198 暫くすれば落ち着くだろう
「お姉様、お説教です」
お昼過ぎに襲来したリスリお嬢様が、私の顔見るなりそういった。
いつも通りに背後にはリリアナさん。今日はアレクサンドラ様は一緒じゃないようだ。ダリオ様と一緒かな? そういや、結婚式はいつごろにやるんだろ? あ、お祝いとか用意しないといけないよね。なにを用意したらいいんだろ?
以前に読んだ推理小説だと、お祝い物が多数ダブって、邪魔だから売り飛ばすしかないなんてことしていたしね。どうせなら、ちゃんと手元に置いておいてもらえるものがいいだろう。もちろん実用品で。
そんなことをぼんやりと考えつつ、頬を膨らませているリスリお嬢様を見る。
「いきなりお説教とか、なんの話ですか? お説教されるようなことをした覚えがないんですけど」
「話は聞きましたよ。昨日、組合事務所で大変な事があったそうじゃないですか!」
あぁ、あれか。もう、思い出したくもないから、無理矢理忘れたつもりでいたんだけれどな。だから、地味に面倒臭い黒豆とか煮始めたんだし。実際は、仕込みの時点だと放置する時間のが多くて、忙しくできなかったんだけれど。
「詳細は教えてもらえませんでしたが、今度はなにをやらかしたんですか!」
あぁ、聞いていないのか。
「やらかしたというか、やらかされたという方が正しいのですが。私、通り魔に遭ったようなものですよ。入った途端にいきなり殴られたんですから」
「えっ!?」
「お嬢様。ですからきちんと確認をとってからの方がよいと申し上げましたのに」
「リリアナ!?」
いかにも“裏切られた!”という顔で、リスリお嬢様が目を見開く。
「ところでキッカ様、酷く殴られたと聞きましたが、痕に残る怪我も無いご様子。ご無事でよかったです」
「あははは……」
いや、リリアナさん、実際は無事じゃなかったんだけれどね。もうひとりというか、片割れというか、それが暴走してえぐいことしてたし。
いまだになんか変な感じはするんだよね。小学校の頃みたいな、ロクに周囲に反応しないような状態には戻りたくないんだけれど。
……まぁ、暫くすれば落ち着くだろう。落ち着くと思いたい。
多分これ、感覚的に恨みとかを持っていない人を殺したせいだろうな。いや、あのマリーズっていうお祖母ちゃんが元凶だったのは間違いないんだけれどさ。アレが私を殺すことを決めた人間だし。うーむ。あの女の首を絞めた時は、奇跡的に捕まえることができて、しかもこのまま殺せると思ってうれしくて仕方なかったんだけれど、どうにも今回はそんな風に思えないや。
しかしなんとも面倒臭いな。どうにもこの気分に折り合いをつけるのには時間が掛かりそうだ。
「キッカ様? 大丈夫ですか?」
「はい? なんですか、リリアナさん」
「いえ、ぼんやりとしていたようですから」
「いろいろと思うところがありましたからね」
自分に悪意をまったく向けられていない状態で、命を狙われるようなことは、さすがに初めてだったからね。
なにかしらの欲が絡んでのトラブルはやたらとあったけれどさ。今回のはなんというか……ねぇ。
そういや、重鎮がひとり女神様に裁かれるなどという、教会としては非常に不名誉な事態に陥ったわけだけれど、大丈夫なのかな?
