178 悪戯の結果
※感想、誤字報告ありがとうございます。
テスカセベルム王国王太子付き侍女であるヴィオレッタ・バレルトリ。彼女の一日は、王太子殿下の執務室の掃除から始まる。
掃除道具を載せたカートを転がしつつ、暗い王城の通路を進んでいく。
カートの上に載っている物は、箒にちりとり、はたき、ゴミ入れ。そして雑巾を引っ掛けた水の入ったバケツと乾拭き用の布巾だ。
今日も準備は万全。足取りも軽く、ヴィオレッタはカートを押していく。
王太子殿下の執務室へと到着し、傷のある扉を開け入室する。この扉の傷は、幽霊騒動の際に扉に突き立てられていたナイフによるものだ。
そのナイフにより『私、ユーヤ。ずっとあなたの後ろにいるの』というメッセージを記した羊皮紙を留められていたのだ。
もっともあの日以来、幽霊騒動は起きていない。
状況を考えれば、あの騒動の原因に関しては、女神様が一番怪しいとヴィオレッタは考えている。
なぜならあの夜、一番の不審者は自分の命を救ってくださった女神様なのだから。
だがヴィオレッタはそのことを話してはいない。命を救って戴いたことは話はしたが、どこでとは話していない。
自分を殺害しようとしたあの人物も、先だって、不運にも階段から転げ落ちて死んだ。そう、不運にも。これでもう、王城にてビクビクとしながら暮らすことも無くなった。
おかげでヴィオレッタは、召喚の儀が行われる以前のように、晴れやかな気分で仕事に勤しむことができていた。
惜しむらくはあの強姦魔に対し、身に付けた拷問知識のひとつも試すことができなかったことだ。
扉を閉めると、ヴィオレッタは天井に【灯光】の魔法を放つ。たちまち執務室は昼間のように明るくなった。
夏にディルガエア王国を訪れた際、冒険者組合より購入した魔法だ。効果時間は五分であるため、掛け直す頻度は高いものの便利な魔法である。
おかげで掃除の行き届いていない場所がよくわかるのだ。
はたきで埃を払い落とし、箒で吐き集め、ちりとりですくい、ゴミ入れに放り込む。
あとは雑巾で磨き上げ、掃除は終了だ。
「さて、これはどうしましょう?」
何度目かの【灯光】を天井に放り投げ、如何にすべきか先送りにしていたそれを見つめた。
掃除の際、唯一手を触れぬ場所である執務机。そして王太子の座る椅子。椅子は綺麗な布巾でからぶきをしたわけだが、そこには既に座しているモノがある。
白金色をベースとし、縁が金色という、なかなか派手なカイトシールドだ。
「この盾はなんなんでしょうね。殿下が置いたのでしょうか?」
いや、さすがにそれはおかしい。
「罠も仕掛けてありませんしねぇ」
ヴィオレッタは首を傾げた。このところ、サヴィーノ殿下へと権力を集中させる工作を行っている結果、現国王派からの攻撃が激化している。
もはや風前の灯火ともいえる事態になっているというのに、なんとも潔の悪いことだ。
今月に入って仕留めた暗殺者はふたり。毒が盛られたことは三回。いずれもできの悪い仕事であった。人材が不足しているのであろうか?
どうせならアンラの暗殺者でも雇えと云いたいところだ。もっとも、そんなことをしたら、報酬の他に何を持って行かれるのか分かったものでもないが。
なにせテスカセベルムは、ここ百年間のロクでもなさが原因で、周辺国家との関係は悪化している。
とくにノルヨルム神聖国とは、カッポーネ枢機卿のやらかしたことが原因で険悪といってもいい状態だ。
執務机の上をみると、なんとも無茶苦茶な地図が載っていた。
なんでしょうね、この地図は。街の地図? ……ではありませんね。となると、砦かなにかの見取り図でしょうか?
