203 カレーだけどカレーじゃない
実のところ、私は勘違いをしていたんだよ。
いや、ずっと昔の話だけれどね。真実を知ったのは中二の冬ぐらいだったかな?
なんの話かと云うと、スパイスの話。
その辺のスーパーでもいろいろと香辛料は売ってるじゃない。まぁ、買い物はほとんどお兄ちゃん任せだったから、私がスーパーへ買い物にいったことなんて、それこそ数えるほどしかないんだけれどさ。
足を引いて歩いているとさ、あからさまにあげつらうおばちゃんとかいるからね。
いや、いまはそっちの話じゃないよ。
ガムラマサラ……あれ? ガラムマサラ? どっちだっけ? いまだに名前を覚えきれていないんだけれど、そういうスパイスが売っているでしょう?
私、これ、胡椒とか丁字とかと同じく、ひとつのスパイスだと思っていたんだよ。
でもこれ、いろいろとブレンドされたスパイスなんだよね。
ん? なんでスパイスの話かって? それはもちろん、今、スパイスをブレンドしているからだよ。
えぇ、カレーを作りますよ。ただ、配合比なんてわからないから、かなり適当になるけれど。
我らが日本人のソウルフードと云っても過言ではないカレー。最近では、イギリス人のソウルフードにまでのし上がったなんて聞くよ。
アメリカ人にとってのチーズマカロニのような立ち位置になっているのだそうな。尚、ただのカレーじゃなくて、チキンカツカレーとのこと。
イギリスの企業が日本にカレー粉を輸出しているわけだけれど、逆輸入という形で、日本式のカレーが進出したみたいだね。さすがカレー、強い。
それじゃ、準備したスパイスを混ぜて行こう。そうそう、ナツメグはララー姉様から貰ったよ。やっぱりズルをして、一気に収穫できるほどにまで育てたらしいよ、ナツメグの木。二十年くらい経ってからが実を付ける最盛期になるって話だからね。柿と似たようなものかな? 柿は八年掛かるっていうし、生り始めはたいてい渋柿で、食べられたものじゃないからね。
ナツメグ、シナモン、丁字、胡椒、八角、カルダモン、ターメリック、クミン、フェンネル、ベイリーフにコリアンダー他諸々と、適当に混ぜ込むよ。カレーらしい黄色っぽい色のベースたるターメリックは、気持ち多めにしておこう。
一応、適当ではあるけれど、分量はすべて記録しておく。多分、失敗するだろうけれど、そこまで酷いことにはならないだろう。
こいつを鍋に移して炒めつつ、小麦粉と水を加えてルーを作っていく。
あ、具材の下準備はもう済ませてあって、今、カレールーの鍋のとなりでぐつぐついってるよ。
カレーの具材は基本的なもの。ジャガイモ、人参、玉ねぎ。そして牛肉。牛肉はこっちだと食肉扱いではないけれど、ダンジョンで食肉として十分に耐えられる牛肉を集めて来たからね。ここでしっかりと使いますよ。
いや、猪とか鹿、兎だと、どうなるか微妙に不安だからさ。さすがにそのお肉でカレーなんて作ったことないし。
そしてこれらの材料に加え、深山家ではセロリを刻んで放り込みます。今回はセロリの代わりにフェンネルがはいっているからいれないけれど。
というか、セロリを見かけたことがないんだよ。こっちでは栽培されていないのか、そもそも存在しないのかわからないけれど。
私はセロリは苦手なんだけれど、カレーとクリームシチューに入れる場合は別だ。その場合は絶対に入れる。
味が劇的に変わるよ。はじめてセロリ入りのクリームシチューを食べた時、セロリ凄い! とか思ったくらいだからね。
もしかしたら万人受けはしないのかもしれないけれど、私にとっては、もう入れないカレー、シチューはあり得ないと思うくらいに必須の食材になったよ。
さて、いい塩梅にとろみがついたので、こいつを具材の鍋に入れよう。いや、後片付け的なことを考えると、具材の方をルーに入れた方がいいな。
ちなみに、使っている鍋はラーメンスープを作るのに使った寸胴鍋だ。あのラーメン五十杯分を作ったあの鍋ね。
ふたつを合わせれば、七分目くらいの量になるかな?
ひっくり返すと怖いから、インベントリに一度入れて、ひとつの鍋に中身をまとめて、改めてコンロの上にどん。
おー、いい塩梅にカレーをしていますよ。あ、リンゴとワインを加えておこう。
これで、一時間くらいコトコト煮詰めればいいかな。
あっと、辛味を出すために、ペッパーXソースを一滴……いや、二滴いれてと。多分、大丈夫だと思う。さすがにこの量に二滴だから、辛すぎにはなっていないだろう。
後は焦げないようにかき混ぜつつコトコトと煮込んでいきましょうかね。
カレー、久しぶりなぁ。物質変換で出すこともできるだろうけれど、レシピを残すことを考える、こうして作らないとね。
そういえば、味噌が受け入れられたのは良かったよ。発酵食品だからね、ダメな人は駄目なんだよ。味噌はそこまで臭いがキツイわけでもないから、そこまで忌避する人は少ないと思いたいけれど。
お父さんの取引先の人がダメだったらしいからね。どこの国の人かは知らないけれど。
どれ、ちょっと味見を。
……おぅふ、いろいろとダメだ。さすがに。なんだこれ?
