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184 立っている者は親でも使え

おかしい。一回で終わるはずだったのに、なんでこんなに長引いているんだ?


 いやぁ、ピザは好評でしたね。かなり適当に作っただけなんだけれどね。トッピングは半端な余り物……賄いで消費されるようなものを載っけて焼いただけなんだけれどね。


 トマトソースとチーズと玉ねぎとピーマンとハムさえあればどーにかなるのよ。


 あぁ、いや、こっちだとベーコンはないのよ。ソーセージも。燻煙調理がないからね。

 ん? ならハムもないはずだろって? いや、ハムは茹でてつくるタイプもあるからね。保存には向かないだろうけれど。


 そういや、大分前に鶏ハムを作ったっけ。お肉二枚を抱き合わせて亀甲縛りにして作ったんだよ。

 ……縛り方がおかしい? わかってるよ! それしかできなかったんだよ! 知識がおかしな方向に振り切ってるのも自覚してるよ!


 うん。この間のダンジョンアタックでお肉が大量だから、今度ベーコンを作ろう。材料は……猪と鹿だな。牛は……牛の燻製って、ジャーキーしか知らないんだけど。ベーコンみたいにして美味しいのかしら? まぁ、肉だし、やってみよう。食べられないものができる訳でもなし。


 まぁ、その前に香りの良さげな木を手に入れないとね。桜かリンゴあたりかなぁ。オーク材……樫の木もいいんだっけ? 樫の木の端材ならゼッペルさんのところで貰えるな。うん、オーク材でチップを作って燻そう。




 さて、いまは場所を移して、エメリナ様たちと一緒にお茶をしていますよ。


 あの劇物に妙な執着を見せているエメリナ様に不安を覚えていますが、いったいなにがあったのやら。


「あのピザは手軽でいいわねぇ。冒険者には人気がでそうだわ。貴族向けにはならないだろうけど」

「あはは。まぁ、そうでしょうね。マナー的に問題がありそうですしね。あれも大衆食みたいなものですし」

「それで、あの辛いのはなにかしら?」


 エメリナ様に問われ、私はルナ姉様にした説明した。


「三百二十万……。食べたらどうなるのかしら……」

「どうなんでしょう。キャロライナ・リーパーの大食い……だったかな? そういう大会があって、それの参加者が病い……医者送りになったっていう話は聞いたことがありますけれど」

「毒でもないのに、お医者様にかかる羽目になるなんて、恐ろしいわね」


 いや、だからなんでそんなに楽しそうなんですかね? エメリナ様。


「お、お姉様? なんでそんな恐ろしいものを栽培したのですか?」


 リスリお嬢様が私に問うてきた。


 まぁ、なんでそんな危険物を栽培したと思うよね。


「興味本位ですよ」

「興味本位……」


 アレクサンドラ様が胡乱な視線を私に向けて来る。


「そもそも私は、面白半分か、自分の欲しいものしか作りませんからね。危険物は作りませんけれど」

「この唐辛子は危険物なのでは……」

「毒物ではありませんからね。ただ馬鹿みたいに辛いだけで。というか、普通はこれをそのまま大量に一気食いなんてするものじゃありませんからね。

 いうなれば、酒精の強いお酒を大量に一気飲みするのと一緒ですからね」


 急性アルコール中毒と一緒と云ったら、微妙は表情だったけれど、納得してもらえたよ。急性アルコール中毒なんてこっちじゃ認知されていないけれど、強いお酒を一気飲みして死ぬ人はいるからね。


「キッカちゃん、それをいくらか譲ってもらえないかしら」

「……具体的にはどれを?」

「一番辛い奴」

「さすがに劇物なので、実の状態のままは、あまり表には出したくないのですが」


 さっきの云い分を翻しているみたいだけれど、劇物であることには違いないからね。さすがにペッパーXを流出させるのはマズい気がするよ。加工品なら、植えて芽吹かせるなんてことはできないだろうけれど。実で渡すと増やされる可能性が……。


 いや、完熟しているわけではないにしても、可能性はありそうだしね。避けるに越したことはないハズだ。


「使用目的は何でしょう?」

「辛い物を求めている馬鹿がいるのよ」


 おぉぅ、覿面にエメリナ様が不機嫌になったぞ。


「それは『食べる』ということですか? それとも『栽培』したいと?」

「正確には、こちらが食べさせる、ということかしらね」


 ……はい?


