196 許すわけにはいかぬ
あー、やだやだ。
なんだろうね。元凶のひとりなんだけれど、直接的に危害を受けていないっていうことと、公爵の奥方と息子がガタガタ云ってきてね。いや、息子の方は喋って無いか。
すっごい後味が悪いと云うか。呵責に苛まれる必要なんて欠片もないはずなのに、すっごい悪いことをした気分になっていますよ。
被害者は私だってのに、なんなのよ、この気分の悪さは!
あぁ、うん、公爵家でやることはきっちりやってきたよ。
取り合えず、玄関のところでアルスヴィズから降りて【覇者スケルトン】を召喚。あ、魔法関連のシステムが常盤お兄さんからララー姉様に移譲されたわけだけれど、それに伴って【覇者スケルトン】も永続召喚可能になったよ。
ララー姉様、さっそく色々といじくりまわしているみたいだ。
で、その覇者スケさんにとりあえず扉を大剣でノックしてもらって、破壊した玄関扉から公爵邸へとお邪魔。あとは【道標】さんの案内に添って公爵の場所までまっすぐ進みましたよ。
途中で覇者スケさんを見たメイドさんが悲鳴を上げて逃げたりしてたけれど。
失礼な。こんなに素敵なお骨様なのに。
ベタなヒロイックファンタジーに登場する蛮族の英雄っているじゃない。革ベルトだけみたいな装備で大剣を担いだマッチョマン。あれを骨にした感じなのが覇者スケさんだ! ちなみに、ワンランク下の英雄スケさんは、フルプレートのガチガチの戦士だ。
公爵の執務室? の前で、最後の砦とばかりに老執事さんが立ちはだかったよ。
うん。びっくりしたよ。戦う執事さんって、本当にいるんだね。しかも老執事。どこの吸血鬼漫画に登場する執事さんかな?
まぁ、骨相手に短剣だと、さすがに相性が悪すぎたね。瞬殺とはいかなかったけれど、覇者スケさんの相手にならなかったよ。打撃武器だったらもう少し戦えたかもしれないね。
さて、その覇者スケさん。邸内だから大剣を振り回すには狭くてできないんだけれど、その大剣を剣としてではなく、棒とか杖みたいな感じで扱って殴ってたよ。なんというか、随分と融通の利く戦い方をするんだね。二メートル近い武器でも、扱い方によってはコンパクトな取り回しができるんだね。
老執事は鍔……で、いいのかな? で、顎を引っ掛けるようにして殴られて昏倒。戦闘は終了。
そして公爵とご対面。
私の顔をみるなり顔を引きつらせ、避難していたのかなんなのか、公爵夫人と思しき女性は真っ青。息子さんであろう青年は、奇襲したところを覇者スケさんに返り討ちにあって昏倒。
いやぁ、剣を躱しての見事な左ショートアッパーでしたね。先行させて正解だったね。
くりん! と、人が白目をむくところなんて、初めて見たよ。
で、訊いたさ。なんでキッカ・ミヤマを殺害することにしたのかを。いや、理由は聞いているから知ってはいるんだけれどね。一応、当人の口から聞きたいじゃないのさ。
だって、私に危害を加えると、もれなく神罰が落ちるという事を知っている筈なんだよ。魔法普及に当たっての会議の時に、あの髭があの様になったのは、各教派の代表が目の当たりにしているんだから。当然、それについても周知されている筈だ。
……あぁ、いま気が付いたけれど、だから教会での私の扱いがあんな調子なのか。いまさらながらに納得したよ。
ん? その割にはディルガエアでの災難はどういうことかって? いや、レブロンは分かっててやってたし、ナランホは私をただの料理女と思ってたわけだしね。普通なら教会が擁護している人物を襲わないよ。
で、この目の前にいる、いかにもできる男然とした立派な男性。灰色の髪に口髭を蓄えている御仁がドワイヤン公爵だ。
そうだよ。カイゼル髭っていうのはこういうのだよ! なんであの髭は先っぽが豚の尻尾になってたんだよ!
