186 楽しい楽しい、地上げ屋潰し
さぁ、楽しい楽しい、地上げ屋潰しの時間ですよ。
正確には地上げ屋ではないけれど。店を潰して、そこの料理長をかっさらって、料理レシピを根こそぎ手に入れようとか、やり方が大袈裟過ぎやしませんかね。
私の感覚だと、レシピなんてネットで調べれば色々と転がってるものだから、幾らで売れる、なんて感覚はさっぱりない。それに加え、自分で作り出した料理と云うわけでもないから、それを販売するいうのも、なんというか、ものすごく悪いことをしているような気がするんだよね。
そもそも、現物を食べればレシピなんぞ盗めるでしょうに。完ぺきとはいかないまでも、似たような何かは作れるはずだ。そっから試行錯誤して作り上げろってんだ。
と、いまはどうでもいい話だね。
うん。みんな配置についたね。
私がカウンターから合図をすると、大木さんが入り口の扉を開け、立て看板を手に外へと出る。あの折り畳みができる三角形のヤツね。日本だとレストランの入り口のところによくある、メニューとか書かれているアレだ。
書いてあるのはメニューではなく、営業中と書いてあるだけだけど。
大木さんが戻って来ると、それに続くようにどやどやと大勢の男たちが入って来た。
はっきりいって、店に対して場違いな恰好をしている連中だ。いわゆる底辺冒険者、みたいな。あー、そうか、ドレスコードを決めておけばこの手の輩は弾けたんだ。狙う客層を考えれば、まったく問題ないし。
あとでエメリナ様に云っておこう。
入って来た男たちはどかどかと席について行く。ひとりでひとつのテーブルを占有。どいつもこいつも見るからに柄が悪く、お世辞にも清潔な恰好には見えない。
ここを場末の酒場にしようっていうんですかね?
そしてフロアスタッフの皆が注文を聞きに行く前に、大声で注文を喚く。
つーか『辛い物を出せ!』は、注文なのだろうか?
それじゃ、連中の相手をしに行こう。一度やってみたかったんだよ、お父さんやお兄ちゃんがやってたようなこと。ふふふ、容赦なくやっちゃうよ!
それにしても、アイツらはなぜ辛さにこだわっているのか? 本当に辛いものが好きなのか? それとも香辛料が高価であることから、大量に使わせるという嫌がらせ?
いや、一部の貴族は、香辛料は効かせるだけ効かせるのが通と思っているというか、なんていうの? 見栄? ということで、味は二の次でガンガンに掛ける人がいるらしいんだ。裕福さの証ってことなのかな?
で、こっちだとまともに流通している香辛料なんて、マスタードくらいだからね。人類の生息圏に胡椒だのないから。……西の大陸って、魔境になってんじゃないかな? 北の大森林帯だってあの有様なんだもの。
まぁ、そんな事情もあって、辛い物をだせというのは、贅沢の証みたいになっているんだよ。
なぜ自らの健康を考えないのか。私にはさっぱり理解ができませんよ。そもそもそんな食べ方じゃ美味しく無かろうに。お抱えの料理人は、調理のし甲斐がないんじゃなかろうか?
