216 総合案内受付嬢はお仕事がしたい 4
「ねぇ、タマラちゃん」
「なんですか? チャロ」
先ほどから私の方をちらちらと見ては、考えあぐねたように百面相をしては仕事に戻る、というようなことを繰り返していたチャロが、ついに私に声を掛けてきました。
時刻は十一時を回ったところ。この冒険者組合では閑古鳥が鳴く時間帯です。三時ごろまでは、探索者はもとより、狩人が戻って来ることもないでしょう。例外としては、仕事を終えた傭兵が仕事の完了を報告に来るくらいでしょうか。
冒険者たちを送り出し、手が空いた途端にこちらをしきりに気にしていたわけですが、なんでそんなおかしなことをしているのか不思議でしたので、聞くには丁度いいかもしれません。
……相も変わらず、私は暇ですしね。
「なんで鎧を着て仕事をしてるの?」
「なにか問題でも?」
「いや、問題とかそういう事じゃなくてさ。えぇと……えぇ?」
困ったような顔でチャロが首を捻っています。
ふむ。なにか問題でしょうか?
現在、私は全身金属鎧に身を包んでいます。キッカ様の新作……というよりは、改良型になるのでしょうか?
販売しても問題がないかと、試用を頼まれたものです。
結論からいうと、副組合長が頭を抱える代物でした。
先に売り出している【刻削骨の鎧】。特殊な加工技術で骨を用いて作られた鎧をキッカ様は受注販売しています。そしてその改良型となる、金属と骨のハイブリッドの鎧も。
この二種の鎧は、これまでの金属鎧にはない特性がありました。簡単にいうと、凹まないのです。ベースとなっている素材が骨ですから、当然ともいえますが。
金属鎧は一度戦闘があると、攻撃を受けたそこかしこが、多かれ少なかれ凹みます。多少の凹みであれば素人でも修復、メンテナンスはできますが、これが大きな凹み、歪みとなったらそうもいきません。具足師に修理を依頼しなくては直りません。
具体的には、留め金がしまらなくなる。無理矢理しめると、今度は鎧が脱げなくなる、なんていうことになりますからね。
キッカ様の造ったこの鎧は、そういった問題が起こることがありません。その形が変形することがないのです。
ただ、あまりにも強大な一撃を受けると“割れる”ということですが。もっとも、そのような一撃であれば、着ている者はまず即死する衝撃とのことですが。それほどの衝撃であれば、金属鎧の装甲も裂けていることでしょう。
さて、このほどキッカ様より託され、試用しているこの鎧ですが、見た目は完全に金属製の鎧です。ですが、キッカ様曰く、ベース素材は骨。金属を混ぜたわけではなく、本来の【刻削骨の鎧】の骨の粉に混ぜ込む素材を変更しただけのものだそうです。
その結果、これまで以上の防御性能に加え、大幅な軽量化に成功したそうです。
……実際、私が着込んで普通に動けていますからね。ちょっと重い荷物を持って動いている程度にしか思えませんし。
椅子にも普通に座れています。重たい金属鎧を着て椅子に座ろうものなら、椅子がギシギシ軋みますからね。いくら組合の椅子が特注の頑丈な物であったとしても。
で、チャロですが、困ったような、非常にげんなりとした表情で私を見つめています。
「せ、せめて兜は脱がない? というか、そのタマネギ兜、見えづらくないの?」
「意外にもそこまで視界に問題はありませんよ。フルフェイスの兜とさほど変わりませんね」
兜を被ると、十センチくらい離れたところに外を見るための兜の覗き穴……えーと、スリットがあるのですが、慣れるとさほど違和感なく見ることができます。
死角は多いですが、それは普通のフルフェイスへルでも一緒ですからね。特に問題はないでしょう。普通の兜の閉塞感、窮屈さが嫌だという人にはお勧めの兜なのではないでしょうか?
