179 報告は問題なくできます
許せない♪ 許せない♪ 君を――
こんにちは、キッカです。ただ今、お歌を唄いながらサンレアンへと移動中ですよ。
筋力強化したバイコーンは力強く、荷馬車を引いてくれていますよ。オルトロスはそれなりに重いと思うんだけれどね。血抜きしてあるとはいえ、五百キロ以上は確実にあると思うんだけれど。熊より大きいし。
そしてさすがは神様謹製の荷馬車。こんな大物を載せてもたわんだり車軸が曲がったりもせず、軽快に動いています。
見る人が見たら、あきらかにおかしく思うのだろうけれど、堂々としてれば意外と気付かれないもの。……だと思いたい。
全てのー♪ 働く人に――
と、そろそろ北門に到着するね。唄うのはお終い。さすがに誰かに聞かせるだけの勇気はどこにもありませんよ。
うん。さすがにこのくらいの時間だと、出入りしている人はいないね。そもそも北門は【アリリオ】と通じているだけだしね。大抵は駅馬車で行き来しているもの。例外は一部の商人と、なにかしらの事情で急ぎで移動している人だけ。
以前の私みたいに『歩いて帰ろう!』とか思い立って実行しているのは、よほどの変わり者だろう。
まぁ、あの時は見知らぬ人と一緒に馬車に乗るなんて無理! だったからだけど。いや、今もそうなんだけれどさ。
おっと、門に到着っと。
門のところの兵士の誘導にあわせて馬車を停止させる。
身分証を出さないとね。
胸元に手を突っ込んで組合員証をひっぱりだし、御者台のところにまで来た兵士に提示した。
「え、青!?」
「はい。青級ですけれど」
「この馬は?」
「? 私の馬ですけれどなにか?」
「角が生えているんだが?」
「生えてますね。なにか問題でも?」
「え、いや……」
「綺麗な馬でしょう?」
ふふーん♪ とか思っていたら、なんだか兵士が挙動不審になったぞ。なんだこれ?
いつもは胡散臭げに睨んで、かろうじて聞き取れない程度にボソボソとこっち見ながらなにか話しているのに。
分かりやすい形で陰口を叩いてますよパフォーマンスの後は、私の事をしょっ引くだけの理由がないから、しょうがなしに通してやるよ! 的な感じで組合員証を返して寄越して、少し離れると舌打ちとかしてた癖にさ。
なにこれ? 気持ち悪い。
まぁ、いいや。とっとと解体場へと行きましょう。
門を通過すると広場。感覚的には駅前広場みたいな感じだ。まぁ、駅馬車の乗り場があるから、広めにとってあるわけだけれど。
そして正面に街を縦断する大通り。この大通りを真っすぐ進んで、中央広場入り口右手が私のお家だ。
その大通り入り口の左角が冒険者組合事務所。その隣が解体場。その隣が冒険者食堂となっている。倉庫は組合事務所の裏手に移動したみたいだ。
……あぁ、それで運搬量上昇薬が沢山必要だったのか。
解体場の前に馬車を停めてと。
ビーを抱えて馬車から降りる。
「鶏さんたち、オルトロスの番をお願いね」
茶褐色の鶏たちが整列して、一斉に右の羽根を広げた。
け、敬礼のつもりなのかな? なんだろう、これは忠誠心の表れなのかな? 【支配】なんて使ったから、微妙に罪悪感があるんだけれど。
うん。不自由のない様に、この子たちの面倒はしっかりとみよう。
解体場へと入る。が、人が見当たらない。
この時間は暇なのかな? まぁ、狩人さんくらいしか獲物は持ち込まないからね。まだ陽も高いし、持ち込まれる獲物がいないんだろう。
「こんにちはー。誰かいませんかー」
うーん……先に事務所に行ったほうがよかったかな?