それにしては通路の取り方は酷いし、無駄だらけだし、この部屋の並びはありえませんね。
また無茶苦茶な案件が上がって来たのでしょうか。王太子殿下、本当にお疲れ様です。
私にできることは、お掃除と、美味しいお茶を淹れることくらいです。お菓子は……ディルガエアのあのお店のものを模倣して、なんとかそれなりのものを作れるようになりましたし。
あぁ、でも、あのフカフカ感はどうやっているんでしょう? 私が作れるようになったのは、クレープとかいうものだけですし。
ヴィオレッタは遠い目をした。
と、いけないいけない。この盾に関してはメイド長にお伺いしましょう。ひとまずはこのままで。
かくして、ヴィオレッタは掃除道具を片付けると、執務室を後にした。
◆ ◇ ◆
「盾?」
「はい、盾です。椅子の上に鎮座していました」
「いや、鎮座って……」
王太子付きメイド筆頭であるヴァンナ・サルヴァトーリは、困ったような表情を浮かべた。
執務室の椅子の上に盾が置かれている。
そもそもなぜそんな場所に盾が置かれているというのか?
「罠の類は仕掛けられておりませんでしたので、暗殺目的のものとは思えません。一応、持ってみましたが、問題はありませんでした。ですので、呪いの物品ということもないと思います」
「ヴィオレッタ……」
ヴァンナは額に手を当て盛大にため息をつき、項垂れた。その様子に、ヴィオレッタは軽く首を傾げる。
「あなたはもう少し自身を大事にしなさい」
「こういうことの為に私たちがいるのでは?」
「優秀な人材に替えはありません。命を粗末にするのは止めなさい」
云い聞かせるものの、ニコニコとしているヴィオレッタは本当に理解しているのかどうか不明である。
どうにもこの娘は自分の命の優先度が低すぎるように思える。自身の仕える者の為ならば、喜んで命を投げ出すだろう。いうなれば、狂信者に近いのかもしれない。
もっともその分、明らかに無駄死にと云えるようなことは、病的なまでに抵抗するようではあるが。先日、暗殺者を撃退した際には、暗殺者が酷い有様になっていたのだから。
得体の知れない器具で目を閉じられないようにし、失明しないようにしつつ眼球に針を何本もさすとか、怖いどころじゃなかったものね……。あの暗殺者、聞いてもいないのに、私を確認するなりべらべらと依頼主とか目的とか喋りまくったし。同時に針を取ってと泣き喚いていたけれど。
目の前で首を傾げるヴィオレッタに、ヴァンナはため息をついた。
なぜここまで優秀な拷問師がメイドとして採用されていたのだろう? いや、それ以前に彼女はれっきとした辺境伯令嬢だ。本当にジェレミア卿はなにを血迷って娘にこのような教育を施したのか。
拷問は貴族令嬢の嗜みでは、決してない。
「とにかく、その盾を確認しましょう。ヴィオは鑑定盤を持ってきて頂戴」
「了解しました」
ヴァンナはヴィオレッタを見送ると、王太子殿下の下へと報告に向かった。
◆ ◇ ◆
執務室に入るなり、王太子サヴィーノがまず真っ先に行ったことは、謎の放置された盾の確認ではなく、執務机に置かれた二枚の羊皮紙の確認であった。
一枚目は謎の見取り図。いや、どうみてもダンジョンの地図だ。とはいえ【メルキオッレ】のものではないだろう。
【メルキオッレ】は現状十階層までしか探索されていない。そして十階層の最奥にいる魔物を倒せずにいるのだ。
その魔物は赤髪のゴブリンの一団。数にしてもたかだか十二匹だ。だが、攻略に向かったいかなパーティでも、突破することができていない。
あまりにも被害が大きいため、現状では立入を禁じている。とはいえ、見張りがいるわわけでもないため、探索者たちに注意するしかないのだが。
その【メルキオッレ】は少なくとも十階層までは完全な洞窟型のダンジョンであり、この地図のようなきっちりとしたものではない。そもそも、扉など五階と十階にしかないのだ。
そして注目すべきは地図の右下の余白だ。ここには【一階層地図:十二月現在】と記してある。
そして二枚目。それにはこの一文だけが記されていた。
『【バンビーナ】を管理せよ』
サヴィーノは眉をひそめた。
「殿下、裏面にも文章が記されております」
ヴァンナの言葉を聞き、手にしていた羊皮紙をひっくり返した。
