185 開店準備中
こんにちは。ベレンよ。
本日は予定していた通り、あの迷惑行為と認定しきれない迷惑行為をしている連中を撃退すべく、激辛料理を振舞う日。
お店にはスタッフの他に、金髪の背の高い男性とキッカ様……いえ、キッカさんが準備に入っている。
……皆様に倣って、キッカ様とお呼びしたところ、「“さん”でお願いします。呼び捨てなら尚良しです!」と切望されたので、キッカさんとお呼びすることになったよ。呼び捨てなんて、畏れ多くてできやしないよ。
七神からご加護を頂いている方と後程聞いて、私、倒れたからね。
件の人物は開店と同時にやって来る。ここ最近は大人数で来店し、すべての席を陣取り、閉店時間まで居座るという始末だ。
『まんま地上げ屋だわね』
と、昨日、実際に見てキッカさんが呟いていたっけ。
“じあげや”ってなんだろう?
そして今日、奥様の計画が発動。奥様がおいでになるのは開店時間直前あたりとのこと。色々と手を回し、今日で決着をつけてしまうのだとか。
……きっと、私は知らない方がいいことなんだろうな。とにかく、私はいつもの通りに普通に料理を作り、それをお客様に喜んで貰えばいいんだ。
なので気にしない。気にしないことに決めた。
まぁ、今日の客に対しては、その限りじゃないけれどね。
「それで、僕は用心棒をやればいいのかい?」
金髪の男性がキッカさんに確認している。キッカさんの連れて来た方だけれど、なんというか、いろいろとつかみどころがない人だ。
金髪、男性、ということはわかるんだけれど、その他の部分がさっぱり印象に残らない。年齢もいまひとつ不明。青年男子としか分からない有様だ。
「はい。立っているだけで構いませんので。ただ、誰一人として逃がさないでくださいね」
「そのくらいならお安い御用だよ。いくらでもやり様はあるからね。ふむ、入れるけど出られない。いわゆるワンウェイドアっぽくしようか?」
「あ、いいですね、それ。お願いします」
「それで、深山さんはここで何をつくるの」
「これを使った料理です」
キッカさんが鮮紅色の唐辛子を、蔕をつかんでオーキさんの前でプラプラさせている。
「なんだいそれ? ホオズキの親戚か何か?」
「……食べてみます?」
「その間はなに? というか、生で食べられるの?」
「大丈夫ですよ」
「……いただきます」
ちょ、キッカさん!?
私が止めようと声を出す間もなく、オーキさんが唐辛子を丸ごと齧ってしまった。小さいから一口で行けちゃうんだよ、あれ!
結果――
「アッーーーーーーー!」
ぼふっ!
ちょっ、ええっ!? いま火を噴かなかった!?
「ちょっ!? 大木さん、止めて! 火事に、火事に!!」
「かっ! あっ! がっ!」
げほっ! ごほっ!? あっー!
「み、深山さん? これなに? え? なにこれ? なんなの?」
「え、えっと、ドラゴンズ・ブレスっていう唐辛子です」
「ちょっと!? なにその名前! 僕が食べたら洒落にならないんだけれど!?」
「……てへ?」
「いや、てへ、じゃなくてね!」
なんだか微笑ましい展開が目の前で起きているけど、やっていることはとんでもないことだよ、キッカさん。
先日、私もちょっと舐めさせてもらったけれど、暫く舌が麻痺したし。体はカーっと熱くなっていると分かっているのに、感覚的には寒気がするとか、明らかになにかいろいろと異常なことになったからね?
