191 とある監視者の活動録
※名前がでてきませんのでここで。コードネームは十三です。
・六ノ月十日。任務が入る。
ディルガエア王国サンレアンに向かい、神子と呼ばれる者の調査、及び監視。
十九と共にサンレアンへと向かう。
・六ノ月十五日。馬を乗り継ぎ、ほぼ最速でサンレアンへと到着。移動に図られた便宜からして、任務の重要性が伺える。
まずは用意されたアジトへと向かおう。
・六ノ月十六日。まともに動きが取れない。十九が頭を抱えている。なんだこの異常な密偵や影の数は。用意されたアジトが地神教サンレアン支部の宿舎という時点で、上は血迷っているとしか思えない。
そもそも、なぜガブリエル様がおられるのだ!? あの方は暗部の元締めだろう? 我々が独自に動いていることを知られたら、大変なことになるということを、上は分かっているのだろうか。
密偵や影が異常に多い理由が判明した。アレクス王子殿下がお忍びでサンレアンに滞在しているらしい。
昨日、監視対象と接触していたとのこと。
・六ノ月十七日。月神教侍祭として活動を開始。上は侍祭の仕事を本当に理解しているのだろうか? 暇がない。暇がないのだ!
風神教の侍祭の娘と仲良くなった。彼女は監視対象を信奉しているらしく、おかげで多くの情報を得ることができた。できたのだが……。
これらが話半分であるとしても、明らかに神子としかいいようがないのだが。
……これを覆す証拠を探せといわれても無茶というものだ。
・六ノ月十八日。ガブリエル様に掴まる。すでに私の正体は露見していたようだ。これまで放置されていたのは、単なる観察であったかららしい。観察……監察か……。
……いや、監視以外の任務があったとしても、遂行は不可能な状況ではあるのだが。
王子殿下は昨日サンレアンを去ったが、密偵や影の類の数が減らない。十九が監視場所を見つけるのに苦労している。
ガブリエル様より重要な連絡事項を頂く。これまで完全に秘匿されていた教皇猊下直轄の部隊が諜報機関に公開された。【ブラッドハンド】なる暗殺専門の連中らしい。
暗殺専門ということは、そういった類のことに関しては我々【ナンバーズ】よりも上と見るべきだろう。
………………。
………………。
………………。
・七ノ月十六日。一日遅れではあるが、監視対象を追ってサンレアンを出立する。てっきり侯爵家と行動を共にすると思っていたが、ひとりで王都へと向かうらしい。
一人旅とは、危機感がないのだろうか?
十九が戻って来た。対象を見失ったとのこと。なにをやってるんだお前は!
少なくとも、街道を外れるなどと云う命知らずな真似はしないハズだ。急ぎ進めば追いつけるだろう。休息時間を最低限に削って進むことにする。
泣き言をいうな! 泣きたいのは私の方だ! 私だって睡眠は十分にとりたい!
・七ノ月二十日。バッソルーナに到着する。なんだこの町は。住人すべてが素人監視者という感じだ。周囲一面から飛んでくる視線が不快極まりない。十九はいまにも泣き出しそうだ。
……なんでこいつは暗部に入って来たのだろう。なにか特殊な才能でもあるのか? だとしたら、こんな不適な任務になぜ駆りだされたのか。
聞き込みもロクに適わない。あまりにも排他的だ。このような場所に、あの監視対象が留まるとは思えない。
先へ進むとしよう。
・七ノ月二十三日。王都に到着。七神教教会へと真っ先に向かう。ディルガエア王都の七神教教会は地神教の総本山だ。そして監視対象を神子認定もしている。王都に監視対象が入っているのならば、その情報があるはずだ。
・七ノ月二十四日。王都にて不穏な噂を聞く。なんでも吸血鬼が出没しているという話だ。吸血鬼など、半ば伝説の中の存在だ。いや、かつてダンジョンで遭遇したという話を聞いたことはあるが、真実のほどは定かではない。
とはいえ、血を全て抜き取られた死体が複数見つかっているのは事実だ。私も夜歩きは気を付けることにしよう。当面の問題は、布団を被って引き籠っている十九を引きずり出すことだ。
・七ノ月二十五日。奇跡を見ることとなった。アレカンドラ様のレリーフとディルルルナ様の立像が光り輝いている。
一体何が起きたというのか。一時聖堂内は騒然としていた。
ビシタシオン教皇猊下にご説明戴き、混乱は鎮静化したが。
神子の祈りによるとのことだが、にわかには信じられないことだ。
・七ノ月二十六日。監視対象は昨日、王都に到着した模様。……いったいいつ追い抜いたのか? そもそも彼女はどういったルートでサンレアンから王都に来たのだろう? 疑問ではあるが、その解明は置いておこう。
現在、監視対象はイリアルテ家に身を寄せているようだ。そして今日は王都観光に出かけている。
同業者がちらほら見える。というか、あいつら目立ちすぎだろう。なぜ屋根の上に陣取っているのだ? どこの組織だ?