 あれ? 商売絡みじゃないの? 店で出すなら栽培するだろうし。いま胡椒をそうやって増やしてるみたいだし。となると、なんに使うんだろ?


 パーティ用の料理? いや、ねーよ。大惨事にしかならないよ。


「奥様。ベレン様がお見えになりました」

「通して」

「あれ? ベレンさん、こっちにいるんですか?」


 てっきり王都でお店を開いたと思ってたんだけれど。


「王都だといろいろと高いのよ。それに、飲食店はほぼ飽和状態でもあったし。だからこっちに店を構えて貰ったわ。西地区の飲食店は……こういってはなんだけれど、たかが知れてるのよ」


 たかがって……。随分と辛口ですね、エメリナ様。


 でも食堂巡りなんて私は絶対しないから、その辺はさっぱりなんだよね。というか、まだ私の持ち込んだ食材も出回っていないし、現状はまだ、食文化が残念なままなんだよね。


 あぁ、でも、王都のバレの屋台みたいなのもあったし。頑張ってる人は頑張ってると思うんだけれどなぁ。自分の店を持つまでには至らないのかな?


 エメリナ様は疲れたように話を続ける。


「味だけをみれば、冒険者食堂のほうがずっと上よ。だから彼女には西地区に店を出してもらったわ。いわゆる高級志向の飲食店ね。

 実際、上手く回ってたのよ。先日からの嫌がらせがでてくるまでは」


 あー……。やっぱりそういう輩は出て来るのか。というか、イリアルテ家が関係している店ってわかっててやってるんですかね?


 一応、イリアルテ家の投資事業だよ。料理大会の賞品は店舗と商業権で、初期運転資金は出資しているだけなんだから。


 それを潰そうってことでしょ? 馬鹿じゃないの? サンレアンはイリアルテ侯爵家の領都だぞ!


 ……あれ? でもそれと辛味とどう関係するんだろ?


 そう思って首を傾ぐと、ベレンさんが案内されて来た。


「し、失礼します。召喚に応え参りました」


 なんだかがガチガチな様子で、ベレンさんがメイドさんに案内されて来た。料理大会のときもそうだったけど、あがり症なのかな?


「召喚って、また大袈裟ねぇ」

「こんにちは、ベレンさん。だいたい三ヵ月ぶりですね」


 私が挨拶をしたら、ベレンさんは目をぱちくりとさせた。


「す、すいません。いつお会いしたのか覚えていません」

「あれ?」


 私は首を傾いだ。


「キッカ様。料理大会の時、キッカ様は鎧姿でしたから」

「あれ? でも冒険者食堂では着替えましたよ?」

「そういえば彼女、失神したままだったわね」


 エメリナ様の言葉に、私は眉根を寄せた。


 うん。そのあたりはさっぱり憶えてないな。適当に即興で料理をしまくってた覚えしかないぞ。


「あっ! あの鎧の中の人!」


 ベレンさんがやっと思い当たったらしい。


 いや、鎧の中の人って。確かにそうだけどさ。

 これは苦笑いするしかないね。


「いつも鎧を着ているわけじゃないですよ」

「ご、ごめんなさい」


 緊張しっぱなしと思われるベレンさんに、思わず私はエメリナ様に視線を向けた。


「包丁とか、調理道具を持つと落ち着くから、仕事中は大丈夫なのよ」


 それは危ない人なのでは?


