172 毛が生えてないよ!
なるほど、お前か。
状態異常が掛かるなんていう前代未聞に思える竜。こいつが地竜だった。
土竜を倒した時に、すべての項目が不明のまま奥義書に記載された魔物だ。
今回討伐したことで記された奥義書のテキストを読むに、二百年前にルナ姉様が人類に倒せと命じたのが、この地竜の古竜体だそうだ。
尚、竜は以下の通りに成長していくそうだ。
幼竜→竜→成竜→老竜→古竜
竜は老竜となってからが竜としても本番ともいえるみたいだね。まぁ、引き籠って生活するみたいだから、人類に対する脅威はそうそうないらしいけれど。
というか、この地竜が山みたいなサイズに成長するのか。何年ぐらいかかるのかは知らないけど。さすがにそのサイズだと、毒は効かないだろうな。あまりに巨体だと、魔法が掛かり切らないからね。
ちなみに、中ボスだったこいつのカテゴライズは、インベントリ鑑定によると竜だそうな。
……そうか、若造か。人間でいうと、十代くらいのペーペーか。
これが大人になってたら毒も無効化されたりするのかな?
まぁ、いいか。
……次の階層に行こ。
◆ ◇ ◆
酷いことになった。こんなのってないよ。クリアさせる気ないでしょ、大木さん!
ただ今三十九層にまで来ましたよ。
まさか三十五階層から下はボスラッシュとか思わないよ。ボスといっても中ボスなんだろうけれどさ。階段部屋にショトカの扉がなかったし。
いまはケルベロスと戦っていますよ。
はっきりいってやるさ。イメージしてたケルベロスと違う! なんなのこいつ、怖すぎるよ!
私がイメージしてたのは、狼犬的な感じの黒毛の三つ首もふもふだよ。それがなんで三つ首ピットブルなのさ! もしくは土佐犬! 毛が生えてないよ!
あ、あれ? ピットブルって無毛だっけ……? でもこいつ無毛……。
あ、覇者が噛み砕かれた。
三体に減った時点で、【透明変化】を使用。ケルベロスの視線から逃れる。鼻からは逃れられないかもしれないけれど、残りのスケさんたちがタゲを取ってくれているので、魔法を練る時間はできる。
達人級は足を止めなくてはならないのが、一番の欠点だ。
魔力を溜め、一気に魔法を発動させる。
召喚【スケルトンチーム】!
周囲に五つの召喚円が現れ、紫色の光の円柱が起ちあがる。その中に姿を現すのは各種スケルトンだ。
新たに召喚をすると、先に召喚していたスケルトンたちは消えてしまう。そうなると、当然ケルベロスの狙いは、ただ一羽のこったビーに向けられる。
とはいえ、兎型の魔物、魔獣ではほぼ最強種であるヴォルパーティンガーを、そう簡単に捉えることなどできはしない。
まるで瞬間移動のようにぴょんぴょんと移動するビーに、ケルベロスはすっかり翻弄されていた。だからこそ、ケルベロスは群がるスケルトンを先に潰していたわけだが。
ビーがあしらい、稼いだ時間でスケルトンたちが到着。攻撃を開始する。
もちろん、私だって弓を射かけはじめる。
魔法はいまひとつ効きが悪かったため、魔法攻撃は投げ捨てている。毒の類も効かないため、やれることは物理攻撃一択だ。
【死の宣告】を使えば、ケルベロスの防御力を弱体化できるが、ちょこまか動くビーにフレンドリファイアをやらかしかねないため、封印中。
再度【透明変化】を発動。もしケルベロスの注意から外れることができたらめっけもんだ。ついでに、いまさらながら【不可視の指輪】も装備して、透明になっておく。これで攻撃をしても姿が現れることもない。
弓を引き絞り、放つ。一射するごとに位置を変え、放つ。そうして五射目。
ずどん! と、いままでない音と共に、矢の突き刺さったケルベロスが跳ねたかのように体の位置がズレた。
お、三倍打撃入った。私を注意から外したね。でも今のでバレたね。さすがにもう、私を見失うようなことはしないだろう。でもね、もう遅いよ。
強烈な打撃によろめき、怯んだ隙を逃さない。
