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176 教皇猊下は魔法がお好き


 両端を革ベルトで留められた木箱。五十センチ×百センチ程の大きさ。箱の深さは十センチほどだろうか。


 箱の上面。蓋の部分には大きく『奉納』と記されている。漢字で。


 蓋の側面には剣を示す小さな焼き印と、制作した工房を示す焼き印とが押されている。底面には奉納者の氏名と日付が記されていた。これまた漢字で。


 本当にキッカは何をしているのか。まるで進歩していない。


 ……いや、このことに関しては進歩する気が無いと云っていいのだろう。


 地神教教皇ビシタシオンは、部屋の隅のテーブルに置かれたその箱を目の前に、ひとり途方に暮れていた。

 見知らぬ文字の記された木箱の届け物である。得体が知れないとしか思えない。


 だが、本来なればそのようなものが、彼女の下に届くはずがないのだ。それ以前に検閲され、外されるのだから。

 ならば、これは検閲された代物であるのかというと、そう云うわけでもない。


 教会の催眠術師ことベリンダ主教が検閲前に持ち込んで来たのだ。


 その持ち込んだ当人であるベリンダはというと、


「教皇猊下、奉納品をこちらに置いておきますね」


 と、いつもののんびりとした口調で云い残し、今は聖堂にて説法中である。


 その際にすぐに確かめればよかったのだと、今更ながらに後悔した。なぜベリンダはこの謎の木箱を置いて行ったのだろう?

 そもそも奉納品が直接自分のところに持ち込まれることはないのだ。


 そう疑問に思うと同時に、いろいろと煩わされていた書類を睨みつけた。


 あの書類はバッソルーナの住人を破門したことで起こった問題の報告書だ。

 要は、彼らの親類縁者による苦情である。もっとも、それらの対処は既に完了している。とはいえ、それらの報告には目を通さなくてはならないのだ。


 あまりにもしつこく苦情を入れる者に対しては、「あなたもバッソルーナに住むと良い。ある程度の支援はしよう。あなたはまだ地神教信者であるのだから」とかなんとか担当者が云ったところ、なにも云ってこなくなったそうだ。


 やれやれ、いったい教会から何を引き出したかったのか。彼の人物は現在ブラックリストに載せられ、監視対象となっている。


 これが月神教であれば、程度によっては病死する案件となるのだろう。


 そんなことを思いつつ、本気で地神教も汚れ仕事を行う暗部を設立するべきかどうかを考え始めた。


 そんな物騒な思考をこねくり回し始めて十数分も経ったころ、扉の前で護衛をしていたジェシカから、入室の許可を願う声が聞こえて来た。


 入室を許可すると、ジェシカが慌ただしくビシタシオンの所にまでやってきた。


「なにかあった?」

「猊下、こちらを。ベリンダ主教が奉納品を運ぶ途中で落としたようです。この奉納品に関するものかと」


 ビシタシオンは思わず額を押さえた。


「中は見たの?」

「いえ。ですが、こちらの奉納品はキッカ様からのものです」


 ジェシカから受け取ったそれは、ビシタシオンには見慣れぬものだった。それもそうだ。この世界の誰が洋封筒など知っているだろう。


 ビシタシオンは封筒の表を見、そしてひっくり返し、キッカの署名を確認した。ナイフを取り出し、封蝋を外す。


「キッカ様の故郷では、こういった形式の書面が一般的なのでしょうか?」

「そうなのかしらね。紙の袋なんて初めてだし。それにしても、随分と手触りの良い紙ね。どこかの商会が売り出したのかしら? それともキッカ様の手作り?」


 首を少し傾げながら、封筒に納められていた紙を取り出す。


 それは奉納品に関する説明書きであった。


 簡単に記された定型文的な挨拶を読み進め、奉納品に関する記述に目を止めた。


『 此度、奉納いたしましたものは七支刀という刀剣にございます。わが故郷において、かつて祭器として用いられていたもの。

 その形状は七神教のシンボルでもある神枝と酷似しております。


 その七支刀を神枝と見立て、一振り打ち上げました。刀剣としては実用的な形状ではありませんが、対不死の怪物用の付術を施してあります。下級の吸血鬼程度であれば撃退も可能でしょう。

 ただ、あくまでも撃退でありますので、亡ぼすことに向いておりません。あくまでも護身用とお考え下さい。


 また、同梱してあるサークレット、ペンダント、指輪は、七支刀に込められた魔力を消費せずに扱うための補助装備となります。同時に【神聖魔法】も魔力を消費せずに扱えるようになりますので、取り扱いに関してはご注意ください。 』



 ちなみに、キッカはこの七支刀の性能を凡庸なものと思い込んでいるが、実際にはいわゆる“ぶっ壊れ性能”な刀剣となっている。施されている付術はキッカの考えている通りのものなのではあるが、刀剣としての性能は最高レベルである。なにせ、薬物ドーピングまでして全力で鍛え上げた代物であるのだから。