地図の裏面に、その地図の詳細が記されていた。
【バンビーナ】一階層地図。
もう一枚の方には、二十階層までの各階層で出現する魔物について、名称だけ記されていた。そして二十一階層以降は危険とも。
「どう判断したものかねぇ……」
レナート・レアルディーニが顎をこする。正直なところ、この現状を彼は非常に憂いている。
なにしろ誰にも気付かれずに侵入し、誰にも悟られずに盾と羊皮紙を置き、そして誰にも知られずに脱出しているのである。
王城の警備は万全であるはずだったのだ。以前の幽霊騒ぎのこともあり、より厳重にされたのだ。
にも拘らずこの有様である。
王太子付きの護衛としては問題視せざるを得ない。
「悩んだところでどうにもならん。ヴァンナ、傭兵と探索者を雇って、【バンビーナ】の一階層を探索させてくれ。この地図の信憑性を確認したい」
「畏まりました」
サヴィーノの命を受け、地図を受け取ったヴァンナが何故か執務室前で待機しているメイドに指示を与える。
「写しができ次第、組合に依頼を出します。それでは、この盾の確認をしましょう」
ヴァンナが執務机の上に容赦なく鑑定盤を置き、そして件の盾を載せた。
名称:聖盾オッフェルトリウム
分類:聖武具・盾
防御属性:物理
備考:
ダンジョンに封じられていた聖武具のひとつ。装備しているだけで、非常にゆっくりとではあるが傷を癒す力がある。ただし、欠損を修復することはできない。
「聖武具ですね。ですが、キリエ系統ではありませんね。これは【バンビーナ】から持ち出されたものと考えるべきでしょうか? オッフェルトリウムという名称に聞き覚えはありませんが」
「えーと、確か……【アリリオ】がサンクトゥス、【ユルゲン】がクレド、【ラファエル】がアニュス・デイ、【ダミアン】がベネディクトゥス、そして【ボフミル】がイントロイトゥスでしたね。ですので、この盾は新たな聖武具です」
「詳しいな」
「バレルトリ家は【メルキオッレ】を管理していますからね。やはり他所のダンジョンは気になるのですよ」
ヴィオレッタがニコニコと答える。
尚、あともうひとつ【キトリー】というダンジョンがアンラ王国に存在する。だがこのダンジョンは命名されてはいるものの、未だ未発見だ。ならなぜダンジョンの名がついているかというと、【聖盾イテ・ミサ・エスト】が海中で発見されたため、その発見者の名を冠したのだ。聖武具はダンジョンでしか発見されることはない。ということは、海中の何処かにあるダンジョンから、この聖盾は持ち出されたものということだ。
だが海中と云うこともあり、その危険さ、なによりも海の中では探索などできようもないため、現状は放置されている状態である。
「聖武具が増えたことは嬉しい限りだ。盾であることだしな。ただ、聖剣キリエと合わせても大丈夫なのだろうか?」
「異なる聖武具同士は反発しあうと? さすがにそれはないと思うぞ」
レナートがサヴィーノ王太子に答えた。サヴィーノの幼馴染でもあるレナートは、非公式の場ではいつもこんな調子の口調だ。それに関しヴァンナは何度も注意しているが、一向にレナートは改める様子はない。
だがサヴィーノはそう云う意味で先の言葉を口にしたのではない。聖剣キリエ、これがかなりの食わせ物なのだ。
まず、キリエは担い手を選ぶ。選ばれなければ鞘から抜くことすらできない。現状、選ばれた担い手はサヴィーノだけだ。もっとも、それに関しては問題ない。問題なのは、選ばれた結果だ。
頭の中で延々と歌声が響くのである。しかも今夏以降はそれが酷くなった。それまでは抜剣せねば歌声は聞こえなかったのだが、最近は抜剣せずとも歌声が聞こえるのだ。せめてもの救いは、大音声ではなく、囁き声程度の音量であることだけだ。それ故に最初の内はさほど気にもしていなかったのだが、それが四六時中延々ととなると話が変わって来る。
たとえどんなに耳心地がよかろうと、寝ても覚めてもと成れば苛立ちが芽生え、腹立たしくなってくるものだ。
実際、サヴィーノ王太子は公務以外ではいつもしかめっ面をしている。彼がいまもっとも求めている物は、静寂という平穏だけだ。
「とにかく試してみたらどうだ? 俺たちじゃキリエは持てないしな」
「それもそうだな。聖武具であるのだし、害はないだろう」
