217 魚が食べたくなってきた
その巨獣は、ひとことでいうならばカバ。体高は十メートルくらい。横幅も似たようなもの。頭が菓子パンでできたヒーローアニメに登場するカバの小坊主を、リアルにしたらこんな感じじゃないかと思えるような、そんなヤツが上層階層のボスだった。
あ、体色はカバのような暗い灰色ではなく、豚のピンク色だったよ。
で、その二足歩行のでかいカバですが、魔法を撃ちながら逃げ回ると云う、これまでと同じ方法でなんとか倒しましたよ。
インベントリに格納して名前を確認したところ、非常に楽しみになりましたよ。えぇ、食べるのが。
え? 人型のモノは食べないって云ってただろって? なにを云っているんですか、こいつはカバのような生き物ですよ。四つ足の獣だって、後ろ足で立ったりするじゃないですか。それだけですって。
あ、こいつの名称はベヘモスだったよ。
そう、終末後、生き残った人類に食べられるためだけに存在するアレ。だから食べるのが楽しみなんだよ。なにせ、食料として生み出された生き物だからね。
まぁ、ここにいるのは、大木さんが造ったレプリカみたいなものなんだろうけれど。実際には、十メートルどころじゃない大きさだろうしね。
とはいえ大木さん、信じていますよ。
……ただの非常食で、味は期待するな、なんてことになってなければいいんだけれどね。
さて、なんとなくだけれど、このダンジョンの特色と云うか、構成がわかって来たような気がするよ。
浅層:平原 上層:森林 となっていたことから、層ごとに環境が違うのだろう。それと、ボスモンスターは、その次の階層から雑魚としてうろついている、ということ。もっとも、弱体化というか、劣化? 廉価版……だとちょっと違うか。ボスをメジャー○○とすると、雑魚はレッサー○○という感じかな。
アンキロサウルスが通常通りのサイズでウロウロしていたからね。
あ、一応雑魚も、一、二匹くらいは狩ってインベントリにいれてあるよ。
アンキロサウルスは食べられるのかな。尻尾のこぶの部分は、なにかに使えそうな気がするよ。
尚、残念ながら、コモドドラゴンは食べない方がよさそうと判断したので、現状、非常に処分に困っています。いや、毒がかなり面倒そうなのですよ。
毒を無効にできるからって、好んで毒を食べようと思わないからね。
コモドドラゴン、テスカセベルムの王城に五十匹ほど置いてきたんだけれどね。インベントリにはまだ二百匹以上残ってるんだよ。皮は使い道あるだろうけれど、正直、私はあまり使わないからねぇ。
今度ゼッペルさんに革職人の人を紹介してもらおう。
サムヒギン・ア・ドゥールの皮を少しばかり鞣しはしたけれど、手間がかかり過ぎて、自分でやりたいとか思わないんだよ。だから、すでに鞣し済みの皮素材を買ってきて革鎧とかを作っているわけだし。
それじゃ、休憩もこれくらいにして、中層へと突入しよう。
残り時間は……あと七日。
と、そうそう。宝箱の中身。入っていたのは……えーと、これはランドセル? 革製の丈夫そうな鞄だったよ。背負えるようにもなっているやつ。
いわゆるあれだ。アイテムボックス的な鞄。いくらでも入るっていう鞄だ。一応、容量はあるみたいなんだけれど、さほど気にしなくても大丈夫なくらいにはあるみたいだ。
アンキロサウルスが入ったしね。
あとポケットもついているんだけれど、こっちは普通だったよ。小物はこっちに入れておいた方が便利そうだね。
これはどうしようかな。インベントリがあるから、実際のところいらないんだよね。でも、これがあるとインベントリをごまかせそう。とりあえずは自分で使うことにしよう。
さて、中層部に突入しましたよ。
ここからは沼沢地帯みたいだ。……いや、大型の魔物がいるわけだから、深いよね? 普通の沼地とみたほうがいいかな。
ガマみたいな植物がいっぱい生えてるけど。
で、スロープの先は、丸太を縦に真っ二つにしたものが足場になっている。沼地を渡るための橋、道になっているようだ。
使われている木材は、上の森林地帯に生えていた樹かな。多分そうだろう。なにしろ幅が十メートルくらいあるからね。幅十メートル、長さ百メートルくらいの丸太が連なって、ずっと向こうにまで道がつづいている。
先の方で分岐もしているみたいだ。
これは、この道に添って進めということかな? これはこわいな。ベヘモスがこの道をドスドス歩いてきたら、躱す事なんでできないよ。
沼の方を凍らせて逃げる? 足を滑らせて転けそうだ。
これはもう、眩惑魔法でごまかして進むしかないね。【魅了】を全力で使っていくとしよう。
テクテクと移動を開始。
景色はなんというか、代わり映えしないねぇ。ただ、魔物は意外に種類がいるよ。平原と森林では遭遇しなかっただけで、いろいろといたのかもしれないね。
まず、ベヘモス。半分くらいのサイズのやつが、そこかしこで頭だけ沼から出しているよ。そして亀。二種類確認。スッポンとマタマタ。なんとも特徴的な亀がいましたよ。サイズがでっかいけど。マタマタはスルーして、スッポンは狩猟したよ。丁度、橋の上に登っていたからね。そのうち調理しておいしく戴くよ。
調理の仕方を調べないといけないけど。スッポンの捌き方なんてしらないからね。
あとはヌートリアがでかくなったようなヤツ。【バンビーナ】に居た奴かな? そしてナマズ。
