223 私はどこぞの青狸ではありませんよ
私が王都への道中を同行しなかったことでご立腹なリスリお嬢様でしたが、その間、私が何をしていたのかを知ったところ、ポコスカと叩かれました。
無言で。
いや、心配してもらえるのは嬉しいんだけれど、でもそこまで……。
あぁ、いや、その辺の信用なんてないか。去年は死にかけまくったからね。あっはっは。いや、笑い事じゃないんだけれどさ。
「はーい、リスリ、その辺にしておきなさいな」
「ちょ、イネスお姉様、放してください!」
イネス様に背後から羽交い絞めにされ、リスリお嬢様がじたばたともがいている。バレリオ様とエメリナ様、そしてダリオ様とセシリオ様も苦笑している。
「なぜ先に発ったのにも関わらず、こうも遅れたのかと思ったが……。やはり、不死の怪物の層の確認をしたかったのかね?」
「はい? あぁ、いや。私が潜ったのは【アリリオ】ではありませんよ」
そう答えたところ、皆が私を凝視した。
あれ?
「【アリリオ】じゃないとしたら、どこに行ったんだい?」
「未発見、ということになっているダンジョンになりますかね。二百年前に大災害を起こした、大型の魔物の暴走を起こしたダンジョンですよ」
そういや、地竜は見なかったな。下層は砂漠だったから、山のようにデカい地竜は、きっと最下層にいるんだろう。ボスは絶対にフロアから移動しないらしいからね。暴走のストッパーを兼ねてるって、大木さんが云っていたし。
「見つけたのかね!」
「魔の森の外縁部から二百五十キロくらい北上したところにありますよ。えーっと……サンレアンから西に十キロくらいのところから真っすぐ北上すれば、辿り着けるかと思います」
【アリリオ】からはそれなりに近いね。いや、近いと云っても、三百キロ近くは離れているのか。これを近いと云うかどうかは、微妙なところかな。
あぁ、未発見ダンジョンの情報は流すよ。そうしないと聖武具を処分できないし。それに大型の魔物を出すダンジョンの存在は予想されているだろうしね。そもそも、あのダンジョンの存在は予想されていたものだから、これで存在を確定させただけだしね。
「二百五十キロか……さすがにそこまで開拓するのは厳しいな」
「ただの街道だと、左右から魔物に襲われますからね」
バレリオ様とダリオ様が深刻そうな雰囲気で話していますが……。
なぜふたりともニヤニヤとしていますかね?
あ、エメリナ様が額を抑えてる。セシリオ様は苦笑しているし、イネス様とリスリお嬢様は私の視線に気づいて肩を竦めてる。……あぁ、これ、やらかす奴だ。
まぁ、北上を始める場所はイリアルテ領内――
「あ」
「うむ? どうしたのかね? キッカ殿」
「すいません。距離を間違えました。サンレアンから西十キロくらいではなく、三十キロくらいです」
そうだよ。十キロの所を北上したら、大木さん家に到着しちゃうよ。ダンジョンは大木さん家から西に二十キロくらいの場所だ。
「また随分とズレたね?」
「あははは……」
思わず笑ってごまかす。
「んー……キッカちゃん、そこにはなにがあるのかしら?」
「はい?」
「その西十キロから北上した先にあるモノってなぁに?」
ニコニコとイネス様。
思わず私は顔を引き攣らせた。って、ヤバ、顔に出ちゃったよ。
「あぁ、やっぱりなにかあるんだ」
「カマかけとかしないでくださいよ、イネス様……」
「どうしても気になったのよね。それで、なにがあるの?」
どうしましょうかね? 云わなかったら云わなかったで、なんだか、決死隊みたいなのを編成して確認作業とか行われそう。
イネス様、王弟夫人だしなぁ。
まぁ、行ったところで、結界が張られているらしいから、普通の人間や生物だと入れないらしいけれど。あの広場。
とりあえず、ちょっと確認してみよう。
「あのぅ、ディルガエアの歴史ってどんな感じですか? 建国された時期とか」
「どうしたの? 突然」
「いえ、お話しする前にちょっと確認したいことがありまして」
私がそういうと、イネス様が簡単に話してくれた。
建国時期は約二千年前。アレカンドラ様が北方であるこの地に導いて、その後、六神が民を分け云々で、各国が出来上がったそうだ。
あ、帝国だけは国の体を成していなくて、都市国家がそこかしこに点在する状態だったらしいけれど。
よく侵略戦争みたいなことが起こらなかったな。
まぁ、帝国の土地は荒れ地が殆どで、国土として奪う価値がほとんどなかったらしいけれど。
で、その建国前の話になると、人類は南方で生活をしていたいうことだ。
北方大陸へ移動。生活基盤を作ろうとしたところ魔物災害により、北方大陸西部へと追いやられる。そこから東部へと生息圏を広げ、現在のようになったようだ。
実際のところは不明だけれども、ディルガエアをはじめとして、六王国ではそういうことになっているらしい。
訊きたかったことは神様関連なんだけれど、七神の名前が出ただけだね。
アレカンドラ様の前の神様に関してはどうなってんだろ? 失伝してる?
