175 いわゆる示威行為的なもの
幅は三メートルくらいかな? ゆるやかな階段を登っていく。十階層分登るごとにある折り返し踊り場に、階段部屋に通ずる扉が存在している。扉にはドアノブなんてものはなく、深さ数センチ程の円形の窪みだけだ。最下層、ラスボスの扉は、Gでもスライムでも、どちらのメダルでも扉が開いた。
……Gのメダル、捨てちゃおうかな。
すでに鶏……魔闘鶏とバイコーンは手懐けたよ。時間もないから【支配】の言音魔法を使って手懐けたわけだけれどね。
魔闘鶏はいわゆる鶏なんだけれど、普通に強い。おまけにブレスに見立てた感じの魔法を放つという魔物だ。全部で十二羽手懐けたよ。雄鶏が三羽。雌鶏が九羽だ。繁殖とかさせたいからね。
バイコーンは三頭。牡馬が一頭。残り二頭は牝馬だ。牡は立派な角が生えているよ。牝の角は牡に比べると控えめな感じだね。
バイコーンはユニコーンの対称ともいえる存在なんていわれている魔物だ。ユニコーンが処女しか乗せないのに対して、バイコーンは非処女しか乗せないとかなんとか。
そんな伝説があるわけだけれど、こっちの世界ではそんなことはないようだ。
なにせユニコーン、こっちだとただの淫獣みたいだし。発情期だと牡だろうが牝だろうが異種だろうが見境なく襲うとのこと。
とんでもない馬だな。
人間がお相手に選ばれようものなら、普通に死ぬからね。確か、その手の趣味の変態さんが、馬を相手に死亡なんてニュースを見たことあるし。
一方、バイコーンはそんなことはないらしく、ちゃんと分別があると奥義書には記載されていたよ。
あぁ、そうそう。そもそもの話、ユニコーンもバイコーンもこっちでは、その存在そのものを人類には知られていないようだ。
だから、私が乗っていることで、非処女だなんだと揶揄されることもないだろう。さすがにそれは色々と嫌だからね。
……いや、それ以前の話、私、本当に乗れるよね? 奥義書に記されていることが真実なら、処女だの非処女だのは関係ないんだから。伝説の通りだと乗れないし。
まぁ、街に連れて行くと、バイコーンはジャッカロープの時みたいに新種だどうだとは云われそうだけれど、それはいいや。
山羊角の生えた青毛で艶々なバイコーンはとっても綺麗だしね。
あ、私は一頭いればいいから、番をまた侯爵様に押し付けるつもりだよ。もし断られたら、えーと……ナバスクエス伯爵、だっけ? 冒険者組合を通して交渉してみよう。UMAの類が大好きらしいしね。
延々と階段を登り、やがて終わりが見えて来た。
階段を登り切ると、まっすぐに進む通路。向こうに四角く見える出入り口が暗く見える。テクテクと進み、外に出る。空には星が瞬いていた。
えーと、ここは……あれ? ここ、大木さんに送ってもらった場所?
『やぁ、お帰り。無事に攻略を完了したみたいだね』
掛けられた声にビクリとし、そちらに目を向ける。そこには白いローブを着た金髪のおじさまがひとり。
なんというか、東洋人的な顔立ちに金髪と云うのは微妙な……。
というか、その白ローブは見覚えがあるんですけど。
いやまて、それ以前に日本語だ!
『大木さん?』
『そうだよ。あれ? ……あぁ、竜の姿だと目立つからね。適当に化けているよ』
そう答えて大木さんは笑った。
『ダンジョンに潜っていたのは丁度ひと月だね。二十八日間。今日は十三月の七日だよ』
『あ、思ったよりも長かったですね。二十日くらいとおもってましたよ』
単調な殴り合いとかしていると、時間感覚がなくなるからね。
……冗談じゃなしに金スラと丸一日以上殴り合ってたんじゃないかな?
