170 動物系のダンジョン
やって来ましたよ、ダンジョン【バンビーナ】。正確には、大木さんに送ってもらったのですが。瞬間移動ですよ、瞬間移動。
予定より大幅に時間短縮……でもないか。森を進むのに三日かかったから。【風駆け】(バグ版)で突っ走り続ければ、三日も掛からずにサンレアンから到着しただろうし。もちろん、不眠不休で移動した場合の話だけれど。
それはさておいて、お土産も貰いましたよ。貰ったというか、許可を戴いて貰ってきたんだけれど。
大木さんのウロコ。定期的に生え変わるため、古くなったウロコは剥がれ落ちるみたいなんだけれど、そのウロコが保管されてたんだよね。下手に捨てると面倒なことになるから、ある程度まとまってから処分していたらしいんだけれど。それを貰って来ましたよ。保管してあったものを全部。
『それ、なにかに使うんだよね?』
『盾とかに使えないかなと思ってるんですけど。昔見た映画だと、ドラゴンブレス対策に竜鱗の盾を使ってましたし』
『炎は散らせても熱はどうにもならないんだけどなぁ。というか、なんだろう。全裸にされて、弄ばれてるみたいな気分になるんだけれど』
『ちょっ!?』
なんてやり取りをしてきたよ。
あ、このウロコなんだけれど、強力な虫よけ効果があるのだそうな。昆虫系の魔物対策にはもってこいとのこと。
なので、お守り代わりにポケットに一枚入れていますよ。ウロコとしては一枚でも結構大きい。だいたい十センチくらいかな?
さて、今私が立っているのは、【バンビーナ】のある山の中腹あたり。半ば岩山で、木なんてほとんども生えていませんよ。百メートルぐらい先に微妙に人工的な細工のされた大穴が見えます。あれがダンジョンの入り口ですよ。
山の反対側にも、同じような穴が口を開いている筈だ。まぁ、そっちはいかないけれど。多分、中で繋がっているだろうし。最下層まで行けば、確実につながっているからね。何なら、最下層についたら、向こうの入り口から出るルートを取ればいいんだしね。
西側に広がる平野を見下ろしても、近場には町も村もありません。まぁ、【バンビーナ】が放置されている以上、近場の人里は溢れた魔物の被害に遭うからね。離れた場所に集落を作るのも道理かな。とはいえ、魔物対策用の砦なりなんなりあっても良さそうなものなのにね。
それが全くないということは、これまでの王様がまったくの無能だった、ということか?
それなら、あのサヴィーノ王太子には期待するんだけれど。
……いや、一介の一市民がなにを偉そうなことを思っているんだ。それに私はテスカセベルムの人間じゃないしね。
それじゃ、ダンジョンへと入ろうか。
足元にちょこんといる、ヴォルパーティンガーのビーに視線を向けた。器用に腕組みをして立っているのは、やる気の表れだろうか。
命名、ビーチズ・ブルー。通称ビーだ。私の名前と同様に、花から名前をとったよ。ルリタマアザミの品種のひとつだ。色がほぼ一緒だからこの花の名前を選んだよ。
奥義書でビーチズ・ブルーのページを見せて確認したところ、多分、喜んでもらえたのだと思う。とりあえず、嫌がられてはいないから問題ないだろう。私の名前の由来である菊の花を見せたら、やたらとはしゃいでいたのが謎だけど。
ちなみに、ビーは女の子だ。
……あぁ、そうだ。ビーがいるんだから、いつもみたいな調子じゃなくて、徹頭徹尾真面目にやろう。舐めプ癖があるからね、私。
今回は見敵必殺で行きましょう。あ、でも、ボスとかは遠目に観察できるならしよう。さすがに無謀に突撃はマズい気がするからね。
それでは装備確認。
ふふふ。鍛冶の技量が百を突破しましたからね。魔氷装備を解禁ですよ。頭のおかしいレベルの装備が出来上がりましたからね。装備だけは完璧です。
矢も矢職人さんの所で山ほど買ってきましたよ。五百本ほど。鉄の矢だけれど。
そういえば、インベントリの鉱石関連の所の中身が、異常なことになっていたのは見ないことにしているよ。アレカンドラ様からのお手紙には、星一個分の鉱物を入れておいたとかなんとかあったけれど、きっと気のせいだ。
装備はこんな感じだ。
■防具
頭 竜司祭の氷仮面
体 魔女の上衣
腕 魔女の手袋
足 魔女のブーツ
腰 魔女のハーフパンツ
腿 魔女のレッグホルダー
膝 魔女の膝当て
首 銀のペンダント
指 翠玉の指輪
指 紅玉の指輪
■武器
主武器 魔氷の弓
副武器 魔氷の短剣
