224 国家間事業にまで発展してるの?
うーん……バレリオ様もやっぱり商売人ってことなのかな?
冒険者組合が探索者組合だった時分は、イリアルテ家が組合長をやっていたわけだしね。それに、現在も探索者支援を主目的として、商人たちの統制はもとより、イリアルテ家も商売をしているしね。
そもそもエメリナ様の生家のアルカラス伯爵家が、宝飾品を主とした商売をしているんだし、エメリナ様の影響もあるのか。
食材関連は私が美味しいものを食べたいだけだし、アレカンドラ様からのお願いでもあるから、ホイホイと流すことは問題ないんだけれど、さすがに宝物番となるとね。
うん。バレリオ様、きっと家の機械人形のことを聞いての発言だと思うんだよねぇ。多分、リスリお嬢様は見たことがあると思うし。
さっきの保安に関する云々は、その辺りの情報からの発言だろう。
でも機械人形の中核部分。中枢装置は私じゃ作れないからね。あれ、常盤お兄さんがインベントリに入れておいてくれたものを使っているだけだから。実際、私は組み立てただけだしね。まだいくつかは持っているけれど、それを外へと出すつもりはないよ。
で、そんな発言というか、失言というかをしてしまった侯爵様は、エメリナ様にしっかりと睨まれて小さくなっていますよ。ついでにイネス様も。
エメリナ様としては、私との関係が悪化することを嫌っての事だろう。
結局のところ、宝物番を行えるようなモノの提供はなし。
一応、機械人形の他に魔法もあったんだけれどね。
魔法の方は問題があるから出すに出せないんだよ。簡易のゴーレムを作る魔法なんだけれど、敵味方判定がかなり曖昧なんだよね。下手をすると術者以外を敵判定する可能性がある。それに加えて、魔法発動に触媒が必須。なくても発動可能だけれど、それをするとゴーレムが暴走状態で生成されるため、大変なことになるんだ。
さすがにそんな魔法は公開できないからね。テロにはもってこいの魔法だと思うけれど。暴走状態で生成して、逃げればいいだけだもの。そういった魔法だけにね、おいそれと公開はできないよ。
そんなわけで、ちょっぴり空気がギスギスとした感じになっちゃったんだけれど、それも夕食の時間まで。
ふふふ。美味しいご飯は正義ですよ。
メインはシンプルなステーキ。お肉をしっかり味わうには、これが一番だよ。他にも揚げ物も用意してあって、私は大満足だった。
もちろん、侯爵様たちもベヘモスのお肉の美味しさに驚いていた様子。
ベヘモスのお肉が、微妙な気まずさを吹き飛ばしてくれましたよ。
私としては、そこまで気にしなくてもいいと思うんだけれどね。強引な人は多いし。私が商業組合に属しながら、微妙に足が遠のいているのもそのせいだからね。
さっきの侯爵様の……おねだり? みたいなものなんて、かわいいものだよ。エメリナ様が妙に気を使っているのは、云い方は悪いけれど、私が金づるであるから、というよりも、神子であるから、というのが大きいだろう。
いや、アルカラス家、すごく信心深いっていうのは思い知っているからね。去年、エメリナ様のお母様であるエステラ様に色々とご教授して頂いたけれど、その端々に信心深さが見えたから。
そして一夜開けて、本日は一月の二十五日。招待されているのは二月の一日だけれど、侯爵様と一緒に王宮へと向かいます。献上品を先に渡してしまおう、ということで。
そんなわけで、馬車に乗って移動中。ロクスさんが先導、後ろにはナナイさんが馬に乗ってついてきているんだけれど、更にその後ろにバイコーンの番が二組ついてきている。
人を乗せていない馬、それも角付きが整然と馬車に追随している様は非常に目立つのだろう。
少しばかり外が騒がしい。
まぁ、貴族街から王宮まではさしたる距離ではないし、問題も起こらないだろう。こっちは侯爵家だし、そうそうなにかしらのちょっかいを掛けて来る貴族もいないだろうし。
フラグ? いや、さすがにないよ。そこらの侯爵家ならともかく、ここにおわすは『血鬼バレリオ』なんて異名のついた偉丈夫ですよ。しかもご先祖は『狂鬼アリリオ』として、ディルガエアの歴史の教科書に載っている人物の子孫だ。
そんな人物に正面切ってちょっかいを出す人はいませんて。
「あぁ、そうだキッカ殿、少し話しておくことがあった」
「なんでしょう?」
「テスカセベルムの話はまだ聞いていないだろう?」
テスカセベルム。そういえば聖武具と地竜の頭とコモドドラゴンで驚かせてから、どうなったのかはさっぱりしらないや。
「なにかありましたか?」
「年明け早々に王の代替わりが行われた。正式な戴冠式は準備の関係上四月になるとのことだが、現状はもう新体制で国家運営が行われているようだ」
「おぉ、サヴィーノ王太子が王様になりましたか。少なくともこれでしばらくはまともな国家にはなりそうですね。
やらかした勇神教も大人しくなりましたし。……心配なのは軍閥のほうだけですかね?」
「その辺りも問題無かろう。バレルトリ辺境伯の一派が、なにやら動いているようだからな」
バレルトリ……あのおじさんか。娘を溺愛して……あれ?
