166 帰ってきましたよサンレアン
帰りの道中の話をしよう。
といっても、ずっと順調だったんだけれどね。バレリオ様が、今夜の食料は現地調達だ! とか、野営の度に云ってたくらいで。
折角だから私も弓を担いでいって、十メートルほどの斑蛇を一匹狩りましたよ。今回はきちんと弓で狩りましたよ。装備を変更してバフ増し増しにしたので、ヘッドショット一発で仕留めることができました。
弓の打撃力上昇の指輪、皮手袋、サークレットのセットで、使用した弓は動物特効のある【狩人弓】。特効があるだけの普通の長弓だから、威力は控えめだけどね。
でも、バフ+弓術技能の【強射】(ランク三:弓打撃力六割増)+隠形技術の【暗殺弓】(弓打撃力三倍)のおかげで、放つ矢の威力はおかしなことになってましたよ。
矢が貫通して頭に穴が開いたよ。矢が妙に遠くに飛んで行って、回収が面倒だったよ。こんなことなら【召喚弓】を使えばよかったよ。矢も魔力だから、時間経過で消えるしね。
でも、まさか貫通するなんて思わなかったな。コンパウンドボウとかだと、射った矢が普通に獲物を貫通するらしいけど。
そういやお試しで作った強化十字弓で、まだ獲物を撃ったことはないんだよね。サンレアンに戻ったら、一度あれを担いで狩りに行こう。私の技能の上乗せのせいで、威力が可笑しなことになるだろうから、試すのは大物がいいな。
怪獣猪あたりを狙うか。
そういや、怪獣猪はUMAになっていなかったよ。安心して狩れる。王都だと狩猟依頼も出てたし。でもあんなもの王都まで運べないよね。傷んじゃうよ。
さて、斑蛇。ズルズルと引き摺って野営場所まで持っていったら、女性陣に悲鳴を上げられた。
えー……。
十メートルサイズでもたかが蛇だよ。見た目はアナコンダみたいなもんだし。太さは私の太ももよりもぶっといけど、毒持ちでもないし。まぁ、前に仕留めた奴の倍くらいの長さだから、魔法を使わないと重くて運べなかったのも事実だけれど、悲鳴をあげなくてもいいんじゃないかな?
人間くらいなら簡単に丸呑みできそうだけれどさ。
その後、首を切り落として、みんなで皮を切り口から裏返して剥いで、必要量だけ肉を食事用に切除。残った肉は虫よけの為に目の細かい網状の袋に突っ込んで、荷馬車の屋根の上に放置したよ。日干しにするのだ。まぁ、いまは夜だけれど。
心配なのは、屋根が重さで壊れやしないかということだけだ。まぁ、大丈夫だろう。腸は抜いてあるし、水分は乾燥して抜けていくだろうしね。
あ、侯爵様がお金を払おうとしたけど、さすがにそれは固辞しましたよ。王都ではお世話になったし、帰りも便乗させてもらっていますからね。それにみんなで食べるために狩ってきたんだし、お代なんて要りませんよ。
皮の代金? いえ、不要ですよ。
その剥いだ蛇皮だけれど、さすがこの場で鞣す訳にもいきません。移動中ですしね。なので塩漬けにして樽に詰め込みましたよ。鞣すのはサンレアンに戻ってからです。
やたらとリリアナさんの手際がよかったけれど、皮鞣しもできるのかな?
