197 黒い花はありますよ
20/06/27 名前の入れ替わっていた部分を修正。ご指摘ありがとうございました。
年末です。
本日は十三月十五日。二週間後には新年ですよ。
そんなわけで、そろそろいろいろと準備をしようと思います。主に食べ物関連だけれど。
おせち料理をなんとか、ひとつふたつは作りたいんだよ。まぁ、気分的な問題でしかないんだけれど。
聞いたところによると、こっちは新年を祝うようなことはしないんだよね。どちらかと云うと、大晦日を祝う? 感じ。
感覚的にはハロウィンとかに近いのかな? いや、大分違うか。感謝祭の方がらしいかな。
六神が二月担当して、十三月がアレカンドラ様担当。一月は二十八日だから、丁度一日あまるんだよ。
あぁ、アムルロスって、別時間軸の地球にあたるから、一年の長さは一緒だよ。星の年齢も一緒らしいから、自転速度やらなんやらも変わらない。
で、その空白の一日。大晦日は神々の休息日、なんていわれているんだよ。どの月にも属さない一日、という位置づけみたいな日だ。
うるう年には二日間に伸びるって話だけれど。
教会でお祈りをして、ちょっと贅沢な食事をするのが通例みたいだ。
だから、おせちといっても、大晦日に食べることになりそうだけれどね。
それ以前に、作れるものがかなり限定されるけれど。
まずこのあたりだと、新鮮な魚介類は手に入らないからね。いや、干物はいくらか手に入れてはいるんだけれどさ。昆布と一緒に。
昆布巻きは作れないこともないのか。でも中に入れる魚をどうしよか?
適当な干物でやってみようか。身欠きにしんだって干物だし。多分、問題ないと思う。
あとは黒豆。黒豆はちゃんと栽培していたからね。それなりの量を確保しているよ。
数の子はさすがに無理だし、かまぼこと伊達巻もちょっと無理だね。田作りはさすがに作ったことないし。
あとなにがあったかな……あー、栗きんとんがあるか。
そういや、こっちで栗を見なかったな。栗、生えてないのかな? 生えてないんだろうなぁ。
いくら地球と同じ位置づけの星っていったって、生まれて来る生物がすべて同じってわけじゃないしね。
そもそも、世界獣なんてものが降ってきているせいで、かなりおかしなことになっているわけだし。
栗か。いまから植えて間に合うかな? あのおかしな温室なら、一週間くらいで収穫できそうだけれど。植えてこよ。
植えて来たよ。恐らく、一番日本人にとって馴染みのある果実だからね。なにしろ縄文人が植樹して安定して収穫してたっていうんだから。確か、世界最古の植樹云々じゃなかったな?
あ、そうだ。奥義書で調べたところ、栗の寿命って二十年くらいなんだそうな。いや、寿命というより、実を安定して収穫できる期間、っていったほうがいいのか。それを過ぎると、老木の域に入って、収穫が激減するのだとか。
確か、人工林は二十年周期で伐採されているって話だから、植樹に混ぜてもらうには丁度いいかも知れない。建材にも使えるみたいだし。
あとで侯爵邸にいって話してみよう。
と、栗についてはひとまずこれでいいとして、黒豆の準備をしよう。本格的に煮るのは明日になるし。
昨晩、水を張った鍋に放り込んで浸けておいた黒豆を笊にあけてと。でもって、キッチリ量ってつくっておいた煮汁に豆をサバっと。煮汁は水と醤油とお砂糖。そこに鉄材のちっさいのを放り込む。いわゆる古釘、鉄釘の代わりだ。
入れるのと入れないのとでは、結構違うんだよ。入れないと仕上がりが赤っぽくなったりするんだよ。まぁ、いれなくても綺麗に黒くできるときもあるんだけれど。
この差異がでる原因がわかんないんだよね。多分、煮る時間……というよりは火加減? のせいだとは思うんだけれど。そこまで細かく気にして料理していないからなぁ。
達人になると、肌で感じるその日の気温やら湿度やらで、細かいところを微調整して味を安定させるなんて聞くけれど。
……お兄ちゃんがお米を炊くときにそれをやってたな。簡易的にだけれど。冬場と夏場での水加減が違うんだよ。
あれ、よく覚えておけばよかったな。
さてと、とりあえずひと煮立ちさせてまた一晩放置だ。おっと、灰汁だけは掬っておかないとね。
そんなこんなで作業を終えて、鍋を火からおろす。
これで明日、じっくり煮詰めれば黒豆の出来上がりですよ。
ん?