「それじゃベレン、お店のトラブルについて話して」

「は、はい!」


 お店のトラブルはこうだ。

 ベレンさんのお店は急ピッチで準備が進められ、十一月後半にプレオープンにこぎつけた。

 お店の設備、内装、外装を整え、それに加えてベレンさんの引っ越しだの、商業組合への屋号登録、従業員の募集と教育だのを考えると、とんでもない速さだと思う。


 プレオープン時はイリアルテ家が知人や取引先を招待し、店の名を上手い具合に売って行ったようだ。

 出される料理は冒険者食堂に出している料理を、上品にアレンジしたものが中心になっている。

 定番ともいえる肉料理と揚げ物を中心としたものだ。


 人気のメニューとなっているものは揚げ物。それもカニクリームコロッケとのこと。揚げ物が人気となっているのは、美味しいことはもちろんのこと、なによりもどこの家でも大量に油を使う揚げ物なんて作ることがないからだ。要は、コストが掛かり過ぎることと、火事を心配してどの家でも作らないとのこと(小火騒ぎがあったらしい)。貴族って、基本的に守銭奴じみているからね。いや、そうしないと領地運営がまわらないし。結構、普段は質素倹約ですよ。だからイリアルテ家なんて商売に全力みたいなことをしているわけだし。


 で、正式オープン後、順調に売り上げも伸び、軌道に乗ってきたところへケチをつける輩が現れた。


 曰く、美味しくないと。


 まぁ、美味い不味いは個人の味覚の差もあるものだ。意見だけを聞き、それが納得のいくものなら改善し、理不尽なものなら無視すればいい。

 少なくとも私はそう思っている。


 で、そのケチの内容というのが、なんのかんの多岐にわたりケチをつけた上、最後にこう云ったそうな。


「なによりも、辛さが足りない!」


 ……どこの兄貴だそいつは。


 しかもだ、それを毎日。さらには人数が増えると来たものだ。


 いつの時代の地上げ屋かな? いや、ここは日本じゃないけれどさ。


 うん。完全にいやがらせだね。客として入って、周囲の客に聞こえるようにケチを付けつつ、さらには威圧も加えた上で食事をし、料金もしっかりと払って帰る。そんなわけで、どうにもできないのが現状だ。


 出禁という手もあるけれど、それをすると別の余計面倒な嫌がらせに発展しそうだ。

 食材を搬入しているミストラル商会に迷惑を掛けたら、それはそれで面白そうだけれど。ララー姉様がなにも云っていないことから、そこまでには至っていないのだろう。


 ミストラル商会は拠点がアンラ王国の商会だからなぁ。さすがに他国に解決してもらったようなことになるのは、イリアルテ家としては面子が立たないだろう。


 面倒事が広がる前に決着を付けよう、ということなのかな?


 辛いものが欲しいのなら、食わせてやろう的なことをしようということか。食べて悶絶すれば『辛くねぇ(サムズアップ)』なんてことを云っても、説得力皆無だし。来るたびに同じものを食べさせればいいんだもの。


 味にケチをつようとも、それがお客様の注文である以上、文句を云われる筋合いはないと。


 ……これ、あるいみ腹癒せでやるってことだろうなぁ。これをやっても、嫌がらせをしている連中を抑えられるわけじゃないもの。でも急いでやるってことは、もう取り押さえる算段はついているから、その前に仕返しをしよう、ということなのかな?


 私はじっとエメリナ様の様子を伺う。うん、微妙に余裕な様子が見えるんだよね。


 ベレンさんの説明後、エメリナ様が補足を始める。


「連中の目的は店を潰すことよりも、カニクリームコロッケのレシピみたいなのよねぇ。店を潰して、路頭に迷ったベレンを手元に引き入れようとしているみたいなのよ」

「いや、ベレンさんだって、嫌がらせをした相手のところへなんて就職しないでしょう?」

「声を掛けるのが、一見してそいつらと繋がりのない貴族だったら?」


 あ、やっぱり。すでに調査済みですか。ってことは、相手はもう詰むんですね?


「そこまで組織的に囲い込みに来てますか」

「来てるわね。もっとも、こっちに動きを掴まれてる時点で三流だけど」

「……ごり押しで潰すのは?」

「そんなことをしたら面白くないじゃない。それに、それをやると家の名に傷がつく可能性が高いのよ」


 まぁ、強権を使って、っていう風に見えるとねぇ。


「ところで、カニクリームコロッケって、そんなに人気なんですか?」

「人気よー。もちろん、ベレンのところの方は高級志向で、ちょっぴり手間を増やしているけれどね」

「お酒や香草を加えたり、ですか?」

「そんなところ。冒険者食堂とは差別化しないとね。まったく同じというわけにはいかないわ。あぁ、もちろん、素材の吟味もしているわよ」


 ほほぅ。完全に高級店ですね。そしてベレンさんも元貴族家の料理人。その手の料理は手慣れているしね。


 ……あれ? そうすると、あの料理大会が微妙に出来レースみたいになってたりしたんじゃ?


