こっちじゃ兎って、ただの食料だしねぇ。
「キッカちゃんは殺人兎を手懐けてるから」
「殺人兎が捕獲された話はしっているけれど――」
「それ、キッカちゃんが成したことよ」
……モルガーナ女王陛下、そんな変なものを見るような目で見ないでくださいよ。
「とにかく、幻術に掛かった者は欲望に忠実になってしまうので、かなり厄介ですね。まぁ、それ以前に最下層部にまで到達するのが大変ですけれど」
「そんなに厳しいの?」
「動物系の魔物のダンジョンなんですけれど、熊だの鰐だのがウロウロしていますからね。ボスで竜種もでてきましたし」
「よく最下層まで行けたわね」
「魔法を使って、こそこそと不意打ちしながら進めば、なんとかなるものですよ。もっとも、魔法がなかったらどうにもならなかったでしょうけど」
「そうなると、今後のダンジョンアタックは、魔法推奨になるのかしらねぇ」
オクタビア様が考え込むようにいったところ、宰相閣下が軽く手を挙げ、会話に加わった。
「キッカ殿。攻略には当然、攻撃魔法も使ったのだろう? となると、探索者には魔法の杖が必要となるわけだが……」
宰相閣下が顔を顰める。アンラの宰相閣下は無表情のまま私たちを見ている。
宰相閣下が魔法の杖と云ったのは、攻撃魔法は魔法の杖でしか出さないと決まっているからだ。
ただ、現状では問題がひとつあるわけだけれど、そのことを確認したいのだろう。
「サンレアンに戻りましたら、【アリリオ】の二十階層の掃除を試みます。うまく掃除できれば、杖を作るのに必要な石を手に入れることもできるようになると思いますよ。生命石、二十階層以降じゃないととれませんからね」
【アリリオ】の二十階層。不死の怪物の巣窟。不死の怪物なら、私との相性はいいからね。片手武器の技量も、金スラのせいで……いや、おかげで百に達してたしね。これで対不死の怪物用の最終兵器を、存分に使いこなせるというものだよ。
そう、私が答えたところ、またしても変なものを見るような目で私は見られた。
んん? なにかおかしなことを云ったかな。昨日のボストロールで、私がそれなりに強いことは証明できていると思うんだけれど。
あぁ、八月にあっさり死にかけたの見られてるんだっけ。そりゃ信用ならないか。いろいろとままならないなぁ。
……ダンジョンアタックするとき、誰かつけるなんてことにならないよね?それ、非常に困るんだけれど。
かくして、私はただ、誤魔化すように笑みを浮かべたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※フードプロセッサーのネタはその通りですよ。