カレーだけどカレーじゃない、っていう表現がぴったりのなにかだコレ。
シナモンが多すぎたな。さすがに入れちゃったものを取り除くのは無理だから諦めるとして。塩を少し加えよう。
癖の強いスパイスは控えめにしたほうがいいのかな。
その後もいろいろと微調整を続ける。
よし、こんなところでどうだろう? ……大分マシになった。とりあえずここまでにしておこう。これ以上いじると、悪い方向にしか行かないような気がする。
カレーとしては五十点くらいの出来だけれど。不味くも無く美味しくもないというね。せめて及第点を出せるくらいのものを作りたいところだ。
あぁ、でもこれ、出汁に混ぜてカレーうどんとかにするには丁度いいかもしれないな。
それは今晩にでもやってみるとして、本日のお昼はカレーライスですよ。
★ ☆ ★
「随分とご機嫌に料理をしているとは思ったんだけれどー」
「唄ってたものねぇ。でもこれは……」
お二方が目の前のカレーライスに驚愕している模様。
というか、私、唄ってた?
「唄ってましたか? 私。」
「えぇ、『俺はカレーで、で き て る ♪』って」
あぁ、カレーの歌を唄ってたのか。
その歌の題材になっているカレーがそれです。
ルナ姉様とララー姉様は、目の前に置かれたソレを凝視し、口元をぴくぴくとわずかながらに痙攣させていた。
……そこまで衝撃的かなぁ。
確かに、『焦げたクラムチャウダーをぶっかけた米飯』にしか見えないし、カレーの虜になった、どこぞの国のゲーム情報誌の外国人記者曰く、『それを食べさせるためには、無理矢理食べさせるしか方法はない』ということだけれど。
「いただきます」
そんなお二方を他所に、私は食事を開始。カレーを掬って、ぱくり。
うん、出来は微妙だけれど、十分にカレーをしているよ。これは配合を色々と研究せねばならないな。
とりあえず、シナモンの量を減らす。あと、丁字もちょっと減らそう。それとフェンネルを外して、素直にセロリを入れよう。
そんなことを考えながら、黙々と食べる私をみて覚悟を決めたのか、ルナ姉様とララー姉様は顔を見合わせて頷くと、カレーをスプーンで掬った。
!? っぐくっ!? あ、危な。危うく噴き出すところだった。
カレーの法則って知ってるかい? お兄ちゃんに訊いた話なんだけれどさ。
カレーを食べる際、スプーンに掬ったそれを口に運ぶときに目がくりんと上を向くんだよ。それこそ白目をむくように。
生憎と私はそれを確認したことはなかったんだけれどさ。いや、私にしろお兄ちゃんにしろ、口に食べ物を入れる際には目を瞑る癖? があって、確認できなかったんだよ。
それが図らずも、ルナ姉様とララー姉様で確認できた。まさか同時にくりんと、目が上を向くなんて思わないよ。
さて、カレーですが、好評でした。私としては微妙な評価ではあるので、気分的にはアレだけれど。
で、なんとなしに物質変換で、私が日本で作ってたカレーを出して見たんだよ。
あたりまえだけれど、家庭料理としてのカレーだよ。市販のルーを使って作るお手軽なヤツ。お兄ちゃんはその市販の固形ルーをいくつかブレンドして、異様に美味しいカレーを作っていたりしたけれど。生憎、カレーに関しては、私はお兄ちゃんに敵わない。
で、それを食べてもらった結果、お二方とも台所に籠ってスパイスの配合をあれやこれやと始めましたよ。
さすがカレー。強い。
いや、そうじゃなくてね。
これは……ミストラル商会でブレンドしたスパイスを、カレー粉として販売するフラグかな? そうなったら、私としては楽なんだけれど。
さて、それじゃ、燻煙器から夕べ仕込んだブツを取り出しにいきましょう。
うん、ブラッドソーセージね。あと牛肉の塊。バラ肉と肩肉を燻煙してみたよ。
朝には火を落として、冷めるのを待ってたんだよね。
実際には燻煙せずに、そのまま二、三時間茹でて食べるみたいだけれど、大丈夫かな。まぁ、火を通すって意味では、あまり変わらないだろうから問題ないとは思うんだけれど。
多分、香りだよね。匂いと称せるか、臭いと称することになるのか。
そういえば、腸じゃなくて胃袋を使って作るのもあるみたいだね。ブラッドプリンというんだとか。
牛肉を回収してと。薄切りにしてジャーキーをつくればよかったかな? これは明日のおかずにしよう。ちょっと厚めに切って、ステーキっぽく。
いや、燻製でもそうやってやけばステーキなのかな?
よし、それじゃ本命のブラッドソーセージはどうだろう?
……黒いな。あれ? 奥義書に記載されていたのは、なんだか色の濃いサラミソーセージみたいな感じだったんだけれど。
これは、今夜、焼いておかずに追加しよう。ダメだったら、次回からは普通に茹でるだけにしよう。
……そもそも普通に作ればよかったんだよ。なんで燻煙にこだわったんだろ?
誤字報告ありがとうございます。