21 走るってどうやるんだっけ?
狩りをすると云ったな。あれは嘘だ。
いや、なんかね、アップデートのアレで動揺してるというか。
まともに矢が狙ったところに飛ばなくなっちゃってね。
私のメンタル、ポンコツ過ぎでしょう。
そんなわけで、狩りは止めて、長年の夢を叶えてみようと思います。
うん。思いっきり走るんだ!
足がダメになって走れなくなったからね。変についていた歩く癖もなんとか矯正できたし、もう走れるんじゃないかなって。
ちょうどここはだだっ広い野っ原だしね。
そんなわけで。走るよ! 実に十二年ぶりだよ!
それじゃ、いっくぞー。よーい、ドン!
思いっきり駆け出す。
そしてあっという間に転んだ。
……痛い。
あ、あれ?
気を取り直してもう一度。
よーい、ドン!
……転んだ。
ヤバッ。走り方をすっかり忘れてる!?
え? いや、嘘でしょ?
あ、あれ? 走るってどうやるんだっけ?
あれ?
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
……キッカです。いまアップデートの確認をしています。
夕べはざっと見ただけだからね。
走るのはどうしたのかって?
訊くな! 問題は先送りだ!
で、アップデート。
あの増えたタブの理由を確認中。
いや、【自動解体】のところで凹んで見るの止めちゃったから、半分以上確認してないんだよ。
アホですね、私。
なんか【自動分別】とか、【自動製粉】とかまでついてたよ。面倒な作業を肩代わりしてくれる機能だね。生産をするにはありがたい機能だ。
チートじみてるとは思うけど、ありがたく使わせてもらいますよ。
……それ以前に使うことあるかな? このふたつ。
で、変な本のタブ。
あれは呪文書だった。
ゲームにおいて魔法を覚えるのは、呪文書を買わなくてはならなかったんだけど、謎なことがひとつ。
使用すると呪文書が消滅する。
まぁ、個人的な無理矢理な設定解釈だと、あれは本の形をした呪文知識そのもので、本を開いた者の視覚を通して脳にその呪文の知識を無理矢理刻むもの、と思ってたんだ。
で、現状のリアルでも、呪文書はそういうモノということらしい。というか、その呪文書を作れるようになってたよ。
そりゃそうだ。この世界に呪文書なんてないもの。……多分。
で、どうもこれ、魔素消費の一環として、魔法を普及させてほしいってことみたいだ。アレカンドラ様からの要望みたいだね。
魔素濃度が結構厳しいのかな。私が普及させたところで、たかが知れてるだろうけど、それを頼むくらいなんだから。
で、私の体の元になったゲームの四作目では、既存の魔法を合成して新魔法を作ったりできたんだけど、それと同じ要領で呪文書を作り出せるらしい。
うん。とりあえず販売というよりは、信頼できる人にまずは渡す方向で行こう。
作る呪文書も、問題にならないようなもの。要は、軍事関連に使うには微妙なモノ、がいいだろう。
戦争なんて誘発したくはありませんよ。
となると、眩惑魔法は軒並みダメ。あれは危険すぎる。同様に攻撃魔法も却下。召喚は論外。となると、回復と変成か。
変成は灯り系の魔法と物理防御魔法くらいか。【軽量化】はどうしよう? 回復は……ものによっては戦争を誘発しそうだよね。怪我がすぐ治るっていうのは問題だと思うし。ん? 回復薬? あれは使い切りだもの、問題ない問題ない。
となると……対アンデッド用の魔法くらいかな。結構多いぞ。
◆見習魔法
【聖なる矢】:弱いアンデッドを逃走させる。
【太陽弾】:アンデッドに打撃を与える光弾を撃つ。
◆玄人魔法
【聖なる息吹】:範囲内のアンデッドを逃走させる。
【神の霊気】:アンデッドに打撃を与える球状のオーラを身に纏う。
【太陽球】:アンデッドに打撃を与える光球を撃つ。範囲攻撃。
◆熟練魔法
【聖なる光】:範囲内の強いアンデッドを逃走させる。
【神の光】:アンデッドに打撃を与え逃走させる。範囲攻撃。
【守護円陣】:アンデッド避けの結界を張る。
◆達人魔法
【神の息吹】:強いアンデッドに打撃を与え炎上させ逃走させる。範囲攻撃。
【神気円陣】:アンデッド避けの結界を張る。回復効果有り。
この辺を普及させればいいかな。基本的にアンデッド避けなんだよね。聖なるシリーズの打撃は無いようなものだし。
あ、【聖水】と【聖王水】の普及は、ひとまず見送りだよ。水をいくらでも作れるのは戦略的に有用すぎるし、王水は危険すぎるからね。
で、とりまわしを考えると【太陽弾】かなぁ。魔力の関係上、玄人魔法以上は普及させるのが難しいだろうな。
【神の霊気】を使えるようになればアンデッドは近寄れなくなるから、【太陽弾】と合わせて無双できそうだけど。問題は魔力か。
まぁ、魔力量の上げ方をレクチャーすればいいか。となると魔力をドカ食いする魔法が必要になるなぁ。どれがいいだろ?
