190 スライムの間引きですか?
さぁ、ネズミ捕りを作ろう。
作るネズミ捕りは水没型。一応、二種類作るよ。
ひとつは大きなバケツの天辺に、円柱形の橋を渡すタイプのもの。
この橋の部分が罠だ。構造は簡単にいうと、パイプに支柱を通したものでもいえばいいかな。円柱部分が回るんだよ。身近にあるものだと、トイレットペーパーがそんな感じかな。まぁ、こっちにはそんなものないんだけどね。
その回る橋の部分に、ナッツとバターを練り合わせたものを塗り付けておく。
バケツには水を溜めて置き、あとはその橋の部分に登れるように、木の板でもバケツに立て掛けるように設置すれば、罠の出来上がりだ。
非常に簡単な作りだよ。
ネズミが餌を食べに橋に乗ると、くるんと回って水の中にドボン、という寸法だ。
ん? 残酷? なにをいっているのさ、駆除なんてこんなもんだよ。
そしてもうひとつ。こっちは、上記のものを密閉型にした感じ。蓋をして、ネズミが通れるくらいの穴を空ける。あ、その穴にはパイプを通すから、ちょっと大きめにしないとダメだね。
で、そのネズミの通り道たるパイプの端、内側の端のちょっと先辺りに、くるくる回る円柱形の支柱を通しておく。もちろん、餌を塗り付けて。
上から入ってきたヤツが、やっぱり支柱のところでクルンと回って下へと落ちる。
下には水をためておくか、それとも毒餌でもいれておくか、それは使う側の人に決めてもらおう。
こっちの罠でひとつ気になるところは、パイプの出口と支柱の距離をきちんと考えたほうがいいのかな? ということ。どのくらいが最適なんだろう? いや、あまりに近いと入れないから、それは問題外として、離れすぎても入ってこないんじゃないかと思ってね。
あとひとつ、似たようなので最もコストの掛からない罠もあるんだよ。単純に大きな水槽……こっちだとバケツで代用だけれど、そこに水を張って木片を敷き詰めるように水に浮かべるだけ。バケツに登れるように木材を立て掛けて、バケツの縁に餌を置いて準備完了という、簡単なもの。
……なんか知らないけれど、ネズミ、飛び込むんだよね。水の上に木製の皿を浮かべ、そこに餌を置くわけだけれども、大抵最初の一匹が飛び込んだ時点で餌皿はひっくり返る。にも拘わらず、次々とネズミは飛び込んでいくという。
いまいち私が納得いかないから、これは不採用の予定だ。
それじゃ、とりあえず作ってみよう。
なんだかドワーフのお二方が異様にやる気だしね。
★ ☆ ★
できました。
途中、私は一度自宅にもどって、いろいろと食材を取って来たけれど。
いや、作っている途中で私がご飯を作る流れになっちゃってね。
なのでジャガイモ料理に加えて、焼き鳥を作ることにしたよ。
あぁ、焼き鳥と云っても、串には刺さないよ。私の作った塩だれに漬け込んだ鶏肉を、七輪で網焼きしていくだけだからね。
醤油ベースの甘辛いタレもいいけれど、私はだんぜん塩ダレの方が好きなのだ。
そうそう、ネズミ捕りだけれど、金属で作ることになったよ。木製だとよじ登って逃げられそうだからね。
金属加工ってことで、ジラルモさんが中心になって制作。ゼッペルさんは細かい部分、橋となるクルクル回る支柱部分を作っていたよ。
私が餌をくっつけやすい様に、エンボス加工みたいにしようと云ったところ、妙なやる気を出して止まらなくなったんだよ。
その内に、工房のみんなが作成に参加し始めて、陽が落ちるころにはネズミ捕りの試作品がそれぞれみっつほど出来上がった。
は、はやくないですかね? 出来上がるの。私がやったことって、ほぼ図面を描いただけだよ。実際の作業ってなにかやったっけ?