……。
異常な光景を目撃した。対象が引っ手繰りに遭うも、その犯人を慌てて追うようなことはせず、散歩でもしているような調子で歩み、一切迷うことなく奪った鞄をひっくり返している犯人の元に辿り着いた。気取られずに背後に立ち、容赦なく股間を蹴り飛ばしていた。
完全に撒かれていたにも関わらず、なぜ迷わずに辿り着けたのか。そしてその直後、得体の知れない化け物に襲撃された。
まって……まって、理解が追いつかない。いったい何が起きているの? いろいろおかしいわよ! あぁっ! あの化け物が吹き飛んだ! なにあの炎とか氷とかがバチバチ光ったの!?
あの人の形をした、トビトカゲみたいな動きをする化け物もおかしいけれど、それ以上にそんな化け物を魔法? で吹き飛ばす彼女はもっとおかしいよ!? 壁に叩きつけられて、その衝撃で壁が壊れているのに怪我もしていないなんて、どれだけ頑丈なの?
まて、落ち着け私。私はもう十九のような小娘ではないのだ。……よし。
監視対象は制圧した化け物を袋詰めにして、イリアルテ家へと帰宅。その後、アキレス王太子率いる部隊がイリアルテ家に集まっていたことから、あの化け物は国が追っていたものであるのだろう。
化け物は連行……といっていいのか? 王太子の部隊が引き取ったようだ。
・七ノ月二十七日。監視対象は本日も商業区へと向かう模様。昨日は事件のために中止となったからだろう。
……彼女は何かに呪われでもしているのだろうか? サンレアンでも少々不穏ではあったのだが、王都ではその比ではない。
サンレアンでは一部の警備兵に監視対象は嫌われている。特段、彼女が何かをしたというわけではない。ただ『気にくわない』という理由だけで、彼女が門を通る際に若干の嫌がらせをしているようだ。
十九がその情報を仕入れてきて、ひとり憤っていた。十九は彼女の信奉者になりつつある。いや、この言い方は大袈裟だな。単に餌付けをされただけだ。
彼女は、サンレアンでは時折、教会に料理を差し入れていたのだ。そしてその味に、十九はすっかり魅了されている。……いや、それをいったら私もだけれど。
だって、食堂だといっつも売り切れで食べられないカニクリームコロッケを差し入れてもらったら、そうもなるわよ! それも、その考案者の彼女の手作りなんだもの!