尚、蛇肉は塩胡椒を振った後、芋粉をまぶして焼き揚げにしましたよ。
ちょっと臭みがあるなー、と思っていたんだけれど、揚げたら臭いがとんだね。ちょっと歯ごたえのある鶏肉、というような感じだったよ。
蛇は鶏肉みたいな味っていうけれど、事実だったね。美味しく頂きました。
野営をするときはだいたいこんな感じだったよ。まぁ、野営は道中で二日あっただけだけどね。基本、途中の町で宿にお世話になったよ。
その道中の町のひとつであるバッソルーナ。あのいけ好かない町にまたしてもやってきたわけだけれど、酷いことになってたね。
私は【流星雨】の効果終了と同時に引き上げたから、それがどれだけのことをやらかしたかは確認していなかったんだよ。
爆撃を受けた町みたいになってたよ。いや、まぁ、あれは爆撃みたいなものだったけれどさ、爆発はしなかったけれど。
あ、ちょっと気になることがあったので、侯爵様がこの事態について確認を取っている間に、私もちょっと確認してきたよ。
軍犬隊の人なら私のことを知っているだろうと踏んで、なんとか接触。男爵の使用人が見えるところまで案内してもらったよ。
うん。人間を辞めているかどうかの確認。やっぱり全員人間を辞めていたね。まだ生きてはいるけれど、死ぬと屍鬼として復活するんだろう。死んだ自覚もなく即座に。
ん? 確認方法? 【聖なる矢】を撃ち込んだんだよ。対不死の怪物魔法。ただ、この魔法は退散させるのが目的の魔法なので、ダメージはほぼまったくないといっていい代物。時間稼ぎ用だね。
利点は、魔力のコスパがすごく良いこと。
当てたメイドさんは、パニックになって逃げだそうとしていたよ。拘束されているから、バタバタするしかなかったけれどね。
ということで、軍犬隊の人に警告しておいた。引っ掛かれたりしたら、薬を飲むように云って。
あ、解毒薬じゃなくて、万病薬のほうですよ。
町の連中はというと、新たに生活基盤を築くべく、瓦礫の山から使えそうなものを集めて家を作り始めていたよ。
で、石を投げられた。
もちろん避けたよ。
まぁ、そんなものだろう。神罰を受けたところで、人が変わるわけでもない。それどころか、私に対する感情は更に悪くなったんじゃないかな? ディルルルナ様の姿の時にそういうことがなかったのは、神罰が恐ろしかったというだけだろうからね。私みたいな小娘なら、いくらでも殺せる。そういう打算だ。
でも軍犬隊の人の前でそんなことをしたものだから、私に石を投げた奴は容赦なく殴り倒されていたけれど。
「やっぱりこの町の人間はクズの集まりですね。さすが神々よりも上位の存在と思い込んでいる愚か者の集まりです。まったくもって、呆れ果てるとしか云いようがありません。
こんな愚か者共の管理、本当にご苦労様です。心中お察しします」
と、私を案内してくれた軍犬隊の副隊長さんに云ってきたよ。バッソルーナの住人によーく聞こえるように。大きな声で。
ハハハ。ワタシは性格悪いゾー。
本当は差し入れでもしたかったんだけれど、さすがに人数が多いからね。まさか一部の人たちだけに渡すわけにもいかないから、それは諦めたよ。ここに派遣されている部隊の人たち、総勢百人以上いそうだし。
羊焼きひとりひとつでも百個以上必要なわけで、そんな量をどこに持ってたってことになるしね。
……いや、細かいところで見れば、荷物関連に関してはやらかしまくっているんだけれどさ。
まぁ、羊焼きをひとりひとつは無理なので、代わりに、なにかあった時の為に役立ててくださいと、薬を置いてきたよ。
解毒薬と万病薬、それと回復薬(下級)を各三本。軍団、軍犬隊、赤羊騎士団とでわけると各一本になっちゃうけど、現在の市場価値に換算するとえらい金額になるわけだし、少なくてもいいよね? いくら壜のサイズ的に小さくても、九本くらいが鞄にはいっている量の限界だと思うのよ。薬だけでいっぱいにしているわけじゃないし。副隊長さん、狼狽えていたけれど押し付けてきたよ。
こんな感じで、やっぱり不愉快なバッソルーナを通過したよ。
二度と来るか、こんな場所!