厨房を出、フロアへとでる。
“リーダーは出入り口に一番近い席の奴だよ。一番大人しそうに見える奴”
大木さん、直接脳内に……って、馬鹿な事を思ってる場合じゃないな。
私はしっかりと背筋を伸ばして、努めて優雅な足取りでそのリーダーのテーブルに向かう。
多数の視線が突き刺さる。ほぼすべてが胸に来てるな。まぁ、いつものことか。
肩を竦めたくなるのを我慢して歩いていく。途中、さりげなく【魅了】の魔法を撃ち込むのもわすれない。半径二メートル半の範囲魔法だから、適当に撃っても大丈夫だしね。ここでのポイントは、魔法にかかっていない奴も出すことだ。だから端っこに居てくれたのは助かった。
奥の三人くらいしか範囲に入らなかったからね。他の十……一人は素面のままだ。
「失礼」
そういって私はリーダーの向かいに座る。
「ん? あんた……」
「私をお忘れですか? つれませんね」
「あぁ、いや、すまねぇな」
うんうん、上手く魔法が掛かってるね。しかし、友人と誤認識させるこの魔法、本当、ヤバいな。誤認識に加えて、自白剤じみた効果もあるしな。
「ここのところ、随分とやりたい放題しているようですね」
「仕事だからな」
「ここ、私の関わっているお店なのですけれど?」
私がそういうと、リーダーは困ったような顔をする。私は彼から顔を微かに逸らすように俯き、私の後方にいる連中の様子をうかがう。
うん、戸惑ってるみたいね。私みたいな、いかにも怪しい小娘がリーダーと親し気に話しているんだもの。そりゃ戸惑うか。
私の恰好は黒ワンピにスキニー、革ブーツ。そして黒布の目隠しという格好だ。目隠しをしている時点で、怪しいことこの上ないハズだ。普通に歩いているしね。
「それにしても、辛い物が好きだとは知りませんでした」
「意外か?」
「いえ。ですが限度というものがあるでしょう? 昨日出した料理も、大抵の者は食べきることが難しいレベルの辛さのモノですよ」
そういうと、リーダーの表情が強張った。
「それで、文句をいいつつも、毎日足しげく当店に通うのは何故です?」
「む?」
「だって、おかしいでしょう? 美味しくもない料理を毎日食べに来るなんて。私はそれが不思議で不思議でたまらないのですよ。教えて頂けませんか?」
「料理の味がまともになったか、見に来てやってんだよ」
リーダーが云う。だがその目は微かに左右に揺れている。人は嘘をつくとき、視線が左上だか右上を見るって聞くけれど、それを強引に矯正しているかな?
信憑性の怪しい知識だから、信用するようなものでもないか。それに、ここで答えを訊くことができるとは思っていないし。
「まさかまさか。それだけではないのでしょう?」
そして私は口元に笑みを浮かべる。いわゆる、艶めかしい笑みというやつだ。
……くっそ。これ、あの女がよくやる笑い方なんだよね。アレの真似してるって云うのはすさまじく腹立たしいな。今朝、鏡の前で練習したら、まさに母娘だって思い知らされて、自殺したくなったし。
まぁ、いいや。こういう時には役に立つし。
おっと、魔法が切れそうだ。【魅了】を撃ってと。よし。
「ひとつ賭けをいたしましょうか?」
「賭けだ?」
「えぇ。あなたが、本日、私共の提供する料理を辛さに悶絶することなく食べきることができるか否か。出来なかったときには、先の質問にお答えくださいね。出来た時には、当店のレシピをすべて無償提供しましょう」
普通なら、こんな賭けは成立しない。私が勝っても、こいつは絶対に喋らないだろう。でも、【魅了】の影響下であれば話は別だ。
「俺はそんなことをしに来たんじゃ――」
リーダーがテーブルに乗り出し、私を見据える。
「これまで同様、普通に食べきればいいだけですよ。なにか不都合でも?」
「不都合って、いや、ねぇけどよ」
「問題ありませんね。それではこちらを――」
まだ料理の来ていないテーブルの上に、一枚の羊皮紙を差し出す。
「同意書?」
「えぇ」
