211 青い空、白い雲、でも、太陽が無い
あけましておめでとうございます。
新年ですよ。まぁ、こっちでは新年と云っても、年の区切り程度の感覚しかないんだけれど。
それよりも一昨々日の大晦日。こっちだとどの月にも属さない一日、『神々の安息日』と呼ばれる日は、神々に感謝し、家でご馳走を食べるみたいな日になっているみたいだ。
感じとしては、海外でのクリスマス? 確か、日本くらいなんだよね? 恋人同士で云々とかいうのは。
或いはハロウィン的な感じか。ありとあらゆる聖なるものを祝う日……だっけ? その前日の夜、明日は大変だから今日の内に騒ごうぜとばかり、ありとあらゆるロクでもないものが跋扈するのがハロウィン……だったと。
そういや聞いたところによると、ワルプルギスの夜は、魔女が騒ぐ夜だから、裏の丘に登って一晩中地面に鞭を打ち、その音を響かせて魔女避けをする日と聞いたことがあるよ。
なんの罰ゲームだそれ。当番の人は休みなく鞭を無意味に振り続けるとか。
なんで海外にはこんな不明な祭事? があるんですかね?
あぁ、いや、それをいったら日本の節分もそんな感じか。
というか、いまも鞭打ちなんてことをやっているのかは不明だけれど。話には聞かないから、既に廃れているのかな?
さて、王都へとまたしてもいかなくてはならないわけですが、やっぱりひとりで行くことにしましたよ。
理由は簡単で、その方が気楽だから。滞在先は変わらず、イリアルテ家の王都邸にご厄介になるわけだけれど。
いや、宿をとろうとしてもきっと無駄なんだよ。王都に入ったら見つけ出されてきっと拉致される。いや、拉致はちょっと言葉が悪いか。
で、いまは王都に向けて移動中……なんていうこともなく、別の事をしているよ。
王都へは送って貰えれば一日と掛からないからね。
かといって、サンレアンをウロチョロしているわけにもいかないので、この一ヵ月近い空いた時間を、有効に使うことにするよ。
ということでダンジョンアタック行くよ。
行くのは大木さんの近所にある【大物ダンジョン】。当然だけれど、未発見ダンジョンだから無名のダンジョンだ。
これ、私が見つけたことになったら、【キッカ】とでも付けられるのかな。
で、このダンジョンには基本、大物の魔物、それこそ五メートル以上の魔物しかいないとかいう、恐ろしい場所だ。
ダンジョン内は生態系があるわけでもないから、食物連鎖はないんだよ。故に、餌となる小動物的な魔物は存在しない。あぁ、でもスライムはいるけど。
外部から迷い込んできた動物なり魔物なりがダンジョン内で死んだ場合、それを掃除する必要があるからね。その役をスライムが行っているわけだ。
それにしても、大木さんはなにを思ってこんなダンジョンを作ったのか?
訊いてみた。
「気の迷いだよ」
あっさり答えられたよ。それも気の迷いって。
なんでもこのダンジョンは、三番目に作られた“本格的なダンジョン”なんだそうな。ちなみに、二番目に作ったモノは破壊されているそうだ。
えーっと……つまりはこういうこと?
壊せるもんなら壊してみやがれ!