いや、髭はこの際どうでもいい。
でまぁ、理由を訊いたんだけれど、話にならなかったね。
理由がね、無いようなものなんだよ。だって、どこぞのゲーム張りに『私はなにも悪くない!』としかいわないんだもの。
マリーズ大主教が決めたことだって、責任逃れしているし。いや、あんたが支援してたんだろ。【狂犬】だって、あんたが教会の一派閥と結託して、ほぼ私物化してただろうに。ちゃんと女神様から聞いて来たんだよ、こっちは。
さっくり首を刎ねようと思ったんだけれど、奥方が公爵に泣いて縋ってこっちに赦しを請うてくるんだよ。
……この手の輩は面倒臭いのは良く知っているんだ。逆恨みだろうがなんだろうが、しつこいんだ。
だから殺すのは止めて、覇者スケさんに四肢切断してもらったよ。失血死されても困るから、傷口だけは塞いであげよう。魔法で治療してと。ひとまずはこれで妥協。これでまたなにかしらやったら、一族郎党皆殺しにするって脅してはおいたけれど。
ま、四肢を落としただけだからね。ダンジョン産回復薬があれば、生えて来るらしいし、問題ないでしょ。
ただ、生えるのには数ヵ月掛かるって話だけど。あと、結構痛みがあるらしい。
ん? 私の出してる回復薬? 究極は一本しか流出していないし、上級はもとより卸していないよ。だから公爵家が手に入れることはないでしょ。それ以前に値段が決まっていないしね。
あとはこの家を潰す方向なんだけれど、それはアンララー様が女王を脅してやるそうだ。
……よほどテスカカカ様と同列にされたのが屈辱だったらしくて、原因になった連中に対して容赦する気はないみたいだ。
だがら今回、生き残らせちゃったのは、ちょっと不本意に思われるかもしれない。なにせ、リアルタイムで相談しながら、今回のお仕置きをやっているし。
ここでの仕事が終わったら、王都の月神教総本山に転移してもらうことになっているしね。
あぁ、でも呪いを掛けるって云ってたから、大丈夫かな。
大木さんが発案した、恐怖を付術した宝石を体内に埋め込むっていうやつ。あれをやるって云ってたから、きっと、公爵は今後、気の休まる暇のない楽しい人生を送ることだろう。
お? なんか光ったよ。あ、公爵だけじゃなく、奥方といまだひっくり返っている小僧も光った。
“キッカちゃんお疲れ様ぁ。そこの三人には、呪石を埋め込んだから大人しくなるはずよぉ”
あ、ララー姉様、お疲れ様です。
“ちょっと生ぬるいけれど、仕方ないわねぇ。使用人まで罰するのもなんだしねぇ……。それじゃ、月神教本部へと送るわよぉ”
あ、ちょっと待ってください。いま姿を消しますから。
私は部屋から出ると、まずは【自己解呪】を掛けて覇者スケさんを送還。ついで指輪を【不可視の指環】に付け替えて透明になる。
よし、準備は完了。
次は教会。月神教の総本山へといきますよ。
★ ☆ ★
はい。月神教本部に到着。聖堂へと転移してもらいましたよ。
私が降り立った場所は、アンララー様の立像の足元。
……うん、ここは月神教だから、祭神としてアンララー様が祀られているわけだ。だから聖堂正面の位置に立像があり、その背後にアレカンドラ様の象徴たる太陽の光を模したレリーフが掲げられている。
で、気が付いたことがひとつ。祭神として祀られている神様だけ、デザインというか、ポージングが違う。