あぁ、いや、それはいまはどうでもいいことだ。とにかく、彼女はまた難儀なことになっている。なぜ引っ手繰り犯の言葉を受けて治安維持隊が彼女を逮捕するのだ? 異常だろう? この報告を聖堂で聞いた時はどうにか手を打たなくてはならないかと思ったほどだ。
だが、その異常よりも更に異常なことが起きた。
神託が降った。それも、地神教教皇であるビシタシオン猊下に、審判神ノルニバーラ様もかくやと思える、断罪の審判が。
たちまちの内に聖堂前に【母神アレカンドラと属する六神に仕えし軍犬隊】の一部隊が集結。それどころか、教皇猊下が直接指揮し、監視対象が捕らえられている兵士の詰め所を襲撃するという異常事態だ。
……上司は知っているだろうか? 神子を騙る愚か者などと云っていたが。監視すればするほど、神子でしかないと思うことしかできない。
いけ好かない娘だったならともかく、彼女はいい子だ。こちらが心配になるほどに。
十九と一緒に軍犬隊の後をついて行き、生まれて初めて神罰を目撃した。ピンポイントで、狙いすました様に威力を抑えた落雷が幾つも落ちた。こんなものは絶対に有り得ない。
これが嵐を司りし女神ディルルルナの御業であることは、火を見るより明らかだ。
この時点で決着がついたも同然だ。どちらが正義かなどと議論する余地もない。女神様が連中を悪と断じたのだ。
……このことは報告して大丈夫だろうか? 上は彼女を騙りと断じたいようだが……。いや、仕事だ、見たことを報告しよう。判断を下すのは上だ。
・八ノ月一日。監視対象は勲章伝達式に出席するようだ。なにせダンジョン産のポーションと同等、もしくはそれ以上の効果のある回復薬を作り出しただけでなく、そのレシピを公開したのだ。ただ、その調剤には特殊な器材が必要なようだが、それでも諦めなくてはならない命を救える薬を、誰でも創りだせるようなるということは、多大な功績であるといえよう。
私も教会関係者、教皇猊下につく、いわゆる小間使い的な立場として紛れ込んで監視対象を捜していたわけだが……。
なんで彼女がメイドなんてやっているの? そしてここでも命を狙われたとか、いったいどこの組織よ!
そして今日、はじめて私は監視対象の素顔を見た。十九が信奉者になった理由を理解した。なんとか鞍替えできないかな。【ブラッドハンド】の下部組織とかないのかな。情報収集専門の。
とりあえず、無神論者の集まりが上を占めている以上、なんとかして抜け出したい。
……そうしたら、ちゃんとした名前をもらえるかな。
・八ノ月二日。とんでもないことが行われていることを知った。ここ数日、月神教司祭のアリーヌの姿がみえないと思っていたが、任務を受けて活動中との知らせが当人からはいった。なぜ私に連絡をよこしているのか? 上は協力しろなどと云っているが、正式な任務ではないとして無視することにする。
上司はいったいどれだけ無能になったのか。
ここは農業王国ディルガエアだ。故に地母神ディルルルナ様を主祭神としている地神教を国教としているのだ。
故に、戦における従軍司祭は地神教からでるのが当然のことなのだ。それなのに、なにをどうやったのかは知らないが、アリーヌが地神教を差し置いて従軍しているようだ。
数日前、大規模なゴブリンの集落を征伐すべく赤羊騎士団が派遣されたのだ。そこに月神教司祭のアリーヌが従軍しているという話だ。
しかもだ、【ブラッドハンド】などという組織は存在しないという証明も行うらしい。なにをするのか知らないが。
確かに【ブラッドハンド】なんて組織は聞いたこともないけれど、教皇猊下が自ら発表し、更にはガブリエル様がその存在を認めているのだ。ならばそれは存在しているということだ。
まさかとは思うが、上の連中は教皇猊下を引きずり降ろそうとしているのか?
嘘だろう? いまそんなことをしたら、勇神教以上に月神教はバラバラになってしまうぞ!
