193 神々の茶会 4
「なんなんですかアレは!?」
思わず私は声を荒げてしまいました。本来、この時間軸に属している管理者でもないトキワ様を呼びつけて置いて、この対応は問題しかありませんが。
いくつもお世話にもなっているわけですし。
とはいえ、キッカさんのあの変貌ぶりに関しては聞いておかなくてはなりません。
喋り方まで変わってしまって、本当に別人ではないですか。二重人格云々的なことをトキワ様が仰っていた気がしますが、その辺りを是非とも問いたださねば。
とりあえず、トキワ様には有無を云わさず、キッカさんの行っていた一部始終の記録を見てもらっています。
「あぁ、結構、はっちゃけたねぇ。中途半端に生ぬるいのは、時間が無かったからかなぁ」
は?
「アレカンドラさん、確か、いっておいたはずだよ。深山さんは危険人物だって」
あ。
「ちなみに、この喋り方はブチ切れた時の、相手を追い詰める際の薫君の口調だね。彼だったらもっとえげつなく追い詰めるけど」
「カオル……さん?」
「深山さんのお兄さんだよ。親類関連の問題で、彼も対人関係に関しては絶望している人間だからね。深山さんと同様に人間嫌いで社会不適合者だ。というか、彼の影響で、深山さんがあんな風になったともいえるけど」
え、えーと……キッカさんが大好きなお兄さんですよね? え?
「薫君のことは置いておいてだ。深山さんのことだ。あれが彼女の精神疾患とでも言うべきもの……なのかな?
イド、或いはエスというべき人格だね。深山さんの人生の結果、アレは破壊衝動と破滅衝動の塊みたいなものになっているんだよ」
ち、ちょっとまってくださいトキワ様。理解が追いつきませんよ!
「今回は明確な敵がいたからね。破壊衝動が前面にでたね。自分を破壊するのは自分。それ以外は絶対に認めない。それが彼女だからね。
手足の切断。彼女にしては随分と優しいと思うよ。実に分かりやすい破壊だし、伴う恐怖もたかがしれてる。
恐怖を伴うというのなら、目に針を刺すのが一番だろうに」
なんと恐ろしいことを!
思わず私は震え上がりました。
「目を患った時に、毎日眼球に注射をしてねぇ。これが怖いわ、痛いわで、本当、最悪だったんだよ」
「じ、実体験でしたか……」
トキワ様が肩を竦める。
「さてと、イドとかエスについて話そうか。こっちの世界じゃ心理学だの哲学だのだなんて進んでいないだろうからね」
「はい、お願いします」
そのエスとやらについて、ご説明頂きました。
正直な話、私にはいまひとつ理解しがたい内容でしたが。
えーと、自意識を裏付ける基幹部分、無意識的な部分に存在する自我、とでもいうものでしょうか?
それにはこれまでの経験、即ち積み上げて来たものが詰まっていると。
このあたりは理解できますね。性格などは、これまでの経験によって造り上げられていくものですからね。
やることなすこと全てを否定して子育てをしたら、ひねくれた人間ができあがる、というようなことでしょう。
で、キッカさんの地球での人生といえば……なんというか、ロクでもありませんね。私だったら家に引きこもっていたんじゃないでしょうか? でなければ自害していたことでしょう。
そしてこっちに来てからも――。
どうしましょう。酷い目にしか遭っていませんよ!
「どうしたんだい? なんだか顔色が悪いけれど」
「いえ、キッカさんは、すべてを打ち壊したいとか思っているのでしょうか?」
なんだか、キッカさんは世界を恨んでいるのではないかと、そんな風に思えてしまいます。
「そうだね、彼女がやたらともの造りにこだわっているのは、破壊衝動の裏返しなのかもしれないね。
日本にいたときも、いろいろと作っていたみたいだし。料理やお菓子はもちろんのこと、服だのあみぐるみだのをね」
そういって、トキワ様がしばし考えこみます。
「まぁ、大丈夫じゃないかな? お気に入りの子もいるみたいだし。彼女が絶望するような真似は絶対にしないだろうしね」
なんというか、微妙に物騒な単語が入るのが怖いのですが。
「実のところ、真似事なのかもしれないね」
「真似事……ですか?」
「そう。薫君はそれこそ全力で深山さんを庇護していたんだよ。それも、出来うる限り深山さんに知られないようにね。
深山さんは護られていることには気付いていたけれど、薫君が何をしていたのかはさっぱり知らなかったからね」
ときおり話にでてくるキッカさんのお兄さん。少々、気になりますね。ちょっと訊いてみましょう。
「薫君か……。彼も結構、アレな性格だからねぇ。深山さんを助けられなかったのがトラウマとなったのが、少しばかり歪んだ原因かな。
餅は餅屋。自分でできないことは、出来る者にやってもらえばいいんだよ、を徹底してる人物だよ。この辺は父親の教育の賜物だけれど。で、結果、裏社会の人間とお友達になって、結構な数の『家族』を破滅させてる」
……は?