「同意書って、いったいなんの?」
そろそろ、また魔法の効果の切れる時間。私は追加で足元に【魅了】の魔法を撃つ。これで問題なし。さぁ、説明を続けよう。
「『なによりも、辛さが足りない』、そう、仰っていたでしょう?」
「あぁ、そうだ。この店の味は最低だ。金を払う価値もねぇな」
「人の味覚は人それぞれ。それはご理解いただけますね? そしてあなたがたは当店の味が、あまりにも辛味が足りない、そうおっしゃった。はて、私はそうとはちっとも思わないのですが、あなたがそういうのですから、きっと、そうなのでしょう。
さて、本日も皆様は当店に足を運ばれ、当店の料理を所望しておいでです。ですので、本日は本来の、一般的なお客様にとって“良好”な味付けではなく、皆さまにとって“良好”な、特別な料理をご用意いたしました。
こちらの同意書は、その料理に関する同意書です。なにしろ【特別】ですからね。どうぞ書面をご確認くださいませ」
私はさらにインク壜と羽ペンを差し出し、署名を促す。これは公文書となる。なにしろ、審神教会の発行する公文書用の羊皮紙だ。すなわち、ここに署名したが最後、それを相手の同意なしに反故することはできない。神に誓う、ということになるのだから。
「確認させて貰うぞ」
「えぇ、もちろん。ですからこうしているのですよ」
同意書の内容は単純だ。要は、デスソースの注意書き、同意書と一緒だ。正確にはその一部。
本日の料理の辛さにより、健康障害を引き起こす可能性があり、それを理由に裁判を起こすなということ。
要は――
辛いのが喰いたいんだろう? 自分でそれを望んだのに、訴えるなんてねーよなぁ。あぁん?
ということだ。
「……」
「どうされました?」
「署名が必要なのか?」
「えぇ」
「署名をしなかったら?」
「皆様、どうぞお帰りを。出口はあちらですよ」
「……」
「まさか、飲食店で注文もせずに居座る、などということはありませんよね? そのようなことをされましたら、さすがに私共も、正しい対処せねばなりませんが?」
すっっっごい遠回しに、司法機関の介入を求めると宣言する。この場合は、イリアルテ家の治安維持隊だけれども。
まぁ、こんなこと云わなくても【魅了】が効いているから、結局は署名するだろうけどね。少なくとも、私の事を友人と思い込んでいるだろうから。
リーダーが顔を顰めつつも、署名をした。
ドゥッチョ。ほほぅ、テスカセベルム出身かな? この名前の感じだと。
「他の皆様も署名をお願いしますよ」
「なんだと?」
「同じ料理を食べるのですから、署名を頂きませんと。当然でしょう?」
「チッ。お前らも署名しろ」
他の男たちも順々に名前を書き込んでいく。
うん。全員書いたね。よかったよ。まぁ、文盲の人でも自分の名前くらいは書けるって聞いてはいたけれど、識字率が低いみたいだからちょっと心配だったんだよね。拇印でもいいみたいだけれど、署名の方が効力があるみたいだからね。
皆が書き終わった署名を確認する。うん、問題なし。こすれて潰れたりもしていない。これなら大丈夫だ。
筆記具と羊皮紙をしまい、私は左手を挙げる。するとウェイトレスが次々とトレイを片手にフロアに入って来た。
「お待たせしました。こちら、クロケットにございます」
ウェイトレスが揚げたてのコロッケの盛りつけられた皿とパンを入れた小さなバスケットを置く。尚、クロケットと云うように指示したのは私だ。
「ごゆっくりどうぞ」
GJ! 抑揚なく淡々と云うあたり、いい仕事してるよお姉さん。ふふふ、ベレンさんには内緒で、ちょっと接客レクチャーをしちゃったんだけれど、いいよね。
あ、もちろん、この無機質的な感じの接客は、今回限りだよ。好きな人は好きだろうけれど、さすがに正しいお客様に対する接客としてはどうなの? って感じだからね。私はこういう感じは好きだけれど。ポイントは不愛想ではなく、無表情だ。
さて、でてきたコロッケ。