ダンジョンを管理。娘を溺愛。……。
目の前の御仁と一緒なんだけれど。面識とかあったりするのかな?
「侯爵様はバレルトリ辺境伯とはお知り合いで?」
「十年ほど前に会ったことがあるな。テスカセベルムで起きた大規模魔物暴走の後に、ダンジョン管理の在り方について訊ねられたことがある」
あぁ、そっちでか。ん? 国を通しての会談とかではなかったのかな? いや、その辺りを聞いたところで私にはさっぱりだろうから、いいや。
「トップがまともになったことで、こちらもいろいろと動くことになってな」
「いろいろですか?」
「まず、組合に【バンビーナ】管理の打診があった。いずれ向こうから管理する者、領主なり代官なりが派遣されるだろうが、暫くは組合主導で宿場造りから行われるな。既にダンジョン内の情報確認ための探索者が潜っておる」
おぉ、もうそこまで話が。私がダンジョンに行っている間に大分動いたんだね。
……あれ? 【バンビーナ】を私が踏破したことは侯爵様、知っているよね? カリダードさんには云ってあるんだし。
「時にキッカ殿、バイコーンは何階層にいるのだ?」
「三十一階層ですよ」
私は答えた。
「バイコーンの数を増やしたいんですか?」
「うむ。あれは素晴らしいな。あの馬の繁殖を是非ともしてみたいものだ」
繁殖か。確か、番で十二組が最低限のラインだっけ? 私の場合は言音魔法で無理矢理従順にさせているけれど、一般の探索者が捕まえるとなると、かなり厳しいんじゃないかな?
バイコーンの眩惑魔法、そこまで凶悪じゃないけれど、掛かると大変なことになるからね。なんというか、欲望に忠実になると云うか。
いや、ビーが掛かった途端。私にしがみついて白菜を寄越せと大変だったんだよ。
そういや、バイコーンも狩りまくったから、インベントリに大量に入っているんだよね。この綺麗な毛皮はソファーとかに使えないかな、とか思っているんだけれど。インベントリで解体はしてあるけれど、適切な処理はしていないんだよ。
本当、今度、腕のいい職人さんを紹介して貰って、毛皮として使える用に処置してもらおう。
「確認の為に探索者が潜っているといいましたけれど?」
「あぁ、別にキッカ殿の報告を疑っているわけではないよ。ただ、確認はせねばならぬからな」
「いえ、そういうことではなく。どこまで……どの階層まで確認を行う予定なんです? 正直にいって、最下層は行くべき場所ではありませんよ。バイコーンの三十一階層はともかく」
そういうと、侯爵様は目を微かにそばめつつ、私を見つめた。
「厳しいかね?」
「召喚魔法があるのはご存知ですよね。リスリ様にお譲りした【走狗】以外にも当然あります。私はそれらを半ば使い捨てのように駆使して、無理矢理階層を突破したようなものです」
侯爵様が目を瞬いた。
「それはつまり、人海戦術で強引に進んだ、ということかね?」
「そうです。戦術としては、無能がやることですよ。戦力の逐次投入を延々と行ったようなものですからね。まぁ、一度に召喚できる数が基本一体ですから、そうならざるを得ないんですけれど。
捨て駒扱いの囮を召喚して、それが殺されるまで私が遠距離攻撃。というのを繰り返していただけですから、戦術としては愚策ですよ」
「うーむ……魔法使いならではの戦い方、というわけか。まさか仲間をひとりずつ犠牲にしながら進むわけにもいかんしなぁ。
しかし、最下層はそこまで危険かね?」
「危険ですねぇ。というより、厄介なのが多いと云うか。巨体を武器に突撃して来る魔物とか、ダンジョンの通路で遭遇するとロクに逃げ場がないですからね」
実際、牛を相手にしたときはかなり怖かったしねぇ。闘牛士みたいに、ひらりひらりと躱すなんて、私には無理だからね。
「上層……十階層のボスが怪獣猪でしたけれど、それと同等の魔物が下層以降では普通にいたりしますから、アレを簡単に倒せるような実力者でないと、下層に入るのは止めた方がいいでしょうね。最下層は立入禁止にしてもいいと思います。
あぁ、それと、錬金毒が良く効く魔物が多かったですね。それがあったから、私はそれなりに楽に進めたともいえます」
