171 思いっきり失望だよ!
うん。上層階層はやっぱり初心者向けってことなんだろうな。
お散歩気分とは云えないだろうけれど、ふつうにしっかりと装備と対策さえしていれば、上層ボスにまで辿り着くのは簡単だと思う。
ここに来るまでに厄介な魔物といったら、蛇くらい? 正確には蛇毒。いや、私はほぼ素通りしてきたけれどさ。多分、普通の探索者には毒は厳しいと思うのよ。私が作ってる解毒薬みたいなものって、普通はあり得ないしね。飲んで即、毒を打ち消す薬って、常識的にはおかしいもの。
さて、ただいま私は始末した怪獣猪を調理中です。といっても、塩と胡椒を振って、七輪で網焼きしているだけだけど。
内臓はビーがモリモリ食べている。なんだか焼いてくれというから、焼いてあげたところ、生肉は食べなくなったよ。
そういえば、ダンジョンは魔物を魔素から生み出しているわけだけれど、ボスもリポップするわけだよね。どのくらいのスパンでリポップするんだろ?
いまはボス部屋で休憩しているけれど、あんまり長居しない方がいいかな?
訊いてくればよかったな。そうすれば少しくらいは寝たのに。
ひとまず上層はクリアしたわけだけれど、【アリリオ】でいうところの骸炭みたいな資源は見当たらなかったな。試作として造られたダンジョンだからなのかな?
まぁ、肉だけでも十分な資源だろうけれど、蛇や蛙は一般的じゃないなぁ。
猪は問題ないだろうけれど。そういや、こっちの人って、犬猫は食肉としてはどう見ているんだろう?
まぁ、肉屋さんで見たことがないから、好んでは食べないと見よう。
食料資源として猪を狩りにくるとすると、ちょっと遠いかな? 最短で進んだとしても、入り口から十層までどのくらいかかるだろう? 往復で五日くらいかなぁ。そうなると、あんまり現実的じゃないな。森で猪を狩った方が効率がいい? いや、森で猪を探す方が面倒かな。
まぁ、それはここを管理化した場合の、テスカセベルムの考えることか。
とりあえず、私は踏破することだけを考えよう。
食事を終え、一休みした後、探索を再開。
ボス部屋奥の大扉を開くと、そこは奥行きのひろい、幅十メートルくらいの部屋。正面と右に扉。左にはやたらと豪華なチェストがある。
チェストを開く際には、ちょっと離れたところから【開錠】の魔法を撃ち込んで開けているよ。
鍵が外れたのを確認して、脇からチェストを開ける。うん、罠もないね。
いまのところ、罠の掛かっているチェストはなかったから、もしかすると罠の類はないのかもしれない。
中に入っていたのは豪華な盾。とメダル。色味からして銀製かな?
インベントリに放り込んで鑑定。人間は鑑定できないけれど、放り込んだ物品は鑑定できるからね。あの変なフレーバーテキストはでてこないけれど。
【聖盾オッフェルトリウム】 防御力、五十。重量、四キロ。
うわぁ……聖武具だぁ……。なんというか、舌を噛みそうな名前だね、これ。
防御力五十か。だいたい黒檀鋼の盾と一緒くらいだね。防御力としてはかなり破格の性能だろう。ただ、この数値は私が使った場合だから、他の人だとどうなるかわからないけど。ほら、私、防御技量が百を突破してるからね。重量は凄く軽いね。この盾の素材はなんぞや? 魔銀かな?
まぁ、拾っちゃったものはしかたない。これはテスカセベルムの王宮……というか、王城か。に、置いて来よう。
それじゃ扉を開けよう。
まず右から。金属製の扉だ。
扉を引いて開けると、上と下に続く階段があるね。ショートカット?
半身だけだして辺りを見回す。上と下に続く階段だけだ他になし。扉には円形の窪みがある。宝箱に入っていたメダルと同じサイズだね。多分、あのメダルが鍵なんだろう。
なるほど、ショートカットの階段は、きっと最下層にまで繋がっているのだろう。でも誰でも出入りは出来ないように、ボスを倒した者の証とでもいえるメダルを持った者のみ使用可能、ということに違いない。
ちなみに、メダルには猪のレリーフが彫られている。
よし、ショートカットには用はないから、こっちは閉じてと。
では中層へと突撃しましょう。
◆ ◇ ◆
中層も問題なく通過しました。下層もさほど問題なく突破したよ。ただ、確かに強くはなっているね。【氷杭】のヘッドショットに耐える個体が出て来たし。
この感じだと、最下層からが本番という感じが気がするよ。
で、中層と下層はどうだったかというと、こんな感じ。
十一層:鹿 十二層:山羊 十三層:猛牛 十四層:羊
十五層:アルマジロ。中ボスはパンパテリウム。転がって攻撃とか、絶対本来の生態じゃないよね!? どこの狩りゲーのモンスターなのよ!?