見た目は普通のコロッケ。でも掛かっているソースはドラゴンズ・ブレスソース。香りがかなりヤバいよ。コロッケの熱で凄いことになってる。
まぁ、私が食べる訳じゃなし。問題ない問題ない。
「お、おい、これ、大丈夫なのか? かなり……なんだ……」
む、ここに来て怖気づくとは。意気地のない。
「ふふ、刺激的な香りでしょう。この日の為に、それはそれは特別な香辛料を取り寄せたのですよ。残念ながら量がありませんので、いまここでしか食べることができませんよ」
「いや、そうじゃなくてよ」
「ご安心ください。ちゃんとした食材を使っていますよ。決して毒物などではありません。ただ、あまりにも辛く、なにかしらの健康被害がでたとしても問題ありません。こちらをご用意していますので。
あぁ、ですが、こちらはサービスではありませんよ」
私はそう云って、究極回復薬の壜を取り出して見せた。
「ささ、どうぞ冷めないうちにお召し上がりください」
私がそう云うと観念したのか、ドゥッチョはナイフとスプーンを手にコロッケに取り掛かった。
わざわざソースの掛かっていない部分を切り分けている辺り、小心者っぷりが滲みでているね。でも、多分そっちのほうが辛いと思うんだ。
ソースはなんのかんので薄まって辛味が落ちるけれど、コロッケの中のペッパーXはそのまんまだからね。結構入れたから、どこを切ったってしっかり口に入るよ。
自然と口元に笑みが浮かんじゃうけど、仕方ないよね。
ドゥッチョはフォークに突き刺したコロッケを暫し睨みつけると、意を決したように口に放り込み、咀嚼した。
それを見て、ほかの連中も同じように食べ始める。
「なんだよ、脅かしやがって。たいして辛……く……」
ドゥッチョは急に歯を食いしばり、フォークとナイフを持った手を握り締めてカタカタと震えだした。
「おや? どうしましたか?」
首を傾いで訊いてみる。
アッーーーーーーーーーーーーッ!
びくぅっ!?
び、びっくりした。急に周りが凄く騒がしくなったよ。悲鳴とか呻き声に混じって、なんか殴ってるような音が聞こえてくるんだけれど?
“備品は壊れないようにしているから大丈夫だよ。あ、骨折した奴がいるな”
なにをやってるんだ。あれか、別の痛みで紛らわせようとしてるのかしら?
「なんなんだよこれは……」
食いしばった歯の隙間から声を絞り出すように、ドゥッチェが訊ねてくる。
「なんなんだといわれましても。特製の激辛クロケットですが。なにか問題でも?」
「辛す……」
お、辛すぎると云いかけたね。
「そうそう、これまで当店で使っていた辛味ソースは、数値でいえばいいところ二千くらいの代物です。いま貴方が食べた物は、三百二十万。どうです? これならばあなたもご満足いただけるのでは?」
周囲で起こっている阿鼻叫喚な惨劇など無視しつつ、淡々と事実を伝える。するとドゥッチョは血走らせた眼を、零れ落ちるのではないかと思えるほどに見開いた。
とはいえ、カタカタと震えつつ、汗をかいてはいるものの、悶絶しているとはいいがたい。
……なかなか頑張るね。
「どうしました? まだコロッケは残っていますよ。どうぞ遠慮せずにお食べくださいな」
うわ、殺気が飛んできたよ。【魅了】が切れていないのにこれか。すごいな世界最強唐辛子。
「み、水を貰えないか?」
「畏まりました」
再度、私は左手を挙げる。するとウェイトスがピッチャーをもってやって来た。ふふふ。水にも細工してありますよ。
包丁で一刺ししたドラゴンズ・ブレスを放り込んでありますからね。
そこまで成分は滲み出ていないだろうけれど、辛くなってるはず。
えぇ、やるからには徹底しますとも。辛いのをお望みなんですから。
ドゥッチョ、ゴブレットに注がれた水を一気飲みをし――
「ォアッーーーーーーーーーーーーー!!」
おぉう、もがいてるもがいてる。あ、【魅了】が切れそうだ。追加。自分の首を絞めてもがいているところをごめんねー。
……落ち着くまでどのくらい時間がかかるだろ?