いや、これだと正確じゃないな。
立像は聖堂の正面と右側面に並べられているんだ。正面が祭神。側面にはほかの五神の立像。
この側面に立ち並ぶ立像の姿は、こじんまりとしたポーズを取っている。
たとえば、月神教のアンララー様の立像だと、胸元で手を交差させて、右手にナイフ、左手に三日月を持っている。
でも、ここの祭神として祀られている立像は、左手で三日月を掲げ、ナイフを持った右手は降ろされている。
……これ、左手が生首で右手が剣でも違和感のないポーズな気がするよ。
さて、それじゃ行動を開始しよう。
お膳立てはできているとララー姉様がいっていたから、教皇猊下を始めとして、教会の重鎮が会議室に集まっている筈だ。
そうだ、移動する前にお祈りをしておこう。立像には輝いて貰いますよ。
誰もお祈りをしていない間を狙ってと……よし。
おぉ、侍祭や助祭の人たちが慌てふためいてる。それじゃ、移動しましょ。
指輪を付け替えてと。
私の姿が目撃されて騒ぎになっているけれど構わない。むしろそれが狙いだ。教会である以上、そのほうがきっと都合がいいだろう。
そしてここでも活躍してくれるのが【道標】さん。目的の場所への案内はもとより、案内もなしに真っすぐ突き進めるものだから、ある意味私の女神感が上昇しているみたいですよ。
いや、ここが教会だからかもしれないけれどさ。ぎょっとされた後に平伏されるのもいまだに慣れないけれどさ。
それにしても、この【道標】の魔法はどういう原理というか、どっから情報を得て案内してくれてるんだろう? 相変わらず一番訳の分からない魔法だ。
なんだかドミノ倒しみたいな感じで平伏していく神官さんたちの間を我が物顔で通りながら、二階へとあがり、月神教の軍犬隊かな? 鎧に身を固めたふたりが立ちはだかる扉の前に向かう。
うん。さすが軍犬隊。お仕事に忠実ですよ。私が目の前に立ったけれど、微動だにしないよ。表情がいまにも泣きそうな感じなのはなぜだろう? 見なかったことにした方がいいかな? まぁとにかく、動いて貰おう。
「力尽くで押し入るのが良いか?」
【覇者スケルトン】をすぐ隣に召喚する。
するとふたりは突然キビキビと動き出した。
「「し、失礼いたしました女神様」」
おぉう、どもるところまでハモるの?
驚いているうちに、ひとりがノックをして入室。そしてすぐに私は招き入れられた。
大丈夫だと思うけれど、一応【黒檀鋼の皮膚】は展開しておこう。覇者スケさんにはもうひとりを警戒して貰って、私は室内へと入った。
大きな長いテーブルに、八名の神官が座っている。
正面にひとり。左右には三名と四名。ひとり足りないのは、ガブリエル様がいないからだろう。確か、枢機卿がふたり、大主教が六名だったかな?
そして一番奥、上座に座る年配の女性に視線を向ける。そう、あの女性が教皇猊下だ。見た目は二十代。でも中身は確か五十代とのこと。ララー姉様が加護の結果、見た目が若いままなんだよ。私がもらってる加護と一緒だ。
「ヴァランティーヌ、息災でなによりだ」
「こ、これはアンララー様。ご機嫌麗しゅう……」
集まっていた皆が慌てて椅子から降りて平伏す中、教皇猊下に挨拶をする。
うん、定番の挨拶みたいなものなんだろうけれど、私の気分を逆撫でしかしないな。とっととやることやってお家に帰ろう。こういう時はヤケ食いに限る!