ふふふ。すべて自作品ですよ。魔女シリーズはMOD装備をほぼ再現したものだ。うん、ほぼ、ね。そのまんまだと露出がすごいことになるからね。……私が着ると痴女になってしまうのよ。なので無難なデザインにちょこっと変更してある。
魔女~なんて名称だけれど、ぜんぜん魔女らしくない装備だ。見た目的には、昔の映画の、トレジャーハンターな考古学者みたいな格好に近いかな。あれを革製にした女性版みたいなものだ。鞭は装備していないけど。
これの他に、黒タイツを穿いているよ。さすがに足を剥き出しにしておくのはあぶないからね。
それとレッグホルダーには麻痺毒を突っ込んである。これを使う必要のあるくらいの大物はそうそういないだろうけど。
魔氷武器は冷気系の付術の威力を二割五分増しするイカレ性能。しかも、防具のほうで攻撃魔法の魔力消費をゼロにしているので、武器の魔力も消費ゼロになっていますよ。なので武器は使いたい放題です。
ちなみに、ゲームだとこの弓で竜を一撃で仕留められます。ハードモードまでなら。不意打ちした場合だけだけれどね。不意打ちをしくじっても、三発も射れば墜ちるけど。
よし、装備の最終確認も完了。突撃しますよ。
しゃがみ、隠形モードでこそこそと階段をくだる。中は真っ暗だけれど、指輪に付術されている【夜目】のおかげで視界は良好。世界が青に! の状態だけれど、周囲を明るくして目立つよりはるかにましだ。
ビーは夜目が利くらしく、真っ暗でも問題なさそうだ。私の後ろをちょこちょこと付いてくる。
階段を降り切ったところで、私は顔を引き攣らせた。指輪には【生命探知】も付術されているんだけれど、目の前の通路が真っ赤だ。
って、入りっぱなからこの有様か。まぁ、誰も入ったことのないダンジョンだから、さもありなん、ってことなんだろうけど。
私の目に見えるもの。通路にびっしりと張り付いたスライムの群れ。それこそ床、壁、天井にびっしりと。
さすがにこの量はキモイぞ。
でも丁度いいや。修行も兼ねてのダンジョンアタックだからね。
両手首を合わせて、腰だめに構える。
使う魔法は【氷嵐】。前方にコーン状に冷気を撃ち出す魔法だ。冷気なんていうと大したことのない様に思えるかも知れないけれど、多段ヒットするため、まともにくらうとあっという間に死に至る魔法だ。
あ、前にヘラジカを狩るために使ったね。ヘラジカをカチンコチンに凍らせたアレだよ。さぁ、氷仮面のおかげ五割増し威力の氷魔法を喰らうがいい。
それじゃ、せーの!
「あいすすと~む!」
【氷嵐】を二連発動で発射!
真っ白い冷気が通路一杯に広がって、射程限界まで突き進んでいく。たちまち、視界の赤い色が消えていく。
おー、凍っただけじゃ死なないかと思ったけれど、しっかり死んだね。
よしよし。それじゃ【清浄】をかけてスライムの死骸を一ヵ所にまとめてと。素材回収。スライムの体液は骨鎧に使うからね。いくらあっても邪魔にはならないよ。
とりあえずは、基本的な迷路の攻略法をつかって進んでいこう。右、もしくは左の壁に沿って進んでいくというもの。途中の部屋……玄室っていったほうがいいかな? には積極的に入って行こうと思う。
【生命探知】のおかげで待ち伏せだのなんだのは分かるからね。現状、五十メートル範囲の敵を認識できているんだけれど、スライムしかいないみたいだね。
それじゃ、本格的に探索スタート。
◆ ◇ ◆
とりあえず、一層は歩きつくしたよ。UIの下部分。以前、なにも表示されなかった部分はやっぱりマップだったよ。
オートマッピングだったから、しっかりとマップ埋めをしたよ。ダンジョン探索の基本だよね。
石造りの通路。玄室。それらが配置されているだけのフロア。建物、としてはあり得ない造りというだけで、さほどもの珍しさは感じない。最初のダンジョンってことだし。まさにアイテム蒐集系RPGのダンジョンって感じだ。
いた敵はスライムばっかり。たまに敵性ではないスライムがいたから、それらは見逃したよ。多分、ダンジョンの掃除をする奴だろうし。
宝箱的なものはなかったよ。得られたものはスライム素材だけでした。
一階探索だけでかなり時間がかかったけれど、問題なく終わってよかったよ。
そして疑問がひとつ。扉ってどうなっているんだろう? いや、このダンジョンは動物ばっかりって聞いているんだけれど、動物とかだと開けられないよね。玄室内の動物とかはポップしたらそのままなのかな? でも解放されてる扉とかもあったんだよね?