その晩には、腹癒せに草猪を狩ったよ。こいつらも結構な数が平原にいるんだよね。絶対数でみると他の動物より少ないんだろうけど。高級品ともあって喜んでもらえたけれど、ダリオ様が黄昏てた。
リスリお嬢様に聞いたところ、以前もこんな感じでバレリオ様と一緒に行動して、延々と草猪を追いかけ回した挙句取り逃がしたことがあったのだとか。
……あぁ、うん。私が簡単に狩ってるからね。気配も足音も消せるし、なにより【霊気視】は目に入る範囲で生物を索敵できるから。そもそも、こいつら一目散に逃げるから、飛び道具がないと狩猟するの無理だよ。
そうそう、【霊気視】だけれど、一応、ある程度はコントロールはできるのがわかったよ。ちっちゃい虫なんかは除外できるよ。
そんな調子で一週間。帰ってきましたよサンレアン。
久しぶりですよ、サンレアン。
もうすっかり日も暮れて夜だけれど。
急げば閉門の九時に間に合うと、強行したんだよね。そんなわけで、只今の時間は夜の八時を回ったあたりですよ。
とっととお家に帰って、ご飯を食べて、今夜は女神様と一緒に寝るのです!
馬車は門のところで一度止められたものの、審査はなくほぼ素通り。
実にすんなりと西門を通過できたよ。私に対して敵意が飛んで来なかったよ。うん、各門で担当する兵士が違うんだね。持ち回りみたいな感じで今日は西、明日は南、みたいに配置されているわけじゃないみたいだ。
これはちょっと認識を改めよう。私の敵は北門の連中だけだ。東門は……まぁ、いいや、許容範囲としよう。南門は通ったことがないからわからないや。そして西門。びっくりだよ。私に悪感情がぜんぜんないよ。そういや、街をでるときもそうだったっけ。てっきり「出て行って清々すらぁ!」ってことかと思ってたんだけど、思い込みだったみたいだね。本当、認識を改めないとダメだね。うん。
だが北門警備兵、おめーらは駄目だ。
北門の警備兵なんて全員不幸になればいいのに――
「ちょっ!? お姉様!? なにか不穏な言葉が聞こえましたよ!?」
「まぁ。なにかトラブルでもあった?」
リスリお嬢様が驚いたように声を上げ、エメリナ様が首を傾いだ。
「いえ、原因不明で私が嫌われているだけです。嫌悪には嫌悪を、悪意には悪意を、理不尽には理不尽を返すのが私です」
ふん。私の辞書に寛容という言葉は載っているけれど、その意味は投げ捨てているからね。
そう、私の心は狭いのだ。某漫画キャラがいうところの、瀬戸内海ぐらいに。
……いや、十分に広いな。そこまで広くないぞ、きっと。せいぜい八畳間がいいところだ、私の心の広さは。
本当はこのあたりを上手く利用するべきなんだろうけどね。生憎、そんなやりかたは知りませんよ。深山の人間は苛烈なのです。
まぁ、だからこそ人脈作りに余念がないんだろうけれど。友好的、非友好的含めて。
「……そういえば、以前も北門の兵士たちの事を酷評していましたね。彼らは民を護るものではないと」
あれ? そんなこと云ったっけ? いや、云ったんだろうな。私の云いそうなことだし。
「……ちょっと意識調査をしたほうがいいかしら?」
「はい。お姉様は加護持ちですもの。きっと問題を察知しているのです」
「いや、大袈裟ですよ。単に原因不明の理由で、私が嫌われているだけです」
「「それが問題なのです!!」」
おぉう。凄い剣幕でおふたりに云われたよ。
まぁ、確かにそうか。公的機関が私情で嫌がらせしているようなものだもの。
かくして、侯爵邸に到着。
お世話になりましたと、歩いて帰ろうとしたところ――
「なにをしているのだキッカ殿。送らせるから待っていなさい」
そんなわけで、ラミロさんに馬車で送られて帰宅。
やー、二ヵ月ぶりの自宅ですよ。いや、何度か戻ってはいるけれど。
ボーは……寝てるみたいだね。起こすのも可哀想だし、挨拶は明日にしよう。
それじゃ、インベントリから鍵を出して……と。
「ただいまー」
こうして、私の王都出張は終わったのです。
誤字報告ありがとうございます。