いや、前にもそんなことを聞いたけれどさ。それで大物ダンジョンを作ったのか。
階層は五十層。浅層、上層、中層、下層、最下層となっているとのこと。というよりも、それがダンジョンの基本だそうだ。
【バンビーナ】は浅層部分がないダンジョンだったらしい。浅層部分は基本的に魔物の数が僅少で、遭遇率が低いとのこと。【アリリオ】の五層までこんな感じだって聞いたよ。
【バンビーナ】は出来うる限り隅々まで回ったけれど、今回は下への階段を見つけたらとっとと進む方針でいくつもりだ。
時間が限られているからね。
あぁ、そうそう。一応、目的もあるんだよ。召喚器は人の出入りしているダンジョンにあるのではないか、という予想を立てたわけだけれど、その確認も兼ねている。
ここに召喚器が無ければ良し。有った場合は、他の未発見ダンジョンにもあるということになるから、少しばかり面倒になるよ。
アンラの海中ダンジョンとか。
あれ、海水中の魔素濃度の調整をしているダンジョンとのことだから、完全に水没しているんだって。
【水中呼吸】の装備があるから、探索はできるけれど、水中での戦闘はまず無理だからね。魔法が使えるか分からないし。ゲームだと使えなかったらね。
あと武器を振るのは水の抵抗を考えるとまず無理。クロスボウを水中銃みたいに使えるかな? 使えそうな武器と云ったらそれくらいだよ。
当然、海中にあるダンジョンはひとつだけじゃない。数でいったら、地上よりも多いんだそうな。
まぁ、攻略の心配は、探索しなくてはならなくなった場合に考えよう。いまは目の前に聳えるダンジョンですよ。
正確にはダンジョンの入り口。崖みたいになった岩山の一角に、人工的な感じで入り口があるよ。
大きいな。【アリリオ】の入り口の縦横共に三倍くらいありそうなんだけれど。
そういや、山みたいな地竜がでてきたんだから、これくらいあって当然か。あれだ、アルゼンチノサウルスくらいあったんじゃないのかな?
……そんなデカいやつに、当時の人は剣や槍で立ち向かったのか。無茶どころじゃないと思うんだけれど。
ディルルルナ様、スパルタ過ぎやしませんかね?
よく倒せたよね。
言葉だけだと今ひとつ分からなかったけれど、この入り口のサイズを見ると、大きさがなんとなくだけれど実感できるからね。
「それじゃ深山さん、準備はいいかな?」
「あ、はい。問題ないです」
ここまで付き添いで来てくれた大木さんに答える。
「先にも云ったけれど、基本、デカブツしかいないよ。無茶はしないようにね。それと『しかいない』とはいったけれど、ゴブリンだのなんだのが入り込んで、住みついている可能性はあるからね。特に浅層は住もうと思えば住めるからね」
「分かりました。その辺も気を付けます。
そういえば大木さん、このダンジョンは内容からして、かなり危険だと思うんですけれど、魔物溢れ対策とかどうなっているんです?」
「あぁ……それか……」
大木さんが疲れ切ったように項垂れた。
「ここだけは特殊でね。魔物溢れ……魔物暴走は起こらないハズだったんだよ」
「え?」
「イレギュラーが起きたみたいでねぇ。簡単にいうと、喧嘩が原因」
訊いたところ、こういうことだそうだ。
地竜同士が喧嘩をした。その一頭が上へと逃げ出して、それにより上の層の魔物が追いやられた、と思っていたんだよ。
いや、暴走の原因はそうなんだけれど、原因の部分がちょっぴり違う。
大抵、魔物同士の喧嘩となると、片方が死に至ることになるのだそうだ。そしてその喧嘩も、片方が死亡して終了。終了したのだが、生き残ったほうがなにをトチ狂ったのか、暴れたりないと云わんばかりに上へ上へと登りだしたのだそうな。
その結果、ダンジョンから魔物が溢れ、災害が起きたとのこと。
大木さんのところにも大量の大型魔獣がやってきて、処分が面倒だったらしい。
「僕がダンジョンを作ってから五千年以上経っているんだよ。それまで一度もそんなことはなかったからね。他のダンジョンは定期的に魔物溢れはあったけれど」
「どれだけ低確率で起きたんですか!?」
「考えたくもないよ。地竜がなにを考えるかまで、さすがに想定していないよ」
はぁ……と、大木さんがため息をつく。
「今はもう対策をとったから大丈夫だけれど」
「そうなんですか?」
「浅層に入った時点で、一定以上のサイズの魔物は処分する仕様にしたからね」