まぁ、考えても仕方ないか。とりあえずこの疑問は棚上げしておこう。このまま潜って行けば、なにかしら推測できるかもしれないしね。考察は後回しだ。
では、二層へいこう。これ、年内に探索終わるかな。
二層目は鼠がいっぱい。
三層目は兎がいっぱい。
四層目は犬がいっぱい。
五層目は猫がいっぱい。
うーむ。話には聞いていたけれど、本当に動物ばっかりだ。鼠は犬ぐらいの大きさ。兎はアルミラージ。犬はヘルハウンドっぽいの。大きさは大型犬程度だから、たぶんヘルハウンドじゃないと思うけれど。猫は山猫……かなぁ。爪が怖かったよ。
冷気魔法はやっぱり便利だ。動きを鈍らせることができるのが大きい。私が動きを鈍らせたところを、ビーが雷撃を撃ち込んで仕留めていくのが定番の戦闘スタイルになりつつある。
一度、燃やしてみたら、火だるまになって突撃してきたからね。さすがにあれは焦った。炎は無効化しているから、思いっきり殴って仕留めたけれど。あれがあってから、炎系の魔法を使うのはやめたよ。危ない。
動きを鈍らせる冷気魔法最高!
いつのまにやら、攻撃魔法の技量が五十を突破してた。技量上げは順調ですよ。
お肉が獲れるとのことだったけれど、いまのところアルミラージくらいだよねぇ。犬猫は食べる気がしないし、鼠はいわずもがなだし。
そして六層目は蛇か。蛇は食べられるけれど、いまひとつ食べごたえがないんだよねぇ、このサイズだと。
凍死させた蛇をながめる。一応毒蛇みたいだけれど、いいとこ一メートルくらいだしねぇ。ペンダントを毒無効のものに切り替えたし、危険性もないんだよね、もう。
ということで、蛇階層はほぼ素通り。ビーが嬉々として狩っていたけれど。
七層。蛙。【氷杭】を連射しながら通路を進むだけ。それだけで通路にいる蛙はバタバタ死んでいく。土色をした一メートルくらいの蛙。土色だけどガマガエルじゃないよ。どちらかというとウシガエルかなぁ。ツヤツヤしてたよ。攻撃方法は丸呑みってところなんだろうけれど、攻撃される前に魔法で殺しちゃってるから分からないや。
ん? なんで色がわかるのかって? いや、インベントリにいれて、頭の中で確認すれば色とかもわかるからね。肉と皮にバラしたから。
魔法は【氷嵐】の方が敵を始末するのには楽なんだけれど、カチンコチンに凍っちゃうから素材集めが面倒になるんだよね。だから使う魔法を【氷杭】に変更したよ。射撃回数が増えるけれど、解凍の手間を考えると、こっちの方がずっとマシだからね。
それにしても、数が多いだけで雑魚ばっかりだね。五層ごとに中ボス――いわゆるフロアガーダー的なのがいるって大木さんが云ってたけれど、五層にはいなかったよね?
……そういえば階段部屋の前にスミロドンみたいなのがいたね。あれがそうだったのかな? ゲームだとちょっと強い雑魚モブだったんだけれど。
酷い倒し方をしたよ。玄室だと隠形とかできないからね。なにせ、扉を開けるとあっというまに見つかるから。
まず真っ先に言音魔法の【氷の棺】で氷漬けにして、倒れたところを【氷杭】連打で仕留めたよ。まともになんて戦いませんよ。一方的に攻めて仕留めるのが正義です。
……いや、これまで半端に舐めプしてたのが何云ってんだといわれるかもしれないけれど。
さて、蛙階も終了。
次の階層はなんだろう?
