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181 総合案内受付嬢はお仕事がしたい 3


 こんにちは。私、冒険者組合受付、総合案内を担当しております、タマラと申します。


 総合案内の仕事ですが、相変わらず暇です。本来担当するべき方々は皆、シルビアのところへと行ってしまいます。さすがにもう慣れましたが、寂しいことには変わりありませんね。


 嫌われているわけではないと思うのですよ。皆さん、挨拶はしてくれますしね。お土産をくださる方もいますしね。


 そんなわけで、受付業務はとくに以前と変わりなく仕事がありませんが、このところは充実した毎日を送っています。


 花壇に植えた青茜が必要以上に増えたため、毎日最低でも十本ずつ回復薬を作っています。一度に十本作れますからね。準備と後片付けも含めると、調剤には少々時間が掛かりはしますが。

 できる回復薬は下級のものですが、その効能は十分です。本来なら十日間は療養のため大人しくしていなくてはならないような裂傷でも、たちどころに治してしまいますからね。


 欠損は治せない、ということから、お値段はお安めの金貨五枚となっています。ダンジョン産ポーションの標準価格の半額です。

 金貨五枚というと、冒険者の皆さんの約二か月分の生活費、ですかね。命の対価には安いといえますが、常備するには微妙に厳しい値段です。


 残念ながら、値段はこれ以上に落とす訳にはいきません。世の薬師の方々が失業してしまいます。なにより、キッカ様がそれを望んでいませんからね。


 そういえば、キッカ様といえば、あらたに苗を頂きました。青茜の色違いです。あらたに赤と紫が増えましたよ。青、赤、紫と三色となりました。あと黄色があるそうですが、こちらはあまり錬金薬の素材として汎用性がないそうです。


 青が生命力回復。

 赤が魔力回復。

 紫が持久力回復。


 とのことです。魔力回復薬は作るのが簡単で、塩を混ぜるだけとのこと。


 ……お手軽すぎやしませんか? とはいえ、魔法が売れ始めている現状では、魔力回復薬は確実に需要が見込めます。値段も手ごろなところで落ち着くでしょう。


 持久力回復薬の疲労回復は地味に見えて、実のところかなり使える薬と云えます。息切れし、体力も尽き果て剣も振れない状態になっていたとしても、飲めばたちどころに昼寝から目覚めたばかりの如き状態にしてくれますからね。


 ……ある意味、いけないお薬のような効果を持っています。気分を高揚させる効果は一切ありませんが(まったく疲れていない状態で服用し、確認しました)、疲れ切った際に服用すると、そういった錯覚を起こさせるほどです。


 こちらは赤斑茸、もしくはスギタケと合わせることで持久力回復薬が出来上がります。


 ……赤斑茸って毒キノコなのですが、キッカ様。さほど強い毒性のものではありませんが、吐き気を催し、お腹をこわすキノコですよ。場合によっては死に至ることもある代物です。


「ちなみにこの赤斑茸、猪の牙と合わせると錯乱薬ができあがります!」


 などと、キッカ様はのほほんと云っていましたが。


 なんでも錯乱薬を使うと、錯乱するそうです。……いえ、この説明ではそのままですね。


 えー、鏃や投げナイフなどに塗布し、ゴブリンの群れの一匹にでも当てると、その場でその個体が周囲を攻撃するのだそうです。無差別に。


「多数を相手にするときには、仲間割れをさせて、戦力がガタ落ちしたところを潰すのが常套ですよね!」


 えぇ、キッカ様はとても楽しそうに云っていましたとも。


 確かにその通りですが、これ、扱いようによっては非常に危険なお薬ですよ。


 軍団や騎士団を混乱させ、一時的にでも瓦解させることができます。戦場においては最悪の結果を、使い手側としては最高の結果をもたらすでしょう。特に敵の指揮官なんかに当てたら効果覿面です。


「あ、猪の牙ですけれど、回復薬に加えると生命力上昇の効果があがります。五倍ほど効果時間が伸びますよ」


 キッカ様!? レシピ情報はありがたいのですが、そうポンポンと世間話のついでに云われると、いろいろと困るのですが!?