◆ ◇ ◆
死屍累々。
お残しは許しません。無理矢理にでも食べてもらったよ。大木さんがなにかしたみたいだけれど。なんというか、操り人形みたいになってた。何人か失神してたけれどそのまま食べてたし。
で、ドゥッチョだけれど、根性があるのか、それとも依頼人が怖いのかは知らないけれど、かたくなに賭けに負けたことを認めなくてね。あれだけ取り乱して叫んで悶絶してたのに。
というか、ドゥッチョをはじめ、数人が痙攣し始めてヤバかったから、回復薬を投入したんだよね。まぁ、食べきる前だから、回復したすぐ直後にまたコロッケを食べてのたうつ羽目になったわけだけれど。
そんな状況だというのに喋るのは嫌だと申す。
もっとも、それもほんの少しの間だけだったけれど。
いやさ、他の連中があんまりにもうるさくてうざいからさ、仕方ないから氷を作ってしゃぶらせたのよ。そうすれば変な叫び声とか自身を殴る音とかは止まるからさ。呻き声は消えないけれど、叫ばれるよりはずっとマシだし。
「氷が欲しければ喋ってくださいな」
そういったらペラペラしゃべったよ。最終手段として、回復薬を無償にするのと引き換えというのも考えたんだけれどね。もう少し頑張れば借金を背負わなかったのに。
そんなわけで、ドゥッチョと数人の仲間はイリアルテ家に払い切れないほどの借金を抱えることとなりましたよ。今後は【アリリオ】で骸炭と岩塩を拾う仕事に従事することが決定だよ。やったね、終生就職だよ! え? 終生就職なんて言葉はない? いーのよ。意味合いは間違っていないし。永久就職だと別の意味になっちゃうもの。
借金は私にじゃないのかって? いや、債権を売りましたよ。取り立て面倒だし。連中には『イリアルテ家が買った究極回復薬を使った』ということにしてあるけれどね。
さて、それはさておいて、連中の雇い主だ。此度の面倒事の元凶。そいつは西地区にある飲食店のひとつ、【金の林檎】の支配人であるウルバノだそうな。ちなみにその【金の林檎】の経営権をもっているのはポンポコ……あ、いや、違う。なんだっけ? えーと、ポなんとかとかいう男爵だ。
エメリナ様が疲れ切ったように、ため息をつきながら説明してくれたよ。どうも下級貴族連中は、貴族としての自覚が低いものが多いらしい。簡単にいうと、威張り散らしたい阿呆が多い。
レブロン然り、パチェコ然り、代替わりした下級貴族に、こういう阿呆が多いようだ。……いや、違う。馬鹿なことをやる貴族の大半は下級貴族、というのが正しいのか。まともな人はまともだから。王都治安維持隊の隊長さんとか真面目だったしね。熱血漢っぽくて。
そして、このポなんとやら。こいつも残念な阿呆のひとりらしい。
いま、私の目の前で蹲って、泣きながら床をバシバシ叩いているけれど。えぇ、辛さに悶絶している真っ最中ですよ。
あぁ、このポなんとか、あの惨状の最中に来店。この眼前に広がる有様を見て呆然としているところをエメリナ様に掴まり、そこでようやく状況を理解した模様。ついでに、自分が誰に喧嘩を売っていたのかも。まさに阿呆。
今は、残って処分に困っていた激辛コロッケを残さず食べて、床に転がって床板を叩いているという状況だ。
「なかなかの惨状になりましたね。やっぱりこれを流通させるのは駄目ですね」
「そうねぇ。食事で重傷者がでるとか、訳が分からないものね。毒を盛られたわけでもないのに」
「それで、この残念なお貴族様はどうなさるので?」
「サンレアンでの商業権剥奪。あとダンジョン利権からも外すわ。もう手続きも済んでいるわよ」
既に断罪済みでしたか。で、ダンジョン利権ってなんだろう?
