225 蜂の巣を突いたような騒ぎ
20/08/29 書き忘れ部分(アンラの謝罪云々)を追加。
ひとまずは無事にバイコーンの献上はできましたよ。
あの後、国王陛下を始め、国の重鎮の方々が厩に来ましたけれども。
ま、まぁ、献上品が馬だからね。それも普通の馬じゃないと云うことで、一目見ておこうと云うことだろう。……国家事業になったらしい競馬にも関わることだし。
えぇ、ディルガエアの重鎮だけでなく、アンラのモルガーナ女王陛下もいらっしゃいましたよ。丁度良かったので、番の一組は女王陛下への献上品として渡したよ。
お供として、宰相閣下が同行していると云うのが凄まじく謎なんだけれど。
え? 大丈夫なの? 国のトップと政務のトップだよね? 国王と宰相って。そのふたりが揃って国を空けちゃって平気なの? いや、実際に空けちゃってるからなぁ。大丈夫なんだろう。きっと。
な、なにかの工作なのかな? よからぬ連中を引っ掛けるような?
……とりあえず、気にしないでおこう。関わりないことだし。
あぁ、それと、暗殺の件に関して丁寧に謝罪されたよ。さすがにこれは事が事なので、他に人がいない時にだけれど。場所も場所だから、簡易的に。賠償の話にもなったんだけれど、私はもうやりたい放題やったようなものだから、不要なんだよね。アンララー様もここぞとばかりに大掃除をしたわけだし。
かといって、これを拒むわけにもいかないわけで。ほら、面子だのなんだのがあるから。対外的には狂信者の暴走ってことになっているけれど、アンラ王国内では知っている者は知っている状態であるからね。そのあたりはきちんとしたいみたいだ。
金銭の話もでたけれど、現状、お金を貰ってもねぇ。今の私、無駄にお金持ちになっちゃったし。
ひとまずは、後日、あらためて謝罪と賠償を行うという形で、今日のところはおちついたよ。
でだ。バイコーンの献上については、昨日の内に先触れとして連絡をしておいたので、問題なく進められた……と思う。
いや、他国に対して王宮でなにかしらを献上するっていうのは、どう見てもダメと云うか、おかしなことだと思うからね。アンラとしてはかなり複雑な気分だろうけれど。暗殺しようとした相手からの贈り物になるからね。普通なら、戦々恐々とするところですよ。
ディルガエア、アンラの関係の上で、今回のところは、王妃殿下と姉妹であることだし、特別というか、他所の国への献上品は大目に見て貰えたのではないかと。
多分、常識知らずというか、礼儀知らずと云うか、そんなことになるようなことだと思うから。恐らくは、ディルガエアをないがしろにしていると、受け取る人もいるだろうからね。
……他に聖武具をよっつ献上するから、あとで厄介なことにならないことを祈るよ。
ところでだ。本日は献上品を差し出すだけの筈だったんだけれど、なぜか競馬に関しての話し合いが進んでいますよ。
ここでなにが問題かって、私の競馬に関しての知識が殆どないってことだ。すごいざっくりした知識だけだけれど、それを商業として動かすのであれば、目の前にいる皆さまが何とかしてくれるでしょう。
特に、アンラはその手の事は専門なはずだからね。
そんなわけで、私がそのざっくりとした話を一通りした後は、王妃殿下と女王陛下の姉妹があーだこーだと話し合いが始まりました。
現状では、いわゆるガワだけはできている模様。競馬場施設と新規の馬牧場の確保。いわゆる調教師は馬丁から腕のいいものを探すとかなんとか。
賭け関連に関しては、武闘大会で行っていることから問題はなさそうだ。
そんなこんなで私はひとまず解放され、いまはお茶を頂いでいる。
「お疲れ様です、キッカ殿」
「オクタビア様、なんだかすごいやる気ですねぇ」
いろいろと資料を並べたテーブルを挟んで、姉妹で計画を練っている姿を見つめる。そのふたりの傍らに控えている、両国の宰相が同じように額に手を当てて顔を顰めているのは、なんとも妙な光景だ。
「芸術祭がすっかり軌道に乗って、このところ、母は暇でしたからね。新たな事業と云うことで、はりきっているんですよ」
アレクス王子が苦笑いをしている。
そういえば、アレクス王子は財務関連のお仕事をしているんだっけ? アキレス王太子が軍関連で。
ということは、今回のことであれやこれや予算が大変なことになっているのかな?
