173 いつまで殴れば死ぬのかな?
正面から結構な勢いで飛び掛かられ、私は転倒しぐるんと一回転。転がった勢いを利用して――
うりゃっ!
思いっきりぶん投げた。
慌てて立ち上がり、ビーと一緒に駆け出す。そして走りながら足元に【氷結】の魔法罠を設置。
バシュッ!
後方から魔法罠の発動した音が聞こえた。足を止め振り向き確認すると、すっかり動きの鈍くなったターゲット。さっきまで素早い運動性に翻弄されたけれど、ここまでのったりした動きになればただの的だ。
私が【氷杭】を撃ち込み、ビーが雷撃を放つ。
あぁ、もう! やっぱり効きが悪い。とっとと死になさいよ!
すっかり凍り付いているというのに、姿に重なって見えるシルエットは赤のまま。【生命探知】は敵性体であると主張したままだ。
それから二十発ほど撃ち込み、やっと赤いシルエットが消えた。
……【氷杭】が突き刺さりまくって、なんだか変なオブジェになってる。これ、冷気の塊が杭……氷柱みたいな形状に視覚化しているだけだから、物理的な威力はないんだよね。だから抜きたくても抜けないんだよ。手がすりぬけちゃって。
ちょっと、消えるまで待とうか。
さすがにビーも魔法を撃つのに疲れたのか、ぺたんと座っている。
あははは……最下層最初の一戦からこの有様だよ。大苦戦だ。【生命探知】の索敵範囲には、何匹か引っ掛かっているけれど、すぐ近くというわけじゃないね。向こうの索敵範囲外みたいで、こっちに来る様子はなし。
これまでの階層にくらべたら、魔物の密度はかなり薄い感じがするよ。となると、あのコカトリスの時みたいに、ボスが複数なんじゃないかって勘繰るけれどね。
お、最後の【氷杭】が消えた。
やっとこさ倒したそいつをみる。カチンコチンに凍ったスライム。
……そう、スライムだよ。
なんだか、むっちゃ強いスライム。
基本、スライムって大型化したモノが危険視されているんだけれど、これ、標準的な大きさなんだよね。直径にして五十センチくらい。
何スライムなんだ?
インベントリに格納して鑑定。
◆メタルスライムの死骸
なん……だと?
これまで毒持ち(緑)とか高温(赤)とかいたけど、金属? それも、某RPGだと経験値タンクのメタスラ。ここじゃ即逃亡とかしないで、積極的に殺しに来たけれど。
うわー……マジかぁ。
対処どうしよう。魔法はロクに効かないし、打撃もロクに通らないし。冷気も似たようなものだけれど、多少なりとも動きを鈍らせることができたから押し込められたけれど。多数来たらどうにもならないよ。
硬いものを粉砕する→熱膨張を利用しよう! なんていうのが定番っぽいけれど、実際はそう簡単でもないしね。そもそもメタスラなんて、硬いと柔いが混然一体となった矛盾した存在だし。
そしてなによりもだ。ボスはなんなのよ? これまで、その階層に出現した雑魚の格上がボスだったんだよ。
……メタスラの格上? 一時期百万円以上で取引されてた某RPGに登場したアレじゃないよね? あんなの相手にするとか、嫌なんだけれど。倒せるとしても、ダメージが通らなくて三日くらい殴り合うとか、そんなことになりそうなんだけれど!?
……ボス戦では狂乱候をだそう。それが一番無難そうだ。とりあえずは、ボス部屋まではビーと一緒に頑張ってみよう。スケさんチームも出しっぱなしにしておこう。消えたら即召喚で。私自身だって鍛えないといけないしね。
あぁ、そうそう。地味にだけれど、軽装鎧の技量も上がっているよ。既に鎧の重量ゼロで行動できるようになったよ。まぁ、軽装の方は高レベルで身につく技術じゃないから、結構お手軽ではあるけれどね。
それじゃ、ペンダントは召喚魔法消費魔力減少の物に切り替えてと。それじゃ次のスライムを始末しましょうか。大分こっちにまで寄って来たしね。【スケさんチーム】召喚!
