182 下手すると死ぬ
※冒頭部分は、場面転換後の数日後のこととなっています。
少々紛らわしく、申し訳ありません。
いっそ、冒頭部分をまるごと削除したほうがよかったかな。
20/07/06 真っ青になった → 震え上がった へと修正しました。
「あのぅ、エメリナ様? 本当にこれを出すのですか?」
「えぇ、あそこまで虚仮にされたのよ。このまま引き下がれますか」
「すいません。本当にすいません。私の技術が及ばないせいで……」
ペコペコとベレンさんが頭を下げる。
「いいえ、あなたのせいではないわ。あの味覚のイカレタ馬鹿のせいよ!」
鼻息も荒く、エメリナ様が断言した。
うん。言葉遣いも荒い。まぁ、分かるけれど。アレ、ただの嫌がらせというか、営業妨害だしね。
でもね、あんたが望んだことだよ。私は止めないからね。大丈夫。死んでも生き返らせてあげるから。残さず喰らってもらおうじゃないのさ。
そんなことを想いつつ。私は歯を剥きだすような笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆
「キッカちゃん、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけれどー」
「なんでしょう? ルナ姉様」
ディルガエアに戻ってから数日が経ったある日のこと、ルナ姉様が戸惑ったように訊ねて来た。
「温室にある、あの寸足らずの赤ピーマンみたいなのはなにかしら?」
「赤ピーマン?」
「えぇ。なんだかちょっとボツボツしてたけれど」
「あぁ、あれは興味本位で育てたんですよ。素手で触ると大変なことになる代物ですね」
「……えっ?」
ルナ姉様の表情が固まった。
「ちょっと作りたいものがあって、育てたんですよ。一回実が取れたら、なにか別のと入れ替える予定の代物です。なにせ危険物ですから」
「えっ?」
ルナ姉様の表情が引き攣れた。
「それじゃ折角なので、作ろうと思っていたものを作りましょう」
「な、なんだか不安ねー……」
ということで、ルナ姉様と一緒に温室へ。
うん、整理整頓が必要かな? 足の踏み場が大変なことに。まぁ、これから鉢植えが三つ撤去されるからいいか。
赤ピーマンみたいなのが生っている鉢ふたつと、黄緑色の寸足らずピーマンみたいなのが生っている鉢を持って、台所に戻りますよ。
さぁ、完全防備な装備に変更。甲殻軽鎧に変更です。
甲殻軽鎧は、昆虫の外骨格を用いた鎧。軽鎧の中でも特異な見た目の鎧だ。なにせ、覆面にゴーグルが標準装備となっていますからね。軽鎧で顔が一切出ていない鎧はこれだけですよ。
そして手には皮手袋。……下手するとこれ、処分することになるかもしれないけれど。
あ、ルナ姉様にも完全防備になってもらいましたよ。いや、女神さまですから、大丈夫だとは思うけれど一応。
赤い布地をベースにした甲殻軽鎧を着たのがふたり並ぶとなると、絵面がかなり微妙な感じではあるけれど、身を護るためには必要なことだ。
では、それぞれの実を収穫して【清浄】を掛けておきましょう。これで水洗いするよりもずっと綺麗になりましたよ。というか、錬金技能のせいで予想以上にたくさん採れたんだけれど……。まぁ、インベントリに入れて置けばいいか。
「キッカちゃん、これはなんなのかしらー?」
ルナ姉様が再度問うた。
「これは香辛料ですよ。鷹の爪の強烈な奴です」
鷹の爪。いわゆる唐辛子だ。最近は兎肉と筍の煮物を作る時に二本ばかり放り込んで美味しく頂いた。鷹の爪を入れるか入れないかで、味が大分変わるからね。鷹の爪は必須だ!
あ、もちろん鷹の爪は食べたりしないよ。大変なことになるから。
「強烈って……どのくらいかしらー?」
ルナ姉様は辛いのが苦手だ。先の煮物くらいであれば問題ないけれど。一度うっかり齧ってしまって、大変なことになったからね。
「ルナ姉様。辛さを表す指標としてスコヴィル値というものがあります。簡単に云うと辛さの単位ですね」
実際は、含まれるカプサイシンの量だっけ?
「ふむふむ」
「そして、いつも使っている鷹の爪が、約五万スコヴィルです」
「そ、それは凄いのかしらー?」
「とりあえず、基準と思ってください。辛さは……分かってますよね?」
そう云ったところ、ルナ姉様は震え上がった。
「それでですね。地球だと“より辛い唐辛子を作ろうぜ”なんてコンテストがありまして、唐辛子農家が鎬を削っているのですよ。品種改良に品種改良をつづけて、世界一にも輝いたのがこの真っ赤な唐辛子です」
微妙に歪な、真っ赤なそれを指差す。
「キャロライナ・リーパーという品種です。スコヴィル値は驚きの二百二十万です!」
ルナ姉様が震え上がった。
そりゃそうだ。唐辛子の四十倍以上の辛さってことだもの。単純計算で。
次いで私はその隣の、微妙に蛍光色っぽい赤さの唐辛子を指差す。
「そのキャロライナリーパーを超え世界一になったのがこちら、ドラゴンズ・ブレス。そのスコヴィル値は約二百五十万!」
「き、キッカちゃん? なんでそんな恐ろしいものを育てたのー?」
「興味本位です」
私は断言した。
「そして最後に。この黄緑色の寸足らずなピーマンみたいな唐辛子。非公式ながら世界最辛の品種であるペッパーX。スコヴィル値は驚異の約三百二十万です!」
ちなみに、これらみっつは素手でもつと大変なことになります。もちろん、これを持った手袋をしたまま目を擦ろうものなら、大変なことどころじゃないことになること請け合いです。
確かペッパーXは、そのまま食べると下手すると死ぬなんて云われてたんじゃなかったっけ? いや、冗談とかではなくガチで。
どの品種かは忘れたけれど、それの早食いだか大食い大会で病院送りになったなんて話は聞いたことがあるし。
そうそう、こういったレベルの辛い物を食べると、脳の前頭葉部分の血管が収縮して血流が止まるらしいね。食べすぎたりするとガチにヤバイんじゃなかろうか。死ぬ、なんていうのが信憑性を帯びてきましたよ!