「なんというか、規模が大きくなっていて驚いているんですけれど。私としては、貴族間のちょっとした勝負事程度に考えていましたので」
「あぁ……最初はそのはずだったんですけれどねぇ……」
アレクス王子が遠い目をしている。うん、きっといろいろとあったのだろう。訊かない方が良さそうだ。
「そうだ。献上品がまだあるのですが、どこに出しましょうか?」
「えっ?」
アレクス王子が目を瞬いた。
「あのバイコーンという馬だけではないのですか?」
「王都に来る前にちょっとダンジョンに潜っていまして。献上すべきである物品を手に入れましたので、持ってまいりました」
そういって私は【底抜けの背負い鞄】から、宝箱を取り出した。【バンビーナ】で手に入れた装飾過多な、ゴージャスな宝箱だ。
この中に聖武具を突っ込んでおいたんだ。
「えぇっ!? なんでその鞄から宝箱が!?」
「魔法の鞄みたいですよ。ダンジョンからはそれなりに見つかってると聞きました」
よし、これでインベントリの肥やしにしかならない代物は……あのオッフェなんちゃらとかいう斧だけだ。ほんとあれ、どうやってテスカセベルムに置いて来よう。
ライオン丸に渡すのが一番楽なのかなぁ。
そんなことを少し考えていたら、向こうで談笑していた国王陛下と侯爵様がやってきた。
「キッカ殿、宝箱まで回収していたのか。だがその宝箱は、私が知っているものよりも随分と豪華なものだが、キッカ殿のみつけたダンジョンでは、宝箱は皆、そんな感じだったのかね?」
「いえ、これは【バンビーナ】の最後のボスの宝箱ですよ」
侯爵様にそう答えたところ、思いっきり凝視されたよ。あれ?
「えーっと、侯爵様? 組合から話を聞いていませんか? 【バンビーナ】のことは報告済みですけれど」
「聞いてはいるが、まさか攻略が完了していたとまでは聞いていないな」
「あれ?」
私は首を傾いだ。なんでだ……あぁ、そうか、もうひとつの方。
「もしかすると、【バンビーナ】のもうひとつのダンジョンが手つかずだからかも知れませんね」
「どういうことかね?」
【バンビーナ】の仕様を説明する。山を挟んで内陸側と海側に入り口があること。そして私が攻略したのは内陸側のダンジョンだけであること。
確認はしていないけれど、海側はそのまま海に繋がっているような地形で、町や村を作れるような平地は殆どないらしい。
「なるほど。山向こうにも入り口があるのか」
「虫だらけのダンジョンみたいですから、私は絶対に行きませんけれどねー」
一部を除いて、虫はそこまで苦手ではないけれど、あのサソリと戦ってみた感じからすると、かなり面倒臭い相手になるとみている。とにかく甲殻が堅いというのが非常に厄介だ。
ラスボスだったGを見る限り、おそらく雑魚モンスターも一メートルくらいのが跋扈してそうだし。
あれで鎧を造ったら、それこそ具足師界隈で革命が起きそうな感じだけれどね。
あれ? でも昆虫系の魔物の災害って聞かないな。大木さん、なにか仕掛けでもしてあるのかな? ダンジョンはもともと魔素による環境破壊を抑止するために作られたものだし。
今度、訊いてみよう。
「バレリオ卿、キッカ殿、先ほどの言葉で、確認したいことがあるのだが」
国王陛下がいたく真面目な顔で訊ねて来た。いつもの、悪戯っ子みたいな雰囲気のある国王陛下とは思えない顔つきだ。
「キッカ殿がみつけたダンジョン、というのはどういうことかね?」
大変なことになった。
あの大物ダンジョンのことを話したところ、冗談じゃなしに大騒ぎになった。
未知の名称の聖武具の存在で、ダンジョンの存在は確定された。正確な位置を確認するための部隊の編成が決定し、ダンジョン管理に向けての計画立案が始まり、そのために人を集めろだのなんだのと。
私はというと、そのダンジョンについての情報を話すことに。
……いや、最初に、やめとけ、というような事は云ったんだけれどさ。
とはいえ、災害の元に成り兼ねないのがダンジョンである以上、発見されたのなら管理せねばならない、ということのようだ。
侯爵様を見たらニヤニヤしてたよ。
こうなることが分っていたみたいだ。むぅ、いいように使われてる気がするよ。まぁ、いいけどさ。
未知の名前の聖武具を献上すれば、どこから手に入れて来たのかを言及されるのは分かっていたさ。だから、ダンジョンについては話すつもりでもあったよ。
でもね、まさかこんな、まさに蜂の巣を突いたような騒ぎになるとは思ってもみなかったよ。ひっきりなしに国王陛下と宰相閣下のもとへ人が入れ代わり立ち代わり来ているからね。
あ、待てよ。ダンジョン関連なわけだから、冒険者組合も動くよね。でも、ここのいまの組合長って、無能のアホだよね。自分がスライムが嫌いだからって依頼を捏造したアホ。ラモナさんから聞いて呆れたんだけれど。大丈夫なのかな?