なんとなく視線を感じて、振り返る。
「ら、ララー姉様? そんな風に覗いて、なにをしているので?」
「なんだか真っ黒いお豆を調理しているから、どんな風になるのかなぁって」
じぃっと、台所の入り口から顔だけ覗かせて、私を見て来るララー姉様。
いや、中に入ってくればいいじゃないですか。
「ほら、黒って私のシンボルカラーじゃない。でも黒を用いた料理なんてないしねぇ。花もないし」
「黒い花はありますよ。……あぁ、でも、ある程度は寒くないと、黒くならないんだっけ」
お父さんがどっかからか貰ってきた黒バラは、赤い花が咲いて「なんでだ!?」って、いろいろ調べてたっけ。
原因がわかって、肩を落としてたな。
そんなことを思い出していたら、ガシっと、肩を掴まれた。
「キッカちゃん、その花のことを詳しく」
「ら、ララー姉様!?」
「私だけシンボルとして使える花がないのよ!」
えぇー。黒い花ってたしか、それなりにあったよね? 本当に黒色が生物全般にでないみたいだね。
魔素のせいか、赤とか青に変質するみたい。
あぁ、そうだ、やらかしてたんだ。黒真珠、こっちの世界に存在しないだなんて知らなかったよ。黒蝶貝だっけ? あれが変質しちゃっているらしくって、黒じゃなくて藍色だか紺色になっているんだそうな。
いや、知らないよそんなの。
真珠の養殖なんてやっていないだろうから、きっとここまで粒が揃ったのは希少品だろう、くらいにしか思わなかったもの。
王妃殿下がなにも云ってこないのが、地味に怖いんだけれど。
それはさておき、花だ。
とりあえず、奥義書で見ていきましょうかね。とはいっても、私の知っている奴だと、みっつよっつくらいだけれど。お父さんの黒バラ事件で、興味本位で調べただけだからなぁ。
ホールに移動して、奥義書を開く。
「えーと、黒い花で有名なのは、黒バラですね。でも、この辺りの気候だと、普通に赤いバラになっちゃいそうですけれど」
「気温で色が変わるの?」
「そうみたいです。えーと……うわぁ。花言葉が凄いな……」
思わず苦笑すると、ララー姉様が首を傾いだ。
「花言葉って……その花が象徴する意味合いの言葉だっけ?」
「そんな感じですね。黒いバラは『恨み』『憎しみ』とかみたいです」
「……合わないわねぇ。私はどちらかと、それらを晴らす方だものぉ」
ララー姉様は結構、物騒な方向の女神様ですからねぇ。
「真っ黒って云うのはあまりないですねぇ。チューリップの黒は、赤黒いって感じだし……」
そうえいば、パンジーにも黒はあったっけ。結構真っ黒だった記憶が……いや、でもパンジーはなぁ。
ララー姉様を見つめる。
急にじっと見つめられたせいか、ララー姉様は首をかしいだ。
うん。パンジーはララー姉様のイメージに合わないな。ひとまず保留にしておこう。
あと、名前は忘れたけれど、茎まで黒い花もあったな。でもさすがに黒一色だと、遠目だと花に見えないしねぇ。
「あとはクロユリくらいですかねぇ。エゾクロユリなんかは、綺麗な黒をしていますけれど」
奥義書を開いて、ララー姉様に見せる。
「あらぁ、いいわねぇ。花言葉はどんな感じかしらぁ」
「えぇと、『呪い』『狂おしい恋』だそうです。凄いな。黒系はみんなこんな感じの花言葉しかないのかしら」
「私の花はこれにしましょう!」
ガタッ! と音を立ててララー姉様が立ち上がった! 右手をぐっと力強く握りしめて!