回復魔法の【魔法小盾】かな。役に立たないけど、魔力消費にはいいか。
【魔法小盾】は、読んで字のごとく、魔力で創った盾だ。【召喚武器】とはちょっと違う。
素人魔法の【魔法小盾】、見習魔法の【魔法盾】、玄人魔法の【魔法大盾】の三種類がある。当然、等級の高い方、素人級より玄人級の方が性能は高い。
【魔法盾】系は最高強度までの展開に時間が掛かる。魔力垂れ流し。基本的に対魔法用で物理防御はたかが知れてる。と三重苦そろった魔法。魔法に対しても、一撃で壊されたりするし。あ、四重苦だった。で、展開中は魔力垂れ流し状態になるから、常時展開して置けないんだよね。魔力消費も酷いし。瞬間的に展開できるならまだ使えたんだろうけど。展開直後はただの張りぼてだからねぇ。
ん? 装備で補助すれば問題ないって? いや、問題しかないよ。魔法維持に集中しなくちゃいけないから、他のことがおろそかになるんだよ。修行中、試しに盾を展開しながら魔法を撃つとかやってみたけど、凄い面倒臭いんだから。
それなら普通の盾持てよ。って話に行き着くんだよ。
とはいえ魔力消費には持ってこいだ。魔力を空にしてからの完全回復で、魔力量は増えるからね。うん。これも呪文書にしておこう。
せっかくだから練習がてら、呪文書を作ってみよう。
あ、問題発生。呪文書作成、魔力軽減ができません。
そりゃそうか。魔法とは違うもの。魔力から錬成するけれど、変成魔法ってわけじゃないしね。
まぁ、やってみよう。
インベントリから魔法合成台、どん!
譜面台っていうんだっけ? それが目の前にでてきた。まぁ、見た目的には豪華な譜面台って感じかな。豪華といっても、ちょっとちゃちいけど。装飾が微妙におどろおどろしいけど。この髑髏に意味はあるのかな? そういや付術台にもついてたっけ。
まぁいいや。えーと、譜面台に向かって集中して、作りたい呪文書を思い浮かべる、念じればいいのかな。で、魔力を集中すると。
よし、やるぞ!
魔法合成台に作る呪文書の魔法をセットした手を翳し、魔力を集中する。
すると魔力が集まり、青白い靄が本の姿を形作っていく。
やがて一際眩い光が一瞬発したかと思うと、そこには一冊の本が置かれていた。
【太陽弾】の呪文書ができたよ。
表紙に鳥を模した図柄が刻印された、色あせた黄色い本。
表紙に魔法名が日本語で刻印されてはいるけれど、文字が意匠化されていて、本を縁取る模様に混じってる。多分、こっちの人には文字と認識されないんじゃないかな。そもそも日本語なんて知らないだろうしね。
そしてごっそり減った魔力。一冊でこれか。呪文書作るの大変だな、これ。
あ、魔力が減ったとかって普通にいってるけど、これ視覚化できてるんだよ。
今回のアップデートのひとつで、視界の下にバー表示がでるんだ。まんまゲームの仕様だね。
常盤お兄さん、頑張りすぎです。
まぁ、非表示にもできるからいいけど。でも便利だから表示しておこう。
あと、魔法の効果時間とかも、視界の上の方にアイコンででるようになってる。
それも残り時間のカウントダウン付きで。これは便利だからそのままにしておこう。邪魔な時だけ消せばいいや。
左上に普通の魔法。右上が言音魔法となってる。
言音魔法の方は非表示でいいや。その代わりクールタイムだけ表示しておこう。
そして呪文書。結構大きいサイズだ。奥義書と同サイズだね。
えーと、B4くらいのサイズかな? 一抱えサイズ。
開いてみたけど、中身は白紙だ。おまけにやたらと軽い。
それじゃ、あと二冊。【魔法小盾】と【神の霊気】を作っておこう。
結構時間が掛かったけど、無事に呪文書を三冊作成。インベントリに放り込んでおこう。どこかで誰かに実け……う、うん、使ってもらおう。
さて、現実逃避はここまでにして、私がすっ転んだ原因についての考察。
・いきなり全力で走ったから。
・体幹が狂っている。
原因は多分、このふたつ。
よく考えたら、いままで走れなかったのにいきなり全力とかないよ。
アホか私は。
で、体幹の方は、歩き方の矯正のせいかな。多分、微妙に傾いてるのかもしれない。なので、体幹トレーニングを朝か夜に毎日やることにしよう。
生前はやってたからね。そうしないと姿勢が酷いことになっちゃうから毎晩矯正してたんだ。まぁ、やってたのは簡単なヤツだけど。
でだ。走り始めはどんなのがいいだろう?