『それで、感想を聞きに来たんだよ。いや、感想というより、ダメだしの方がいいかな。それを聞いてちょっと調整をしようと思ってね』
『調整ですか?』
『そう、調整。ここはかなり雑なんだよ。まぁ、僕自身がかなり投げやりになってたこともあるんだけれどね。
それで、一通り回って、攻略されることが目的のダンジョンとして見た場合、問題となるのはなんだろう?』
大木さんが大真面目な顔で訊いてきた。
『初心者向け、なんですよね?』
『そうだね。少なくとも上層、中層は問題なく踏破できるくらいには。最下層がおかしいのはそのままでいいんだけれど』
あぁ、最下層のアレは仕様なんだ。となると、他のダンジョンも厳しそうだなぁ。というか、もしかしたら、踏破されたダンジョンってないんじゃ……。
ま、まぁ、いいか。
それじゃダメ出しをしよう。といっても、真っ暗、ということぐらいか。
雑魚がやたら多かったのも、探索者の手が入っていなかったからだし。上層、中層はそこまで辛くはなかったしね。
欲しいとしたら、安全地帯かなぁ。休める場所がボス部屋と階段部屋くらいしかなかったし。でもそれも絶対安全とは云えなさそうだったしね。
あとは水場かな。
なんだか昔やった、歩くブロッコリーとワームを食料にしつつダンジョンを攻略するゲームを思い出すよ。
あのゲームの水場には毒入りのもあったっけ。あとはなにかあるかな……とくにはないかな?
とりあえず、その三点を大木さんに伝える。
『あー。その辺はまったく無視してたのか。うん。各階層に水場を追加しよう。ここの形式からして……洗面台みたいなのでいいか。お約束通り、ライオンのレリーフの口から水が出る感じで。熊でもいいかな?』
『どこのお偉いさんのお風呂ですか』
『お、わかるかい?』
『わかりますとも』
ライオンの口からお湯ダバーは、定番のイメージだよね。
『それと、灯りを追加と。一部は暗いままにしておこう。光量は二色ランプくらいで』
『もう少し薄暗くてもいいと思いますよ』
『そうかい? それじゃ微調整……。深山さん。ちょっと見て来てくれるかい? 明るさはこれでどうだろう?』
私は小走りにダンジョンへと入り、階段を下りて通路を確認した。
うん。明るすぎず、暗すぎず、微妙に周囲を判別しづらい。いいね。まさにダンジョン。
『バッチリですよ、大木さん。私が灯り系の魔法の装備を売りに出したら大儲けできそうですね』
『売るの?』
『気まぐれで作ったらですけれどね』
明かり系の魔法は四作目と五作目をあわせて複数あるからね。発動のしかたの違いのせいで。
四作目の方の魔法は付術が可能だから、販売はできる。【星光】【月光】【陽光】の三種類あたりをつくればいいかな。これらの違いは、効果範囲。それぞれ半径五メートル、十メートル、三十メートルの範囲を明るくする魔法だ。
魔法として使うと燃費は悪いものの、付術した場合は効果時間無限になるので、非常に有用な魔法だ。
『最後に安全地帯は……適当な玄室を、魔物立入禁止にすればいいかな。分かりやすい様に、これ見よがしな魔法陣でも書いておこう。単なる演出でなんの効果も意味もないけど』
『……それって、学者さんが解明しようと頭を悩ませるんじゃ?』
『がんばって欲しいねぇ。ただの落書きだけど』
酷い。
『よし、っと。こんなところでいいかな。それで、魔物のバランスはどうだった。ここはほぼ混成することがないはずだけれど』
『上層は問題ないです。初心者パーティでも安心じゃないですかね。あぁ、いや、初見だと五層のスミロドンがちょっと怖いかな。怪獣猪は、魔の森外縁にも出てきますし、さほど問題ないと思いますよ。
中層も大丈夫かな。あ、ひとつ忘れてました。水場ですけれど、毒消し効果のある水場もあるといいかと。毒持ちが結構エグイですし』
『あぁ、毒ね。そうだな、水場に解毒効果を追加しよう。水場から取り出した場合、解毒効果は三日程度で消えるようにして。これで商売されるのもなんだからね。
下層から下はどんな感じだったかな?』
『下層からは急に厳しくなってると思いますよ。最下層は“やめとけ”とでも入り口に張り紙でもしておくレベルです』
そこまで行って、私はあることを思いついた。
『ダンジョンのそこかしこに張り紙をしましょう。それも、先にそこを攻略した探索者の助言みたいに。
