194 暗がりで見る猫の目みたい
クリストバル様に心配されたよ。
相当、私の顔色が悪かったらしい。目隠しをしているにも関わらず。どれだけ青かったんだろう?
それはさておいて、ネズミに関しては伝言するだけの筈が、ちょうど庭先にクリストバル様がいて、門衛の兵士さんに話しているところを見つかったんだよ。
あぁ、私自身は西地区へと続く橋を渡っている最中に正気に戻ったよ。なにをやらかしてやがりますかね、私。ちゃんとやったことを憶えている時点で、多分、解離性人格障害ではないとは思うのですよ。いや、見えてはいたけれど、音声のほうはあやふやで分からなかったけれど。
これ、酷くなると冗談じゃなしに多重人格とかになるのかなぁ。
自分の与り知れぬところでなにかやらかすって云うのは、怖いんだけれど。
これまでの感じから、即死するようなことが無ければ、入れ替わる? みたいなことはないみたいだから、気を付け……。
いや、今回のって、組合に入った途端の奇襲だよ。誰がそんなところで殴り殺されると思うのよ。対策をとるとしたら、それこそどっかに引き籠って暮らすぐらいしか思いつかないんだけれど。
……引き籠るとしたら、絶対攻略不可能と思われるダンジョンの最奥部、かな?
大木さんちの近所の大物しかいないダンジョン。こそこそと行けば、最下層には到達できると思うんだよね。それとも大木さんのあの敷地を間借りして家を建てようか。普通は、誰もあの敷地に入れないらしいし。
私は魔力値が異常すぎて、管理者判定されて入れたみたいだ。
いまはやることを終えて、自宅に戻る途中だよ。とりあえず吐気は収まったけれど、気分はまだあまりよろしくはないよ。
そうそう、バイコーンは連れてくることをやめたよ。私と特定できるもののひとつではあるからね。馬に乗って、今回の事を計画したヤツのところに殴り込みに行くことは決定済み。だからバイコーンを連れてこようと思っていたわけだ。
でも、よく考えたらもっと相応しい馬がいるのですよ!
召喚馬のアルスヴィズ。あの骨の馬!
準備もあるし、なにしろアンラに喧嘩を売るようなものなので、一応、ララー姉様に許可と云うか、宣言をしておかないとね。
なにせ、今回はなにも考えずにただの殴り込みだからね。
やられたらやり返す。君がッ! 死ぬまで! 殴るのをやめないッ! の精神でいきますよ。
「やっちゃって構わないわよ」
自宅に戻って相談したところ、ララー姉様が素晴らしい笑顔で答えた。
えーっと、台詞がいつもの調子と違うのですが。艶っぽさが行方不明ですよ?
「むしろ生かして残すな」
「ちょ、ララー姉様!?」
「ふ、ふふ……屈辱、屈辱なのよ。よりにもよって……」
な、なんだろう、顔にべたりと手を当ててブツブツいいだしたんだけれど。
「お母様にテスと一緒の扱いにされたからねー。さすがに今回の連中の行動には、あの子も激怒しているのよー。だから普段からチマチマと締めておけっていったのにねー」
……そういえば、ルナ姉様は悪だくみしているのを見つけたら、どこに居ようとも雷を落とすんでしたっけね。
過干渉にもほどがあると思っていたけれど、意外と、それくらいが丁度いいのかな?
「それで、キッカちゃんはなにをするのかしらー」
「ちょっと大木さんに教えてもらったことを試してみて、それから出発するつもりです」
「んー? 連中を懲らしめる練習?」
「いえ、小道具を作ろうと思いまして」
大木さんから教えてもらった技術。
魔石を作れるといったところ、大変嘆かれるということがあった後に、それができるなら、これもできるはずと教えてもらったんだ。
で、よくよく考えたら、私、それを普段からやっているのではないかと気が付いたんだよ。
その技術と云うのは、魔素の物質変換。魔素って、そもそもが万物の元となるエネルギーみたいな代物だから、なんにでもできるとのこと。
実際、ダンジョンだと魔物を作っているしね。あといろいろと武具だのなんだの。
そして私はと云うと、作物の収穫の際にそれをやっていると思うのですよ。でなければ、りんごを一個もいだら、なぜか手の中に四つも転がってきて落っことしそうになるとかあり得ないからね。つまり、一個もいだ直後に三個林檎を物質変換しているということだ。
無から有を作るとか、私はどこに向かっているんでしょうね。冗談じゃなしに現人神になってるんじゃなかろうか。
いや、実際には無じゃなくて、魔素から作ってるわけだけれども。
それじゃ、やってみよう。小さいものだから、失敗しても処分は簡単だ。
現物は、お兄ちゃんが学校の文化祭で仮装したときに使ったものを見たことがあるだけだけど、まぁ大丈夫だろう。
なにを作るのかというと、それはカラコン。カラーコンタクトレンズだ。
目の色を変えようと思いましてね。やるからにはアンララー様そのものに化けますよ。
今回の相手は教会が関わっていますからね。やはり祭神が直接殴り込む方が効き目が高いと思うのですよ。
なので、黒髪紅目で突撃しますよ。
テーブルの上に布を敷いてと。それじゃ、魔石を作る時の要領で、作り上げる物をしっかりとイメージしながら作りますよ。
なんとなく、こういうのって光が集まって、っていうイメージが強いけれど、私がやると闇が集まって、って感じになるんだよね。
見た感じ、真っ黒い穴が開いて、そこから出来た物が落ちてくるようにみえる。いつもは出てくるのは魔石なんだけれど。
ころんと出て来たコンタクトレンズ。うん。失敗。
ちゃんとカラーコンタクトレンズだ。中央部分はきちんと透明。でもね、周囲の赤い部分がペンキを塗ったくったみたいな色だ。明るい赤。これはないわー。
よし、やり直し。こう、ナチュラルな雰囲気の紅になって欲しいのですよ。瞳の模様も再現できているような。いや、それなら半透明にすればいいだけ? いやいや、薄すぎると元の瞳の色がでて、赤っぽくならない気がする。こう、いい塩梅の濃さを模索せねば。
何度か試して、納得のいくものがやっと出来上がった。失敗品の数々は粉砕して、壜の素材にしてしまおう。
一度【清浄】を掛けてと。それじゃ、着けてみよう。コンタクトレンズなんてはじめてつけるから、ちょっと怖いんだけれど。
ん? 髪と同様に幻術じゃダメなのかって? いや、神様方におねだりするのもアレだし。それに、装備枠がひとつ削れるのはちょっとね。
「ルナ姉様、これでどんな感じでしょう?」
コンタクトを着けてルナ姉様に感想を聞いてみる。……あれぇ、なんだかドン引きされてるみたいなんだけれど。
「ララー」
あれ? ララー姉様を呼んだよ?