「僕を使って遊ぶの禁止」
「ごめんなさい」
「もしこれが、立場を逆転させると大変なことになるからね」
オーキさんがそういうと、キッカさんが慌てふためいていたよ。
そりゃ……男性が女性で遊ぶっていったら……ねぇ。
「……残機が減った件について」
「え? 残機!?」
「冗談だよ。というか、自己回復系の魔法なんて、初めて使ったよ」
「あー。ふつうは傷つけることのできる存在なんて、地上にはいないでしょうしね……あれ以外」
「びっくりだよ。しかもしっかり食品扱いで鑑定されてるし」
「そりゃ、いかに辛くとも唐辛子ですし」
「どっから持ってきたの?」
「一応、英国産ですよ」
「なにをやっているんだ英国人」
なにを話しているのかさっぱり分からないけれど……任せて大丈夫なのかな? 凄く不安なんだけれど。
見ると、スタッフのみんなもそんな感じだし。
「それじゃベレンさん。下拵えのついでに、公開していなかったものも作りますね。食堂かベレンさんが創作すると思ってたんだけれどなぁ……」
「え、ええと……なにをつくるのですか?」
訊ねると、キッカさんは口元に笑みを浮かべた。
「メンチカツですよ。それとコロッケもついでに作りますね。本日のメイン商品ですし」
メンチカツが新しい料理か。コロッケも、知ってはいるけれど、商品にはなっていない。あのジャガイモという芋が流通していないからね。
調理が始まった。キッカさんが調理している間に、マッシュポテトを作るように頼まれたので、そちらは助手たちにお任せだ。
ジャガイモは使ったことのない食材だけれど、多分、大丈夫だろう。
まだ一人前とは云い切れない私が助手を持つというのは、いまだに慣れないんだけれど。
それにしても、キッカさんはどこからこれらの食材を調達してきたんだろ? 農研の調理部と連携でもしているのかな?
まずは挽肉を作成。猪の肉と牛の肉を、イリアルテ家から提供して頂いた道具で挽肉にする。牛の肉って、筋張って固いイメージがあるんだけれど、大丈夫なのかな。
まぁ、年を取って、働けなくなった牛の肉しか食べたことがないせいだけれど。でも本当、キッカさん、若牛の肉なんてどこから仕入れて来たんだろう?
これに卵液に塩胡椒を加えてよく練り込み。その後さらに玉菜と玉ねぎのみじん切りとパン粉を加えて練り込んでいく。
「玉菜のみじん切りはお肉と同量ですよ!」
メモしておこう。
練りあがったものを楕円形に整え……あれ? ハンバーグ?
え? ハンバーグを揚げるの!?
「衣は揚げる直前に付けるとして、次はコロッケにいきましょう」
タマネギのみじん切りをバターで炒め、程よく火が通ったところでひき肉と謎の粉末を投入。
「その粉末はなんですか?」
「乾燥させた昆布を粉末状にしたものですよ。本当はコンソメがあれば良かったんですけどねぇ」
コンソメってなに?
炒めたモノが冷めたら、先に作っておいたマッシュポテトと合わせて、楕円形に形成。
「これに衣をつけて揚げればコロッケの完成ですよ。
それじゃ、今晩の商品のほうのコロッケも作っておきましょうか。ちょっと着替えてきますね」
そういってキッカさんは、着替えるためにバックヤードへと引っ込んだ。
戻って来たキッカさんの恰好は先ほどと殆ど変わらず。黒いワンピースにエプロン姿だけれど、覆面のついたオープンヘルムと皮手袋が追加されている。目の部分はどうなっているんだろ? あれは眼鏡というやつかな?
というか、なぜそんな物々しい格好に?
「またバランスの悪い格好だねぇ」
「こうしないと大変なことになるんですよ。マスクとゴーグル、そして手袋は必須です」
「……どれだけ危険な唐辛子なのさ。というか、そんなものを食べさせられたのか」
あぁ、オーキさんが呆れてるよ。それはそうだろう。料理をするのにそこまでしなくては調理できない素材って、それは本当に食べていいものなの?
キッカさんが唐辛子を丁寧に刻んでいく。後ろから見ていたけれど、途中で断念。
目が……喉が……なんで唐辛子でこんなことになるの!
「油通しでもしたほうがいいかな? いや、炒め物じゃないのに、やってどうするって感じだよね。……生でも平気だし、このままでいっか」
刻んだ唐辛子をコロッケの種に混ぜ込む。もちろん、ワタとタネも一緒だ。
「三十個も作ればいいかな? あ、そっちのメンチと普通のコロッケは揚げちゃってください。試食用ですから」
キッカさんの指示で、私が最終調理を行う。
手早く衣をつけ、既に適温になっている油で揚げていく。
小麦色に揚がったメンチカツとコロッケを、玉菜の千切りの盛られたお皿に並べ、ソースを掛けたら完成。
ソースは……ブラウンソース? 肉汁がないから、グレイビーソースは作れないし。
「あ、ベレンさん、ソースはこれを使ってください」
キッカさんから、妙に黒っぽい液体の入った壜詰を手渡された。
「これは?」
「ソースですよ。多分、中濃ソースっぽいものになっていると思うんですけれど」
え、えーっと、チュウノウソースと云うものがわからないんだけど?