「アレカンドラ様が神様になる前の話とかは伝わってます?」
「前の話?」
「えー、ぶっちゃけますと、その場所にはアレカンドラ様の先々代の神様が隠居しています。私は神様方と関りがあったせいかお会いすることができましたが、本来は辿り着くことができないそうです」
ざわつきだした。
そりゃ、いきなり別の神様の話が出れば、そうなるか。というか、こんなことを真面目な顔で云ったら、普通は頭を心配される案件だよ。
私? 私はほら、もう変な子で確定しちゃってるから。
「キッカちゃん? 名前の無い神様の話は聞いたことがあるのだけれど、その神様なのかしら?」
「あぁ、その名も無き神様はアレカンドラ様の先代ですね」
大木さん曰く、人類のやらかしてたことを知って、自己嫌悪に陥りまくった、超ネガティブな方だったらしいけれど。
あぁ、この神様もアレカンドラ様同様、人間から神様に成った……というか、大木さんが適当に、まともな人間を拾って神様に仕立て上げたらしい。
大木さんもかなりやらかしてるように思えるよ。というか、それだけもう『やってられるかぁっ!』って気分だったんだろうけれど。
魔素濃度低下装置を設置する側から人類に壊されまくってたらねぇ……。
「あの、お姉様? そもそもの話、そんな場所にまでどうやって辿りつけたんですか? 魔の森をひとりで突き進むなんて、正気の沙汰ではありませんよ!」
「あぁ、それはですね。魔物を全て躱したからですよ」
「はい?」
リスリお嬢様に説明した。
不休で行動。気配を消す。魔物を索敵し迂回する。ただそれだけだ。
「いや、普通はそんなことできませんよ!?」
「魔法って便利ですよね!」
いや、そんな呆れた顔で見つめないでくださいよ。
「キッカ殿、その魔法は我々も使えるのかな?」
バレリオ様が訊ねて来た。
うん。そりゃ気になるよねぇ。使えたら、探索者たちの生存率があがること間違いなしだもの。
ただ、眩惑系の魔法は有用すぎるんだよねぇ。困ったことに。
「現状では公開予定はないです。犯罪にはもってこいの魔法ですからねぇ。この魔法が広まったら、泥棒が増えると思いますよ」
「あぁ、確かに。さすがにそれは問題だな……」
「困りものなんですよねぇ。有用な魔法ほど、犯罪に使いやすいんですもん。なので、リスリ様に渡した召喚魔法も、現状は魔法の杖のみにしましたし。
あ、リスリ様、【走狗】の呪文書を作ったりしないでくださいね」
私がそういうと、リスリお嬢様は目をぱちくりと。
「え? 呪文書は誰でも作れるのですか?」
「然るべき器材があればできますけれど……って、リスリ様、以前に見ましたよね?」
確か、実演した覚えがあるような気がするんだけれど。リリアナさんが代金がどうのって騒いだ時に。
「あれはお姉様が補佐していたからできたのではないのですか?」
「覚えている魔法であれば、誰でもひとりで呪文書化できますよ」
いや、なんでそこで【走狗】を召ぶの? モフモフしてるけれど、ペット扱いしていないかな? 【走狗】はどちらかというと死霊術系の召喚術なんだけれど……。
云わない方がいいかな? うん、余計な騒動になりそうだしね。
「あ、そうだ。バレリオ様。ダンジョンで得た宝物を王家に献上しようと思うのですけれど、問題ないですよね?」
「おぉ、それはよいな。なにを手に入れたのかね?」
バレリオ様をはじめ、侯爵家のみなさんが食いついて来た。やはりダンジョン産の宝物となると、皆、興味津々のようだ。