そんなことを思っていると、奥の扉が開き、大柄なおじさんが入って来た。半ば禿げあがった、灰色の髪のおじさん。四十歳くらいかな。かなり厳めしい顔つきで筋肉質な体をしている。
着てる上衣がパツンパツンだよ。
そういや名前を知らないや。以前、熊の解体とかしてもらったんだっけ。
「ん? あぁ、待たせちまったか。すまねぇな、姐さん」
おぉぅ? 姐さんなんて初めて呼ばれたよ? というか、私のこの背丈だと、まったくもって合わないと思うんだけれども。
「えぇと、大物をお願いしたいんだけれど。丸ごと買取りで」
「あいよ。で、獲物はどこだ?」
「表の荷馬車に」
おじさんと一緒に解体場を出て、荷馬車に向かう。
あ、おじさん、荷馬車のオルトロスを見て固まった。っていうか、周囲に人が集まっているのはなんでだ? そこまで珍しいのかな? オルトロス。
「ね、姐さん、どうしたんだこれ?」
「どうしたって、狩ったんだけれど。あ、大丈夫だよ。この近辺で出たわけじゃないから。これ、テスカセベルム産」
おじさんが驚いた顔のまま私を見つめた。
「テスカセベルムから持ってきたのか!?」
途端、視線が胡散臭いものを見る目になった。
「街道を通らなければ、結構見つからないものだよ」
思わず私は目を背けた。うん。嘘は云ってない。大木さんに転移して貰っただけだ。
「この馬は?」
「バイコーンっていう馬。普通の馬より速いし馬力もあるよ」
青毛……黒に近い藍色のバイコーンの毛は艶っ艶だ。ふふふ。
「……姐さん、これ、新種だろう? いろいろと確認せにゃならんのだが」
「あー……やっぱりそうなるかぁ。まぁ、時間はあるからいいか。事務所の方へ行けばいいかな?」
「いや、こいつを中に運ぶから、そこで待っててくれ。いまそっちの大扉を開けるから、馬車毎中に入ってくれ」
扉が開くのを待ってから、馬車を解体場へと乗り入れた。そして入り切ったところでおじさんが扉を閉める。
「そいじゃ、ちぃと待っててくれ」
「はーい」
ばたばたと事務所の方へとおじさんが出ていく。
さて、それじゃオルトロスを移動しておこうか。なんか云われるだろうけど「私、魔法使いですから」で押し通そう。
ここの人たちは私のことを知っているし、大丈夫だろう。私がおかしなことをするのは、今に始まったことじゃないし。
……うん、一応は自覚はしたんだよ。さすがに。
オルトロスを一度インベントリに収納し、石造りの解体台の上に出す。
そういや、オルトロスには魔法が効いたんだよね。だから【氷杭】で仕留めたんだけれど。頭を片一方失神させても、平気で活動してるんだよね。体の指揮系統とかどうなってんだろ。まぁ、首が片っぽだらーんと垂れたせいで、動きが少し制限されたみたいになってたけれど。プラプラしてるから、少しばかりバランスが狂ったんだろうね。
そんなことを考えていると、奥の扉からおじさんと見知った顔の女性が現れた。
って、なんでサンレアンにいるの?
「カリダードさん、お久しぶりです」
「キッカ様!?」
解体場に来たのはカリダードさんだった。っていうか、組合長を呼びに行って来たのがカリダードさんってことは、カリダードさんが組合長ってことだよね。異動?
あれ? ティアゴさんはどうなったんだ?
「あの、ティアゴさんはどうなったんです?」
「総組合長はいまテスカセベルムですよ。支部の視察に回っています」
「うん?」
質問の意図が上手く伝わってないっぽい?
なので、改めて訊いてみたところ、単純な理由だった。単に、サンレアンの組合はティアゴさんが組合長も兼任していたというだけのこと。そこを正常化させたということらしい。
王都の組合は、副組合長が昇進して組合長になったとのこと。多分、私は面識がないんじゃないかな。
私はというと、ティアゴさんとカリダードさん、仲が良いみたいだから邪推していたんだよ。やっぱり、そういうことなのかな?
