218 アレカンドラ様の加護
ぐわっ! と大口を開けての突撃。
それはもう既に【バンビーナ】で経験済みだ。一度やられた攻撃に対しては、それにどう対処すべきかを検討するのは当然のことだ。
まさに自らの命に係わる事なのだから。
ということで、上層で狩ってきた雑魚トロールを、目の前のワニの口の中へシュート!
身の丈五メートル。横幅三メートル近い代物を口の中に出現させる。任意の場所に出すことのできるインベントリの機能だ。
まぁ、出せる距離の限界あるから、ちょっと怖かったんだけれどね。
目の前の巨大なワニ。全長は十メートル以上は優にあるだろう。だが頭のサイズとなると、そこまで大きいわけではない。
頭の長さは二メートルくらい? でも口は大口というわけではなく、シュッとした感じの細さがある。横幅は一メートルくらいしかないかな? もうすこしあるかな? まぁ、そんな程度だ。
そんなところに雑魚トロールの死体がいきなり突っ込まれたのだ。奥に入り過ぎたソレのせいで、顎が開き切って閉まらない。しかも吐き出そうにも限界を超えた大きさのものが入り込んでいるために、吐き出すこともできない。
口が裂ければ自由になるだろうけれど、そうなる前にこっちが魔法をまとめて叩き込んで仕留めに掛かる。
スケルトン魔術師を二体に私とビーで総攻撃。振り回される尻尾に注意して、周囲をぐるぐると、いわゆるサテライトをしながら冷気魔法を掛けていく。
ヒャッハー! お肉は冷凍だーっ!
約十分後。でっかいワニが凍死した。冷凍完了。四人がかりで十分とか、手間取った感じだよ。体の大きさに見合った生命力があるってことなのかな。さすが中ボス。
……絵面は凄いことになってるけど。呑み込めないものを呑み込もうとして死んだ、間抜けなワニみたいだよ。
いや、私がやったことなんだけれどさ。
この対処方法はアリかな? ただ、喉奥にまで突っ込まないと、普通に噛み砕かれるかもしれないから、そこは注意しないといけないな。うん、詰め物用に大型の魔物をストックを持っておくのはいいかも知れないよ。
とりあえず下半身丸出し状態になっている雑魚トロールを格納。そういえば、ボスのトロールは腰蓑みたいなの身に着けていたけれど、なんで雑魚は全裸でうろついていたんですかね。
サスカッチとかビッグフット、イエティみたいに毛むくじゃらってわけじゃないから、いろいろと丸見えなんだよ。
そういや牡の陰部って、やたらと薬とかにされるよね。鹿とか、虎もそうだっけ? あとアザラシ。……オットセイだっけ?
まぁ、いいや。こっちでもそんなふうに使われたりするのかな?
冒険者組合に持ち込めばわかるか。アイテムボックスなんていう、ファンタジーにおけるマストアイテムみたいな鞄も手に入ったしね。
このワニも格納してと……サルコスクス。古代のワニかな? どのくらい昔の奴かは知らないけれど。
いろいろと時代を無視して生み出されてる感じだねぇ。アンキロサウルスとサルコスクスは同時代にいたのかな? 多分違うと思うんだけれど。
あ、そういや、海にはダンクルオステウスがいるって大木さんが云ってたよね。あれは本当に大昔の魚だから、絶対にこの二種とは一緒の時代に生きた生物じゃないはずだ。
かなり無茶苦茶なことになってるね、この世界の動物環境?
まぁ、ドラゴンなんかが実在しているらしいから、大した問題じゃないのかもしれないけれど。
よし。それじゃお宝を確認しにいこう。
だだっ広い宝物部屋に入り、ちんまりとした宝箱を開ける。
入っていたのは、シンプルな作りのレガース。ブーツまで一体化された、鎧の下半身装備だ。
えーっと、嫌な予感しかしないんですが?
【聖足甲カノン】 防御力:十四 重量:七キロ
うわぁっ、やっぱりぃ。なんでまた聖武具なんだよぅ。
扱いに困るんだよ。【バンビーナ】で出た舌を噛みそうな名前の斧だって、いまだにインベントリで塩漬けになってるのにさ。
あ! いま気が付いた。これあれだ、アレカンドラ様の加護。微妙に運が良くなるっていうやつ。確か、クジ運に関しては外れなしになるって云ってたよね?
ボス討伐報酬の宝箱なんて、ガチャみたいなものだもの、当たり枠に入っているものがなにかは知らないけれど、聖武具はシリーズ的に多いだろうから、私の場合引き当て捲ってるんだきっと。
おそらくは、ポーションとか外れ枠だろうし。少なくとも、自前でより高性能な回復薬を作れる以上、ポーションは外れだもの。
……えーっと、確かディルガエアにある聖武具って、兜と鎧だっけ? となると、ほぼ一式揃った感じだねぇ。剣と護符、そして足甲が揃うから。まぁ、違う聖武具だけれど。あと足りないのは、盾と腕防具か。
盾はともかく、腕装備が揃えば鎧の体裁は整うのか。中層のボス戦まではなんとか間に合いそうだし、腕装備でないかな?