十六層:狼 十七層:緑スライム 十八層:魔猿 十九層:羆
二十層:蜥蜴。イグアナ? ボスは土竜。もぐらじゃないよ。
二十一層:魔闘鶏 二十二層:駝鳥 二十三層:ジャッカロープ 二十四層:リトルホーン
二十五層:ジャガー。猫パンチが怖い。予想外なんですけど!? 中ボスはヴァッソコ。スミロドンじゃないのコレ?
二十六層:フォベロミス 二十七層:火喰鳥 二十八層:赤スライム 二十九層:地獄犬
三十層:鰐。ボスはギュスターブ。有名な人食い鰐だね。大木さんの命名?
……えーと、どれが食べることができて、どれが食べちゃダメなんだろ? アルマジロは食用にされてるって話を聞いたことがあるようなないような。ジャッカロープがこの階層なのか。地上だと普通に狩ってたんだけれど、いや、ここでもそうだけど、こいつらって強いの? 基本不意打ちでまともに戦ってないからわからないや。リトルホーンは、以前平原でみたビッグホーンの小さい奴。小さいと云っても普通に大きいんだけれど。角の長いサイだよ。フォベロミスはでかい鼠? 鼬? 完全に質量兵器だこいつら。
火喰鳥って食べられるの? とてつもなく凶悪な鳥だけど。さすがに真っ向からは戦わず、暗殺に徹したよ。蹴られたら痛いじゃ済まない。
そして地獄犬は怖い。なにあれ、大きすぎでしょ。ポニーぐらいあったんだけれど。おまけに炎のブレスまで吹くとか。耐性を完全にしているから火傷はしないけど、呼吸ができなくなるから炎の攻撃は嫌いだ!
そんなこんなで最下層ですよ。
地味に辛くなってきた。探索者って凄いな。正直なところ、私はインベントリがあるから荷物関連に関してはチートもいいところ。それでこの有様だもの。本職のひとたちは凄いな。
かなり楽をしているのに結構辛いからね。それもここが初心者向けのダンジョンだというのにだ。
あぁ、いや。探索者の手が入っていないから、魔物の数が多いということもあるのか。でも魔物の分類といえども、動物扱いの魔物だしなぁ。
あ、魔闘鶏は帰りに連れて帰る予定だよ。【支配】を掛けて家畜化するつもり。安定して玉子が欲しいからね。
いや、それはいいんだよ。
三十一層。ここは馬だよ。馬と云うか、二本角の馬。えーと、バイコーンっていうんだっけ? ちゃんと馬してるね。たしかユニコーンって、本当は鹿の頭だってきいたような。でもって象の足……だったかな。普通にキメラだね。
それはさておき、このバイコーン、面倒臭い。眩惑魔法とかかけて来る。ビーを正気に戻すのが大変だよ。なぜか私には眩惑効果がでないけれど。なんでだ? いや、掛かったら困ったどころじゃないからいいんだけれど。
この馬、魔法も効きにくいから、この階層は弓で射殺していったよ。
三十二層。蛙。
考えてみると、階層ごとにいる魔物……いや、魔獣っていったほうがいいのかな? 見た目は普通に動物だけど。いや、そうじゃなく。各階層ごとにほぼ単一で魔獣が配置されているのはどうなんだろう? その魔獣の対処ができるようになったら次へ行け、みたいな、修行場なんじゃないかって気がしてきたよ。
そしていま私が倒したのは、色が黒く見える蛙。世界が青に! の状態だと、体色が分からないのが欠点だな。でも【夜目】を外すと真っ暗でさっぱりだしね。
……あ、この蛙、小豆色だ。とりあえずインベントリに入れた死体を確認したよ。
で、この蛙、毒を噴出するんだよ。背中全面から、かな? ちょっとしたシャワーっぽくなる。麻痺毒っぽいから、動きを鈍らせてから捕食するんだろうね。
大きさは二メートルくらい。格闘兎と一緒で、まだ名前というか、種別名? はついていないみたいだ。
こいつは魔法が効いたから、遠くから【氷杭】を連射して仕留めていったよ。
三十三層。牛。
うん。近接攻撃をするには厳しいと思える敵が続くな。今度は牛の魔獣。見た目はバイソンみたいなずんぐりした感じ。肩のあたりの発達具合が凄いね。威圧感がパないですよ。
で、牛らしく突撃してくるのですよ。闘牛みたいな対処をさせられる感じ。足元を凍り付かせたらすっ転んでくれたけれど。
この突進、近接も遠距離も殺すような攻撃だよねぇ。大質量の突撃とか洒落にならないよ。
タンク役が全力でも、止めるのは無理じゃないかな。私があの超重い重装鎧を着て止めようとしても、撥ね飛ばされると思う。この牛の正しい対処方法はどうするのがいいんだろ?