さぁ、行くよ!
◆ ◇ ◆
あー、やっとボス部屋についたよ。当初は片っ端から討伐しようと思っていたんだけれど、途中で私の気持ちが折れたよ。メタスラ、面倒臭いだけで、一対七なら問題なく勝てるからね。面倒臭いだけで。
簡単な討伐方法がないのよ。【死の宣告】を使えば楽になるだろうけれど、正直、このメタルスライムは骨鎧の素材として凄く優秀だと思うのよ。
本来の骨鎧はある魔物の体液と混ぜることで、焼成後、金属並みに硬くなるわけだけれど、現実にはその魔物がいないから、スライムの体液、溶液で代用しているんだよ。運よく代用できたんだよね。
で、メタルスライムの溶液は既に金属が混じっているからね。骨鎧を作るには便利なんじゃないかと。だからこの階層にいるやつは狩りつくしてやろうかと思ったんだけれど、討伐に時間が掛かりすぎ。
そんなわけで、狩りつくすのは止めて、マップも踏破していないけれどボス部屋に吶喊しますよ。ちなみに、狩ったメタルスライムは五十二匹だよ。
……意外に多いな。でもこれでも魔物の密度は薄く感じるんだよね。これまでの階がどれだけ多かったかってことか。
……あぁ、コモドドラゴンが三百越えてる。どうしよう、これ。
こいつらをもっと簡単に狩れたなら、完全にマップ踏破してもよかったんだけれどね。現状の凍らせるのも効果があるだけで、面倒なのは変わりないしね。それに素材で使うなら解凍しないとダメになるから。
それじゃ、ボスは二匹いることだし、万全を期すために【狂乱候】を召喚! 永続召喚だから、時間で消える心配はない。
「主よ、なんなりとご命令を」
召びだしたのは今回も男性の方だ。女性の方は私の召喚魔法の技量が百に到達してからだ。そのまま出しっぱなしにする予定だからね。
「これから強敵と戦うのよ。二体いるから、片方をお願いね」
「お任せを」
と、そうだ。今回は指輪を換えよう。【夜目】+【生命探知】の指輪を外して【陽光】の指輪。自分を中心に半径三十メートルを明るくする魔法の指輪だ。尚、光源不明で明るくなるため、影ができなかったりする。
ふたつ取り出し、ひとつを狂乱候に渡す。彼に暗視能力があるのか分からないからね。
よーし、やるぞー。
扉に触れる。それだけでボス部屋の大きな扉は勝手に開いていく。
中にいた魔物、ボスは二体のスライム。それも直径二メートルほどもある大物だ。色は金と銀。
私の口元が引き攣った。嫌な予感的中である。
特に銀のスライムで心当たりがあるのは二種。シルバースライムとミスリルスライムだ。前者は単なる経験値タンク。でも後者は泣きたくなるほど硬いのだ。
狂乱候は銀に突撃。それを見て私たちは金に突撃した。正直、嫌な予感しかしないけれど。
ガキュンというか、ゴキョンというような、絶対にスライムを殴ったところで聞こえて来るはずのないおかしな金属音が聞こえてくる。
そしてこっちも近接戦闘開始。タンク役がいないからね。今回は弓を捨てて、盾と片手武器ですよ。
盾は【魔氷の盾】。最高の性能の盾ではないけれど、武器に合わせたよ。統一性は大事。そして武器は【魔氷の片手斧】。魔氷系武器では最強だと思う。それなりにリーチがあり、回転も早く、そして威力がおかしいの三拍子そろってる武器だ。
威力がおかしいのは付術のせいだけれど。さっきみたら、攻撃魔法の技量が百レベルを突破したせいで、付術の追加打撃の合計値が五百を超えたからね。確か、鉄の斧とかだと打撃力は十とか十五ぐらいだった気がするよ。
そんな、おかしな、威力の、武器で、殴って、るんだけど、硬すぎ!