また過激なというか、大雑把というか。
「まぁ、いまは問題ないよ。
それじゃ、これを着けて」
そういって差し出して来たのは、数字の記されたミサンガみたいなもの。
「それを身に付けると、記された数字がカウントダウンを始めるよ。ゼロになった時点で、僕の家の前に転送されるからね」
記されている数字は二十。つまり、二十日後には強制的に大木さんのところに戻されるということだ。
ということはだ、帰りの時間を気にせず探索して問題ないということだ。
探索していると、時間間隔が狂いまくるからね、私。【バンビーナ】にひと月潜ってたしね。
「キミもこれをつけてね」
大木さんが屈み込んで、ビーの手首に私と同じミサンガをつける。
今回のお供もビーだよ。こうなってくると、いつもお留守番のボーが可哀想だな。今度……アリリオは無理だから、ナナトゥーラの【ダミアン】に潜る時には連れて行ってあげよう。
「忘れ物はないね? それじゃ行っといで。くれぐれも無茶はしないようにね」
「さすがのデカブツ相手に、片っ端から手を出すようなことはしませんよ。それじゃ、行ってきます」
私は大木さんに手を振ると、ダンジョンの入り口をくぐった。
本日は一月四日。期限は二十四日まで。なんとか三十層くらいにまではいきたいところだ。
本日の装備は【バンビーナ】に潜ったときと同じだ。
そうそう、キュカさんの装備だけれど、既に納品済み。革装備だから、素材さえあれば直ぐに作れるんだよ。金属をカンカン叩く手間もないしね。
それ以前に、グローブとベルト関連は私のスペアで間に合ったし、ブーツも同様。革ズボンは作ってあったもので問題なしと、ほとんど作らずに済んだんだよ。
新規に作ったのは上衣だけ。さすがにこれは私のスペアだと寸足らずになるからね。
キュカさん、私より背が高いから。というより、私が低いんだけれど。
ん? それじゃズボンも寸足らずだろうって? うん、多少寸足らずだけれど問題ないんだよ。ブーツが膝下まであるからね。
あぁ、そうだ。ブーツは少し手を加えて、ナイフホルダーをくっつけておいたよ。
そこかしこに武器を仕込める装備となったよ。
あ、そうそう。甲殻鎧のゴーグル部分だけ追加で欲しいといわれたよ。
で、装備した姿を見たけれど、なんだろう、狩人というよりは、どこぞの漫画のガンナーみたいになったよ。
ま、まぁ、キュカさんには喜んでもらえたからいいか。
さて、こっちだ。
ダンジョンに突入しましたよ。で、のっけから【バンビーナ】と違いますよ。
階段がないよ。下へと向かう通路は緩やかなスロープになっている。これ、あきらかにデカブツが外へ出られるようになっていないかな?
……下層以下のやっかいな奴は外に出さないけれど、それ以外は出ても構わないってことなのかな?
トロールとか。
トロールって、馬鹿みたいに再生能力が強いから、倒すのに時間が掛かるって聞いたけれど。背丈も七メートルくらいあるっていうし。
綺麗に舗装されたようなスロープを降りていく。
灯りはオレンジ色の電灯のようなものが、規則正しく天井に並んでいる。うん、あれだ、トンネルみたいだ。
というか、ここは灯りが設置してあるんだね。
そしてもうひとつ分かった事実。
スロープ、歩きにくい。考えてみたら、こういった坂の上り下りなんてほとんどしたことないよ。変に足に力がはいって、微妙に疲れる。
そうこうして五、六分くらい歩いただろうか。やっとスロープが終わり、ダンジョンの一層に到着した。
「……外だ」
青空の下に広がる平原。ずっと向こうには森が見える。そして所々に生えている、聳える柱。
空にまで届いている柱がなかったら、ここは屋外だと完全に誤認していただろう。
空を見上げる。どこまでも青い空、白い雲、でも、太陽が無い。
この空の青も、雲の白も、映像のようなものなのだろうか。
「えーっと。これがいわゆる、平原ダンジョンとか、山岳ダンジョンなんていう屋外型のダンジョンなのかな? いや、ここは地下なんだろうけど」
うん。何を云っているんだ? 私。
とりあえず【生命探知】の範囲である五十メートル以内に、敵性生物はいないようだ。
まぁ、驚いていてもしかたない。進むとしよう。
こうして、私の二度目のダンジョンアタックは始まったのです。
誤字報告ありがとうございます。