いや、まて。いま思ったけれど、私を教皇に担ぎ上げようとか考えている連中が台頭したりしないよね? さすがに来たら全力で潰すよ。お前らのせいで私、殺されたわけだからね。
「……ちょっと腹立たしくなってきましたよ。元凶の元凶を絞めにいったほうがいいですかね?」
「キッカ様!?」
「お姉様!?」
ふたりが驚いたように声をあげた。
「原因がわかっているのですか?」
「教会の権力争いに巻き込まれた感じですね。私を担ぎ上げようとしている一派がいるみたいです。その一派を潰すよりは、私を始末する方が楽だと思ったんでしょうねぇ」
「教会絡みですか。そうなると、下手に手を出せませんね。貴族の派閥よりも厄介ですからね、教会の派閥抗争は。地神教も教派内では問題ないのでしょうけれど、他の教派が絡むとたちどころに魔窟になりますからね」
あぁ。そういや月神教がしゃしゃり出てたりしてたっけね。
「お説教はお終いにして、お茶にしましょー」
おや、珍しくルナ姉様がお茶を淹れてくれたよ。ララー姉様は……いないみたいだ。球根を植えにいったのか、それとも教会に命じて育てさせるのか。
うまく育つといいんだけれど、クロユリ。
ルナ姉様がテキパキとお茶をならべていく。
そういや、普通に緑茶も作りはじめましたよ。ルナ姉様の畑の囲いみたいになってるんだよ。この間白い花が咲いていたけれど。考えてみたら、お茶の収穫時期とか知らないけれど。そもそもお茶っ葉にするにはどういう工程がいるんだか知らないや。
奥義書に載ってるかな? あとで調べてみよう。
本日のお茶はハーブティー。私が適当にブレンドしたヤツだから、味がどうなっているのかわからない。ある意味地雷?
ダンデライオンをベースに、カモミールとかを適当に加えただけの代物だけれど。
うん。問題ないね。問題なさ過ぎて、面白みの欠片もないけれど。とてつもなく無難な味だよ。
お茶菓子はラング・ド・シャ。くるっと巻いてあるものが一番馴染みがあるけれど、今回作ったのは巻かずに薄い円形のもの。……薄型のクッキーっていったほうがいいよね、これ。天板から剥がすのがちょっと大変だったけれど。
焼成時間が短いのがいいよね。あっという間に出来るからお手軽だよ。
「そうだ。お姉様、近く、王家から招待があるとおもいます」
「私にですか?」
リスリお嬢様の言葉に、私は目を瞬いた。
「夏に王妃殿下になにか提案したのではないのですか? 馬がどうのとのことですけれど。なんでも、施設ができあがったと」
え……。もしかして競馬の話? え、本当に作ったの?
あのあと、娯楽に関して考えていたんだけれど、こじんまりとしたモノなら異世界ラノベ定番のリバーシとかチェスとかでいいじゃない! って気が付いたんだよね。
なんでアノ時は、あんな大掛かりな娯楽施設を考えていたのか。多分、なにか勘違いしていたんだろうけれど。
「馬のことでしたら、多分、馬の競争施設かと。私の故郷では盛んな娯楽、兼産業ともいうべきものでしたからね。公営ギャンブルのひとつでしたし」
海外の競馬産業は、それこそとんでもない額が動くみたいだしね。
「ギャンブルですか」
「一攫千金というのは、やはり人の心をつかみやすいですからね。武闘大会の賭けなんかが、いい例じゃないですか」
そういったところ、何故だかリスリお嬢様が目を逸らした。
んん?