【寝るのなら、魔法陣部屋、最適だ 大いなる戦士パンチョ】
みたいな』
『……なんで七五調なのかな?』
『なんとなく? でも別に日本語で記載するわけじゃないですから、七五調とかは関係ないですよね』
『なんとかしてこっちの言葉で韻を踏んでやろう』
なぜそんなところにこだわるんだろう。……職人のとしてのあれかな。ここが直人のこだわりポイント、みたいな。
『よし、こんなところでいいかな。それじゃ、僕が送るよ。どこに送ればいいかな?』
『あ、それじゃ、テスカセベルムの王城の人気のない場所にお願いします』
『なんでそんなところに?』
『ちょっと嫌がらせを』
大木さんが推し量るようにじっと私を見つめる。
私はなにも考えてないように装って、カクンと首を傾げた。
『まぁ、君がこの国でどういう目にあわされたかは聞いたからね。別にいいと思うけれど』
『現国王を引き摺り下ろせば、恐らくは次代の王様がここの管理に乗り出してくれると思うのですよ!』
『よし、なにをやるのかは知らないけれど、やっちまうんだ!』
大木さん。穏やかで真面目な人に見えるけれど、結構ノリのいいひとなんだよね。森の一軒家にお邪魔したときも、寝る前にとんでもない技術を面白半分に教えてもらえたし。
……ある意味、私が実験台みたいなものの気もしたけれど。
『あ、僕も一緒に行くからね。その方が簡単に脱出できるだろうし』
『お願いします』
そして私たちは、テスカセベルム王城へと転移したのです。
◆ ◇ ◆
時刻はお昼過ぎとなりましたよ。
悪戯兼脅迫は問題なく終了しました。ついさっきまで大木さんの家にお邪魔して、悪戯の結果がどうなるのかを見ていましたよ。
神様の力って凄いね。覗き見し放題だよ。考えてみたら、ルナ姉様に暫く監視されたりしてたしね。
で、悪戯の結果は良好。狙った方向に進んだよ。大鎌の存在感というか、あの迫力がいい仕事をしてくれたよ。
王様はいまだにユーヤ・フカヤマの幽霊に苛まれている模様。そんなのいないのにね。被害妄想と云うか、恐怖症って怖いね。
え? 元凶がそんなことを云うな? なにをおっしゃいます。私は殺されましたからね? 普通だったら。私がおかしな存在だから生き延びただけで。
そういや、記録だと二十八日くらい飲まず食わずで生き延びた記録があるんだっけ? よく覚えていないけれど。
まぁ、そんなこんなで、年明けには、前倒しで代替わりが行われそうですよ。
で、お昼をご馳走になって、サンレアンの北側五キロの位置。街道外れの平原に転送してもらいました。
それじゃ、ここからお家へと帰るとしましょう。
まずは常盤お兄さん謹製の荷馬車をどすんと。
その上にオルトロスをででんと出してと。結構な大きさだしね。牛ぐらいの大きさだよ。このオルトロスも、インベントリに三桁単位で入っているしな。今にして思うと、なんで私は片っ端から狩ろうと思ったんだ?
自分のことながら、さっぱりわかんないや。多分、テンションが上がりっぱなしだったからだろうなぁ。
それにしても、オルトロスは狼犬的なモフモフなのに、なんでケルベロスはあんなんだったんだろうね?
ん? そんな凶悪な魔犬を運び込んだら目立つだろうって? うん、ちょっと目立つことにしたんだよ。いわゆる示威行為的なものだよ。
ほら、王都でさんざん、力づくでどうこうみたいな事があったからさ。とりあえず、見てくれは小娘だけれど、強さは見てくれ通りじゃないよと知らしめようと思うのさ。
あのナランホ侯爵のことで懲りたからね。さすがにこんなデカブツをソロで狩ったとなれば、力づくでどうこうしようという輩は減るんじゃないかと。
正しい交渉で関わろうとするのは増えるかも知れないけれど、それは普通に断ればいいだけだもの。
はいはい、それじゃ魔闘鶏のみんなは荷馬車に乗ってねー。うん、よし。みんなオルトロスの上に乗っかった。
あとは、荷馬車をバイコーンにつないでと。馬具とか、こういった馬車の装着の仕方はラミロさんに教えてもらったからね。なんとか一通りはできるようになっているよ。
よし。装着完了。あとは、バイコーンの角に筋力を上昇させる指輪を嵌めれば準備完了。
さぁ、サンレアンへと帰るよー。
こうして私は帰路へとついたのです。
うん。手綱を使わずに、言葉だけで運転ができるのって楽でいいわー。
感想、誤字報告ありがとうございます。