あ、ビーが驚いて隅っこに逃げた。
「なにを騒いでいるのかしらー?」
野良着姿のルナ姉様が戻って来た。
いつみても死ぬほど似合っていないな、もんぺ姿。あの唐草模様の緑色のもんぺと地下足袋を身に付けるには、ルナ姉様の容姿はゴージャスすぎると思うのですよ。
いや、ルナ姉様は楽しそうに畑の世話をしているし、それには最適の恰好でもあるのだから、私が文句をいう必要なんてかけらもないんだけれど。
「姉さん、私の花が決まったわ!」
「んー? 黒い花が見つかったのー?」
「キッカちゃんから貰うわ!」
ルナ姉様が怪訝そうに私を見つめて来た。
「私のいたところには、それなりに黒い花もありましたから」
「……ララーの眼鏡にかなった花はどれかしらー?」
いつもののんびりした調子で訊ねられ、私は奥義書の開いたページを指し示した。
「本当に黒いわねー。こっちでも育てられるのかしらー?」
「どうでしょう? 気候的にはもうちょっと寒い方がいいみたいですけれど、そもそもこっちで育てて、変質しませんかね?」
そう云ったところ、ルナ姉様とララー姉様が顔を見合わせた。
「どうなのかしらー?」
「た、多分、大丈夫じゃないかしらぁ?」
「いや、私に訊かないでくださいよ。さすがに育ててみないと分かりませんよ」
うん。本当に。訊かれたところでわかりませんよ。
「とりあえず、私の髪色は変わっていませんから、魔素が混じってもなんとかなるんじゃないですかね。アレカンドラ様に確認してみたらどうでしょう?」
答えながら、とりあえず奥義書のサンプルと記されたボタンに触れる。
するとページからコロンと、球根がみっつ転がりでてきた。
「でもなんでクロユリに決めたんです?」
「花言葉がすばらしいわ!」
最近よく、間延びする部分が行方不明になるな。
ルナ姉様が、妹のあまりの姿にまたしても私に視線を向ける。とりあえずクロユリの花言葉を教えたところ、凄く残念な子を見るような目でララー姉様を見つめた。
「まぁ、象徴しているものを考えると、ララー姉様らしいのではないかと」
「そうねー」
「ルナ姉様の花はなんなんです?」
「私は向日葵になってるわねー」
予想通りだ。けど、ん? なってる?
「私が決めたわけじゃないからねー」
私が首を傾いでいると、ララー姉様が補足してくれた。
「あぁ、それでですか。向日葵の花言葉って、実のところ微妙ですからねぇ」
「……詳しく教えてくれないかしらー」
妙な迫力で問われ、私は答えた。
『憧れ』『程よき恋愛』『高貴』あたりはいい。けれど『悲哀』とか『偽金持ち』とかは……ねぇ。
「キッカちゃん、お薦めの黄色い花は?」
ひぃっ、『ー』がお出掛けした!
「え、えーと、黄色のマリゴールドなんか最適なのでは? 花言葉も『健康』ですし」
「こっちにある花かしらねー?」
「これですけれど」
マリゴールドのページを見せる。いま気が付いたけれど、マリゴールドって菊の一種なんだね。和名が千寿菊って記してあるよ。
「私はこれにしましょー」
「あっさり決めましたね?」
「偽金持ちはないものー」
あぁ、確かに。というか、そんな花言葉があるとは思わなかったよ。
そしてその後は、奥義書の植物図鑑を開きながら、神様方のシンボルとなる花に関して、あれこれ勝手に決めていったのです。
ライオン丸はバラだったのか。確か『愛』だの『情熱』だのだったよね。
『情熱』っていうよりは『熱血』って感じなんだけれど、あの神様。
『熱血』が花言葉の花ってあるのかな? ……うわぁ、彼岸花だよ。
いや、色は赤でおあつらえ向きだけれど、彼岸花って、亡くなった人の生まれ変わりなんて話がなかったっけ? だから手折るのは駄目なんて話を聞いたことがあるよ。首を折ることと一緒だからって。
こうして、意外な花言葉に私は顔を引き攣らせたのでした。
誤字報告ありがとうございます。