 エメリナ様をじっとみつめる。うん、さっぱりわからん。

 まぁ、この手のお話で、私が太刀打ちできるわけないか。私に害があるのならわかるけれど、そういう案件じゃないしね。


「そういえば、お店の名前はなんていうんです?」

「【最高の一皿】」

「なかなか挑戦的ですね」

「良い名前でしょう?」


 いい名前だと思いますよ。ベレンさんがなんだかオロオロしているのを除けば。なんでこの人はこんなに自信なさげなんだろ?


 ま、それはさておいてだ。この辛味料理計画は、ベレンさんがやらない方がいいだろう。ヘイトがベレンさんに向いても問題だろうし。


 それに、私も巻き込むっていうのなら、私も遊ばせてもらいましょう。どれだけの威力があるのかは、見てみたいもの。

 自分じゃ絶対にやらないけど。


「分かりました。では、ご希望のこちらを提供しましょう」


 私はポーチから取り出した壜をテーブルに置いた。ペッパーXの実が三つ入った壜だ。いまインベントリで壜詰にしたものだ。


「ですが、条件がひとつあります」

「なにかしら? お金なら十分に出すつもりよ」

「いえ、お代は結構ですよ。結構ですので、調理は私にさせてください」


 売り物にするわけじゃないからね。というか、ただ渡しただけだと、絶対に事故が起こると思う。


「理由を聞いてもいいかしら?」

「単純ですよ。これ、調理するのも危険なんですよ」


 そう答えたところ、エメリナ様の顔が引き攣った。


「え? そんなになの?」

「えぇ。なにしろ、素手で触ることすら厳禁な代物ですからね。炎症を起こしますよ。なので、私が調理しますね。そして私に喧嘩を売ってもらいましょう」


 私はにこやかに云った。にこやかといっても、いわゆる悪い笑みでのにこやかだ。


「喧嘩って……キッカちゃん?」

「どうせなにを作ろうとも、難癖はつけられるのです。お望みの料理を提供して、悶絶したらしたで、ケチをつけてくることは明白です。辛すぎると。

 ですが、私に喧嘩を売った場合、もれなく出張って来る方々がいますからね。なにせ、過保護ですから」


 そう云ったところ、私が何を云わんとしているのか気が付いたエメリナ様が真っ青になった。

 でもリスリお嬢様やアレクサンドラ様、そして私をよく知らないベレンさんはきょとんとしている。


「き、キッカちゃん、さすがにそれは――」

「エメリナ様。私の故郷にはこういう言葉があるのですよ」


 エメリナ様に最後まで云わせず、私は云う。


「“立っている者は親でも使え”と」


 なにせ、基本的に暇だろうしね。娯楽には飢えていると思うのよ。畑仕事とか料理とか、すっごい楽しそうにしてらしてるし。


 それに、深山家はずっとそうやって、敵対する者を生贄にして、それを利する人たちに提供する形で生きて来た家ですからね。私もお兄ちゃんにしっかりと教育されていますよ。

 その最たるものがアラスカに引っ越した同級生ですからね。


 なので、利用できるモノは利用しますとも。しかも、それを喜んでもらえること請け合いなので、問題ないのです。


 それじゃ、メニューは何にしましょうかね。揚げ物が人気であるのなら、揚げ物で行くのがいいかな。野菜コロッケ(ペッパーX入り)に、ドラゴンズ・ブレスソースにしよう。ペッパーXソースは微妙に色が悪いからね。




 ふふふ。威力を確認するのが楽しみです。



感想、誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「“立っている者は親でも使え”と」  なにせ、基本的に暇だろうしね。娯楽には飢えていると思うのよ。畑仕事とか料理とか、すっごい楽しそうにしてらしてるし。⬅誤字
[良い点] 更新お疲れ様です。毎回楽しく読んでます。 [気になる点] 日を置いて呼んでるから相変わらず アレクサンドラさんと、アレカンドラさんを混同しちゃう。 作者様の用法が間違ってないか期待して眺め…
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