これはいよいよ本気で、組織を抜けることを考えなくてはならないようだ。
・八ノ月八日。アリーヌが帰って来た。顔色が酷く悪く、なにかに怯えているようだ。一応、私の方にバックアップ要請は来ているわけだが、私はそれをやるつもりはない。誰が女神様に唾吐くような背信行為をするというのだ。
とはいえ、あの怯えっぷりは異常だ。なんとか話を聞いて来よう。
……。
あぁ、自業自得だ。勝手に存在しないと決めつけていたレイヴンなる人物が、たったひとりでゴブリン共を征伐したらしい。
きちんとその存在を知れてよかったじゃないか。それにその戦闘能力もわかったわけだし。レイヴンが激怒している? 当たり前だろう。お前たちが勝手に利用したのだ。向こうの組織が黙っているわけがない。は? 助けて欲しい? お断りだ。お前のために首をくれてやるつもりはない。
そもそも、名無しの私たちに頼むようなことじゃない。
・八ノ月二十一日。芸術祭がはじまる。ここ暫く上からの連絡がない。レイヴンを利用しようとしたことで、かなり厄介な状況となっているらしい。教皇猊下を侮るからこういうことになるのだ。
・八ノ月二十二日。昨晩、聖堂にて、噂に登っていた吸血鬼と粛清者が戦ったとのこと。軍犬隊が非常に騒がしくなっている。聖堂の大扉が歪んでいることからも、かなり激しい戦いであったのだろう。どうすればあの大扉の金属部分が歪むほどの衝撃を加えることができるのか、見当もつかない。
そんな中、上からの連絡があった。上司ではなく、シングルナンバー……三からだが。どうやら上層部の大規模な改編が行われているらしい。私の任務は続行。アリーヌはジョスリーヌと同様の状況に陥っているらしい。
・八ノ月二十三日。一体何があったのだ? さすがに劇場に潜り込むことはできず、監視対象の情報収集はできなかったのだが、なぜ侯爵と決闘騒ぎになっているのか?
しかも突発的な賭けがはじまっている。ん? 十九、その賭札は? 神子様に賭けた!? いや、十九、相手は一昨年だかの武闘大会優勝者って話だぞ。さすがに魔法を禁止された決闘では勝てないだろう?
は? 信心が足りない? ……そういえば一日の時、跪いて祈っていたな。う、うるさいな。私の信心がたりない訳がないだろう! 驚き過ぎて呆然としてたんだ!
慌てて平伏そうとしたら、止めてとお願いされたし……。
わかった、わかったから。まだ賭けは締め切っていないな? 賭札を買って来る。
……。
うそ? いろいろと常識が覆ったんだが。いや、十九、なんでお前が得意気なんだ?
とんでもない額の臨時収入がはいった。半分くらい教会に寄付したいところだが……わかっている、十九。いまの教会には寄付する気にはなれない。
・八ノ月二十六日。監視対象は料理対決にゲストとして参加するようだ。選手ではなく、冒険者食堂の料理レシピ提供者としてのデモンストレーションという位置づけらしい。それに加え、新規メニューの宣伝でもあるようだ。
監視対象はサービス精神も旺盛のようだ。観客にも料理を振舞うと宣言した。ただ、追加分で作られたのは一人前。その一人前をめぐり、じゃんけん大会が始まった。たかがじゃんけんで、ここまで盛り上がるとは思いもしなかった。
私は早々に敗退した。十九も同様だ。この新メニューは明後日から冒険者食堂で提供がはじまるそうだ。忘れずに食べに来よう。
・八ノ月二十七日。本日は武闘大会最終日だ。監視対象はすっかりエスパルサ公爵家とも馴染んでいるようだ。
ハプニングが起きた。大会優勝者が手合わせの相手に、よりにもよって粛清者を指名した。そして突如として舞台に現れたリンクスと呼ばれる粛清者は、猫の仮面を着けた妙に女性的な男。だがなよなよしている、というわけでもない。
勝負はあっという間に付いた。リンクスが驚くべき跳躍力で距離を取ったと思った直後、一気にその間を詰め強大な一撃を優勝者に打ち込んだ。
重装備であるにも関わらず、優勝者は舞台から吹き飛ばされ勝負はついた。
そしてリンクスは大会優勝者が吸血鬼である可能性を指摘し、現れた時と同様、突如として消えた。
優勝者は連行された。その後、優勝を剥奪されたことから、リンクスの云っていたことは正しかったのだろう。
・九ノ月四日。監視対象が王都をでる。その際に不死の怪物に襲われるなどと云うトラブルに見舞われる。
……彼女にはどれだけトラブルがついてまわるのか。気の休まる時がないのではないか? 異常に動きが良く、知性を兼ね備えている不死の怪物の出現に、同業者たちはこのところずっと慌ただしく動いている。