サヴィーノが盾を手に取る。カイトシールド、いわゆる中盾とも呼ばれる標準的なサイズの盾だ。手持ちの為の取っ手と、腕を通して固定するためのバンドがついている。
小盾ならともかく、中盾で腕を固定できるようにしていあるものはあまりない。重量的に、しっかりと固定しきれるものではないからだ。
盾を装備した途端、サヴィーノの目が驚きに見開かれた。
「どうした!?」
「ヴァンナ、この盾を背負えるような服は無いか?」
明らかに歓喜の笑みをこらえようとしているサヴィーノに、ヴァンナはうろたえた。
「殿下!?」
「確か、探索者や傭兵用の鎧には、背中に留め具の付いているものもありますけれど……」
ヴィオレッタの答えに、サヴィーノはほんの少しだけ眉根を寄せる。
「あー……確かに服だと難しいか。ならば、大剣用の革バンドのようなものでなんとかできないか?」
「その、どうされたのですか? 殿下?」
「ふ、ふふ……。この盾は素晴らしいぞ、ヴァンナ。散々と私を苛立たせたキリエの歌声を止めてくれたからな。はは、この静けさ。これならぐっすりと眠れるに違いない!」
サヴィーノは傍らに置いてあるキリエを抜剣し、その結果に喜びに打ち震え、胸元で拳ををぐっと握り締めた。
歌声が聞こえない。それが王太子にとってもっとも大事な事実だ。
その時――
ひあー!
なんだか間の抜けた悲鳴が聞こえて来た。
「今の悲鳴はなんだ?」
レナートが扉に視線を向けた。
「……あの気の抜ける悲鳴は父上だろうな。面倒だがただ事ではあるまい」
サヴィーノはキリエを腰に下げ、オッフェルトリウムを左手に持つと執務を出た。慌ててレナート、ヴァンナ、ヴィオレッタが後を追う。
国王陛下の執務室はすぐ近くだ。廊下の突き当りを左に折れた、すぐ右側がその場所だ。
廊下を曲がり、目に入ったのは腰を抜かして無様に這いつくばっているテスカセベルム国王スパルタコ二世の姿だった。
周囲に護衛の姿は見えない。
というのも、スパルタコ二世自身が他人を近寄らせることを拒絶しているからだ。あの呪われた指輪を付けて以来、病的なまでに他人を恐れるようになっていた。
とはいえ、ひとりで好きなように行動させるわけにもいかないため、いわゆる影供とよばれる隠密に長けた護衛と、同様の能力を持つ執事が常にそばにはいるのだが。
その事実を知っているサヴィーノでさえ彼らの姿は見つけられず、無様なスパルタコ二世の姿だけが見えていた。
「父上、どうされたのですか?」
息子であるサヴィーノの声にビクリと震えるものの、その姿を確認するや、ずりずりと這い寄り縋りついてきた。
「さ、サヴィーノ、サヴィーノ! 辞める。私は王を辞めるぞ! 誰が何と云おうと、何と云おうともだ! もういい。任せる。この国はお前のものだ! 私は隠居する! もう嫌だ!」
スパルタコ二世は泣き喚いた。
「殿下……」
ヴァンナに促され、開け放たれた国王の執務室に目を向けた。
その執務室内は異常であった。
まず真っ先に視界に飛び込んできたものは、土竜の死骸。それが真正面に転がっていた。そして部屋を埋め尽くさんばかりの、大型の蜥蜴の死骸。この蜥蜴がいかな生物であるのかは不明だが、倒すとなると面倒であるのは違いないだろう。
なにせ、どれもこれも尻尾の先までを含めれば、三メートルはあるような巨体なのだから。そもそも土竜はいかにして運び入れたのか? どうやろうとも、この扉を通すことなどできない大きさだ。
そして最後。
土竜の頭の向こうに見える執務机。そこには白金色の、柄の部分まですべて金属でできた大鎌が突き立っていた。
そして更にその後ろに見える、半透明の少女
「ユーヤ……殿?」
サヴィーノが思わず呟く。直後、執務机を指差していた少女は消え去った。
「……サヴィーノ、俺の見間違いか?」
「いや、俺も見たぞ。机を指差していたな。というか、この部屋の惨状は……。どうやってこれだけのものを運んだ? しかも土竜まで……」
あまりにも異常。それだけに、現実感が欠片もない。
いつの間にかヴァンナが執務室内の魔物の死骸を避け、執務机にまで辿り着いていた。
そして机上にあったと思われる羊皮紙を手に戻って来る。心なしか、顔つきが引き攣っている様に見えるのは気のせいだろうか?