金スラも変形して殴って来るんだけど、盾に掛かる衝撃がおかしい。バルキンさんに思いっきり殴られた時よりも重いんですけど!?
きっちりと盾受けして、斧で殴って、盾受けしてと、まるでターン制バトルみたいに愚直な殴り合い。
普通のスライムとかは、炎が弱点だったりするんだけれど、金属系スライムは熱は平気なんだよね。もちろん雷撃も。冷気は頑張れば凍るから、多少は効果があるんだけれど、このサイズだとあまり意味がなさそう。そもそも水銀みたいなものだから、凝固点が低すぎる。
雑魚のメタスラは【氷の罠】が効いたから、凍りやすいってわかったけれど、この金スラは平気みたいだ。冷気の追加打撃がバカスカ入っているのに、一向に鈍るそぶりがないもの。
ごぃん!
盾を抜けて来る衝撃に、思わず片目を閉じる。
あ、そうだ。こうして近接で殴り合うんだもの、霊気系の魔法を使おう。ビーは反対側から攻撃しているし、巻き込むこともないだろう。
斧を一時的にインベントリにしまい、魔法を発動!
【氷の霊気】!
私の周囲のみが吹雪いたように白く染まった空気が渦巻く。これに触れた者は敵味方関係なく、冷気のダメージを生命力と持久力に受けるのだ。
微々たるダメージでも、積もれば山となるってね。
再度【魔氷の片手斧】を右手に持って、殴りつけ再開だ!
……。
……。
……。
ど、どのくらい殴り続けただろ? 殴る、受ける、殴ると、単調な作業になって大分経つ。
スライムだからか、変な攻撃はしてはこない。というか、こいつら完全に防御型のスライムだ。それもとてつもなく優秀なタンク。持久戦で相手を疲弊させて押しつぶすような魔物といっていいだろう。
なにせ、狂乱候がいまだに銀スラを倒せていないもの。もの凄い聞き慣れない感じの金属音が左の方からひっきりなしに聞こえてくる。私の右手の先からも聞こえては来るけれど、その音量が比じゃないんだよ。
あの炎の大剣で殴り続けているんだろうけど、いまだ銀スラは健在ということだ。
さ、さすがに腕が疲れて来たんだけれど。
「うぅぅぅりぃああああっ!」
突然、狂乱候の雄たけびが響き渡った。直後、私の視界を左から右へ、火だるまになったスライムがすっ飛んでいった。
って、あの大剣で殴り飛ばした!?
このスライム、かなりの重さだよ!?
火だるまになった銀スラはボテッと落ち、ゴロゴロと転がって止まった。
そしてそのままへしゃげたように潰れていく。
し、死んだ?
がぃん!
金スラの攻撃を盾で受け、左をちらりとみると、狂乱候がこちらに走って来るところだった。
「ビー、下がって」
いつの間に覚えたのか、冷気魔法を放っていたビーが離れ、代わりに狂乱候が突撃してきた。
走って来た勢いもそのままに、炎の大剣を叩きつける。
ギュゴン!
おかしな響きの金属音が発生する。そして目に見えてへしゃげるスライム。
普通ならスライム表面の皮膚? が破けたりするものだけれど、ぐにょんと凹み波打つだけだ。非常に硬く、柔軟で、そして丈夫だ。
かくして私と狂乱候とでタコ殴り状態に入ったわけだけれど……。
い、いつまで殴れば死ぬのかな?