こういった環境の危険生物といえば、まっさきに頭に浮かぶヤツが見当たらない。
多分、中ボスででてくるんだろうなぁ。
二十四層に到達。順調ですよ。というか、この中層は野営できる場所がないよ。この樹の道の分岐点は広場みたいになっているけれど、そんなところで野営する度胸はありませんよ。
普通に亀とかベヘモスは上を歩いているからね。襲われたら逃げ場がまともにないんだよ。戦うにしても狭いし。
これ、私みたいに誤魔化して進む方法がない人は、この中層で詰むんじゃないかな。
……いや、普通の冒険者はベヘモスで詰みそうだ。
あの上から振り下ろされるパンチは受け止めちゃダメな威力だからね。
不眠不休で移動しているわけだけれど、ビーは私の背中で睡眠はとっているよ。背中と云うか、背負っているランドセルの上でだけれど。
ランドセルに座って、私のあたまにしがみつくような感じで寝てるんだよ。
あぁ、髪の毛は束ねておさげにしてるよ。
時折、水面に姿を現すナマズを狩りたいんだけれど、現状、倒せても回収できそうにないしなぁ。
あ、そうだ。水面歩行装備があるんだっけ。いや、でも、真下から呑み込まれる自分が容易に想像できるな。
回収の時だけ水面を歩いていくか? うん、そうしよう。ナマズ食べたい。
いや、隣町の名物がナマズでね。法事とかの集まりの時の仕出し料理にナマズ料理があったりしたんだよ。
ナマズの唐揚げとか、結構おいしいんだよ。魚らしい味はしないけれど。
多分、あの唐揚げはつみれみたいに骨ごとすり身にして練ったものを揚げたものだと思うけれど。
ここで見かけたやつなら、わざわざ骨ごとすり身にするなんてことをする必要もなさそうだしね。
味を他の食材で例えたいんだけれど、適当なものが思い浮かばないよ。
そういえば、干物以外の魚料理を久しく食べていないな。ディルガエアは内陸の国だから、新鮮な海魚なんて手に入らないしね。
川魚が売っているのも見たことが無いな。なんでだろ?
もしかして不味い? そういや、鯉はもう食べたくないとか、お兄ちゃんは云ってたな。
これは不味かったわけじゃなく、小骨が多すぎて、食べるのに酷く苦労したかららしいけど。
私も鮒の甘露煮は食べたことはあるけれど、微妙に泥臭いんだよねぇ。甘露煮でこれなんだもの、普通に焼いて食べるのは厳しいんじゃないかな。
好んで食べたい、とは思わないし。
とはいえ、一度は見て確かめてみよう。サンレアンを流れてる川をしっかり調べたわけじゃないし。
そういや、湖のほうも確かめてないな。開発するにあたって、漁業がどうのっていっていたから、それなりに美味しい魚はいるはず。
普通に魚が食べたくなってきたよ。
なにかいないかな? ナマズがいるんだもの。ピラルクみたいなのもいたりしない?
ロクなことになりそうにないけれど、水面に【雷撃鎖】でも撃ち込んでみようか?
道の端によって、水面を見ながら進む。【生命探知】の範囲内にいれば、その姿は確認できる。
やがて大きな魚のシルエットが複数集まっているのをみつけた。
見た感じ、普通の魚みたいな形をしている。ナマズではないし、もちろんヘビの類でもない。
ということで【雷撃鎖】を撃ち込む。【雷撃鎖】は、目標に当たった後、周囲にいる者にも連鎖して当たっていくという魔法だ。
威力が完全に減衰するまで、周囲に被害をもたらすという、殲滅戦には有用な攻撃魔法である。
今回は、実験も兼ねている。いや、水に電撃なんて撃つと拡散して使い物にならないからね。魔法の雷もそうなのか、確認したかったんだよ。
で、魔法の雷ですが、物理法則を無視して水中でも水上と同様の効果を示したよ。
魚が予想以上にぷかぷかと浮いて来た。
でっかい鱒みたないなのが三匹! あとナマズにピラルクっぽいのも浮いて来た。そして――
「エイ!?」
私は、ぷかぁっと浮いて来たそれを目にして、なんとも間の抜けた声を上げた。
淡水でもエイっているんだ。というかこのエイ。背中に規則正しく水球模様が並んでるんだけれど。
見た目だけなら茶褐色に明るい茶色の水玉とか、毒々しくて食用にしようとか思わないよ。
そういや、エイもタコやイカと合わせて、デビルフィッシュって呼ばれてるんだっけ?
まぁいいや。エイは捌いたことがあるからね。普通に食べ方も知っているよ。
これはサンレアンに戻ってから調理しよう。煮凝りをつくるんだ!
水面を歩いていき、獲物をインベントリに手早く格納していく。
水の上にはできるかぎり居たくないらね。
中ボスを倒したら、宝物部屋でこの鱒みたいなのを……って、イトウ?
インベントリに放り込んだところ、その名称に私は目を擦った。そんなことをしても表記は視覚でみているわけじゃないから、意味がないけれど。
「イトウって、一メートルくらいじゃなかったっけ? これ、どう見ても五メートル以上あるんだけれど」
ここは大物しかいないダンジョンだからね。なんでも大きい。
例外となっているのは、下生えの植物とかだけだ。
イトウか。普通に塩焼きにして戴こう。でかいから、さすがに丸焼きとはいかないけれどね。
こんな調子で進み、ついに中ボス階である二十五層。
戦闘をほぼ行わずに進んでいるため、中層の踏破速度は早い。まぁ、道に沿って歩いて行けば、下の階へと続くスロープに着けるからね。余計な分岐路にも入っていないし。
この分なら、余裕をもって中層をクリアできそうだ。
誤字報告ありがとうございます。