187 私だってか弱い女の子です
昨日はいろいろと充実していましたね。ペッパーXの威力を確認できたのはよかったよ。
うん。あれダメ。辛すぎるにもほどがあるって。あいつら大丈夫かな。まぁ、薬を飲ませておいたから大丈夫だろう。莫大な借金を背負ったけれど。
同意書と云う名の契約書は最強ですね。
教会発行の代物だから、反故にするのはまず無理だからね。そんなことをすると人生詰むレベルで大変な事になるから。バッソルーナの破門された連中みたいになるから。
こうなるとひとつの宗教で統一されているというのは、ある意味恐ろしくもあるね。それこそ、某TRPGのアレと一緒なのではなかろうか。
市民、幸福は義務です。
のアレ。
まぁ、アレと違って、こっちは本気で神様が保護しているわけだから、普通に、まっとうに生きていれば問題ないんだよ。
あの同意書にしたって、教会で問題なしとのお墨付きがあったから作れたわけだしね。
借金の額が額のため、拘束されて強制労働という形になったけれど。借金額が白金貨単位になってるから、何年かかるのかね、返すまでに。
【アリリオ】で骸炭と岩塩の収集で一日の収入ってどのくらいなんだろ?
それなら普通に【アリリオ】を探索させた方が実入りがいいんじゃないかな。
聞いたところによると、一階層は魔物がほぼでない。でても無害な掃除屋スライムだけとのこと。二階層から敵性のスライムが出始めて、四階層からゴブリンがでるそうな。
で、五階層の中ボスがオーク鬼とのこと。
……これ、【バンビーナ】の方が難易度上なんじゃないのかな?
いや、人型の知的生命体の厄介なところは戦術を使うということなんだけれどさ。ゴブリン……いや、純粋に数の暴力が起こる可能性があるのか。
アッハト砦にいた数が凄かったしね。私は片っ端から暗殺したようなものだけど。外にいた奴は不意打ちで全員凍死させるとかやったし。我ながら酷いな。
ゴブリンとはいえ、多数を相手にするとなると、一攫千金を目指しての探索はきついのかな。ボスを倒せば宝箱は確定だけれど。中ボスの宝箱は内容が微妙だしね。ボスの宝箱なら聖武具が出る可能性もあるし、狙うにはいいのかも知れないけれど。
そういえば、【アリリオ】の十階層のボスってなんなんだろ? 二十階層は不死の怪物が溢れている墓地っていうのは聞いたから、ボスも不死の怪物系なんだろうけれど、十階層の話は聞いたことないぞ。
ボスについてはさておいて、連中だ。あいつらを引っ掛けて無理矢理に借金を背負わせたわけだけれど、さすがに人生を終了させるのは可哀想なので、近いうちに【アリリオ】を攻略しようと思うよ。
大ボスは倒すと弱体化するって大木さんから聞いたから。弱体化というよりも、初期化というのが正しいか。
大ボスの役割は基本下層から登って来る魔物を撃退する役割、暴走抑制装置みたいなもので、基本、かなり強く設定されているらしい。
でだ、戦闘経験を積むに従って、さらに強くなっていくと。倒されるのは大抵、数の暴力が原因とのこと。
そして倒されると初期状態で再配置されるため、結果として弱体化となるわけだ。
弱体化とはいっても、ダンジョンの安全装置の一種だからね。もとの状態でも強いハズだ。実際、【バンビーナ】のボスモンスターは、その階層の雑魚と比べると桁違いに強かったからね。
でも【アリリオ】の二十階層のボスって、へたすると一度も倒されたことないんじゃないかな? 倒されたことがあるとしたら、二百年前?
二百年前の魔物の大暴走の時くらいなんじゃなかろうか。
二百年、下層の魔物相手に経験を積んでいるとしたら、馬鹿みたいに強くなってるってことだよね? そんなもん普通に十九層まで適正レベルで来たようなパーティに勝ち目はあるかっていうと、無理だよね。
不死の怪物への攻撃手段って、現状、私の放出した魔法と、あとは火ぐらいかな? スケルトンとかどうするんだろ? 鈍器で粉々にするのかな? 打撃でバラバラにしたところで、骨折でもしない限りは復活するだろうし。
某、ARPGみたいに。
ということで、そいつを始末して弱体化すれば、現状足踏みしている探索者も二十階層より下へ行けるようになるんじゃないかと思っているのですよ。
ん、なんで二十層よりも下にこだわっているのかって?
