174 病的なレベルで嫌い
『力が欲しいか? 力が欲しいの――』
うっさいわ!
べちん!
へしゃげスライムが人の頭の中に語り掛けて来るのを無視して、私は再度それを足元に叩きつけた。そして足元でプルプルと揺れるソレに指先で触れて、さっさとインベントリに放り込む。
よし。これで静かになった。まったく、どこの漫画だ。
傍らではビーがびっくりしたように私を見つめていた。
「ビーは悪くないよー。見つけてくれてありがとうね」
屈んでビーの頭をなでる。うん、相変わらず気持ちのいい手触り。
そういえば、ここまでかなりの強行軍だった。睡眠も三回取っただけ。恐らく、【バンビーナ】に入って二十日くらいは経っていると思うんだけれど。移動もほぼジョギングという感じで進んできたから、かなりの無茶をしたと云える。
食事も歩きながらだし。私は半ば絶食だったけれど。……いや、用を足すのがね……。
そんな無茶な進み方にビーはしっかりと付いてきた。こんな無茶な行軍についてこられたのは、ビーがそこそこ強力な魔物だからだろうか? 実際、あまり睡眠も必要としていなかったみたいだし。
まぁ、強力な魔物と云えども今は私の癒しだから、その辺はどうでもいいや。
私はビーを抱えると、ボス部屋奥の扉を開いた。この扉のサイズは一般的なサイズより五割増しくらいの大きさの扉だ。とはいえ、これまでのボス部屋や階段部屋の扉に比べれば、ずっと小さい。
高さは三メートルくらいかな?
階段部屋へとはいる。部屋の大きさは二十畳くらい。これまでの階段部屋と比べるとこじんまりとしている。
正面に一際豪奢な宝箱。左右に扉。右の扉はショートカットだろう。
左の扉は……もうひとつの入り口の方のダンジョンだと思う。宝箱を漁ったら覗いてみよう。
ということで、宝箱オープン。
入っていたのは、先ずはメダル。ショトカ扉用だね。まぁ、ここまでショートカットできてどうするんだって感じだけれど。
宝箱だけ奪う? いや、さすがにそれは出来ないようになっているだろうと思うよ。
メダルに刻まれている図柄はスライム。なんというか、モチーフがスライムなだけに、凄まじくシンプルだ。
そしてもうひとつ。
【聖斧オッフェルトリウム】 ダメージ:八十 重量:五キロ
おぅ……ふたつめの聖武具来たよ。これあれだ、ボスの宝箱から出るんだろうね、ランダムなんだろうけど。
……まさかと思うけど、私が斧を振り回してたから斧が出てきたわけじゃないよね?
性能は……黒檀鋼の斧と同じくらいかな。ちょっと弱い程度か。重さはずっと軽いけど。
これ全部でいくつあるんだろ? 鎧は一揃い、盾は一枚が確定として、武器は?
斧だけってことはないだろうし。他にも剣だの弓だのあるのかなぁ。
そうなると、聖武具シリーズって結構、モノが多くなるね。まぁ、私はコンプリートなんてする気ないけど。
そして宝箱にも触れて、これもインベントリに収納。
この宝箱はどうしようかな。収納に使おうと思うんだけれど、あまりにも派手過ぎて家に合わなかったら、どこかに献上しちゃうか。
宝箱自体は全部拾ってきてあるし。
ふふふ。お家に宝箱があるっていうのは、ある種、浪漫だよね。
まぁ、入れておくものがロクにないんだけれど。泥棒対策に、ミミックみたいなものでも作れたなら有用なのかもしれないけれどね。
それじゃ、左の扉を開けてみよう。
扉を開ける。その向こうは真っ暗だ。
?
とりあえず入ってみる。だだっ広い石造りの部屋。これまで通って来たダンジョンと同じ作りだ。
ここなんの部屋だろう? うーん……【陽光】だと、明暗のメリハリがつきすぎて範囲外がさっぱり見えないのが欠点だな。それじゃ【夜目】と【生命探知】のついた指輪に代えてと。
周囲が青いフィルターを掛けたように変化する。視界は良好。部屋の隅々までよく見える。
うん。良く見える。……見え過ぎた。
ふ、ふふ……。
は、はやく。はやくここから出よう。足が震えるよ。これはだめだ。絶対ダメ。
後ろに手を伸ばし、ドアノブを探す。数度空振りし、六度目でやっと手が掛かった。
が、ノブが回らない。扉が開かない。
え、なんで!?
私は部屋の奥に固まっているそれに目を向ける。
それは、いわゆるGなどという略称で呼ばれる害虫だ。ただ、そのサイズがおかしい。恐らくは五十センチから一メートルほどの奴がたくさん。そして五メートルくらいありそうな大物が三匹。
はっきり云おう、私はゴキブリが嫌いだ。恐怖症と云ってもいい。確か映画の映像だと思うけれど、口から這い出て来るそれを見た時に、私の中で何かが壊れて以来、病的なレベルで嫌いだ。
ヘアスプレーを簡易な火炎放射器にして撃退しようとして、兄に取り押さえられたくらいには大嫌いだ。
というか、扉が開かないよ? なんで?
あ……。
もしかしてここって、もうひとつの入り口から入る方のダンジョンのボス部屋?
そういえば、最下層にくるまでもうひとつとは繋がっていなかったように思える。いろいろとだだっ広かったけれど。
え? ということは、アレを殺さないと出られないの?
え、えーと……。
この部屋に入ったの、私だけなんだけれど。ビー、置いて来ちゃったし。
ど、どうしよう?