まぁ、鎧と一体となっている形式の物ですから、この兜だけを購入しても使いづらいでしょうけど。
では兜を脱ぎましょう。どうにもこの格好が気になって仕事に手がつかないようですからね。
兜に手を当て、少し上に持ち上げてからクルリと回し、そして更に持ち上げます。
これでこの兜を脱ぐ……というよりも、外す、という表現の方がいいですね、えぇ、外すことができます。
「……なんで仮面を被ってるの?」
兜を外した途端、今度はそんなことをチャロが云ってきました。
はて? なにかおかしいでしょうか? もはや仮面は私のアイデンティティですよ?
兜を脇に置き、被っていたホッケーマスクを側頭部へと回します。
おや? チャロはこめかみに指を当てていますね。……失敬な。
「それで、値段は決まったの?」
「困っているんですよねぇ。この鎧、性能がおかしいです」
「まぁ、キッカ様の造った鎧だからね……。また魔法でもいっぱい掛かってるの?」
「いえ、素のままですよ」
「え? 魔法、掛かってないの? タマラちゃん、そんなに力持ちだっけ?」
「あぁ、この鎧、フルセットで二十キロ程度なんです」
「はぁっ!?」
「チャロ、声が大きいです」
忙しなく目をパチクリさせているチャロに云いました。この時間、待合所に誰もいないとはいえ、大声を出すものではありません。
チャロの大声に合わせて、ひゃあっ! とかいう悲鳴? が聞こえましたし。あれは多分ペトロナですね。
「え? なんでそんなに軽いの!?」
「なんでも、素材を変えたそうですよ」
「素材って、なにをどうすればそんなに軽くなるの?」
「そういえば、鎧の名称をどうしよう? とか云っていましたね」
タマネギ兜を手に持ちながら答えます。これの手触りからしてそもそもおかしいのです。
というかですね、この鎧、柔らかいのですよ。非常に柔軟性があるのです。
両手で持って、互い違いに力を加えると、簡単にたわみます。たわみますが、手を離せばすぐに元通り。しかも衝撃吸収性が非常に高いと云うのも確認済みです。
はい? とんでもなく高性能なのに、なぜさっきはこれまでの金属鎧と一緒くたにしたかと?
いえ、防御能力は変わらないのですよ。衝撃吸収をするといっても、完全ではないですしね。打撃は抜けます。
ただ、打撃等に強い→壊れにくい、という点で既存の鎧よりずっと優れています。
そしてなにより軽い。
軽量の全身鎧というものも存在はします。ただ、実戦向きではないと、実用にはされていませんが。
基本的に儀礼用に用いられているのが殆どでしょう。斬撃にはそれなりに強いですが、簡単に凹んだり裂けたりするようですからね。
見た目はスラリとして格好良いのですが、言葉は悪いですが、ただそれだけの代物です。
そしてこのほど持ち込まれたキッカ様の鎧は、その軽量の全身鎧とほぼ同じ重量で、これまでの全身金属鎧と変わらぬ防御力をもっているのです。
副組合長が頭を抱えるのも仕方がありません。これ、本当に値付けをどうしましょうか?
これまでと同様に、金貨二十枚というわけにはいきませんからね。
キッカ様も自覚しているらしく、値段を上げないといけないと云っていましたが。もっとも、性能からの値上げではなく、素材による値上げということでしたが。
「え、ちょっ、大丈夫なのそれ? なんだかグニグニしてるけど」
「問題ありませんよ。むしろ、衝撃をより吸収するようにできているようです」
「骨……なんだよね?」
「キッカ様はそう云っていましたよ」
「鑑定盤で確かめてみた?」
「そういえば見ていませんね」
素材を変えたと聞いて、特に鑑定はしていません。もとより、魔法が掛かっている鎧でもありませんでしたしね。
「確認してみよう!」
ガタッ! と音を立ててチャロが立ち上がります。
なんでそんなにやる気なんでしょうかね?