「その『家族』っていうのは、軒並み深山さんに危害を加えた、或いは計画していた連中だけれどね。あぁ、この場合の危害っていうのは、強姦を含めた暴力関連ね」
……。
「深山さんがこっちに召喚されて、面倒なことになったことでいろいろと調べたんだけれどね、彼女、どれだけ巡り合わせが悪いのよ、本当に。
まぁ、生まれてきた時点で、産んだ女がアレだったからね。その時点で呪われてたようなものだったんだろうね。
せめて容姿が十人並みならよかったんだろうけれど、かなりの美人だからねぇ。よりにもよって母親に似ちゃったからね。
こっちでもそうでしょ? 美人であることは、決して得な事じゃない」
……トキワ様の云うことは分かりますが。強姦、人攫い、貴族の慰み者、と、ロクなことにならない事例は多いですから。
「そういえば、深山さんもロクでもない貴族に引っ掛かったんだっけ?」
「えぇ。容赦なくぶちのめしてましたけれど」
「まぁ、そういうことができるように創ったからねぇ。やりすぎたかな……。いや、そうでもしなかったら、きっともう死んじゃってたろうし」
な、なにも云えません。
実際、魔法が無ければ、キッカさんはあのまま地下牢で果てていたでしょうし。
いえ、さすがにそれは私が干渉している以上、そんなことは許しませんでしたけれど。
こうなってくると、いろいろと考えなくてはなりませんね。
そもそも【加護】のことも問題に拍車をかけていますよね。ついうっかり、鑑定の際には非表示にしておくのを忘れてしまったせいですけれど。
それさえしっかりしていれば、キッカさんはもう少し生きやすかったのではないのでしょうか。
あぁ、でも、教会でルナが派手に邂逅しちゃいましたからねぇ。
「あ、アレカンドラさん? どうしたの? 急に頭を抱えて」
「……いえ、自分の間抜けさ加減に嫌気がさしてるだけです」
間抜けと云えば、アンララーがやらかしてましたけれど。それが原因で今回の状況になったわけですが。
お仕置きしようとも思いましたが、いつもへらへらしているあの子が、後悔で死にそうな顔をしていましたからね。今回は保留しましょう。対処を見てから決めることにします。
これまでの結果をみると、過干渉とも思えるディルルルナやノルニバーラの方がうまく行ってるんですよねぇ。
放置気味のアンララーもこの様ですし、放置しっぱなしだったテスカカカに関しては私が干渉して締めましたしね。
ナルキジャとナナウナルルのところは……科学者の集まりみたいなものですしね。権力よりも好奇心優先のような連中ですから、権力争いはあまりないみたいですね。そのかわり、予算戦争が起きているみたいですけど。毎年開かれている学会の最後がいつも殴り合いになっているのは、どうにかするべきだと思うんですけれどねぇ。
なぜ学者の多くが皆、歴戦の戦士のような肉体なのでしょうね?
いや、そもそもあの子たちは端末ですよね。各システムは問題なく正常に稼働しているのです。アムルロスの管理は完璧です。
問題は人間の管理、干渉です。基本的に、アレにちょっかいを出させないように仕向けているわけですからね。
そのための人型の端末を作り上げたわけですから。
テスカカカは完全にアウトでしたからね。次にしくじったら、端末の作り直しです。
アンララーは、完全にノーマークだったようですね。まさか最もまともなところがやらかすとは思ってもいなかったようですしね。
なんだかキッカさんが全力で報復に向かうようですが、大丈夫なのでしょうか?