 ははは。慌ててメモをしましたよ。


 これらのレシピに対する対価に関しては、副組合長と相談し、正当な額をお渡ししましたよ。錯乱の錬金薬に関しては固辞されましたが。

 危険物で販売できないでしょうからと。


 それらとは別に、錬金補助装備なるものを頂きました。こちらに関しては、錬金台とセットになるものだからと、無理矢理押し付けられました。


 指輪、ペンダント、手袋、サークレットの四点セット。これを装備して錬金薬を調合すれば、出来上がる薬の質が上がるとのこと。


 ペトロナが試したところ、普段は下級回復薬しかできなかったところが、中級回復薬をつくることができました。

 これにより、現在組合では二種類の回復薬を販売しています。


 尚、キッカ様は鳥仮面を回収し、その翌日、私へ【錬金装備一式】として仮面他諸々を贈り物としてくださいました。


 感激です。素晴らしいです。家宝です。


 渡されたモノの内訳は、やや鍔広の中折れ帽、鳥仮面、黒いコート、黒いワンピース、皮手袋、三連の指輪(三個一組の指輪。人差し指、中指、薬指に着ける)、鳥の頭骨? と羽のペンダント。


 ふふふ。装備するとかなりおどろおどろしい雰囲気になりますね。仮面を外せばそのおどろおどろしさは霧散しますが。


 驚くほど着心地がよいですよ。


 試しに、完全装備で回復薬を作ってみました。上級が出来上がりました。


 ……え?


 じ、上級? 


 上級って、たしか簡単な欠損は治せましたよね。腕丸ごと一本とかはできなくとも、手首から先くらいなら復元するだけの力ありますよ。


『手首の先くらいなら治してやる。逝って来い!』


 などという、いつにもましてはっちゃけていた鑑定文に、みんなしてどう反応すべきか悩んでいたのを思い出します。


 現状、値段は要相談という形で、十本ほどストックしてあります。


 幸い、指輪を外すだけで、できるものは中級回復薬となったので安心ですが。


 いえ、安心して良いのでしょうか? なにも変わっていませんよ。ただの現実逃避でしかありません。


 私の調剤技術が上がったら、どんなレベルの代物ができるんでしょうかね?


 ……ふふ、考えないようにしましょう。売るに売れない物とかできたりしたら頭を抱えるしかありません。


 そういえば、十二月からやっと我が冒険者組合本部にも組合長が就任しました。これまでは総組合長が組合長として仕事をしていましたからね。そのおかしな状態が解消されました。


 結果、総組合長はこれまでできなかった各地の組合視察の旅にでましたが。まぁ、そういったことをしていなかった理由は、足の古傷にあったわけですけれど。キッカ様がそれを解消してくださいましたからね。


 でも組合長、恋人を放っておいていいんですか? 組合長……カリダードさんはあれだけの美人にして才女ですから、寝取られたりするかもしれませんよ。

 手のはやい傭兵や探索者は多いんですからね。なぜか狩人には滅多にいませんが。


 その組合長ですが、現在販売するに要相談となっているものを放り込んである金庫の内容を見て、こんなことを云っていました。


『……究極に比べたら、かわいい効果よね』


 組合長がボソリと云っていたのです。究極ってなんですか? もしかして回復薬の頂点だったりしますか? ここにあるものは、キッカ様が納品した薬ばかりですよ。万病薬と上級回復薬です。ですが、組合長が口にした以上、それが存在していることを知っているわけですよね?


 そんなことを思っていたら、組合長は疲れ切ったようにこう云ったのです。


「キッカ様は頭を抱えるようなものしか持ってこないのよ。しれっとした調子で、新種の兎を持ってきたり、使いやすくしましたとかいって回復薬軟膏とか持ってきたり、挙句の果てに、ついうっかりで間違って究極回復薬とか置いていくし」


 なにをやっているんですか、キッカ様……。


 あぁ、でも、回復薬軟膏は先日から販売ラインナップに載りましたね。いまのところ、キッカ様が卸したものだけですが。ひとつ金貨一枚とお求めやすいお値段になっています。


「鑑定盤で調べたらすごかったわよ。究極。死亡直後の死人も生き返らせるらしいわ」


 は?


「調べた後でキッカ様に訊いたんだけれど、首と胴が離れた死亡五分以内の人物に、首と胴を離した状態でそれぞれに究極回復薬を使った場合、ふたりに増える可能性があるとかないとか」


 ちょっ?


「そ、それは問題しかないのでは?」

「試す訳にもいかないしねぇ。ということで、その現物がこれ!」


 ばばん、と、組合長が胸元から取り出しました。


 く、悔しくなんかありませんよ。思わず自分の薄い胸をぺたぺた触りましたけれど、悔しくなんかありませんとも。


「これもこの金庫にしまっておきましょう。ふふ……毎日寿命が縮む思いだったのよ。キッカ様に返そうとしたのに、せっかくだから持っていてくださいとか。

 しかもこれ神様からの下賜品で、調剤不可能な薬らしいし」


 ふぁっ!?


 なにをしているのですかキッカ様。なんでそんなとんでもない代物をポンと放出しているんですか!?