私がやったみたいに転ばせるか、錬金薬の麻痺毒を使うくらいしか思い浮かばないよ。
三十四層。犬。
オルトロス。双頭の犬。ケルベロスのお兄さん、だっけ? こいつらも普通に炎のブレスを吐いてくるよ。あぁ、面倒臭い。あと少しで攻撃魔法も百に到達できるのに。ここも弓で対処しないと。
三十五層。蜥蜴。
さぁ、中ボス戦ですよ。やっとだよ。コモドドラゴンを何頭倒しただろ? 確かコモドドラゴンって毒持ちだよね? 食べられるのかな? 一応、インベントリに放り込んであるけど。
それじゃ、中に入るよ。
扉を開ける。そして目に入ったもの。それは――
「え? 竜?」
あまりのことに目を見開いていると、竜の口がパカっと開いた。
ちょまっ!?
慌てて右に跳ぶ。直前までいた私のところが爆ぜた。その衝撃で飛び退いた私は飛ばされ、ゴロゴロと転がる。
あ痛たた……。なに今の? 燃えてないから火を吹いたわけじゃないよね? 衝撃波? またヘンテコなブレスを――って!?
再度ブレス!? 早くない!? 早くないかな!? 連射できるとかずるい!
立ち上がって走る。今いた場所がまたしても爆ぜる。その衝撃によろけるものの、なんとか転ばずに体勢を立て直した。
待って待って待って、竜なんてラスボスでしょ!? なんで中ボスでいるの!?
とにかく逃げるしかない。まだ走るの苦手なのに!
後ろで炸裂音が響く度に来る衝撃波で転倒しそうになりつつも、どうにか壁際に沿って走って逃げる。
中ボス部屋だというのに、この部屋はこれまでのボス部屋以上に広い。体感だと幅は体育館の二倍以上? もしかしたら野球場とか競技場くらいあるんじゃないかな!? 広いな!!
逃げていると、急にブレスの精度が悪くなった。竜をみると、その背にビーが取りついて、雷撃をバシバシと背中に叩きつけている。
竜の外見は、鰐みたいな頭をした、西洋的な竜。ただ、首は短い。頭もゲームで見知った竜よりも大きく見える。体は六本足で寸胴。一応、翼も生えている。飛べるの?
私は弓を構えた。体長が十メートル以上もある竜だと、【氷杭】が効果のあるところにまで食い込みそうにないからね。
矢を番える前に、スケルトン魔術師を召喚。魔法で牽制をしてもらう。もちろん、ブレスには注意するように指示する。
スケ魔姐さんがんばって!
そして私も射撃開始。
思いっきり存在がバレているから、不意打ちはできない。そのため打撃力がガタ落ちしているけれど、それでも威力はまだ馬鹿げたレベルだ。
ゲームじゃないから、末端に射ち込んだところで致命傷には至らないだろうから、狙いやすい首や胴へ矢を射ちこんでいく。
あ、そうだ、麻痺毒効くかな?
レッグホルダーから薬壜を抜き、弓にセットする。矢を引き絞り、左手人差し指で壜をちょんと。
薬液が鏃に掛かったのを確認し、私は矢を放った。
普通、竜には毒なんて効かないんだけれど――
矢が腹に刺さる。途端、竜の全身を包むように光が躍るや、竜はまるで彫像のように固まった。固まり、右前足を振り上げた格好のまま、ごろんと横倒しに転がった。
って、麻痺毒効くのかよ!? 嘘でしょ!? 竜でしょ? なんで効くのよ!?
ただの蜥蜴かっ!!
はい。これでハメ殺し確定です。中ボス戦終了ー。え? さっきまで死に物狂いだったのはなんだったの?
いろいろと納得がいかないけれど、右手で【氷杭】を連射する。毒が切れるころ合いで、また麻痺させればいいだけだ。麻痺毒は沢山持ってきているからね。レッグホルダーに突っ込んであるのは三本だけだけど。
かくして、六分後、竜の討伐を完了。無駄に生命力が高いな。一応竜の端くれってことなのかな? いや、でも麻痺が効くとかさぁ。えぇ……。
思いっきり失望だよ! いや、私としては楽だったんだけれど、こう、なんとういうか、こう……。
うがぁっ!
くっそ、くっそ。こんな有様の竜だから中ボスだったのか。
かくして、私はなんとも表現しがたい悔しさに、ギシギシと歯軋りしたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。