「殿下、これを」
ヴァンナから羊皮紙を受け取る。
「『お前をずっと見ている』」
「あぁっぁあぁぁぁ……辞める。王なんぞ辞めるぞ! 誰がなんと云おうと、なんと云おうともだ」
スパルタコ二世がサヴィーノの足にしがみついたままガタガタと震える。
「陛下。その為にはその王家の指輪を外さねばなりません。現状、それを外すための方法はひとつしかありませんよ」
サヴィーノが無情に云う。
キッカにより【恐怖】を付術され、更にはアレカンドラにより、身に付けたが最後、指を切断しない限り外せない仕様となった王家の指輪。
スパルタコ二世は自分の指を切断することを嫌い、これまで玉座にしがみついてきたのだ。もっとも、この無能な王を玉座に据えることで、甘い汁を啜っている連中の思惑でもあるが。
彼らにとって、この王はいかにも扱いやすい人物であっただろう。
「構わん。切り落とせ。私は平穏に生きたいのだ」
「畏まりました、陛下。では、準備いたします」
ヴィオレッタは王太子の足元で跪くと、エプロンドレスのポケットから木の板と凹むように弧を描いた刃の鑿のような道具、他にいくつもの部品を取り出した。そしてそれを手際よく組み立てていく。
「え、えーと、ヴィオ、それはなにかな?」
「これですか? 裁断機です。指切断用の特注の道具ですよ、レナート様」
ヴィオレッタが問うたレナートに答えた。
「……なんでそんなものを持ち歩いているんだよ」
「メイドの嗜みです」
レナートはヴァンナを見た。ヴァンナは慌てて首を振った。
そのような道具は、メイド必須の道具などでは決してない。
その間にヴィオレッタは、スパルタコ二世の右手中指をしっかりと裁断機に固定した。
「陛下、こちらを銜えてしっかりと噛んでくださいまし。舌を噛まないようにするためにございますので。ご安心を、こちらにダンジョン産ポーションを準備してございます」
テキパキと説明する。その説明を聞くも、手ぬぐいを幾重にもまかれた棒を噛み締め、スパルタコ二世の目はこれから起こることに対し、恐怖に目を見開いていた。
「では陛下、ご無礼」
ばつんっ!
裁断レバーを体重を掛けるように押し込み、中指を根元から切断した。次いで手際よくポーションの蓋をはずすと、悶えるスパルタコ二世の口に流し込む。
傷はたちまち塞がり、出血が止まる。半年もすれば、切断された指も元通りに生えているだろう。
スパルタコ二世は焦燥したまま、よろよろと自室へと帰って行った。そしてそれに付き添うように、初老の執事が付き従う。
スパルタコ二世を見送り、次いで、再度執務室へと目を向ける。
執務室の中は蜥蜴で溢れていた。
「これを片付けなくてはならんのか……」
「結構な収入になりますね。ですが、どうしましょうか」
ヴァンナは表情を曇らせていた。
「どうって、冒険者組合に売り払えるだろう?」
「出どころの説明は?」
ヴァンナの答えに、レナートは顔を引き攣らせた。
「うーん……解体して、加工して売るしかありませんねぇ。その前に運ばなくてはなりませんが。
職人の方は、どうしましょう?」
ヴィオレッタの問いに暫し考え、ヴァンナはこう答えた。
「ヴィオの伝手でお願いできる? 現状の御用職人は噛ませたくないわ」
「わかりました。では、ちょっと城下に行ってきます。
あ、殿下、指輪はどうしましょう?」
ヴィオレッタが切断された中指を摘まみ、サヴィーノに問うた。
「あぁ、私が預かる」
半ば顔を強張らせながらも、サヴィーノは取り出したハンカチの上で指を受け取った。
その直後、指輪にはめ込まれていたルビーがピシリと、真っ二つに割れ落ちた。
「指輪が……」
「呪いが解けた……ということでしょうか?」