ほら、ダンジョン設定を変更して貰って、【生命石】を採取できるようにしてもらったじゃない。その【生命石】が採取できる場所が、二十層より下なんだよ。
【生命石】は魔法の杖関連で使いまくるからね。杖の素体を作るのにも必要だし、なによりも肝心な杖付術台を作るのにも必要だからね。
現状、サンレアンの教会に置いてあるひとつだけだよ、杖の付術台。あ、私の家にもあるか。だから計ふたつのみだ。
だから手に入れることができれば高く売れるはず。魔法の杖にしてもいいしね。
でも、もう少し、難易度低めで手に入れられないかな、とも思うんだよ。
「ということで、大木さんにお願いがあります」
「なにが、ということで、なのかな?」
はい、ただいま大木さんのお家に来ていますよ。大木さんから貰った【転移の指輪(大木邸限定)】があるので、遊びに来るのは簡単です。
そして【生命石】について説明しましたよ。
「とりあえず、その【生命石】を見せてくれるかい? どうにもその名称に不安なものを感じるんだけれど」
「さすがにゲームに登場したまんまの代物だとは思いませんけれど。不死者に成れるような効果はないと思いますよ」
テーブルが傷つかないようにクッションを置いて、その上に【生命石】を出した。
普通に、その辺に落っこちているような色の石に、真っ赤な、それこそ熱せられた溶岩みたいな色の石が混じったような代物だ。
この石がまん丸だったら、赤い縞模様のスイカだ。いや、緑色じゃなくて、青黒い灰色なんだけれど。
「うわぁ、なんだこれ。よくこんなの造ったね」
「え、そんなに大層なものなんですか?」
「これ、魔法生物とか簡単に作れるよ。まぁ、人間辞めたレベルの魔力持ちじゃないとできないとは思うけれど」
「え!?」
私は目を瞬いた。
「深山さんなら頑張ればできるね!」
「え!?」
頑張ればって、とっかかりもなにもないんですけれど!? 【生命石】はインベントリに入っているけれどさ。
「なにが一番分かりやすいかな……。あぁ、昨日、深山さんのところで見せてもらったオートマトン。あれの中枢部をこれで代用できる、っていったら、ヤバさがわかると思う。
人工知能の素体みたいなモノ、って云った方がわかりやすい? 科学じゃなくて、神秘で作った代物になるわけだけれど」
あぁ、なんとなくわかった。あれだ。スケさんたちの疑似魂魄といっしょか。もしかしたら、その技術で作ってあるのかな。
もっとも、だとしても私がそれを作るなんて無理ですよ。この手の技術に関する私の理解度は“スイッチを押せば電気が点く”程度のことですからね。なんでそうなるかの部分はさっぱりですからね。
「なんとなくわかりました。理解はさっぱりですけど」
「となると、その魔法の杖って、いわゆる魔法を唱えるだけのゴーレム、って感じなんだろうね。いや、魔法を使えるゴーレムって、どんだけ破格なんだよって話だけれども。
大丈夫かな。年月経ると、知性の杖になったりしそうなんだけれど」
「なったら問題ですか?」
「それまでの扱われ方によるなぁ。でも魔力切れになったら、ただの杖だから問題な……いや、問題だな。
単なる物品じゃなくなるから、時間経過で魔力を回復するようになる。性格がひねくれたら、持ったものに【火炎球】を容赦なくぶっ放したりするかもしれないよ」
おぉう、それは……。
「まぁ、どうなるか分からないか。いわゆる付喪神になりやすいもの、程度に思っておけばいいんじゃないかな。まぁ、それまでに折れたりしそうだけれど」
「あー、確かに折れますね。普通の付術と違うし。いっしょだったら馬鹿げたレベルで頑丈になるんですけれどねぇ」
赤い部分が妖し気に明るい【生命石】を見つめる。
まぁ、可能性が高いとはいえ、いまのはたらればな話だ。
いや、ちょっと待て、そうじゃない。今日の相談は【生命石】の入手法の相談だよ。