試作品のひとつは、ゼッペル工房で使ってみるとのこと。女将さんがどこに仕掛けようかと、真剣に悩んでいたよ。
ネズミ、でるんだ。
家じゃ見たことないな。
まぁ、女神さま方が、なにかやらかしてそうだしね。
台所に関しては、大木さんの鱗を何ヵ所かに張り付けて虫除けにしてあるけれど。
ふふふ、G対策は万全ですよ。
それはさておいて、ネズミ捕りは完成したことだし。明日、クリストバル様のところへと持って行こう。
「ネズミ?」
「害獣の類は入れないようにしてるわよー」
夕飯の時に訊いてみたよ。案の定、いろいろと対策をしていたみたいだ。とくにルナ姉様は庭で野菜を作っているからね。なんというか、私以上に食に対して情熱を燃やしているのが怖いんだけれど。
もしかしたら、大木さんのウロコを貼ったのことは、無意味だったのかもしれないけれど、まぁ、いいや。
そしてララー姉様は先日の映画の事で、いろいろとやらかしているらしい。なんでも、アンラのどこぞの貴族に、井戸のある風景の絵を送り込んだのだとか。
うん。贈ったんじゃなく、送り込んだ。
えーと、前に教会で魔法関連のモノを全部寄越せとか云っていたアレの実家の貴族へと送りこんだらしい。伯爵家だっけ?
こっちにはビデオなんてないわけだから、媒体として絵画を選んだわけだろうけど、映画通りの効果だったりすると……ねぇ。
見た者が恐怖によるショック死なんてことが起きたりするんだろうか?
まぁ、密偵が跋扈しているアンラだもの、暗殺のひとつやふたつ、珍しいことじゃないのかもしれないね。むしろ、絵からでてきた女に呪い殺されるなんて斬新でしょう。
「最終的には、教会に寄贈させて私のところに戻るから大丈夫よぉ」
ララー姉様、それは殺る気満々ってことですね?
なんだか、ホラー映画を元ネタにした大惨事がアンラで起こりまくりそうなんだけれど、大丈夫かな?
「だから他にも観せてねぇ」
あははは。これダメなヤツだ。どうしよう。ジャパニーズホラー的な粘りつくような恐怖か、それとも洋画系のびっくり箱的なホラーか、どっちがいいんだろ?
私的には、洋画のホラー映画の大半はアクション映画なんじゃないかと思うんだけれど。
……なにかみつくろっておくか。
それよりも今はネズミの方だ。
「ネズミが大量発生しているみたいですけど、原因とかあるんですか?」
切り分けたカツを箸で摘まみ、口に放り込む。本日の夕飯だ。
カツはチキンカツだ。牛カツは作ったことがないのでとりあえず見送っている。
いや、下手な作り方をすると固くなりそうでさ。
そういや、チキンカツというと、英国だとカレーに結び付くんだっけ? あっちだとチキンカツを使ったカレーライスが主流らしいし。
日本風のカレーが英国で知名度を得ているのも驚いたけれど。
ルナ姉様はもぐもぐとチキンカツを噛み締めながら目を瞑っている。むー、という声をだしていることから、情報を検索しているようだ。
「あー……増えてるわねー」
のほほんとした調子で答え、次のひときれを摘まむ。
「原因とかある感じですか?」
「あるわねー。単純に、スライムを間引き過ぎたせいねー」
はい?
「スライムの間引きですか?」
「そう。そんなの必要ないのにねー。増えすぎたスライムは勝手に減るのよー。それを無意味に間引いたから起こったことねー」
「天敵がいなくなって、ネズミが一気に増えたってことですか……」
「王都の冒険者組合長が馬鹿だからかしらねー」
……カリダードさんの後釜がやらかしたんですか。
あぁ、もう、どうしましょうかね。私があれこれやっても、おかしなことになりそうだし……。
「ルナ姉様、教皇猊下に神託とか降ろせませんか?」
「んー、折角の収穫物が食い荒らされるのも癪だし、いいわよー」
これで教会が動いてくれれば、どうにかなるかな? ただ、組合が責任取らされそうだな。やっぱりこのことは組合に云っておいたほうがいいね。
ひとまず掃除屋スライムの間引きを止めて、あとは、ダンジョンから拾ってきて放り込む? そんなところかな。
明日、ゼッペルさんのところにネズミ捕りの成果を聞きに行く予定だし、そのついでに組合に寄ろう。ティアゴさんはまだ戻っていないだろうから、カリダードさんにいっておけばなんとかなるかな?