侯爵様に訊いてみよう。
「あぁ、問題ない。ここまでの案件だ。支部だけでどうこうということはない。というか、確か、まだ代替わりをしてから半年も経っていないだろう? にも拘わらず無能扱いされるようなことをやらかしたのか」
「後釜がいないので、一応組合長の座に置いてはあるものの、半ば更迭状態だそうですよ。もっとも、権限を剥奪できていないので、抑えるのに大変みたいですけど。昨日、知り合いの組合職員の愚痴をさんざん聞かされました」
ラモナさん、大丈夫かな。あまりに哀れに見えたから、これでも食べて元気出してくださいって、シュークリーム擬きをおいてきたけれど。
手持無沙汰な状態になって、ひとりソファーに座っていたら、アキレス王太子殿下までやってきたよ。
アレクス殿下? アレクス殿下は予算をやりくりしてるよ。というか、そういうのは王族の仕事なのかな? それとも王家の資産から予算を出しているのかしら?
「キッカ殿、よろしいか?」
「あ、はい。なんでしょう? アキレス殿下」
びっくりした。まさか私の所にくるとは思わなかったよ。
「まずは感謝を。よくぞ件のダンジョンを見つけてくれた」
「件……あぁ、二百年前の魔物暴走の原因ですものね」
「キッカ殿はそのダンジョンに潜ったとのことだが――」
「管理は厳しいと思いますよ」
失礼を承知で、アキレス王太子殿下の言葉を遮って私は云った。
「あのダンジョンには大物しかいません。まともに攻略しようと思わないほうがいいです」
そう云ったところ、騒がしかった部屋が一気に静かになった。
「そこまで危険なのか?」
「危険というか、魔物がとにかく大きいんですよ。巨大、というのはそれだけで武器ですからね。対処は難しいと云わざるを得ません。
見てみますか? 私としては鞄に回収してみたものの、邪魔なんで置いていきたいくらいなんですけれど」
「是非に頼む」
ということで、場所を移動して回収した死骸をだすことに。
移動する場所は騎士団の練兵所だ。あの場にいた皆が一緒になって、ぞろぞろと移動している。
「キッカ殿、先ほど要らぬといったが、それならなぜ持ち帰ったのかね?」
「いや、もったいないと思いまして。なにかしらの素材になるなら、売り払えるかなと」
侯爵様と並んで、練兵所へと移動中。なんだか私の出す魔物も献上品扱いと云うか、国で買い取る形になったよ。
使えるならいいんだけれど、使い道が殆どないようなら、ベヘモスも出そう。
出す魔物はボストロール。身の丈七メートルの巨人だ。もしかしたら追加で出すベヘモスは、雑魚の方のだ。
かくして、練兵所に到着して、そのど真ん中に、ででん! とボストロールを放り出すようにして取り出した。
あ、実のところ、こいつは鞄にいれていなかったから、鞄から取り出したように見せかけたよ。
そして沸き上がる……歓声じゃないな、驚きの声。
「き、キッカ殿、これを貴女が討伐したのか!?」
「運よく上手く倒せたんですよね、珍しく。側頭部を射た矢が頭蓋を貫いたようで、一撃で仕留めることができたんですよ。それができていなかったら、大変だったと思います。
あ、これがこいつの振り回していた武器ですよ」
アキレス王太子殿下に答えつつ、バカでかい棍棒も死骸の隣へ取り出した。長さは五メートルくらいかな。
「あ、これは十階層のボスです」
「十階層でこんな化け物がでてくるのか、恐ろしいダンジョンだな」
「【ユルゲン】でもいませんでしたな。三十階層までは潜りましたが、ここまで巨大な魔物はおりませんでしたぞ」
三十って、バレリオ様どれだけ強いのさ。……あぁ、いや、途中で戻って、ショトカ使って進むとかしたのかな。でも、それにしたって、魔法無しでダンジョンを進んだわけだよね? 私にはとてもじゃないけど無理だよ。
まぁ、魔法があるから強いっていうわけでもないけれど、ある程度、防御を無視して攻撃できる強みはあるからね。私の場合は【氷杭】っていう、なぜか反則級の効果が現れた魔法があるからだけど。
「これ、使い道ありますかね?」
「皮や骨は使えるな。さすがに肉を食用にしようとは思わんが」
「それじゃ、もう一体出しますね。こっちは食用です」
ということで、ベヘモスを一体トロールの隣に出す。
……うん、身の丈五メートルの仰向けになったピンクのカバだ。
「これは……」
「なんの魔物だ?」
「キッカ殿? この魔物は?」
「昨日の夕ご飯ですよ、侯爵様」
ちょっと意地悪く云ってみた。すると侯爵様は顔を強張らせて、ベヘモスを凝視していた。まさか夕べ美味い美味いと食べていた肉が、こんな魔物の肉だとは思わなかったのだろう。
昨日の事に対して、ちょっとばかりの意趣返しだ。このくらいならきっと罰も当たらないでしょ。
感想、誤字報告ありがとうございます。