対策のためであるのなら良いが、これを都合のいい戦力として研究をする愚か者がいなければ良いが。
・九ノ月十一日。サンレアンへと到着。すでに陽も沈んでいる。私たちは監視対象から離れ、南門からサンレアンへと入った。
教会へと戻り、みなにお土産を渡そう。そして明日からはまた、この地で監視業務だ。
………………。
………………。
………………。
・十一ノ月二十八日。久しぶりに監視対象がまともに外出をした。これまでは外出したといっても、冒険者組合へと薬品を卸すだけで、すぐに帰宅するだけであったが、今日は市場などを覗いている。
おそらく、近衛から発注を受けたという、鎧が完成したのだろう。どれだけ彼女は多才であるのか。年齢的には、十九とさして変わらないハズであるのに、随分としっかりしているように思える。
……十九がこのところ肥えてきている様にみえる。冒険者食堂で食べすぎなのだ。組合に登録させて、一度狩りにでも行かせた方がいいだろうか? 任務にでもしないと、こいつはこのままひたすら丸くなるだけのような気がする。このままでは孤児たちの教育にも悪い。
・十二ノ月一日。対象の自宅に三台の馬車が停まり、多くの荷物を積み込んでいる。例の近衛から発注された武具のたぐいだろう。護衛の傭兵たちも含めると、単なる荷物の輸送というよりも隊商のようにみえる。
十九がいちど彼女の作業の確認を塀の外からしていたが、非常に心配していた。十九がいうには、不眠不休で作業をしているとのことだった。冗談ではなく、十九が確認する限り、丸三日は寝ずに作業していたとのことだ。三日であるのは、十九が睡魔のために監視業務に支障をきたしたからだ。
もはや彼女が私たちの常識の埒外にいることは理解しているが、先ほどみたやつれたような姿をみると非常に心配になる。
大変な仕事を終えたのだし、今後は無茶な生活などはしないだろう。王都ではそうであったのだから。
・十二ノ月三日。監視対象がサンレアンを出た。これまでに見たことのない格好をしている。明らかに遠出の姿。背に弓と矢筒を背負っていることから、狩りにでるのだろう。顔色は一昨日に見た時に比べ、非常によくなっており、安心した。相変わらず痩せすぎであるが。……にも拘らず、胸だけは以前のままなのが不思議だ。
監視対象は西門から街の外へと出、そして私は早々に彼女を見失った。
そんな馬鹿な。ついさっきまでそこを歩いていたのに、忽然と姿が消えた?
慌てて周囲を見回すも、影も形もない。
……。
トボトボと教会に戻ったところ、十九に仲間を見るような目で見つめられた。
くっ。まさかこやつに同類を見る目で見られる羽目になるとは。
………………。
………………。
………………。
・十三ノ月一日。とんでもない連絡が入る。発信者は七。まさかシングルナンバーが、私のような二桁ナンバーに個人的に連絡して来るとは思わなかった。
監視対象を暗殺する計画が動いているとのこと。
どこの馬鹿だ! 世界を終わらせるつもりであるのか? 彼女が神子である云々に関係なく、神々のお気に入りであることは明確だ。それは王都での出来事から事実であると確認している。それに、陽光神様より使命を授かっているのも明らかな事実だ。なにしろ魔法普及会議の際に、神々が降臨されたと、その会議に出席していたガブリエル様が目撃しているのだ。
【太陽弾】という呪文書を私も個人的に購入した。例の賭けのおかげで、寄付分を残したとしても、かなり余裕ができたからな。晴れて私も、本当に魔法を使えるようになったのだ。特典で貰えた【木目の指環】は魔力を増やすものだという。実際、鑑定盤で調べたところ、約一割増えていた。素晴らしい。
聞くところによると、この【木目の指環】を魔道具としたのは彼女であるらしい。
大切にせねば。失くすなどというのはもってのほかだ。
そういえば、いったいいつごろから鑑定盤の鑑定結果に個人の魔力量が表記されるようになったのだろう? 分かりやすくて助かるが。
しかし、暗殺者か。七は注意しろと云ってきたが、同時に暗殺者との接触も、行動も阻止するなといってきている。
暗部も懇意にしている勢力に合わせ、各組織ごとに分裂しているようだ。ガブリエル様は暗部のトップとはいえ、組織ではなく個人で活動しているある種の化け物だ。あの方は彼女に肩入れすることを決めている。【ナンバーズ】は生き残れる方につこうと日和見をしはじめたのだろう。
……潮時だ。もはや上層部は信用ならない。私は離反することにしよう。ガブリエル様に相談すれば、悪い様にはならないだろう。十九にも確認しよう。
十九、お前はどうする?