組合本部の組合長の発言力がどの程度あるのかは知らないけれど。
明日の予定を決め、私は心おきなく夕食を再開。
さて、今晩観る映画はどうしようかな。実用的な参考資料的なものをララー姉様は求めているんだろうけれど……。
うん、今夜は人形系のホラーものにしましょうかね。
★ ☆ ★
おはようございます。さぁ、順番にやることを消化していきましょう。
ということで、ゼッペル工房へとやってきましたよ。
「おはようございます」
「お、おう、おはよう……」
今日も真っ先に遭遇したのはジラルモさん。そして私を見て戸惑った様子。いや、確かに今日は昨日とは違う格好だけどさ。
今日は目隠しに黒ワンピですよ。
「そんなに印象が変わりますかね?」
「大分違うぞ」
「露出部分は似たようなものですよ」
「仮面にしろ目隠しにしろ、見た時の印象が違い過ぎるんだよ」
ジラルモさんが呆れたように肩を竦めた。
そんなもんなのかなぁ。
「で、どうしたんだ? こんな朝早く……でもないか」
ただ今の時刻は午前九時過ぎ。【アリリオ】への朝の馬車が出た時間だ。この時間にしたのは、この後に組合事務所に寄るからだ。ここでの用を済ませた後なら、いい塩梅に空いているだろうからね。
込み合っているところへ行っても、ロクな事がなさそうだし。
「昨日、女将さんがネズミ捕りを仕掛けたじゃないですか。どうなったか見に来たんですよ」
「昨日の今日で捕まってるかね?」
「だから確認するんじゃないですか」
私とジラルモさんは工房の中を通って裏庭へと出、厨房脇の倉庫へと向かう。
倉庫の入り口のところで、ゼッペルさんと女将さんが頭を寄せ合うように何かを覗き込んでいた。
「おぅ、嬢ちゃんと同じで、確かめてるみたいだな」
「入り口に仕掛けたんだ。あの感じだと掛かったみたいだね」
挨拶をし、一晩経ったネズミ捕りを見せてもらった。
……うん。捕れてた。思ったよりも。
「キッカちゃん、びっくりだよ」
「あとで調べねぇと。絶対になにか齧られてるぞ」
「ひーふーみー……全部で八匹か。一晩でこれは多いな」
「これは組合に云わないと駄目だねー」
私がそういったところ、お三方が私をじっと見つめて来た。
「どうしました?」
「組合に駆除させるのか? 清掃組合じゃなく?」
「サンレアンはどうかは知らないですけど、王都は組合が掃除屋スライムを間引き過ぎて、ネズミが大量発生しているみたいなんだよ。
それで、ネズミ捕りの相談を私が受けたんだし」
三人が顔を見合わせる。
「対策をしないと面倒なことになりそうだし、これから組合に行ってくるよ。これもう、下水路に毒餌を撒いたほうがいいんじゃないかと思うけど」
そして私はゼッペル工房を後にして、冒険者組合へ。
いつものように看板の真下を通らないように、横から扉を開けて中へとはいる。
からんころんからん。
うん。時刻も十時近くとなって、すっかり空いていますよ。
それじゃ――
ごしゃっ!
受付へと向かって数歩進んだところで、頭に強烈な衝撃を受けて、私は弾け飛んだ。置かれていたテーブルや椅子を巻き込み転倒する。
目の前が暗くなったり明るくなったりしてグルグル回る。
痛い。気持ち悪い。多分、思い切り鈍器で殴られた。
辺りが騒がしい。
痛みが遠のく。意識が剥離する。子供の頃にずっとあった感覚。
離人症。まるで誰かに憑りついて、その人の目で世界を見させられているみたいな感じ。
あぁ、まずいなこれ。
今度は、止められそうにないや――
感想、誤字報告ありがとうございます。