スケルトンたちが武器で殴り、魔法を撃ち込み、そして矢を射かける。ビーも好機とばかりに、背中にとりつき雷撃を放ちまくる。そこへ、私が冷気の追加打撃のある矢を撃ち込むのだ。まだ弓術の技能【強撃】のランクが最大の五になっていないため、威力は最大より大分劣る。とはいえ、それだけの打撃に耐え続けているケルベロスも大したものだ。
これ、普通のドラゴンぐらいなら勝てるんじゃないかなぁ。空を飛ばれていなければの話だけれど。どんだけ強いのよ、ケルベロス。
本当にこのケルベロスは脅威だ。ひとりで戦っていたら、手詰まりになっていたと思う。ソロでやっていたら、と考えると、途中までは戦い方を組み立てられるんだけれど、決め手に欠けて、負ける未来しか見えないんだよね。要は、逃げ切れない。
あ、死んだ。
さすがに頭をみっつとも割られたら死ぬか。と、時間も丁度だね。スケさんたちも消えた。
ビーが酷いことになっているケルベロスをべしべしと叩いている。どうやら殴り足りないみたいだ。でも雷を出していないところをみると、ケルベロスの死骸をこれ以上傷つけるつもりはないみたいだね。
……うわぁ、頭がみっつとも縦に真っ二つ。これ、英雄と覇者がやったんだよね。あの子たちも大概だな。これ、フルカラー状態でみたら吐きそう。今ばかりは世界が青に! の状態に感謝だよ。
それじゃインベントリに入れてと。次の階層に行こう。多分、次が最終階層だろうし。
これ、他のダンジョンでもそうなのかな? 最後の中ボスからラスボスまでボスラッシュっていうの。かなりキツイ気がするんだけれど。
まぁ、クリアさせることが前提のダンジョンじゃないから、いいのか。
奥の扉を開く。階層間を隔てる扉は、ボス部屋の扉同様に大きい。
これってやっぱり、下から上に移動するためなんだろうなぁ。
大部屋にはいると、これまでの中ボス部屋後の階段部屋同様に正面に扉。右に扉は無し。左に宝箱がある。
さっそく宝箱を開けてみると、中にはやたらと装飾過多な篭手。
あぁ、これで揃っちゃったよ。儀礼用にしか思えない鎧一揃え。
インベントリで確認してみる。あ、セットボーナスなんてあるんだ。効果は何ぞや。
◆セットボーナス:装飾の鎧[兜・鎧・篭手・足甲・大盾・槍]
防具四種装備で発動。敵性体に狙われやすくなる。装飾の大盾装備時防御力増大。
完全にタンク用装備だ。見たところ、大盾と槍は必須じゃないみたいだね。大盾はあったほうがいいみたいだけれど。槍はおまけみたいなものかな。でもダンジョンでは扱いにくそうな気がする。長すぎて。
大物が通れる通路はあるから、そう云うところを選んで進むなら、この槍でも使えるかな。
ん? 突くだけなら問題ない? うん、そうなんだけれど、曲がり角とかで引っ掛かるからさ、長くて。
これはセットで売り払おう。個人的に趣味じゃないデザインだし。うん、本当に派手なんだよ。なんで薔薇のレリーフだの、小鳥が飛んでたりだのが、全身に施されてるんですかね。鎧だよ、鎧。もっと無骨にいこうよ。
それはさておいて、ここで一休みだ。
三十五層以降が酷かったからね。中ボス部屋の扉を開けたら、まずなにかしらの攻撃がいきなり飛んでくるのは止めて欲しかった。
三十六層がジャイアントバイソン。角がもの凄く大きいバイソン。もちろんその体も大きかったけれど。部屋に入った途端に突撃されたよ。攻撃をする間もなく逃げ回ってたよ。ビーがタゲを取ってくれなかったら、厳しかったと思う。まぁ、その時は【幽体化】で絶対無敵になって、タゲ逸らしのために召喚魔法を使っただろうけど。
あ、ジャイアントバイソンは麻痺が効いたから、嵌め殺したよ。
三十七層は雑魚はいなかった。その代わりなのか中ボスは複数。コカトリスが七羽と、見上げるくらい大きな、丸々と太った雌鶏。見た目がコミカルでさすがに私も唖然としたよ。なにあれ?