「毒か……」
「数十秒動きを止めるだけの毒ですけれどね。錬金毒は即時に効果を発揮するので、かなり便利ですよ。ただ、悪用された場合非常に危険と云うことで、組合での販売は見合わせた代物ですけれど」
麻痺毒は本当に便利だからね。毒の効く相手なら、格上の相手でも確殺できるもの。実際、地竜をあっさり倒せたし。
そんな感じで、ダンジョン内戦闘の話をしながら王宮まで馬車に揺られて行ったよ。
侯爵様も若かりし頃はダンジョンに入り浸っていたのだから、そういった経験は多いと思ったんだけれど、どうもダンジョンごとにかなり毛並みが違うみたいだ。
私の潜ったふたつのダンジョンのタイプは、侯爵様は潜ったことがないらしい。侯爵様は【アリリオ】と、帝国の【ユルゲン】【ラファエル】に潜っていたとのこと。で、ナナトゥーラの【ダミアン】へ行こうというところでエメリナ様に掴まって、さらにはイリアルテ家のお家騒動が起こって急遽イリアルテ家を継いだため、【ダミアン】の攻略は諦めたとのこと。
で、【アリリオ】【ユルゲン】【ラファエル】で出没する魔物は、人型がほとんどだそうな。ゴブリン、コボルド、オーク鬼、オーガにアケバロイ。
……アケバロイってなんだ?
訊いてみたところ、頭の無い人……というか、胸部に顔のある人型の魔物らしい。……なんだか気持ち悪そうだな。
それと【ラファエル】では機械人形がでるそうだ。侯爵様曰く、もう二度と戦いたくない相手だとか。
ということは【ラファエル】が機械とかの道具を得られるダンジョンか。現状、出回っている機械式の時計の見つかったダンジョンだね。ちょっと行ってみたいんだけれど、そこはもう【召喚器】が見つかってるダンジョンだからね。行くとしても後回しだ。
そうこうして王宮へと到着。バイコーンを引き連れているので、誘導に従って厩にまで同行。本当なら玄関――いや、王宮でも玄関っていうのかな? まぁ、いいや――で、降りるんだけれどね。
厩に到着すると、そこではアレクス王子殿下が近衛のレオナルドさんを伴って待っていた。
「やぁ、キッカ殿、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
アレクス様は侯爵様との挨拶を済ませ、私の所へ。相変わらず随分と気さくな感じだ。アレクス様、どうにも偉ぶった雰囲気がないんだよね。
王太子であるアキレス様もそうだけれど、あの方は厳しさが滲み出ていた感じだったっけ。
「お久しぶりです、アレクス殿下。それで、殿下が何故、直々にこちらへ?」
「先触れで新種の馬が来る、と聞きましたからね。是非とも真っ先に見ておきたかったのですよ。新事業にも関わりそうですからね」
新事業って……あぁ、競馬、かなり大事になってそう。私、軽い気持ちで云っちゃっただけなんだけれど、大丈夫かな……。
「後ろにいるアレがそうですね? おぉ、角が……」
「美しい馬ですね。体つきもしなやかだ」
アレクス様とレオナルドさんが、バイコーンの下へと向かって行く。
「あの、侯爵様? 競馬のことですけれど、どのような状況になっているんです?」
「ん? あぁ、エメリナは話していなかったのか。競馬を娯楽事業として立ち上げるにあたり、レースに対応できる馬の数が揃えられない懸念がでてな。そこで王妃殿下がアンラを巻き込むことに決めたのだよ」
は?
「幸い、アンラの女王陛下は王妃殿下の姉君だからな。その仲も良好。そしてアンラは文化振興に力をいれている国だ。それもあって、競馬に関してはかなり乗り気のようだぞ」
ち、ちょっと待って。え、なに? 国家間事業にまで発展してるの?
いや、上手く行けば広がっていくだろうとは思っていたけれど、最初っからそんな規模になるなんて思ってもいなかったよ。
え、大丈夫なの?
転けた場合、責任とかどうなるの? 私に来たりしないよね? 不安しかないんだけれど!?
バイコーンを前にはしゃいでいる王子さま方を眺めながら、私はひとり戦々恐々としていたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。