「リリアナさん?」
訳知り顔な感じで、笑いをこらえているようなリリアナさんに問うてみる。
「お嬢様はキッカ様に賭けられ、相当額の配当金を得られましたからね」
「リリアナ!?」
あー、そういや、私とバルキンさんの決闘で賭けが行われてたね。それも賭けた殆どの人がお金を失う結果になったんだよ。みんなバルキンさんに賭けてたからね。
ブックメーカーをしてた王家は儲けたって、アレクス様が云ってらしたよ。
「そ、それでですね。馬のことですけれども、お父様が張り切っていまして。先日、お姉様からいただいたあの馬を連れて行くと。……ところで、あの馬はどこで見つけて来たのですか?」
「バイコーンですか? あれはダンジョンで捕まえたんですよ」
やっぱり番のことも考えて、今度、牡を捕まえにいこう。それと、王家にも献上しないと拙い気がする。だから牡二頭に牝一頭捕まえてこないと。
「一ヵ月もどこに行っていたのかと思いましたが……」
「ダンジョン……あれ? お姉様、いったいどこのダンジョンに行かれたのですか? 【アリリオ】にはあの馬はいませんよ。少なくとも確認されている十九階層までには」
おぉ、凄い。きちんと出現する魔物を把握しているんだ。さすが【アリリオ】の管理者というところかな。
「あの子たちは【バンビーナ】で捕まえてきました。あ、このことは内密にお願いします。近く【バンビーナ】を管理ダンジョンとすべく組合が動くと思うので、暫くの間は攻略されたことは他言無用ですよ」
「「攻略!?」」
「一応、最奥部まで行きましたよ。あぁ、でも【バンビーナ】は特殊なダンジョンですから、攻略と云っても半分ですね。【バンビーナ】はふたつのダンジョンが最奥部でひとつになっているんですよ。私が攻略したのは動物系の魔物のルートです。もうひとつは昆虫系ですかね。行きたいとは思いませんね」
あれ? なんでリリアナさんは『あちゃー』みたいな雰囲気で顔を手で覆っているんですか? そしてリスリお嬢様、なんでしょう? その妙に迫力のある笑顔は。
「お姉様、お説教です」
「えぇ、今度はなんですか?」
目の座ったリスリお嬢様に、私の顔は引き攣ったのです。
★ ☆ ★
やっと落ち着いた。
リスリお嬢様にこっぴどく怒られましたよ。いや、ひとりでダンジョン探索なんかしたということで。
心配して貰えているってことだから、ありがたくはあるんだけれど。
でもソロ活動は止めませんよ。そもそも他人とダンジョン探索なんてできるほど、私の人間はできちゃいないのです。
なんとかご機嫌をとらないとだめかな? なにか、いまある材料で作れるお菓子がなかったか、考えてみよう。あー、そうだ、作ろう作ろうと思って、作ってなかったシフォンケーキを作ろう。あれ、ふくらし粉の類を使わないでつくれるし。
型もつくってあるしね。
さて、お二方が帰ってから暫くして、また来客がありました。
ガブリエル様と、昨日、下手人を捕まえてくれた侍祭さん。
お詫びと、状況の説明に来てくださいましたよ。
……うん、もう、ほどんど終わらせちゃったから、私としてはどうでもよくなっているんだけれど。
さすがに情報伝達は現代の地球みたいにいかないからね。アンラとやり取りするにも、早馬を使っても片道五日くらいかかるんじゃないかな? それも道中順調に行った上、馬の乗り換えをしまくってだけれど。
それであの【狂犬】の鉄砲玉暗殺者の相方も捕らえたので、さしあたっての危険はないとのことだ。
……あぁ。実行犯の仲間がいるかもって、すっかり失念してたね。それは助かったかも。頭を潰しても、下っ端は与えられた仕事を遂行するだけだからね。
また殺されるとか、ご免こうむりますよ。
そうそう【狂犬】だけれど、鉄砲玉みたいな暗殺者の集まりで、まともに機能しているのか? などと思っていたんだけれど、組織としては機能していないらしい。
どうも暗殺者というより、狂信者の集まりみたいなんだよね。
だから、目標を達成した後に殺されても、それは殉職。死後の幸せが約束されているとかなんとかな、頭がお花畑な連中とのことだ。
駄目じゃねぇか! つか、一番厄介なヤツじゃないのさ。話なんて通じる連中じゃないよ。
あぁ、となると、昨日やらかしたアレは、ある意味正しい対処だったのか。聞く耳もたずに首を刎ねまくってたし。
首を刎ねられるとどんな感じなのだろうと、やたらと好奇心が膨れ上がっているのはロクな心理状態ではないけれど。
はやく落ち着かないかな、これ。
で、それらの説明の後、護衛にと昨日の侍祭さんを紹介されたけれど、それはお断りしたよ。
そんなことになったら、私が精神的に死ぬからね。女神さま方は、私との付き合い方というか、その辺りの距離のとりかたとかが絶妙なせいか、大丈夫なんだけれど。
……ぶっちゃけた話、女神さま方って、いわゆる機械仕掛けの神様だからね。ひっどい云い方をするとAIと一緒ってことだもの。人を相手にするような気負いはまったくいらないんだよ。変な打算とかもないし。
それともうひとつ理由があって、彼女を別の仕事、私の護衛に回してしまうと、食料の実入りが減るじゃない。そうすると教会の食い扶持が減っちゃうよ。孤児院のガキんちょ共はまだまともに働けない幼児もいるんだし。
それを考えるとね。
私のせいで、おかずが減ったと恨まれるリスクは避けたいのだよ!