仕事をサボる口実とかなら、チェロに叱られますよ。ほら、向こうで眉をひそめてこっちを見ていますし。あ、こっちにきましたね。
「チャロ?」
「え? いや、遊んでるわけじゃないよ? ほら、ちゃんと確認しないと」
「タマラちゃん?」
ニコニコとした笑顔でチェロが私に向き直ります。
「鑑定盤では見ていないんですよ。素材を変更した結果、性能があがったとキッカ様は云っていましたけれど。それと、多くても二十領限定とも云っていましたね。素材を取りに行くのが大変みたいです」
チェロに正直に答えます。そしてチャロ。なぜ視線で助けてと私に訴えますか。そんなだからチェロに要らぬことまで疑われるのですよ?
「産出量の少ない鉱物でも使っているのかしら?」
「でも柔らかい金属なんて、限られてないかな?」
「柔らかいって、金とか鉛とか? 鎧の素材には向かないわよ。重いし」
「これは軽くて硬くて柔らかい素材ですよ」
「いや、タマラちゃん、硬くて柔らかいとか、矛盾してるから」
チェロが苦笑いを浮かべています
「でもそうとしか云えないんですよ。ほら」
手甲部分の端を掴んで力を加えます。すると手甲がグニっとか歪みます。
「えぇ……。それ、鎧として大丈夫なの?」
「問題ないですね。試験してみましたが、普通の鋼製の鎧と変わりない防御性能でしたよ。打撃の衝撃に関しては、こちらの方が吸収性は高かったですね」
「ね? 副組合長が頭を抱えるくらいなんだよ。きちんと確かめた方がいいって」
慌てたように云うチャロに、チェロが胡乱な眼差しを向けています。
普段がちゃらんぽらんだから、こんなことになるんですよ、チャロ。
「まぁ、きちんと調べた方がいいのかもしれないわね」
「調べるのはこの兜だけでいいでしょう。他の部分も同じ素材でできている訳ですし」
そういって私は鉛色のタマネギ兜を掲げました。
そうして始まる鑑定。
なんだかまた職員が集まってきましたが。以前、キッカ様の鎧の鑑定をしたときを思い出しますね。
では、鑑定盤に兜を載せてみましょう。
名称:メタルスライムヘルム[タマネギ鎧仕様]
分類:兜
防御属性:物理
備考:
メタルスライムの素材を用いた【刻削骨の兜】。頭部を守るに十分な剛性を備えつつ、衝撃を吸収する柔軟性に優れた兜。本来、武具の素材にすることは不可能であるメタルスライムを、職人の創意工夫がそれを実現させた逸品。
……えーと。
「タマラちゃん。訊きたいのだけれど」
「なんですか? チェロ」
「メタルスライムって、なに?」
「スライムの一種ではないかと」
「さすがにそれは分かるわよ。でも、そんなの聞いたこともないんだけれど?」
「奇遇ですね。私もです」
チェロが頭を抱えました。
「えぇ……。ということはさ。キッカ様、このメタルスライムとやらを狩って来たってことよね? どこでそんなものを?」
「【バンビーナ】よ」
背後からの答えに、私たちは振り向きました。
声の主はカリダード組合長。そしてその隣にはティアゴ総組合長の姿。総組合長の姿を見るのは久しぶりですね。どうやらやっと出張が終わったようです。
「【バンビーナ】ですか? テスカセベルムの? あの放置されている山岳ダンジョンにキッカ様が?」
「えぇ、行ったみたいよ。それも攻略を完了させたみたいで、最下層までの地図ももらったわ。なんでも神様経由で、今後管理化するように王家にきょ……進言したって聞いたわ。もっとも、神様経由の時点で命令になっているわけだけれどね」
組合長、きょ……ってなんですか? 云い換えましたよね?