近接は問題外。弓だと、あの数を仕留めるのは無理。群がられて終わる。きっと。そんな死に方は嫌だ。
となると魔法。炎。火だるまアタックが怖いから却下。雷は……【雷撃鎖】があるか。あれだけ固まっていれば、一気にすべての打撃を与えられそう。
問題は、それでどれだけ仕留められるかだよね。仕留め損ねたら怖いどころじゃないことになりそう。
あとは冷気。そういえば、凍らせるタイプの殺虫剤ってあったよね?
そうか、冷気か。
私は両手に【氷嵐】の魔法をセットした。
二連発動で威力を増大したとしても、それで倒せるかどうかはわからない。それにここはボス部屋だ。ならばきっと一撃必殺なんて無理もいいところだろう。
ならば、両手で間断なく連射すればいい。
……ん? いわゆるグミ撃ちは負けフラグ?
なにをいっているのさ。【氷嵐】は弾丸みたいなものじゃないですよ。範囲攻撃ですからね。
それと、現状、多少なりとも安全は確保されているのですよ。
持ってて良かった、大木さんのウロコ! 強力な虫よけ効果は嘘じゃなかったよ。
なんであんな隅っこに固まっているのか、不思議だったんだよ。こっちを伺って微動だにしないし。触角がゆらゆらしているし。……あー、気持ち悪い。見たくない。見たくない。
奴等が隅で固まっている。きっとこれは、金竜のウロコの効果だ。他に思いつく原因がないもん!
とはいえ、攻撃を仕掛けた結果、トチ狂って突撃してこないとも云い切れないからね。動きを鈍らせる冷気魔法は最適です。
それに、言音魔法の【凍気の息】もあるしね。いざという時の対処もなんとかなるだろう。祝福効果で【氷の棺】も同時発動されるからね。
よし、それじゃ、害虫駆除を開始だ!
◆ ◇ ◆
終わった。終わったよ。よかった。もうね、大木さん大好き。金竜のウロコ万歳。おかげで完封できたよ。
やっぱりボスだからか、なかなか死なないし。とりまきはあっさり死んだのに。
そして今更ながら思ったけれど、やっぱり冷気魔法で戦ってよかったと思うよ。動きを封じることができるとかじゃなくて、臭い的な意味で。
虫の焼ける臭いとかはちょっとね。
あ、素材は無視してきたよ。虫の甲殻は欲しいけれど、Gの甲殻なんぞいらん。
私の知っている限りの昆虫……節足動物だと、Gとゲジは無理。あとオカメコオロギ。オカメコオロギの顔怖い。
カマドウマとかムカデ、ヤスデは平気なんだけどなぁ。
それじゃ戻ろ。扉開くよね? あ、開いた。よかった。
階段部屋――で、いいか。ショトカの階段あるし――に戻った途端、ビーにしがみつかれた。
私と分断されて不安だったのかな? というか、なぜにここまで懐かれたんだろう?
抱えて頭をなで繰り回し、そしてそれに気が付いた。
あれ? 宝箱が復活してる。ボスを倒したから?
……なんだか横に長いね、あの宝箱。なんでだろ?
宝箱を開けてみる。
【聖大鎌オッフェルトリウム】 ダメージ:二十二。重量:十キロ。
うわぁ……。えぇ、これはいいの? 大鎌って。私のイメージ的には死神なんだけれど。うん。まったくもってステレオタイプのイメージだけどさ。与ダメが低いのは、私の両手持ち武器の技量がからっきしだからだろうけど。
金スラを殴りまくったおかげで、片手武器の技量が異様に上がったからね。あれだね。疲れ切って来ると、無駄な動きをしなくなるっていうのは、あながち間違いじゃないのかも知れない。
でも大鎌かー……。
いや、確かにデザインは綺麗だけどさ。白金カラーで、控えめな装飾があってさ。うん。このくらいの装飾ならいい感じだよ。アクセントな感じで。
なんであの【装飾の鎧】シリーズはあそこまで過度な装飾が成されているのか。
地味に優秀な装備だけにいろいろと納得がいかない。いや、これが理不尽な気持ちであるのは分かっているんだけれどさ。いわゆる、生理的に受け付けないと云うものはどうしようもないのだ。
それはさておいて、この聖武具の大鎌。オッフェなんちゃらだ。
よし、こいつをテスカセベルムに置いて来よう。王様の執務机にでも突き立てて置けばいいや。警告文の羊皮紙を留める感じで。
うん、実にいい。これで王様が腰でも抜かしてくれたら申し分なし。
あ、ついでも執務室の床にコモドドラゴンを敷き詰めておこう。あれ邪魔だし。素材としてはそれなりに使えるだろうし、お得なんだから問題ないだろう。
本当なら、王様の寝ている横に、抱き枕にでもしなさいとばかりに置いて来たいんだけれどね。さすがにそれは置いた途端にバレるだろうから、止めておくよ。
あ、メダルもある。
宝箱のそこに残っている金属製のメダルを手に取る。
うぁ……Gのレリーフだ……。
持って行きたくない。でも持って行かないと……。
顔を顰めながらも、私はメダルをインベントリに収納した。
さぁ、それじゃダンジョンを出るとしよう。途中で鶏を拾ってこないと。そうだ、バイコーンも足代わりに連れて行こう。さすがに鶏をカルガモ親子みたいにひきつれて街に戻ったら目立ちすぎる。
インベントリに荷馬車はあるから、そこに積んでいけば問題ないだろうしね。
私はそう決めると、地上へと戻るべくショートカットと思しき扉を開けた。
かくして、私の初めてのダンジョンアタックは、これにて終了となったのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。