スライムの手数が目に見えて減った。ビーのことは無視していたみたいだけれど、さすがに狂乱候は無視できないようで、私ではなく彼を殴ろうとしている。
もっとも、すべて大剣で払われているけれど。時たま当てているみたいだけれど、狂乱候はものともしていない。
そして金スラと云えば、燃えたり冷えたりと、傍から見れば大忙しの有様だ。狂乱候の炎に、私の冷気と、【混沌】の効果による炎、雷撃、冷気がランダムで追加されている。
打撃に加え、魔法も連続で喰らっている状態だ。さすがにダメージは入っている筈だ。銀スラが死んだんだから、金スラだって死ぬはず。
まさか、これだけやったのが無意味ってことないよね。そうなると、いよいよ倒す方法がないんだけれど!?
あ。
ここにきて思い出したことがひとつ。
【聖王水】があったね。多分、こいつも溶かせるんじゃないかな? 素材としては使い物にならなくなるから、使いたくないなぁ。
へきゅっ!
ほへ?
変な音が聞こえ、思わず私の気が一瞬削がれた。なにごと!?
見る間に、しおしおと金スライムが潰れていく。
どうやら死んだみたいだ。
「お疲れ様。助かったよ」
「勿体なきお言葉」
私が労うと、狂乱候が優雅に一礼する。そして私に指輪を返還した。
「それじゃ、また強敵のときにはお願いするね」
「御意」
【走狗】を召喚する。これで……あれ? 消えない? ってことは召喚が百を突破したのか。やった。
もう一体【走狗】を召喚。入れ替わるように狂乱候が消えた。
ついに二体召喚できるようになった。さすがに今はやらないけれど、その内【狂乱の女侯】を護衛役として召喚しよう。
とりあえずは、目の前の金スラを収納してと。
◆オリハルコンスライムの死骸。
……オリハルコン? え、オリハルコンって金色なの? 私の知ってるオリハルコンと違う!?
オリハルコン。インゴットの形でインベントリに大量に放り込まれている金属のひとつだ。そしてその色は、暗いモスグリーンだったりする。
色が全然違うんだけれど!?
これがゲームとリアルの違いか。なにせ水銀が常温で固体の世界観だったからね。あのゲーム。もしかすると、水銀という名の別の金属だったのかもしれないけれど。
次いで銀スラを収納
◆ミスリルスライムの死骸。
うん。予想通りだ。……あれ? ミスリルってカタカナ表記だね。もしかして魔銀とちがったりするのかな?
まぁ、確認するのはサンレアンに戻ってからかな。こんなところでいろいろ確認なんかしたくないし。
ちょんちょん。
足を突かれた。見ると、ビーがなにか得体の知れないものを持っている。
え、なにそれ。
ビーが掲げるへんなもの。
表現するならこんな物体だ。
手のひらサイズのピンク色のスライムが、思いっきり床に叩きつけられてへしゃげた姿を復元し始めたような物。
ビーは“こんなの見つけた。褒めて褒めて”と云わんばかりだ。
「あ、ありがとうね、ビー」
受け取り、ビーの頭を撫でた。
手に持った前衛的なピンクスライムフィギュアはほんのりと温かく、グニグニしている。
なんなのよ、これ。
いつものお手軽鑑定。ということで、インベントリに収納。
◆召喚器
は?
私は目を擦った。目を擦ったが、脳内で見えている代物だから意味はまったくない。
◆召喚器
その名称は消えもせず、しっかりとそこで主張していた。
ちょっ……え?
予想もしていなかったことに、思わず目を瞬いた。そして――
なんでこんなとこにあんのよ!
私は取り出したそれを足元に叩きつけた。丁度【走狗】が連続して消えた。
不明な機嫌の悪さのまま召喚器を拾う。これはサンレアンに帰ったら、ルナ姉様かララー姉様に渡そう。ここはテスカセベルムだから、ライオン丸に渡すのが筋なんだろうけれど、別に構わないよね。いっかいやらかしてるし、あの神様。
私はため息をついた。すると――
『――力が欲しいか?』
!!?
し、喋ったぁぁぁぁっ!?
誤字報告ありがとうございます。