18 仕上げを御覧じろ:補
19/07/17 脱字修正しました。
深夜。再び礼拝堂は片付けられていた。
その場にいるのは四人。
先の召喚の儀に参加した司祭三人と、カッポーニ枢機卿の四人だ。
「枢機卿。やはりお止めになったほうが……」
「なにをいうのだ。もはや我らは後戻りできんのだ。ならば、このまま突き進み、南方を平定し、その勝利をテスカカカ様に捧げるしか道はないのだ!」
カッポーニ枢機卿が云う。だがその目は正気を失っているかのようにも見える。
今朝がた発見された一枚の羊皮紙。
女神アンララーの立像の足元に置かれていた羊皮紙。
そこに記されていた文言と、今日、城内で起こった異常な出来事の数々が、枢機卿に焦燥感を抱かせ、追い詰めていた。
『神子を殺せし者どもに、我らの祝福を受ける資格なし』
羊皮紙に記されていた血の文言。
それに加え起きた異変。母神アレカンドラのレリーフが真っ二つに割れ、勇神テスカカカの立像以外のすべての立像の顔が消え失せた。その上、女神アンララーの立像は目があったであろう部分から、赤い涙を流し続けているのだ。
まさに凶兆の徴である。
神々に見放された、そうとしか受け取れない。
まさか、召喚したなんの力もない小娘が神の子などと誰が思うだろう?
だがこの宝珠は『英雄召喚の宝珠』なのだ。
なぜ『英雄の卵』たる者を召喚したと考えなかったのか?
カッポーニは歯軋りした。だが、もう遅い。
とはいえ、テスカカカ様にまでは見放されていない。
カッポーニは勇神テスカカカの立像を見上げた。
全身鎧に身を包んだ獣頭人身の神の立像は、これまでと変わらず、そこにその雄姿を見せていた。
少なくとも、主祭神であるテスカカカ神には見放されていはいない。
もはやカッポーニの信心の拠り所はそこにしかなかった。
「諸君! われらは新たな英雄を召喚することで、それを決意とし、地上より魔族を打ち払うのだ!」
カッポーニが勇ましく拳を振り上げる。だが司祭たちは懐疑的だ。
とはいえ、枢機卿に逆らうわけにはいかない。
カッポーニの差し出す宝珠に三人が手を当てる。前回はひとりで力を注入したために、倒れかける事態に陥ったのだ。今回はそれを避けるために三人で行うことにしたのだ。
結果、疲労感はあるものの、だれも倒れるという事態にはならなかった。
薄青色であった宝珠は、今や赤く妖しく脈打っている。
カッポーニはその様子に笑みを浮かべると、礼拝堂の中央に進み、宝珠を掲げた。
「異世界の英雄よ、我が呼びかけに答え、彼の地より現れ給え!」
カッポーニが高らかに叫ぶ。
するとその声に応じたかのように、足元に魔法陣が描かれ始めた。
魔法陣が描かれ、白い光の柱が生まれる。
それは前回の召喚の時と変わらぬ光景だ。
やがて、光が収まり、そこにはひとりの男が立っていた。
「HAHAHAHAHAHAHAHA!」
現れたのは、腰回りを申し訳程度に覆っただけの裸の大男だった。
テラテラと艶のある褐色の肌をした、筋骨隆々なスキンヘッドの大男。彼は己が筋肉を誇示するかのように、ポーズを取っている。
知っている者が見れば、それがサイド・チェストというポーズであると分かっただろう。
カッポーニをはじめ、司祭たちは目を丸くして現れた男を見ていた。
前回の三人とはあまりにも違う。少なくとも先の三人はきちんと服を着ていた。
「よ、よくぞ参られた、異世界の英雄よ!」
「Woo~」
やや狼狽えているカッポーニの言葉に、男は満面の笑みを浮かべた。だがその笑みはどうみても作り笑いにしかみえない。
そして変わらず己が筋肉をピクピクと誇示し続けている。
カッポーニは顔を引き攣らせた。
「我らはそなたを歓げ――」
カッポーニに最後まで云わせず、大男は彼の腰をあっという間に抱えると、懺悔室へと連れ込んだ。
そしてドタンバタンと聞こえてくる争う音。
「ちょ、や、止め――」
「HAHAHAHAHA!」
「なぜ脱が、止め、止めろぉっ!」
「HAHAHAHAHA!」
「ハ、ナ、セッ! ひぃっ!」
「Wow!」
「アッーーーーーー!」
カッポーニの悲鳴に、呆気に取られていた三人は正気を取り戻した。
そしてあわててカッポーニを救うべく、懺悔室の扉に向かった。
「早く開けるんだ!」
「あ、開かない! どうなってるんだよ!」
「くっそ! 開けろぉーっ!」
ダンダンと扉を叩く。
だが、なぜか扉が開かない。鍵などないハズなのに!
カッポーニの苦痛に悶える声が聞こえてくる。
「アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アッ、アァン!」
不意に苦痛の声から変化した枢機卿の甘い声に、司祭たちは懺悔室から後退さった。
後退り、互いに顔を見合わせた。
今聞いた声は聞き間違いだよな?
互いの目が、そう問いかけている。
だが、懺悔室から途切れず聞こえてくる声は、それが聞き違いではないことを示していた。
三人は、もう懺悔室には近寄りたくなかった。
それより暫くして、聞きたくもない枢機卿の嬌声も消えた後、懺悔室の扉が開いた。
「HAHAHAHAHA!」
高笑いと共に褐色大男が姿を現す。
彼は、またしてもポーズを取っていた。
知っている者が見れば、それがモスト・マスキュラーというポーズだと分かっただろう。
「HAHAHAHAHA!」
彼は高らかに笑っている。
ど、どうすればいいんだ?
三人の司祭は泣きたくなった。
彼らの受難は続く。