「き、キッカちゃん、これをどうするの?」
ルナ姉様がカタカタと震えている。語尾の『ー』が無くなったね。余裕がなくなってきたみたいだ。
「タバスコソースを作ろうと思いまして。材料はありますし。ソースにすれば、多少は辛さが抑えられますから。十分の一ぐらいになるんだっけ?」
いや、でも、それはタバスコペッパーをタバスコソースにした場合か。自家製だとどのくらい抑えられるんだろ? まぁ、作ってみればいいや。
ということで、
唐辛子:酢:塩=2:1:1
で、作るよ。酢がもっと多くてもいいのかな。まぁ、いいか。
刻んで磨り潰して酢と塩をくわえて攪拌。これを壜詰にして仕込み完了。
ということで、三種類のタバスコソース(未完成)ができましたよ。
……一応、皮手袋に【清浄】を掛けてと。これで辛さやらなんやらはとれたかな? と、自分にもかけないと。
魔法を掛け終え、覆面を外して手袋の匂いを嗅いでみる。
……大丈夫? なんだろう、首を傾げる感じだよ。怖いからもう数回【清浄】を掛けておこう。さすがにそれだけやれば大丈夫だろう。
あとはこいつを二週間くらい寝かせましょう。本格的なのは年単位で寝かせるんだったかな。
……問題は、これらを使って出来上がった料理が、食べられるもの足り得るのかが問題だけれど。
タバスコっていうか、デスソースの類になるだろうからね。
その後、微妙に不機嫌そうに戻って来たララー姉様が、時間を進めて完成させたよ。時間をいじくるのって、神様だと簡単なのかしら?
で、ソースにする前の一番辛い奴が欲しいと云うので、いくつか分けたけれど、なんに使うのですか? ララー姉様。
「ちょっとねぇ、食べさせたい馬鹿がいるのよぉ」
「……教会関係者ですか?」
「そうよぉ」
……訊かないほうがよさそうだ。
それじゃ、試しにちょっと使ってみよう。キャロライナ・リーパーのソースでいいかな、試すのは。ソースにすれば、辛さはかなりマイルドになっている筈だけれど。
ということで、肉野菜炒めを作成。じゃがいもも加えたバージョン。いや、葉っぱだけだと厳しいことになりそうだからさ。
ピーマン、赤ピーマン、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、玉菜、ほうれん草、椎茸、筍、そして牡丹肉を使って作りましたよ。なお、タバスコはちょびっとだけ入れました。無節操に食材を選んだから、すごいことなったな。
それじゃ、ちょっと味見。
あ、意外に大丈夫だ。だい……辛っ! 辛っ! 結構辛いな。あれでこれか。凄いな、これ。本当に一滴とかでいいんじゃないかな、使うの。あるいみ節約になりそうだけれど。
……新しく野菜炒め作って合わせよう。ちょっと辛味が強すぎる。
そんなわけで、本日の夕食は肉野菜炒めですよ。キャロライナリーパー・ソースを使ったことを知っているルナ姉様が悲しそうな顔をするので、ルナ姉様の分は別に作りましたとも。
ララー姉様は辛いのは平気みたいだ。とはいえ、一般的なレベルで、辛党というわけじゃないけれど。
ごはん、味噌汁、野菜炒めにお新香と、完全に日本の一般家庭な食卓となりましたよ、我が家は。お米最高!
あ、味噌、完成したんだよ。それと醤油も。……ルナ姉様が独自に調べて醤油を作ったらしい。まぁ、製法は味噌とほぼ一緒らしいのは知っていたけれど。というか、神様が直接こういったことに干渉していいのかな? いや、多分、私を仲介してこういった情報を収集しているんだと思うけれど。
そうでなきゃ、アレカンドラ様がとっくに干渉してただろうからね。
まぁ、その辺はいいか。考えたところで無意味だし。
で、お米! お米も十分に収穫出来ているので、主食が芋餅からお米にシフトしましたよ。脱穀だのなんだのはインベントリでやってるから楽ちんです。
その内、脱穀機だの唐箕だの作らないといけないけれど。そういや、深山家の物置には唐箕があったんだよね。子供心に、これはなんだろうって思ってたっけ。
そんなことよりも本日の夕飯ですよ。
うん。ほどよくピリっとした辛さの肉野菜炒めのおかげでご飯が進みます。扱いは難しいけれど、これで辛味関連は大丈夫かな。鷹の爪だと当たり外れがあるからねぇ。稀にまるっきり辛くないものがあったかと思うと、その逆に異様に辛いものもできたりするから。
そのせいで、煮物とかに使う際は結構ギャンブルじみたことになってたんだよ。
あ、そうだ。フィルマンさんにも分けてあげよう。プロフェッショナルに渡せば、いろいろと良い扱い方を見つけてくれるだろうし。
かくして私は、野菜炒めを食べつつ真っ赤な壜詰を見つめながら、ひとりニヤニヤと笑っていたのです。
誤字報告ありがとうございます。