「王都支部に行った時には、騒ぎになっていたぞ。いまだに神々はあの国を赦してはいないようだ。
組合に管理化にあたり、組合支部の設立を依頼された。早急に宿場を作り上げなくてはならないんだが、あの辺りは魔物災害のために、いまは完全に無人の場所でなぁ……」
あぁ……誰も行きたがらないんですね。それでテスカセベルム王都支部がてんやわんやしていたと。
「噂によると、聖武具が王家に送られたらしい。送り主は不明となっているからな。みんなは他言無用だ」
キッカ様はいったいなにをしているんですか……。
「そういえば、キッカ殿、オルトロスを持ち込んだんだって? そんなのがボスでいるとなると、攻略はなかなかに厳しい――」
「ボスじゃありません」
「なんだって?」
遮った組合長の言葉に、総組合長が驚いたように方眉を上げています。
「オルトロスは普通にフロアを徘徊している魔物だったそうです。三十四層なんていう、深い階層のですけれど」
私も見ましたけれど、あんな大きな魔獣が雑魚?
「おいおい、オルトロスが雑魚扱いとか、随分と恐ろしいな」
「キッカ様曰く、三十層以降への立ち入りは、覚悟の上で行くようにと云われましたよ。最終の五層は、すべてボス層だそうです。
件のメタルスライムは、最終階層の雑魚モンスターだそうです」
さすがの総組合長の顔も引き攣りました。
「まて。まてまてまて、そんなところをキッカ殿は突破したのか?」
「そのようです。ショートカットのメダルも見せてもらいましたし。あぁ、それと、【バンビーナ】はダンジョンがふたつあるとのことです。
見つかっているものの他に、山向こうにもうひとつ入り口があり、最下層で繋がっていると。
興味本位で最下層からもうひとつへと足を踏み入れ、酷い目にあったとキッカ様が仰ってましたよ」
「なにがあったんだ?」
「もうひとつのダンジョンは、昆虫を主としたダンジョンのようです。入った部屋は最終ボスの部屋で、いたのが――」
組合長の説明を聞き、私は震え上がりました。そしてチャロが悲鳴をあげて私にしがみついてきました。というか、チェロ、あなたもですか!
「洒落にならんな。アイツらは雑食だろう? 小さいなら問題ないが、二メートルサイズとか……。人間なんぞ単なる餌にしか思われんぞ」
総組合長が呻きました。
「まてよ、となると、もうひとつの入り口も管理せにゃならんのか。一度、あの山の周りをきちんと調査しないとまずいな」
「あの山を越えるのは厳しいのでは? そもそも結構な高所の上に険しい場所にあるために、これまで放置されていたダンジョンですし」
総組合長が顔をしかめた。
「また厄介だな。とはいえ、知った以上は放置もできん。確認だけはしておかないと。……あぁ、ということはだ、あの辺りには昆虫の魔物がそれなりにいるということか。他の魔物の餌にでもなっててくれりゃ楽なんだが……」
新規設立される支部は大変なことになりそうですね。近場に町もないとなると、物資の確保が大変です。流通の確保などもしないと。あぁ、商業ギルドとも連携しないとなりませんね。
まぁ、そこはその担当者に頑張ってもらいましょう。
ふふふ。私にはまったく関係ありませんからね。気楽なものですよ。つくづく調剤担当になってよかったです。薬草畑の管理もありますし、私が放出されるようなことにはならないでしょう。
まぁ、場所がテスカセベルムですし、わざわざディルガエアから派遣される者もいないでしょう。
「……ふむ。加工不能な素材、ね。タマラ、その鎧を着てみた感じはどうなの?」
「鎧としては破格の性能といっていいと思います。斬撃、打撃、刺突に対する耐性を十二分に有しています。なにより軽いです」
「軽い?」
「えぇ。完全装備で、二十二キロです」
私の答えに、皆がポカンとした顔をしました。
それもそうでしょう。なにせ、標準的な全身金属鎧の半分の重量ですからね。
「それはまた……軽いわね」
「値付け、どうしましょう?」
組合長が顔を引きつらせました。
鎧の性能で金額上昇。そして素材の関係でさらに上昇。となると結構なお値段になることが予想されます。
白金貨単位にはならないでしょうが、それでも高額になることは確かでしょう。
結局、その日は再び混み合い始める時間まで、キッカ様の鎧の値段を決めるために議論が交わされる日となったのでした。
誤字報告ありがとうございます。