「あー、キッカちゃんにはわからないか。ダンジョン探索支援に商業ギルドが入って、探索者たちに消耗品販売をしているのは知っているわよね? でも貴族は商業ギルドに入らずとも、商売を行える特権があるのよ。
もっとも、貴族が【アリリオ】で商売するにためには、イリアルテ家に許可をとらないといけないのだけれどね」
「なるほど。つまり、このポなんとかは、イリアルテ家経由で商売をしていたわけですね。……え、馬鹿なんですか? 本当に。なんで情報収集しないんですかね。よりにもよって、自分の屋台骨であるイリアルテ家に喧嘩を売りますか」
「……キッカちゃんにも売ってたでしょう? お店の料理を不味い不味いと、周囲に吹聴されたんだから。食材も最低とか」
エメリナ様が汚物を見るような目で、痩せぎすなポなんとかを見下ろす。そこそこ見目好い青年だったけれど、いまは涙と鼻水で酷い有様だ。
というか、悪評を吹聴するとか、ロクな事してなかったんだな。
「まぁ、私の評判は構わないんですが、食材の方はマズかったですね」
「どういうこと?」
「ディルルルナ様、いまもって尚、例の件が後を引いて機嫌は今ひとつよろしくありません。そこへきて、アレカンドラ様からの命のひとつに関してケチを付けられたわけですからね」
そこまで云ったところで、がしっとエメリナ様に肩を掴まれた。
「き、キッカちゃんの使命って、魔法の普及だけじゃないの?」
「あ、私、魔法の他に、食文化の底上げもお願いされたのですよ。なので、ディルルルナ様と作物関連で相談しているのです。農研に提供した作物なんかはそうですよ。気候の関係で、香辛料関連が困りものなんですよねぇ。
ちなみに、さきほどエメリナ様が召し上がられたコロッケの材料であるジャガイモ。あれ、ディルルルナ様が育てた奴ですよ」
「めめめ女神様が育てられたジャガイモですって!?」
「女神様が育てたといっても、凄い効果があるとかじゃないですよ。こっちで栽培して問題がないかの確認ですから。ジャガイモの汎用性に喜んでいらしたのも事実でしたけど」
「こ、こここ効果よりも、女神様が育てたということのほうが重要なのよ!」
……あー、確かにそうか。なんというか、一緒に住んでいるから、そのあたりの感覚は大分狂ってるんだよね、私。というか『畏れ多い』という風にしていると悲しそうな顔をされるしねぇ。
「結構、こんな感じに知らせずに下賜……神授っていいまわしのほうがいいのかな、されてますよ。最近では、教皇猊下に芋羊羹を渡してましたし」
いや、エメリナ様、なんでそんな泣きそうな顔をするのですか。
「大丈夫なの? ジャガイモ、こんな風に使っちゃって」
「こんな風? あ、激辛コロッケですか? それなら大丈夫です。むしろ、どんどんやれと云われました。さっきも云いましたけど、ディルルルナ様、未だに不機嫌ですから。もしかしたら、こいつらにもあの三馬鹿が受けたような神罰が降るかもしれませんね」
「例えば?」
「うーん……。こいつら『辛さが足りない』とか云っていましたし、食べ物全般、すべてが辛く感じるようになるとか?」
“あらー、それいいわねー。採用!”