「深山さん、なんで自信なさげなの?」
「いや、見様見真似というか、昔見た原材料表記を思い出しながら適当に材料を煮詰めて作っただけなので」
「あー、そういう……。で、味は?」
「果物を入れ過ぎたみたいで、ちょっぴり甘めのソースのような何かになってます」
「あぁ、味見は済んでいるんだね。それなら大丈夫か……」
「信用されてません?」
「さっき、火を噴かされたからね」
……キッカさん、そっぽを向いても、何の解決にもならないよ。
あ、そうだ。
「キッカさん、奥様の分はどうしましょう?」
「エメリナ様の分は、後で揚げましょう。……残っていますよね?」
「はい、大丈夫です」
えぇ、ちゃんと残してあるよ。新商品を出資者に食べていただかないというのはあり得ないからね。
……新商品、だよね? このメンチカツ。メニューに加えても大丈夫だよね?
あとできちんと奥様に確認しておこう。
陽も暮れはじめ、そろそろ開店時間。
今日の営業は、昼間は休業にし、夜のみの営業だ。
奥様と、なぜかお嬢様方もお見えになり、いまは二階の執務室で待機していただいている。
目を瞑り、深呼吸をひとつ。
……したところで、この嫌な胸の中のムヤムヤは晴れない。
あぁ、またアイツらの相手をするのか。憂鬱になってくるよ……。
「ベレンさん、ベレンさん。ベレンさんは調理にだけ集中してくださいね。まぁ、下準備はすべて済んでいますので、揚げて盛り付けるだけですけれどね。
あ、遅くなりましたけれど、これが馬鹿タレ共用のソースです。ついうっかり味見したりすると大変なことになりますから、気を付けてくださいね」
ひょこっとやってきたキッカさんが、私にやや暗めの赤いソースの壜を押し付けました。
「調理に集中といいましても……」
「連中の相手は私がしますので」
えぇっ!? いや、でも、キッカさんは部外者ですよ!
その旨を云ったところ――
「なにを云っているんですか。このお店の商品に関しては、私は関係者ですよ。云わば、スーパーバイザーというやつですよ! ……ちょっと違う? まぁ、似たようなものです!」
いや、その“すーぱーばいざぁ”ってなんですか!?
「大丈夫、お任せください。こういうのには慣れていますからね。主に、私の父と兄がやらかして、対象を死地に追いやっていたわけですけどね。
アラスカに行った彼は、二年で消息不明になりましたしね!」
え、ちょっ、なんですかそれ? アラスカっていうのが何処かは知りませんけれど。というか、消息不明って……。
「蟹が届かなくなったのだけ残念だったんだよなぁ。まぁ、いいや。
そういうわけですので、安心してくださいね。世の中には、死よりも恐ろしいものがあると、連中には知ってもらうだけですから。なにも問題ありません!」
えぇっ!?
「隠蔽工作や証拠隠滅はしてあげるから、思いっきりやっていいよ。それに深山さん、たとえショックで死んじゃっても、生き返らせる算段はあるんだろう?」
「究極回復薬を持ってきましたから大丈夫ですよ。もちろん、有料です。ですから、これを使う羽目になったら、連中、一生借金生活ですよ。是非とも死んでほしいところですね!
……これ、いくらになるんだろ? 神様からの賜りものだし」
ど、どうしよう? これは聞かなかったことにしたほうがいいのかな? いいんだよね?
オロオロとしていたら、キッカさんがにっこりと笑って私の手を掴みました。
「あとで二品ほど、肉料理のレシピを教えますね。高級志向のこのお店ならぴったりな奴を。
ゴミ掃除をしたら一緒につくりましょうね。エメリナ様たちも、そっちを楽しみにしてらしていますからね」
「もはや前座、余興扱いだね。まぁ、チンピラなんてそんなもんか。それじゃ、開店するよ。そのまま扉の脇で待機してるから」
オーキさんがそう云って厨房から出ていきました。
「さぁ、ベレンさん、みなさん、頑張りましょー!」
キッカさんが拳を頭上に突き上げる。するとスタッフの皆も同様に拳を突き上げ、うぉぉぉっ! と、声をあげた。
え、ちょ、なんでそんな物騒な雰囲気に? え、わ、私もですか。
お、おー……。
は、はい、ちゃんと声を出します。
おーっ!
もうこうなったら自棄よ! なるようになるしかないわ!
えぇっ、やってやりますとも!
……考えてみたら揚げるだけじゃないの。いいのかな?
感想、誤字報告ありがとうございます。