そう呟くヴィオレッタの言葉に、四人は顔を見合わせていた。
■魔の森某所にある一軒家
『おー、驚いてる驚いてる』
『あ、王太子たちもしっかり確認したね。幻影を消すよ?』
『お願いします、大木さん』
『ほいっと。それにしても随分と効果時間が長い幻影だね』
『五時間くらいですかね。ゲームの方だと一分くらいだったんですけどね』
『あ、指……。ちょっとしたグロ映像だけど大丈夫?』
『平気ですよ。慣れました。でも、とうとう切り落としたかー』
『あの指輪の効果ってどんなものだったんだい?』
『軽度の恐怖付与ですよ。夜、トイレに行くのが怖い、程度の』
『ほほう。それがずっと続いていたわけだ』
『小心者なんでしょうね。なんで私を殺したんだか』
『気にも留めなかったんじゃないかな? 監禁して見え無くなれば、なかったことになっただろうね、彼の中では。ふむ、これだと、落ち着いたらまたロクでもないことをしそうだね。それじゃあ、今度は僕が呪っておこう』
『なにをするんです?』
『なに“ずっと見ている”んだろう? だったら彼の視界にも登場させようじゃないか』
『?』
『鏡、扉の隙間、暗がり、夢にあの幻影がちらりと一瞬見える。それに加えて、
囁き声も追加だ。視覚効果は慣れるけれど、声はそうはいかないからね』
『抑止力になりますかね?』
『その辺はうまくやるよ。基本、僕は暇だしね』
『よろしくお願いします』
『でもあれ王の証なんだろう? どうするんだろ? 呪われてるし』
『新しい指輪を作るでしょうね。石も最高の物がありますし』
『……深山さん?』
『出所は私です。無一文でしたから、手持ちの石を換金したんですよ』
『それが使われると?』
『献上するとかいってましたしねー』
『ま、概ね狙い通りになったかな。あ、あの石は壊しておくね』
『あ、割れた。すごい。ありがとうございます』
『どういたしまして。さて、どう演出するかな。恐怖に慣れられたりしたら面白くないからね。うん、いい暇つぶしになりそうだ』
『それを考えると、あの指輪は優秀だったんですねぇ。絶対に慣れるなんてことはないみたいですし』
『……呪いとしては弱いのに、一番とんでもない効果だね』
『また今度やってみようかな』
『ふむ。考えてみたら、その手の石をつくって体に埋め込めばいいのか。こっちは火葬が基本だから、その石も燃えるようにすれば燃え残ることもないしね』
『大木さん、なにをする気です? いえ、いまのでなんとなくわかりますけど』
『深山さんの作った指輪と一緒だよ。この方が楽だしね。今晩にでも仕込んで来るよ。恐怖は継続。幻覚と幻聴を追加ってところだね』
『うわぁ……最高!』
『深山さん、薄々感じてたけれど、本当に容赦ないね』
『え、だってそうしないと仕返しされるじゃないですか』
『……深山屋、お主も悪よのぉ』
『いえいえ、神様ほどでは……って、何を云わせるんですか!』
『あはは。ノリがいいねぇ』
『もぅ……。あ、そろそろ帰りますね。込み合う時間は避けたいので』
『そうかい? それじゃ送るよ。場所はどのあたりがいいかな?』
『えーと……サンレアンの北五キロくらいの場所で』
『はいよー。あ、これ持って行って。使えばここに転移できるから。いつでも遊びにおいで』
『あ、ありがとうございます』
『それじゃ、また今度』
『はい。また。失礼します』
『ふぅ……。あ、まだやることが残ってたな。あの部屋の強化を戻さないと。あー、となると蜥蜴が片付くまで観察しないといけないのか。やれやれ、ちょっぴり面倒だ。まぁ、深山さんと一緒に面白がってやったことだしね。床が抜けるのは問題だし。さて、それじゃ今しばらく、見物するとしよう』