 故に、ある程度腕に覚えのある者が振るえば、簡単に相手を両断できるほどの威力の刀剣となっているのである。


 加えて、補助装備とされている装飾品には、魔力消費軽減に加えて片手武器技量上昇の付術が施されている。それもキッカの付術能力全力(薬物ドーピング有り)で。そのため、剣の素人であってもあり得ないほどの打撃力を叩きだせるようになっている。


 教会に奉納するものだし、問題ないよね。という軽い考えでイカレ性能の装備をポンと放出するあたり、相変わらず彼女は物事に関し、深く考えていない。学生時代、彼女がポンコツと云われた所以である。


 ビシタシオンは読みこんだ内容に思わず目頭を押さえた。そして軽く目の周囲を揉みほぐし、再び読み直す。なにかの見間違いであると信じて。

 だが残念なことに、記してある内容に見間違いはなにひとつなかった。


「……」

「……」

「……あの、教皇猊下。これはとんでもない代物なのでは」

「そ、そうね、補助装備とされているものが、記載されている通りのものだとしたら、もう国宝級のものなのだけれど」

「確認してみましょうか?」


 ジェシカの言葉にうなずき、ビシタシオンは書面を封筒にしまった。そしてそれを執務机の上に置き、木箱を封印している革ベルトを外し始めた。


 その間にジェシカがテーブルの所へと鑑定盤を運んで来る。


 封印を解き、蓋を開けると、そこには刀身から枝の生えたような剣と、みっつの装身具が固定されるように納められていた。


 多少揺れても、箱の中でぶつかり合ったりしないように工夫されているようだ。


 ビシタシオンは七支刀を手に取ってみる。刃渡りは六十センチほどだろうか。銀色に輝く刀身。そして枝として伸びているすべて刀身には宝石が埋め込まれている。七神の象徴となっている宝石だ。


「素晴らしいわ。今後は、これを神事に使いましょう」

「だ、大丈夫なのですか? これまで神事に剣を用いたことはありませんが」

「杖から神枝に変わるだけよ。問題ないわ。それどころか、こちらの方がより正しいと思えるわよ。教会のシンボルだもの」


 ジェシカにそう答え、ビシタシオンは鑑定盤の上に七支刀を置いた。


「それじゃ、詳しく確認してみましょう」


 鑑定盤を起動するべく、魔力を注ぐ。するとすぐに七支刀の鑑定結果がホログラムのように表示された。




 名称:神枝(七支刀)[神話級]

 分類:片手剣

 攻撃属性:物理・魔法[主:不死怪物撃退・副:恐怖]

 備考:

 工神の手により鍛え上げられた片手剣。その切れ味は鋼をも断ち切る。そして施されし魔法は不死の怪物のみならず人をも逃走させるだろう。もっとも、逃走させる間もなく死をもたらすやもしれぬが。

 埋め込まれし宝石はダイヤモンド、ヘリオドール、アメジスト、黒真珠、サファイア、エメラルド、ルビーである。非常に価値あるもの故、盗難には細心の注意をされたし。




「……」

「……」

「……」

「あ、あの、教皇猊下。いろいろと……その……」

「待って……待って、分かっているから」


 引き攣れた口元を覆い、一度目を瞑る。だが目を瞑ったところで、鑑定結果が変わらないことなど分かっている。


「キッカ様は、やはり女神様なのでは?」

「さすがにそれはないと思うわ。……思いたいわ。八番目の女神ではないかとも考えたことはあるけれど」


 今一度、鑑定結果に目を通す。いろいろと思うところはある。そう、いろいろと。


 いましがたジェシカが口にしたことの原因は、きっと備考欄の【工神】という部分の為だろう。他にも【神話級】とか、【鋼を断ち切る】とか、信じられないようなことが記載されている。


 尚、鑑定結果がこんな有様になった原因は、キッカが七支刀作成の際に、自らの能力をドーピングしまくった為である。いわゆるパラメータにおける彼女の【技巧】はB。だが技巧を上昇させる装備品により、Sにまで上昇させた状態で剣を鍛えたのだ。S=神の領域、である。そのため【工神】などと表記されているのである。


「……ジェシカ。キッカ様はキッカ様よ。これまで、私たちがお会いして、話をされたあの姿こそが真実だわ。ここに記されていることがあまりにも衝撃的だからといって、私たちの態度を変えるようなことは止めましょう」

「ですが、教皇猊下……」

「キッカ様は女神であることを否定しているわ」


 それが一番重要なことだと、ビシタシオンはジェシカに釘を刺した。この鑑定内容を見たのは、この場にいるふたりだけだ。ふたりが口を噤んでいれば問題ない。


「それじゃあ、こっちの装身具も見ていきましょう」

「いろいろと怖いのですが……」


 ビシタシオンは七支刀を箱へと戻すと、サークレットを鑑定盤の上に載せた。




 名称:ヘリオドールの頭環

 分類:サークレット

 補助属性:魔法[神聖魔法魔力消費軽減・片手剣打撃上昇]