「えっ!?」
「え? どうしたの、キッカちゃん?」
「い、いえ、なんでも……」
女神様監視中でしたか。こいつらには悪いことしちゃったかな? まぁ、さすがに食事が困難になるレベルでの味覚障害にはしないだろうし。いっか。
「それでは、これで騒動は終わりですか?」
「えぇ。彼らにはサンレアンから退場してもらうわ。居座られても腹立たしいだけだし」
容赦ないエメリナ様の言葉に、ポなんとかが慌てたようにブンブンと首を振った。声を出さないのは、口いっぱいに氷が入っているからだろう。エメリナ様にしがみつこうと張って来くるが、エメリナ様は簡単にひょいと避けた。
「いやぁ、ここまで散々嫌がらせをして、その調査に無駄なお金を使わせておきながら、これまで通りに特権をというのは虫が良すぎますよねぇ」
「えぇ、本当に無駄使いだったわ。まさか身内だとは思わなかったもの」
そういってエメリナ様は、芝居がかった調子で大きくため息をついた。
その様子にポなんとかが『んー、んー』と呻くが、決定は覆らない。
「いえいえポランコ男爵、心配することなどありませんわ。探索者支援を申し出ている方はほかにも多数いらっしゃいますもの。あなたが抜けたところで、なにも問題はなくてよ」
あぁ、そうだ、ポランコだよ。なんでポンポコで覚えてたんだろ。まぁ、今後の付き合いができる訳でもなし、覚えなくてもいいや。
そしてエメリナ様は非常に辛辣です。
ややあって、シモン隊長自ら治安維持隊を率い、連中を捕縛していった。
それを見送った後、大木さんが立て看板をしまい、扉を施錠した。
本日はこれで営業終了ですよ。なにせあの連中のための仕込みしかしていないからね。
「それじゃエメリナ様、面倒事が終わったことですし、打ち上げでもしますか? 料理なら作りますよ」
「いいわねぇ。材料はなにを使ってもいいわ。ベレン、明日は臨時休業よ」
「えええっ!?」
いきなりのお休み宣言に、ベレンさんが声をあげた。
大丈夫なのかな? あぁ、いや、あいつらのことがあったから、食材の搬入とか制限してたろうし、それを平常に戻すにも、即時ってわけにはいかないか。
となると、再始動するには一日どころか、数日かかるかもしれないね。
そうだ。折角だから、こっちの高級志向に合いそうなレシピをだそう。……単に調理に手間がかかるってだけだけど。
「エメリナ様、こちらのお店用に、レシピをふたつもってきましたよ」
「買うわ!」
「即答ですね。今回のレシピは、すぐにでもお店で出せますよ。既存の食材でできますから。その内の片方を、これから作りますね。残りは下準備に数時間掛かりますから、後日、ベレンさんに作って貰って味を確認してください」
レシピを記した羊皮紙をエメリナ様に渡す。私としては珍しく時間や分量も含めて細かく書いたよ。
「これは……」
レシピをみてエメリナ様は驚いている模様。
この二品、いわゆる“コロンブスの卵”的な料理だと思うんだよ。その発想はなかった、的な。いや、ひとつは料理人のプロ根性から生まれたものだと思うけれど。
「肉料理と揚げ物料理ですよ。揚げ物のほうは、いろいろとアレンジもしやすいので、時期によってちょっと味を変えることも簡単ですよ。
ということで、ベレンさん、一緒に作りましょう」
私はベレンさんの手を引っ掴むと、厨房へと入った。
ちょっと料理に関して消化不良なのですよ。私、揚げをやってないからね。コロッケとかカツが揚がるのをじーっと見るのが好きなんだよ。
なにその変な趣味とかいうな。これは料理好きの性だ。他の人はどうだか知らないけど。
さて、作るのはミルフィーユカツですよ。薄切り肉を重ねて揚げる料理。重ねる肉の間に、チーズとか、シソとか入れたりするだけで、大分出来上がりが変わる料理だ。
そういや、お兄ちゃんがどっかから聞いてきて、チョコレートを挟んで揚げたことがあったな。なんというか、すっごい微妙だったけれど。
意外と思いつかないみたいだね。食堂の料理人さんか、ベレンさんが創作するかと思ってたんだけれど。
まぁ、薄い肉を重ねてっていうのを、貧乏くさいって思ってしまうからかもしれないけれどね。
それじゃ、つくるとしましょうか。
そして、私は肉を薄切りにし始めたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。