「ヴァランティーヌ、残念だが私のいまの気分は非常に不快だ。私がこの場に来たのはキッカ・ミヤマに関してのことだ」
そこで言葉を切り、平伏している者たちに視線を向けた。
「お前たち、席につけ。これではまともに話もできぬ」
席につくように促す。みながガタガタと椅子に座り直している隙に、改めて【道標】を発動。目的の人物を確認する。
うん。あの年配の女性か。自他ともに厳しそうな人だ。
「さてヴァランティーヌ、彼の者が殺されたのだ。姉上の加護無くば本当に死んでいるところだ」
「そんな、神子様が!?」
教皇猊下が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
そして他の者たちはざわめきだす。
でも、そのざわめきの内容が、真っ先に犯人捜しの方向に進むのは、月神教ならではなのかな。なんだかいろいろ固有名詞が飛び交っているけれど、殺し屋なのか諜報員なのか。
「あぁ、勘違いするでない。私はなにも犯人捜しに来たのではない。罰を与えに来ただけだ。なぁ、マリーズ。分かっているな?」
私が右側に座っている年配の女性に目を向けた。テーブルの上を這っている【道標】のラインは、彼女が首謀者であるマリーズ大主教だと指し示している。
他の者たちが騒ぎ立てるかと思っていたけれど、そんなことにはならなかった。ただ、固唾を飲んで、じっと見守っている。
「アンララー様。私はなにひとつ間違ったことはしておりません。あのような神をも畏れぬ、不信心な者は排除せねばならないのです!」
「ほぅ? それは我が母アレカンドラより使命を受けた者を殺してでも、実行せねばならぬほど重要なことなのか? 彼女はお前の云うクズ共とは、なんの関わりもないのだが」
私は問う。マリーズは青くなった。
「わ、私は――」
「マリーズ。恐らくお前には語り切れぬほどの理由があるのだろう。だがたとえお前がどれだけ言葉を重ねようと、私はお前を許すわけにはいかぬ。――ヤレ」
突如としてマリーズの胸から刃が生えた。私が彼女の背後に召喚した【英雄スケルトン】が手の長剣で貫いたのだ。
マリーズは驚いたように目をぱちくりとさせ、すぐに溢れ出た血を吐きだした。
そして私に視線を向ける。
「慈悲だ。ガスパールのように生きたまま延々と苦しむようにはせんよ、マリーズ。良い旅を」
ずるりと長剣が引き抜かれ、浮き上がっていたマリーズの体が椅子の上に尻餅をつくように落ち、そして彼女はテーブルに突っ伏すように崩れた。
「ふむ。ひとまずこの場ではここまでにしておこうか。
ヴァランティーヌ、励めよ」
そう私が云った途端に、私は転移させられた。
「はい、お疲れ様ぁ」
一瞬の暗転の後、目の前に現れたのはララー姉様。いや、転移したのは私だから、現れたのは私か。
「ただいま戻りました」
なんとなしに辺りを見回す。
うん。自宅の二階だ。
隣には覇者スケさんと英雄スケさんがいる。背丈が二メートル近いから、並ぶと私はまんま子供みたいに見えるんだよね。
ここにこうして居られてもアレだしね。送還しないと。英雄スケさんは放っておいても送還されるけれど、覇者スケさんは送還しないと出っぱなしになるからね。
これでよし。あとは私がいつもの恰好に着替えて完了!
「それにしても、いきなり戻しましたね?」
「ちょぉっと心配になったからねぇ」
「心配ですか?」
「はじめてでしょう? 人を殺すの」
……あぁ。確かに。人を殺したのは初めてか。人だったモノはそれなりに殺しているけれど。
自身を顧みてみる。うん、驚くほどに平気だ。公爵のところで妙な気分になったのは、殺す事に対してじゃなくて、対象の周囲の反応に対してだからね。
殺人に関してはさほど忌避感がないみたいだ。
もしかしたら、今限定かもしれないけれど。
「思ったよりも平気でしたね。ただ、まだちょっとおかしいのかもしれませんけど」
「んー? 自覚があるのかしらぁ?」
ララー姉様が首を傾いだ。
「その辺がわからないんですよねぇ。まぁ、二、三日もすれば、落ち着くと思いますよ。
その、お腹が空いたので、ちょっとなにか作ってきますね」
私はララー姉様にそういうと、逃げるように台所へとはいる。
あぁ、うん。この状態でごはん優先とか、やっぱりどっかおかしくなってるな、私。
そんなことを考えながら、私は食事の準備をはじめたのです。
誤字報告ありがとうございます。