どこに出そうかと迷っていると、ベニートさんがテーブルを用意してくれた。
「まずはこの鞄です。これは私が使うので放出はしません」
「ふむ。【底なしの鞄】かな? 確か【アリリオ】でも過去にいくつか出ていたな」
「はい。いろいろと荷物の持ち運びに便利なので、これは自分で使おうかと」
答えながら、テーブルの上に物品を並べていく。
小杖に剣、そして護符、手甲、足甲のいつつだ。
「あ、この小杖はダリオ様に」
「私に?」
「周囲に不可視の防壁を展開する小杖です。詳しいことは鑑定盤でご確認ください。もし不要でしたら、アレクサンドラ様に。護身用のアイテムですから邪魔にはならないでしょう」
そういって私はダリオ様に小杖を有無を云わせず押しつける。
よし、次。
「残りの武具は聖武具です」
「「「「「「は?」」」」」」
なんだか間の抜けた反応が返って来た。あれ?
「聖武具、ですよ?」
「これ、すべてがかね?」
「はい。デザインは実用一辺倒な感じですけれど」
私は答えた。
【バンビーナ】で出たオッフェルトリウムは、控えめながらも精巧な装飾が施されてたけれど、このカノンはそういったものが一切ない。
そのせいか、量産品のような印象を受ける。
剣なんて、そのへんで二束三文で売られてそうな感じだしね。
バレリオ様が鑑定盤に剣を載せて確認する。
あ、額に手を当てて項垂れちゃったよ。
「またこれは面倒な代物だな。見た目がこれでは保管にも気を使いそうだ」
「あぁ……間違って紛れ込んだただの剣と思われそうですね」
「それよりも、簡単に持ち出され兼ねんと云う方が問題だろう。まぁ、鞘と柄に、なんらかの飾りでも付ければなんとかなるか」
なるほど、こんなこともあるのか。らしくない、からこそ保管が難しいとか。保安面で問題になるとは思わなかった。
まぁ、誰でも聖剣なんてきいたら、こう、いろいろと派手な、というと語弊があるけれど、装飾過多な剣を想像するだろうしねぇ。いわゆる宝剣なんていわれるような代物を。
このカノン、どうみてもその辺で売ってる鉄の剣だし。
ま、これの保管に関して考えるのは、王宮の警備を受け持ってる白羊騎士団のひとたちだ。私の与り知るところじゃないよ。
「ふむ……キッカ殿。キッカ殿であれば、宝物はどう守るかね?」
「はい?」
バレリオ様が生真面目な顔で私をみつめる。
いつもの悪戯っ子みたいな雰囲気はどこへやらだ。うん、さすがやり手の貴族のお一方。怖いなぁ。
思わず口元が引き攣れる。
いや、バレリオ様。確かに宝物の警護であれば方法はいくらかありますよ。ですけれどね。私はどこぞの青狸ではありませんよ?
そんなことを思いつつ、私は頭を抱えたい気分になったのです。
感想・誤字報告ありがとうございます。
※リスリのお説教ですが、あれは行き過ぎた心配性というものです。黒マント騎士に殺されかけたことに加え、キッカが後先考えずに、危険と思われている場所(魔の森とかダンジョン)に突撃しているためです。
一番の理由は、リスリには友人がほぼいないと云うのが原因です。いない理由は、イリアルテ家のダンジョン利権が原因。それに無関係な者がほとんどいないという、ある意味不幸な子だったりします。それ故に、とっとと成績を収めて学院を卒業しているわけですしね。
現状、彼女が気を許しているのは、キッカとアレクサンドラくらいです。リリアナとかは使用人なので、信頼関係はあれども、友人関係にはなれませんからね。