そんなこんなで、テーブルに突っ伏していたところ、ララー姉様が戻って来た。
なにやらご機嫌な様子。
どうしたのか聞いてみたところ――
「邪魔な連中を始末してきたわぁ。これでもう、すっきりよぉ。馬鹿なことを考える輩も、暫くはいなくなりそうねぇ」
……あぁ。これまでは温情で見逃してもらえていたのに、私を殺すなんて暴挙にでるから。
保守派も改革派も無神派も、いわゆる過激なタカ派連中が始末されたってことかな?
私はマリーズ大主教を始末したけれど、その配下はそのままだったからね。
「キッカちゃん、レイヴンとリンクスを使ったわよぉ。使い勝手がいいわぁ。それと【ブラッドハンド】は便宜上、教皇直轄部隊になっているだけって、重鎮共の前で宣言もしておいたわぁ」
んん?
「え、どういうことです?」
「本当は私の直轄部隊、ってことにしちゃった。その方が楽だし、抑止力にもなるしねぇ」
うわぁ……。本当にゲームの暗殺結社じみてきたよ。ゲームだと、神様? から降る神託みたいなので仕事を請け負うっていう組織だったし。
「全員始末したので?」
「どうしようもないのはねぇ。それ以外は、公爵と同じ処置よぉ。四肢切断はしなかったけれど、石は丁寧に埋め込んできたわぁ」
……あれ? なんだろう、この違和感。
正面に座ったララー姉様を見つめる。
「丁寧に、ですか?」
問うと、ララー姉様は得意げな笑みを浮かべた。
「そうよぉ。こう、胸を切り開いて、心臓の裏側に埋め込んできたわよぉ。もちろん、ズレたりしないようにしてねぇ」
うわぁ……。さすがにそれは摘出するのは無理でしょ。こっちの医療技術はそこまで発展していないし。そもそも麻酔がないから、切り開いて取り除くなんて無理だよ。
「ちょっと切ったくらいで大騒ぎしてねぇ。キッカちゃんが頭部に受けた打撃に比べたら、たいした痛みでもないのに。まぁ、これで、あいつらも大人しくなるだろうから、教会も扱いやすくなるわぁ」
「いまさらそんなことを云うくらいなら、最初から罰を与えておけばよかったのよー」
ルナ姉様が夕飯を持って来た。本日の夕飯はとんかつ。いや、牡丹肉でもとんかつっていうのかな? まぁ、いいや。
もはや我が家の食卓は、日本食がメインとなりましたよ。主に私のせいで。
たまにグラタンとかも作ったりするけれど。
「私みたいに、悪だくみを見つけたら容赦なく罰すればいいのよー。そうすれば問題らしい問題なんて起きないわー」
「抑止できる組織もできたし、それもいいわねぇ」
なんだか物騒な話になってきましたよ。
切り分けられているカツにソースを掛け、一切れ頂く。
うん。揚げたて美味しい。このカリッ、じゅわっ、がいいよね。
今度はどの日本食を再現しようか。やっぱりソウルフードたるカレーかなぁ。スパイスさえあればと思って、結構な種類を栽培しているけれど、あれで大丈夫なのかな?
明日当たりブレンドしてみようか。
やいのやいのと、教会の締め付けの在り方について談義している女神様方を眺めつつ、私は二切れ目のカツを口に放り込んだのでした。
誤字報告ありがとうございます。