いや、こんなことを考えると物欲センサーさんが仕事をするんだよ。
さてと、ご飯を食べよう。
お魚お魚。イトウを食べるよ。なんだか妙に巨大だけれど。ほんのり赤っぽいけれど。基本、五メートル以上の魔物しかいないダンジョンだからね。このイトウと表記されているお魚も五メートルですよ。
考えてみたら、淡水魚で五メートルって異常だよね。三倍体とかの個体でも届かないような気が。
そういえば日本のUMAで、お魚のがいたよね。名前を忘れたけれど、○○タロウとかいうUMA。
私としては魚の三倍体個体だと思うんだけれどね。馬鹿でっかくなるから。
お魚を捌いて、切り身にしてと。
……あらためて見ると、本当におっきぃな。包丁だと明らかに刃渡りが足りない。プロは出刃一本でマグロを解体するとか聞くけど、私は家庭の主婦みたいなものだからね。
なにかいい感じの刃物ってあったかな? えーっと……。
インベントリを漁る。そしてよさげな刃物を発見。
よーし、これなら捌けそうだ。
ということで、私は改めて目の前の五メートルサイズの魚に向き直る。すでに血抜きは済ませてあるし、鱗も落としてある。インベントリは便利だよね。
解体までやっちゃってもよかったんだけれど、ちょっと自分で捌いてみたいんだよ。
先ずは頭を落としてっと。落とし……落と……難しいな。というか、こやつがデカすぎる。
もう、包丁みたいに使うんじゃなく、本来の剣……刀として使ってみようか。
そう、切る、ではなく斬る方向で。
……よく考えたら、私、片手剣も両手剣も、素人に毛の生えた程度の腕しかないや。まぁ、やってみよう。
……。
うん。いろいろとおかしなことをやろうとしている気がする。手に持っているのは包丁じゃなくて、黒檀鋼の刀だし。いや、これくらいじゃないと捌けそうにないからなんだけどさ。マグロ解体用の包丁なんて、見た目は日本刀だし。似たようなものだよ。
うん、二の足踏んでないで、度胸を決めてやっちまおう。
せーの……たりゃあ!
よし、斬れた。半分だけ。
刀は振り抜けたけれど、胸側の方まで届かなかったよ。三分の二くらいの部分を両断して、刃の届かなかった胸側がくっついたままだ。
反対に側に回って、こちらも刀を振り下ろして切断。
一刀で斬れなかったから、ちょっと切り口がガタついたけれど、食べるのは私だし、端っこだけだから問題ないだろう。
次はお腹を割いて、ワタを出して……。おぉう、大きいとここまで大変なのか。
興味本位でやろうと思わなかったほうがよかったかな。
【聖水】で洗い流してと。
足元が水浸しに……あ、いつのまにかスライムがいっぱいきてる。掃除にきちゃったか。魚に取りつかれないように気を付けないと。
それじゃ、これを三枚におろして……
作業終了。
……切り身というより、これ柵だよね。川魚の柵って。いろいろおかしい。川魚なんて串刺しにして塩振って焼くイメージしかないから、切り身と柵とか違和感しかないよ。
ま、まぁ、いいか。普通に焼いて行こう。塩を振って網焼きにしていく。
バター焼きとかも美味しそうだな。あぁ、それなら小麦粉を振ってムニエルにしたほうがいいか。
とりあえずは塩焼きだ。見た目は鮭だよ。身が赤いよ。まぁ、鮭も鱒も一緒みたいなものだからね。
そうそう、ダンジョン産のお魚のいいとこがあったよ。
ダンジョンで生み出された魔物……になるのか。うん。魔物は、魔素によって生命維持をされているから、食事は不要。私は魔法で生命維持をできるわけだけれど、ダンジョン産の魔物は、ダンジョン内でならそれと同じ状態であるようだ。
生存には食事不要。ついでに不老不死に近い状態なのかな。一定年数ごとに溢れて暴走するわけだから、それなりにダンジョン内でサイクルはできているみたいだけど。
あ、話が脱線した。
えーと、要は、ダンジョン内では、魔物は食事不要で存在しているってこと。そして魔物以外の生物は、基本的に排除されるということ。それが魔物が襲ってくるということだしね。小さな虫だのは掃除屋スライムが駆除しているみたいだ。
うん、なにが云いたいのかと云うと。
寄生虫の心配がないんだよ!
川魚は生で食べるモノじゃないけれど、これなら生でも食べられるんじゃないかな?
いや、それでも私は火を通すけれどさ。気分的に。
あ、ワタだけれど、ビーが食べたがったから、簡単に炒めてあげたよ。苦いと思うんだけれど、ビーは気にせずモリモリ食べているよ。あとでちゃんと身の方も分けないとね。
さぁ、焼き上がったよ。久しぶりの干物じゃないお魚だよ。
いただきます。
箸で身をほぐし、ぱくりと一口。
……うん。鮭だ。鮭だ!
いや、私が食べた事のある鮭よりもずっと美味しいぞ。これすごい!
よし、ここの中層は狩場に決定。無くなったらまた狩りに来よう。
いや、戻って狩ろうか? あと数匹くらい在庫がほしい。
どうするかな。それとも、ここからボスまでに狩っていくのいいかな。
ただ、ここから先はさっきのワニが出てくるはずなんだよね。はっきり云ってすごい邪魔になると思う。
ただでさえベヘモスがウロウロしているわけだし。
よし、戻って十匹くらい在庫を増やそう。
ベヘモスは律義に樹の道をドスドス歩いてくるから、対処しやすいし。
パクパクとイトウを食べていく。
あ、追加で焼いておこう。網に切り分けた身を載せてと。
こうなるとご飯も欲しいな。作り置きを出しちゃおう。
かくして、私はビーと一緒にお魚を堪能したのです。
誤字報告ありがとうございます。