ジョギングみたいな感じ? ……なんかそれでも転びそうな気がする。
とはいえ他に思いつかないしな。ひとまずこれでやってみよう。
よし、走るトレーニングは、体幹とかが整ってからにして、この後はまた狩りをしよう。
そして夕刻。
うん。獲物は獲れたよ。兎が。
また角の生えたやつが。ついでに翼も生えてたけど。
ヴォルパーティンガーっていうんだって。
うん。もう何もいうまい。というか、この森には兎モドキしかいないの? 普通の兎は?
いや、それよりも鹿だよ鹿。鹿いないの?
朝、鹿を食べたいとか思ったせいか、もう食欲がそこなんだよ。
【霊気視】を使って辺りを索敵。
あ、なんかでかいシルエット発見。鹿っぽい。
森の外、このだだっ広い野っ原に見えた、鹿と思しきシルエット元へと急いで向かう。
急ぐと云っても走れないからたかが知れてるけど。
そしてポツリポツリと生えている木の影にヘラジカを発見。
で、でかいな。多分、頭の位置が私の背丈よりずっと上だよ。
でもって死にかけてるな。
うん。原因は明らかだ。
アルミラージがヘラジカの首のところに突き刺さってる。
こいつら、こうやって狩りするのか。
というか、角が抜けずにぶら下がってるけど、これからどうするんだろ?
……まぁ、いいや。両方とも私の食料となってもらいましょう。
折角だから、アルミラージは無傷で始末しよう。
ということで使うのは攻撃魔法。冷気の熟練魔法である【氷嵐】だ。
ゲーム的に云えば、コーン状に前方に突き進む冷気魔法。
多段HITするから、敵性Mobに使われるとまず死ぬんだよね。冷気対策しているか、なんとかして逃げない限り。逃げ場のない通路で喰らったのは苦い思い出ですよ。
それじゃ攻撃魔法補助装備に切り替えて、いっくぞー。
何気に戦闘では初めての攻撃魔法を喰らうがいい!
【氷嵐】!
突き出した私の右手から、白い冷気の塊が広がりながら、その周囲を凍てつかせながら突き進む。
竜巻を寝かせたように突き進む冷気は、すっぽりとあの巨大なヘラジカを呑み込み、突き刺さっていたアルミラージともども凍死させた。
おぉ、ゲームで喰らったときも瞬殺だったけど。リアルでも凄いな威力。
……乱戦で使うと敵味方関係なく凍死させそうだけど。
うん。使いどころはきちんと考えよう。
さて、それじゃ獲物を回収しましょ。
こんばんは。キッカです。
いまは夕飯用の鹿角兎のお肉を焼いています。
え? 夕飯は鹿じゃなかったのかって? いや、思い出したことがあってね。ほら、鹿角兎のジャッカロープ君の価値を決めないと。
だから今夜のご飯も兎ですよ。面倒だからインベントリの機能で解体しましたよ。便利だね、これ。夕べの苦労はいったい……。
ん? 鹿はどうしたのかって? 凍り付いててどうにもならないんだよ!
カッチンコッチンだよ!
【自動解体】でも解凍はしてくれないよ! 凍結状態だと解体もしてくれなかったよ!
あぁ、もう、私の馬鹿。