八階層。亀。……堅いデカい邪魔。うん、それに尽きるよ。亀は食べたことないけれど、どうやって調理するんだろ? ウミガメのスープとかは聞いたことあるけど、調理法とか知らないしなぁ。
動きは鈍いから、【氷杭】の的でしかないし、倒すのは簡単なんだけれどね。
通路さえ塞いでいなければ無視するんだけれど、ほんと邪魔だな。
いま思ったけれど、こいつらって何食べてるんだろ? 私と一緒で、魔力さえあれば生きられるとかなのかな? なんとなく、捕食される側だろうなと思える動物も多いけれど。蛙とか兎はそうだろうし。
あぁ、でも、草とか生えてないし、生態系ができてるわけでもないのか。
どうなってんのかな?
九階層。熊。普通の熊。いや、一般人にとって普通の熊は死の覚悟をしなくてはならない生物ですよ。でも私は丸一日殴られるなんてアホなことをしましたからね。いまでもとっても馴染みのある毛玉です。死ね。
十階層。猪。ここが動物系のダンジョンだとは聞いていたけれど、この順番はなんなんだろうね? 熊よりも猪の方が強いのかぁ。上の熊の餌になっているようなイメージなんだけれど。
そうそう、ここに来るまでに、何個か宝箱は見つけたんだよ。蓋の部分が平らじゃなくて、丸くなってるいかにもなチェスト。丸ごとインベントリに入れたよ。
いや、罠が掛かってたりするのかわからないからさ。罠はなかったよ。どれも。
中身も普通の質のいい武具だったよ。剣が二振りにメイスと大盾。あと無駄に派手な兜。聖武具かと思ったけれど、普通の鉄兜だった。儀礼用とかに使う鎧用じゃないかなぁ。あれ。揃いじゃないと価値がないと思う。でもダンジョン産だと高く売れたりするのかな?
正直な話、装備は自分で作るから、これらはいらないのだ。
サンレアンの組合に下取りにだして大丈夫かな。そもそもダンジョン産であることは知れるのだろうか? 知れるとなると面倒臭いことになりそうなんだけれど。
……まぁ、いいや、なったらなったで。
ん? 他の戦利品? お肉と皮と魔石くらいだよ。魔石は極小サイズと小サイズがほとんどだよ。あと中サイズがひとつ。魔石の実入りは小さいね。
十階層も一部屋を除いて踏破しつくし、私は小部屋の中央に立っていた。ここに更に奥へとつづく扉がある。
さてと。ここがボス部屋だよねぇ。
ボス。大木さん曰く、ダンジョンは上層、中層、下層、最下層と大雑把に分かれている。そして各層の変わり目となる階段部屋に、いわゆるボスモンスターが配置されている。
このボスモンスター、基本的に下から登って来る魔物を殺すために存在しているらしい。ダンジョンにおける一種の安全装置なのだそうな。暴走を抑えるための。
このボスが倒れた場合、暴走が起きるらしいけれど、ボスが頑張った分だけ軽減されるのだとか。
二百年前の大暴走は、かなりのイレギュラーだったようだ。大木さんはまるで知らなかったらしいけれど。本当に隠遁生活をしてるんだね、大木さん。あの広場には魔物がよりつかないらしいし。
と、そんなことはさておいて、目の前の大きな扉だ。
一際豪華な作りの扉を見つめる。これまでは簡素な木製の扉だった。分厚い木の板を縦に並べた造りの木の扉。だが目の前の扉は今までの見てきたものよりも大きく、なによりレリーフまで彫られている。
おぉ、ちょっとドキドキしてきたよ。
「ビー、とにかく敵の攻撃を避けることを優先するんだよ」
足元の兎に私は云った。するとシュタッと、右手を挙げてビーは答えた。うん。大丈夫そうだ。そもそも瞬間移動みたいなことをする兎だから、攻撃を避けることはお手のものだろう。
扉に手を当て、ちょっと力を込めて押す。
すると扉はぎぃぃ、と、軋みを上げてゆっくりと開いていく。
そして部屋の中央に見える大きな獣のシルエット。その姿を確認し、思わず私は声を上げた。
「えぇ……」
私の口から出たのは失望の声。
ボス部屋にいた魔物。それは――
「怪獣猪じゃないのさ」
誤字報告ありがとうございます。