聞くまでもないか。では、頑張って我らが神子様に害を成す輩を捜してみるとしよう。
・十三ノ月八日。監視対象がサンレアンへと帰還する。出発した時と同じ格好であるが、驚くことしかない。
黒に近い濃紺の毛並みをした、山羊の様な角の生えた馬。その馬三頭に運ばせている荷馬車には、双頭の巨大な黒い狼? 見たこともない魔物を運んでいた。
監視対象の隣にいる、二本の角を生やした紫色の得体の知れない兎。それに加え、荷馬車の縁に停まり、周囲を威嚇しているあの鶏たちはなんなのか分からないが。微笑ましいと思うべきか、物騒と思うべきか、判断するに悩むところだ。
そしてなにより驚いたのが、監視対象が素顔を晒しているということだ。
面白いことに、あの礼儀知らずの北門の警備兵の連中が、普段以上に丁寧に監視対象に接している。なんなんだあいつら。いつもはわざと時間を掛けたりして嫌がらせをしているくせに。とりあえず、前屈みになってる奴は死ねばいい。
彼女は冒険者組合に魔物を売却したようだ。この一ヵ月、いったいどこに行っていたのだろうか? 狩人登録し、痩せるために兎を追い回すことが生業になっている十九が組合で情報を集めて来た。
あの魔物はオルトロスという、黒犬や地獄犬よりもはるかに上位の魔物とのこと。いわゆる災害指定の魔物だ。
こうして確認されたのは十年前にテスカセベルムで起きた、ダンジョン【メルキオッレ】【バンビーナ】の同時魔物暴走災害の時以来だそうだ。
そういえば、さらに呆れることがひとつ。彼女が門を通過してから、警備兵の連中が、明らかに彼女に対して及び腰になっていることだ。これまで散々侮辱してきたというのに、なにをいまさら怖気づいているのか。いまさらこれまでの行動について後悔するのなら、はじめからするべきではないのだ。
彼女が単独であの恐るべき魔物を倒したことで、今更ながら自分たちのしてきた事実に頭を抱えているあたり、無能と云わざるを得ない。
ちょっと情報収集をしただけで、彼女が飛竜災害の際、少なくとも二頭の飛竜を仕留めていることからも、その戦闘能力がどれだけ高いかも推測できるだろうに。
あぁ、でも、暫く前からイリアルテ侯爵が綱紀粛正を始めているという話も事実のようだ。見たところ、私と同業と思われるものが数名、警備兵たちをチェックしている。近く、何名かは首を切られることだろう。
是非ともクズな警備兵を排除して欲しいものだ。
・十三ノ月十日。ガブリエル様より任務を命じられる。正確には、任務ではなく、お願いではあるが。
すでにガブリエル様には【ナンバーズ】からの脱退に関して口添えをお願いしている。上位組織からの引き抜きであれば問題ないだろうと、教皇猊下と調整をしていただいている。調整がつき次第、私と十九は【ブラッドハンド】の情報収集部に組み込まれるだろう。これで一安心だ。
ガブリエル様から受けた任務は暗殺者の監視。ついにサンレアンへと来たらしい。人数は二名。ふたりは名目上、冒険者……傭兵として活動しているようだ。
冒険者組合か。十九をできるだけ組合に常駐させておこう。
さて、私は神子様の自宅周囲の確認をしなくては。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※召喚器を送り込んだ異世界の管理者をいじめているアレはお察しの通りです。
※誤字報告をいただいた一部は、修正せずにそのままのものがあります。特に間違いではないため、修正をしていません。もはや死語のようなものや言い回しをする場合が多々ありますが、そこはどうぞご容赦ください。
※菊花の兄の話の予定はありません。いや、書いたところで、ねぇ。