ボスからドロップというか、ボス部屋の宝箱から出せないかと思っているんだよ。
ん? アレカンドラ様に頼まないのかって? いや、ダンジョンの設定はいじったことがないらしくて、あまりいじりたくないみたいなんだよね。
ダンジョンの壁からポロポロ落ちるように追加するのは問題ないみたいなんだけれど、既存の状態を変更するのはやりたくないみたいなんだよ。
「ジョンの奴、ちゃんと引継ぎしなかったのか。まぁ、やたらと現状維持にこだわってはいたけれどなぁ」
「ジョン?」
「僕の後にアムルロスの管理者になった、アムルロスの人類だよ。名無しであることに妙にこだわってた変わり者でね。呼ぶのに困るから、ジョン・ドゥって名付けしたんだよ」
「ジョン・ドゥって……」
私は呆れた。
「優秀ではあったんだよ、変人だったけれど。千年も経たずに昇進しているしね。ダンジョンの設定はそんなに難しくないんだけれどなぁ。下手にいじると、魔素濃度のバランスが崩れるとでも思われたのかなぁ」
それは……制作者である大木さんだから云えることなのでは?
「まぁ、いいや。現状、もう【生命石】はダンジョンに組み込んであるんだよね?」
「はい。【アリリオ】……サンレアンに一番近いダンジョンに組み込んでありますよ」
「ここか……やべぇ、全然覚えてないぞ。……うん、我ながら酷い構成だな。どんだけ当時の人類を憎んでいたんだ? 僕は」
憎んでって……まぁ、作った側から破壊されまくってたらそうもなるか。
「まぁ、いまさら構成を変えるのもなんだし、このまま行こう。そうだね、救済措置として、五階層のボスの宝箱から、一個確定で出るようにするよ」
「一個……まぁ、救済措置ですしねぇ。それにオーク鬼って、そんなに強くはないんでしょう?」
「地球でいえば、世界チャンプ級の格闘家ぐらい。それが武器をブンブン振り回す感じ」
あれ? それってかなり強いのでは? 人間の個人の強さなんて、あっちもこっちもたいして変わらないと思うけれど。
「それって強すぎませんか?」
「もしかして弱いと思った? ゲームとかだと雑魚扱いだしね。でも実際、二メートル半のマッチョな大男相手にする様なものなんだよ。しかも武器をもった」
お、おう……。
「オークは分かり易く、まんま見た目通りの強さだよ。一対一で真っ向勝負するのは勧められないね。刺突武器持ちのガチタンなら戦いやすいかな。攻撃を受けて槍で刺すのが安定すると思う。もっとも、盾受けをしっかりできる前提だけれどね」
そう云ったところで、大木さんは私をじっと見つめた。
? なんだろ?
「深山さんは大丈夫だね。多分、瞬殺するでしょ」
「ちょ、失敬な! 私だってか弱い女の子ですよ!」
「神様に片足突っ込んでる時点で、か弱いは行方不明じゃないかな」
「えぇ、ひどい!」
ん?
「神様に片足を突っ込んでいるって、どういうことですか?」
「云った通りだけれど。当代の管理者に訊いたけれど、深山さんの体は特別製なんだろう? そこに神もかくやたる魔力を溜めこんでいるからね。このまま行くと、近いうちに人を辞めることになるんじゃないかな?」
思わず口元が引き攣った。
そういえば、不老不死になるとか云われたんだっけ。魔力容量も五千近くになってるし。
いや、ちょっとまって。私は普通に寿命で死にたいんだけれど。
いやいや、まだそうはなっていないんだ。魔力量増量の訓練を辞めればいいだけだ。いいだけだよ。うん。
だ、大丈夫だよね。
「ようこそ、こちら側へ!」
「いや、そっち側には死んでからいくはずなんですけど!?」
っていうか、なんで大木さん、そんなにテンション高いの!?
こうして、私は魔力容量増加の修行を辞めることを決意したのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。