 備考:

 最高品質の付術を施されたサークレット。魔法を使用する際、消費魔力を約半減する。また、このサークレットを身に付けた者は剣の威力を上昇させる効果がある。




 名称:ヘリオドールの首飾り

 分類:ペンダント

 補助属性:魔法[神聖魔法魔力消費軽減・片手剣打撃上昇]

 備考:

 最高品質の付術を施された首飾り。魔法を使用する際、消費魔力を約半減する。また、このペンダントを身に付けた者は剣の威力を上昇させる効果がある。




 名称:ヘリオドールの指輪

 分類:指輪

 補助属性:魔法[神聖魔法魔力消費軽減・片手剣打撃上昇]

 備考:

 最高品質の付術を施された指輪。魔法を使用する際、消費魔力を約半減する。また、この指輪を身に付けた者は剣の威力を上昇させる効果がある。




「……」

「……」

「……あの、教皇猊下。これらの装飾品は、ある意味こちらの神枝以上にとんでもない代物なのでは?」

「そ……そうね。で、でも、これを装備していれば、怪我や、病に苦しむ者を助けることが容易になると云うことよ。そう、前向きに考えましょう。前向きに。……やり過ぎるのは問題になるでしょうけれど」


 ビシタシオンが自らに言い聞かせるかのように云う。だがそれに返答できず、ジェシカは困ったような表情を浮かべるだけだ。


「これは必要な時に備え、厳重に保管することとしましょう」

「それがよろしいかと存じます。もし紛失するようなことがあれば、それこそ神罰が落ちるやもしれません」

「考えたくもないわね」


 装身具を木箱に元のようにしまい、蓋をする。


「ジェシカ、ファウストへの連絡をお願いできるかしら?」

「了解です。私が詳細を伝えますか? それとも隊長をこちらに出向かせましょうか?」

「ファウストのことだから、いずれにしろここに来るでしょう。私が呼んでいるとだけ伝えればいいわ」

「了解です」


 一礼し、ジェシカは退室した。


 それを見送った後、ビシタシオンは再び木箱をあけると、装身具を身に付けた。

 教皇、などという立場に女神より指名されたとはいえ、いまだ年頃の娘である。装身具の類には興味があるというものだ。

 それに加え、鑑定盤の説明が確かならば、魔力を消費せずに魔法を行使できるのだ。


 ビシタシオンは【魔法の小盾】を展開した。現状、自身の魔力量増加訓練の為にしか使っていない魔法だ。少しずつ魔力量が増えていることは実感しているが、それでもまだ玄人級の魔法を行使することは出来ずにいる。


 魔法の盾を展開し、一分、二分と経過するが、一向に魔法が消えることはない。いつもの修行では、一分と経たずに魔力切れを起こし、消えてしまうのにだ。


 ふと思いつき、彼女は【守護円陣】を発動してみた。現状の魔力量では必要量に足らず、決して発動できない魔法だ。


 だが、それが容易く発動した。


 自分の周囲に、青白いひかりの円が自分を中心に回るように現れた。


 次いで達人級魔法の【神気円陣】も使ってみる。こちらは両手でなくては発動できない大魔法だ。だが、それも容易く発動出来てしまった。


 わずかに口元が引き攣る。


 こ、これは、さすがにとんでもない装備ね。まさか自身では発動できないハズの魔法まで発動できるとは思わなかったわ。


 ビシタシオンは提供された魔法を、一応すべて身に付けている。対不死の怪物用の魔法はもとより、回復魔法を含めて。そしてキッカは、提供しておいても殺傷力は皆無であるからと、回復魔法(神聖魔法)に関しては、達人級のものまですべて教会に提供してあるのだ。

 もっとも、熟練級、達人級は販売したところで、扱える者がほぼ皆無であるために現状は非売品扱いではあるが。


 ビシタシオンは自身の発動させた魔法の環をぼんやりと眺めながら、これらの装備の扱いに関して気持ちを引き締めていた。


 取り扱いは厳重に注意しないと。もし盗難にでもあったら、大変なことだわ。


 そんなことを想いながらも、次の魔法の準備をする


 いままでできなかったことができるのだ。はしゃぎたくなると云うのが人というものだ。


 【神の霊気】を発動させる。自分の覆う光の球が出現し、ビシタシオンはニヤニヤと漏れる笑みを隠せない。




 かくして、この後ビシタシオンは、楽し気に魔法を振るっているところをファウストに目撃されることになるである。



誤字報告ありがとうございます。


※神聖魔法=回復魔法。一般的には神聖魔法というカテゴリーで回復魔法は販売されています。回復魔法という呼び方をしているのは現状キッカのみです。

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