「ふふ……これでやっと私の平穏が戻って来るわ」

「逆に、ちゃんと無事かどうか不安で仕方なくなるのでは?」


 私が指摘すると、組合長は崩れ落ちるように頭を抱えて金庫の前に蹲りました。


 わ、私のせいじゃありませんよ。私のせい――あ、チャロ。


 私を見て、足元の組合長を見て、明らかに混乱した顔をしています。


 チャロ? 私はなにもしていませんよ。していませ――なぜ逃げるのですか!?



 ふ、ふふ。あの後、誤解を解くのが大変でした。チェロであればまだ良かったのですが、チャロは話を聞きませんからね。


 そのキッカ様ですが、またしても組合長の頭を抱えさせる案件を持ってきたようです。

 いまは二階の組合長室にいるようですが。なにをしたのでしょうね?


 あ、ペトロナ。いいところに、彼女に訊いてみましょう。


 ……。

 ……。

 ……。

 えーと、理解が追いつかないのですが。組合長室に見上げるほどに大きい赤い蛙がいたとか、どういうことですか? 鎧を着た鼠? ペトロナ、あなた疲れていますよ。ちゃんと休みましょう。


 いまひとつ要領を得ませんね。とりあえずペトロナの云う通りに、ちょっと解体場を覗いてみましょう。どうせ誰も総合案内には来ないでしょうし。




 見てきました。


 お馬さんが格好良かったです。なんですかあの美しい馬は! あそこまで素晴らしいスタイルで引き締まった体躯の馬など、私は見たことがありませんよ!

 角が生えていましたが、そんなのは些細なことでしょう。


 そして親父さんが解体しているのは、見たこともない大きな……犬? 狼でしょうか? あれ? 頭がふたつありませんか?


「ふぃー。ん? おぉ、タマラちゃん、どうしたい?」

「い、いえ、解体場に見たこともないものが運び込まれたとペトロナから聞きましたので、見物に来ました」

「おぉ、見ておくといいぞ。実に十年ぶりに確認されたオルトロスだ。しかも最高の状態だぞ。

 ふふ、さすがの俺もこいつを捌くのは緊張で手が震えるってもんよ。最高の剥製にせにゃならんからな!」


 ……親父さんの目の色がおかしなことになっていますね。微妙に焦点が合っていないように見えます。テンションが上がり過ぎでしょう。


 こんな有様でしたよ。

 ずらりと並んだ鶏が私に向かって、一糸乱れずに右の羽根を振っていたのが謎でしたが。


 私は受付の席に戻り、いつものように書類の処理に入ります。張り出す依頼書の作成をし、終了した依頼の処理と、書類仕事はたくさんありますからね。


 そんなことをしていると、不意に待合所のざわめきが消えました。


 はて?


 待合所にいる人たちの目が、事務所奥に向いています。振り向くと、階段をキッカ様が降りてくるところでした。


 というか、キッカ様、その恰好は……。体のラインが目立つ革製の上衣にショートパンツ、やたらと頑丈そうな革ブーツ。腰にはベルトが二本。一本は普通にショートパンツを留めるもの。もう一本は斜めになっており、右足のレッグホルダーがずり落ちないように留めてあります。

 レッグホルダーには細長い壜が幾本か突っ込んでありますが、あれはなんでしょうね?


 キッカ様の場合、あの胸がやたらと男性の視線を惹き付けるのは分かっていますが、今この場を静かにさせたのはそれではないでしょう。

 なにしろ、キッカ様はいま素顔を晒していますからね。これは非常に珍しいことですよ!


 キッカ様は階段を降り切ったところで足を止め、こちらに目を向けた後に解体場へと入って行きました。

 ほんの少しほほ笑んだように見えましたが……。


 なんだか、さっきよりも待合所が騒がしくなりましたね。


 まぁ、馬鹿なことをする輩はいないとは思いますが、粉を掛けるのは出てきそうですね。相手にされるとは思いませんけれど。


 シメオンさんから聞きましたけれど、キッカ様、かなり強いそうです。武闘大会で決闘をして、盾だけで勝ったとか、訳の分からないことを聞かされましたが。


 わけがわかりません。


 そもそもなぜ決闘騒ぎになったのでしょう? そしてなによりも、盾だけで勝ったとか。いったいなにをどうやったのですか? いえ、盾で殴ったのでしょうけれど、相手が棒立ちなんてことはありえません。


 次にこちらに見えられた時にでも訊いてみましょう。




 ふふ。それにしても、やはりキッカ様が街に居ると楽しいことが多いですね。キッカ様は不本意かもしれませんが、次になにをやるのかが楽しみです。



感想、誤字報告ありがとうございます。

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