「なぁに、姉さ……ん……」
ララー姉様も私を見るなり言葉を途切らせた。
「あぁ、やっぱり。ララーにもそう見えるのねー。安心したわー」
「はい? なにかおかしなことになってます?」
「目が光ってるわー」
「は?」
私は目を瞬いた。
「はい、鏡」
ララー姉様に差し出された手鏡を覗き込む。
……うわぁお。ゲームでいうところのグロウアイになってる。夜、暗がりで見る猫の目みたいだ。
あれ? なにを間違ったんだろ?
「ま、いっか。明るいところなら目立たないし」
「キッカちゃんがいいなら、いいんじゃないかしらねー」
「えっ!?」
あれれ? ララー姉様が驚いてる?
「何か問題でも?」
「私の目は光らないんだけどぉ……」
「詳しくは伝わっていないって云ってたじゃないですか。問題ありません!」
「ちょっとぉっ!?」
「いいじゃない。この間、あなたの所の司祭を締めた時に姿を見せたけれど、私もララーも姿に関してはまともに伝わっていないわよー」
あぁ、ジョスリーヌの時のあれか。あの時、みんな平伏してたからまともに見ていないんだよね。まぁ、神様の姿をじっくり見つめるなんて、不遜なんだろうしね。
……そういや、ちゃんとした絵はあるのか。いまは一般公開はされていないけれど。
え? 私? 私はほら、基本的に抱き枕にされてるから。
「それじゃ、この姿でも問題ありませんね。あと恰好はこれでいきます」
インベントリを用いて服装を変更。真っ黒なドレス。殆ど喪服にしか見えないドレスだ。ドレープ入ったスウェード生地のロングスカートは、シンプルながらもゴージャスに見えますよ。
あ……これだと馬に乗るのが厳しい。さすがに跨れないよ。えーと、確か横乗りってあったよね。ほぼぶっつけ本番だけど、頑張ってみよう。足の位置が格好悪くても、なんとかスカートで誤魔化せるだろう。
それに、別に敵方の領内を馬で練り歩くわけじゃなし。せいぜい街中を進むくらいだ。
「いいわねー。大抵の人の持ってるララーのイメージそのものよー」
「付術はしてあるのかしらぁ?」
あぁ、そうだ。ララー姉様に云われなかったら忘れるところだった。
「これからしてきます」
二階に上がって、付術をする。靴とドレス、あとバングルにアンクレット。これに付術をしていこう。前に片手間に作ったヤツだから、どれもこれもデザインはシンプルだ。
足には前に作ったレッグベルトを着けてくから――
攻撃魔法と召喚魔法を使いたい放題にできるように付術。防御魔法は連続して使うわけでもないから、自己回復で間に合うだろう。最悪、魔力回復薬を飲めばいいしね。
よし、付術完了。
装備してと。指輪は、できれば左右それぞれふたつで抑えたい。それ以上だとごてごてするからね。
「準備完了しました!」
私が云ったところ、お二方が改めて検分。
「できればもう少し背丈が欲しかったところねー」
「レイヴンのときに使ったような装備でもつける?」
「いえ、遠慮しておきます。多分、アレ、私の防御魔法と相性が悪いと思うので」
ルナ姉様に化けていた時に、防壁を抜けて目に矢が刺さった原因って、それくらいしか思い浮かばないんだよね。多分、体格が変わったせいで、防御魔法のそこかしこに穴が開いたんじゃないかと思うんだよ。
自分じゃ確認のしようがないからね。あまりにも危なっかしいので、それは遠慮したいところだ。レイブンの恰好なら、顔も仮面で守られているから、さほど問題はないだろうけれど、今回は顔を晒していくからね。
「それじゃ、行ってきます!」
「どうやっていくのかしらー?」
「大木さんに送ってもらおうかと思っているんですけれど」
そう答えたら、おふたりは顔を見合わせた。
「オーキナート様の手を煩わせることもないわよぉ。私が送るわねぇ」
そういってルナ姉様が手をひらひらと振ると、視界がぐるんと回り、次の瞬間には森の中。
なんというか、随分といきなりだったな。えーと……。
あたりを見回し、木々の隙間から街を発見。街壁はあるけれど、サンレアンみたいに立派というか、頑強なつくりではないね。まぁ、アンラはダンジョンからは離れているしね。
【道標】を発動。うん。あの街にラインは向かってる。目標はあの街にいる模様。というか、あの街の親分をぶっ潰すの今回の目的だ。
さて、それじゃ始めるとしようか。
まったく。ネズミ捕りの仕事を受けていたのに、別の意味でのデカいネズミを狩ることになったよ。
そんな馬鹿なことを思いつつ、私はアルスヴィズを召喚したのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。