「ところでキッカ様?」
「なんでしょう?」
「どうやってこの大物を解体台に載せたのです?」
「私、魔法使いですから。運搬量上昇と軽量化を使えばなんとかなるものですよ」
うん。いつものように胡乱な目で見られたよ。
「この魔獣はどこで?」
「ちょっと【バンビーナ】に潜ってきました」
「はい!?」
まさかそんな答えが返って来るとは思わなかったのだろう。カリダードさんが頓狂な声を上げた。
「【バンビーナ】ですか?」
「そうですよ。未管理状態のダンジョンですし、勝手に潜っても問題ないですよね? 自己責任でしょうし。なにより、私、探索者資格もありますし」
申請するだけで取れるものだけれどね。
「ま、まぁ、そうですけれど。すると、そちらの馬も?」
「そうですよ。あとこの鶏もそうです」
あれ? 頭を抱えられた。
「き、キッカ様? その……」
「あ、魔物の情報は後程。私の奥義書に記されているので、報告は問題なくできますよ」
「……助かります」
「でも幾らか条件をつけさせてくださいね」
「え?」
カリダードさんが顔を引き攣らせた。
多分、条件の内容がとんでもないとでも思われているんだろうけど。私としては情報をオープンにしないで欲しい、ということだけなんだよね。
二十階層まではテスカセベルムに流してきたから、組合側で流されると面倒なことになるだろうからね。
「組合長、これはどうしやす?」
解体用の作業着に着替えて来たおじさんがカリダードさんに訊く。
「え? えぇ、そうね……状態もいいみたいだし、剥製にしましょう。オルトロスなんて十年振りのはずだし、高く売れるはずよ。連絡すれば、こっちの言値以上の値を先に云ってくる御仁もいるし。あぁ、でもその前に標準価格を調べないと」
「了解。あぁ、姐さん、引き換え用の木札だ。ただ、査定の結果は明日まで待ってくれ。滅多に出ない出物なだけに、簡単に値がつけられん」
「はい。それじゃ、明日の正午ぐらいにまた来ますね。あ、私の馬と鶏、ここに置いておいて構いませんか?」
「あー、構わないが、大丈夫か? これから作業するんだが」
おじさんがバイコーンを指差した。
「大丈夫ですよ。肝が据わってますから」
そういってカリダードさんの後をついて行こうと思ったんだけれど、そのカリダードさんが私の方をじっと見つめていた。
なんだろ?
「キッカ様、ひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「その小さな角の生えた兎はなんなんです?」
カリダードさんの質問に、私は顔を強張らせた。
◆ ◇ ◆
陽が暮れてきましたよ。おかしいな。ここまで長居をする予定じゃなかったんだけどな。
とりあえず、ダンジョンで見た魔物に関しては報告してきたよ。
大半は確認されたことのあるものだったけれど、幾らかは新種というか、未確認の魔物だったね。まぁ、暴走が十年から二十年単位で起きているからね。溢れだしたことのある魔物は確認済みということだ。
さすがにボスが溢れたことはなかったみたいだね。
未確認の魔物は、食料になるような連中と蛙、それと蜥蜴だったよ。あぁ、いや、猪は溢れてたみたいだね。オルトロスも十年前に溢れ出たみたいだ。
で、ビーだけれど。一応ヴォルパーティンガーだと説明したよ。うん。説明しただけ。懸賞金だのを貰うためには、ビーを差し出さないといけないからね。
なので、組合的にはヴォルパーティンガーを確認しているんだけれど、未だUMA扱いという、少々おかしなことになっている。
うん。一番大事なことは、ビーが私のところにいるということだから、それらの問題は私には些細なことだ。
さてと。他に組合でやることあったかな? ……あ、あの【装飾シリーズ】一式を売っ払うんだった。
階段を降りてと……あー、この時間になると、人が増えて来るね。
階段を降りたところは、丁度、受付の裏手になるんだよね。だから作業してる職員の皆さん。カウンターで受付をしている皆さんとみえて、それ越しに待合所が見えるよ。
うん。あそこに突撃するのは無理。人の多いところに突撃するのは、必要に駆られた時と、行くのだ! と決意した時だけだ。
ダンジョンの戦利品を売っ払うのは今日じゃなくてもいいしね。オルトロスの代金も明日になるんだし、その時に買取りしてもらえばいいや。
受付裏手にある扉から解体場へ入る。おじさんはオルトロスと格闘中。大きいだけあって大変そう。
「おじさん、頑張ってねー。私は帰るよー」
「気を付けて帰れよ。こいつの値段は明日には確定しとく」
「お願いしますねー」
私は大扉を開け、バイコーンを誘導して荷馬車を外へと出す。出たのを確認して扉を閉め、あとは帰るだけだ。
あ、いや、その前にゼッペルさんのところに行かないと。鶏舎の依頼をせねば。
かくして、私はゼッペル工房へと向かったのです。
そしてゼッペルさんに云われて気が付いた。
仮面を着けてなかったよ。周りの反応がおかしかったのはそのせいか!
感想、誤字報告ありがとうございます。