直後に【叫び声】。私は抵抗できたけど、ビーがひっくり返った。
あのでかい雌鶏はデバッファーかな?
確かコカトリスも石化能力持ちだよね。こっちの世界のバジリスクと同様だとしたら、超強力な麻痺毒ってことになるのかな?
で、向かってくるコカトリスの数に怖気づいてかなり身も蓋もない事をやっちゃったんだよ。さすがにまともに相手にできないと思って。いきなり【狂暴化】を数発打ち込んで、同士討ちをさせた。我ながら酷いね。ゲームの時は常套手段だったんだけれど。
仲間同士で殴り合っているところを、弓で射貫いてコカトリス終了。でかい雌鶏は、コカトリスの毒で死んでた。
……なんだったんだ?
三十八層。ヒュドラ。……ヒュドラだよね? 足はなかったけれど。あれ? 足がないのが正しいんだっけ? 九首で毒を吐きっぱなしというね。部屋に入った途端に毒の影響を受けたよ。慌てて毒無効装備にして、【解毒】の魔法を使ったよ。
ビーは毒蛇階層の時に毒無効のペンダントを着けて、そのままだったから問題なかったよ。
で、ヒュドラだけど、いかに図体がでかかろうとも蛇は蛇だからね。冷気の攻撃が良く効いたよ。魔氷の弓の打撃がよく通ったね。付術しておいた【冷気】と【混沌】が良い仕事をしたよ。あ、【混沌】は追加打撃として【炎】【冷気】【雷撃】のいずれかをランダムで発生させる付術だよ。
毒を無効にできたおかげで、討伐はそんなに難しくはなかったよ。首の射程外から矢を射れたからね。
で、三十九層がケルベロスと。
次が最後の階層なんだけれど、なんの階層だろう?
当初はドラゴンかと思っていたんだけれど、三十五層ででちゃったしなぁ。
バリボリと塩を振った玉菜を齧る。となりではビーが白菜を齧っている。ビーは人参よりも白菜がお気に入りのようだ。さすがに私は白菜を生で食べたいとは思わないけれど。
次が最終階層だろうからね。ここで少し寝て行こう。
ボス部屋側からの侵入はないだろうけど、念のために扉の所に魔法罠を設置しておく。
発動の際には結構な騒音がでるから、警報代わりにもなるだろう。
それと下り階段の所にも魔法罠を設置と。
それじゃ、宝箱に寄っかかってひと眠りしよう。
……って、ビー、なぜ私の胸の上に乗ってくるのさ。膝にしなさい。
いや、だからなんで胸に――あぁ、もう、それでいいよ。
おやすみなさい。
◆ ◇ ◆
どのくらい寝ただろ? 俯くように傾いていた頭を起こし、やっぱり胸の上に乗っかったままのビーを降ろす。
同じ格好のまま寝ていた為に、すっかり凝り固まった肩と首筋を揉みほぐしながら立ち上がると、ぐっと伸びをした。
なんだか体のそこかしこからベキボキと骨の鳴る音が聞こえてくる。
さーて、休憩もばっちり。水分補給をしたら最下層へ突入だ。
ビーもしっかりと目を覚ましたのか、ぐーっと伸びをしている。
ビーに水をやり、自分も水を口に含んで、ゆっくりと飲み干す。水は魔法でだせるものの、マグカップに直接注いだりするのは難しいんだよね。
これは練習するべきか、それとも水筒でも作るべきなのか、ちょっと迷うな。
それじゃあ、先へといくとしよう。
さぁ、最終階層だ!
誤字報告ありがとうございます。