というか、今はフラフラと歩いていますけれど。
「あー。これは元に戻ったかな。アレは半ば二重人格みたいに見えるけれど、やらかしてることはしっかり認識しているんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。多分、自己嫌悪というか、もっとうまくやれなかったのかと、反省……というよりは後悔している感じかな」
「どういうことです?」
「人目の付かないところで始末したかったんじゃないかなぁ」
……えぇ。
「恐らく深山さんは、殺人に対する忌避感はないよ。薫君にそういう思想を植え付けられているからね。ただ、さすがに殺人なんて経験はないからね。二の足を踏んでるってところだろうね」
「お兄さんは何をやっているんですか!?」
思わず声をあげてしまいましたよ。するとトキワ様は首を傾げていましたけれど。
「いや、だって、最終的に自身を護るのは自分だよ。四六時中一緒にいる訳じゃないからね。だから、最終手段としての殺人だよ。動かなくなった人間は安全だもの」
「えぇ……」
いくらなんでも殺伐としすぎてやしませんか? いったいどこのディストピアに生きているんですか? 日本って、そこまで治安の悪い国ではありませんよね?
先日、オーキナート様にも聞きましたけれど。トップレベルに治安の良い国と聞いていますよ。
いえ、キッカさんとオーキナート様の故郷の日本は、異なる時間軸だと聞いてはいますが、そうは変わらないハズです。
「キッカさん、いまにも倒れそうなくらいにフラフラしていますけれど……」
「ああなった後は、かなり気持ち悪いみたいだよ。一度やらかしてる記録を見た限りだと。かなり激しく嘔吐していたし」
えっ?
「今回が初めてじゃないんですか?」
「継父の葬儀の時に、母親を殺そうとしているからね。その時には薫君が止めたよ。さすがに殺人犯にするわけにはいかないから。
それにこっちでも、吸血鬼を相手にしていたときに半ばなっていたみたいじゃないか」
そういえば、クラリスに胸を貫かれた時に、おかしくなっていたとルナから報告を受けましたね。でもその時はこんなにフラフラにはなっていませんでしたが。
帰りに、屋台巡りをして大量に食べものを買っていましたけれど。
考えてみたら、殺し合いをした直後にあの行動をするというのも、少々おかしいですね。
……ちょっと、心配どころじゃなくなってきたのですが?
私は蜜柑を異様に丁寧に剥いているトキワ様をじっと見つめます。
「まぁ、基本的には問題はないはずだよ。彼女は自分から進んで他者を害することはまずないよ。やるのは報復活動だけだ。さすがに『よし、人類を皆殺しにしよう!』みたいなことを考えたりはしないよ」
「いや、さすがにそんなことはないと、私も思いますよ。さすがにそれは私が止めます」
「実際にはしないと思うよ。選ぶとは思うけれどね。アレカンドラさんのお気に入りだもの、彼女は台無しにしたりしないよ。とはいえ、体の不自由という枷がもうないわけだし、容赦なく報復活動するだろうけれど」
筋をひとつ残らず取り除き、白い部分がまったくなくなった蜜柑を矯めつ眇めつして見ています。
……なにをしているんでしょう?
「ま、アレカンドラさんにとって悪いことにはならないよ。変化を求めれば、そこかしこに波風は立つものさ」
トキワ様はぽいっと、蜜柑を一切れ口に放り込みます。
ま、マイペースな方ですね、本当に。
「このまま生暖かく見守っていればいいと思うよ。そうだね、時折、適当なお願いをするといいよ。そうすれば、おかしなことを始めたりはしないから」
「信用ありませんね?」
「体が自由にできるってことで、なんというか、羽目が外れてるみたいだからね。自覚していないみたいだけれど。ダンジョンを観光しよう! なんて、日本にいた時には、絶対に考えたりしなかっただろうし」
いや、それはそちらの世界にはダンジョンはなかったからでは?
「数年もすれば落ち着くと思うから、それまでは注意して置けばいいと思うよ。人間社会に嫌気がさしたら、大木さんみたいに、どっかの森の奥にでも隠棲するだろうし。もしくは、ダンジョンの最深部とか」
「……有り得そうです」
私はため息をつきました。
人ひとりの人生を幸せにするのは、本当に難しいことなんですねぇ。
とにかく、今後は後手にまわるようなことが無い様に、しっかりと周囲に関しても監視を強化することにしましょう。
銀河のほうも漸く落ち着いてきましたからね。管理者共を挿げ替えるだけで、こうまで改善が加速度的に進むとは思いませんでしたよ。
さて……キッカさんがこれから向かうのはアンラ王国ですか。
あの国もいろいろと溜まっていますが、きっとその一部をキッカさんが掃除することでしょう。一度なりとも、彼女を殺したのですから、自業自得ですよね。
そんなことを考え、私も蜜柑に手を伸ばしたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。