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165 キッカのいない街:王都ルルヴァル


 最後の書類に花押を押し、アキレスは大きく息を吐いた。


 問題や不備のある書類は珍しくひとつもなかった。


 これで今回の事件は終わりだ。


 直轄部隊を解体するか、このまま維持するのかはまだ決定していないが、各組織の改編時期までは現状維持でいいだろう。


 吸血鬼の噂から始まり、その不穏な噂に関しあまりに仕事をしない治安維持隊に業を煮やして部隊を設立して半年。

 事件の規模と期間を考えれば、かなりのスピード解決であったといえる。


 だがこうも思う。


 そもそも異常な変死体が出ている時点で、単なる噂と笑い飛ばす方がおかしいのだ。これらは治安維持隊が捜査し、解決せねばならない事件だ。


 それを単なる噂と決めつけ、余計な仕事をしたくないと目と耳を塞ぐとは言語道断なことである。


 治安維持隊バスケス子爵は治安維持隊兵士による連続婦女暴行殺人事件後、綱紀粛正に努めているが、はたしてどこまで使える様になるのか。


 軍団は基本、志願して来たものをほぼ採用している状態だ。一応、基本的な採用試験はあるが、身体能力面が主であり、その人となりに関してはロクな審査が行われていない。


 採用基準を改めなくてはならないな。とはいえ、私が勝手に決める訳にもいかないか。


 アキレスは椅子に座ったまま、凝り固まった体をほぐすように背筋を伸ばす。背中からペキポキと骨の鳴る音が聞こえる。


 ふぅ、と大きく息を吐きくと、書類をまとめ置く。まとめた処理済みの書類の上に文鎮を置く。


 きちんと整理された机上に満足し、アキレスは執務室を後にした。




 ディルガエア国王アダルベルトは、進言にきた息子に疲れ切った目を向けた。


 執務室に入って来るなり、軍団の組織編成から採用基準に至るまで、それこそ細かくいくつもの草案を出してきたのだ。

 軍団指揮権はアキレスも持っているが、組織編成の権限となると国王であるアダルベルトとなる。


 普段の軍団指揮は各団を束ねる将軍が行っている。国王は総司令官の立場だ。当然、軍団編成の権限もある。とはいえ、さすがに個人一人で行うとなると、いろいろと問題も出て来るものだ。


 将軍たち他の間に、無駄な軋轢を生む必要はないのだ。


「お前はまた厄介な案を持ち込んできたな」

「犯罪者まがいの者をしっかりと弾けるようにせねば、またしても今回のような問題が起きかねません。今回の事件が発覚したのは、キッカ殿が被害にあったからです。もしキッカ殿でなければ、今頃その被害者も何処かで獣の餌になっていたでしょうね」


 それを云われると、アダルベルトは組織見直しをすることを了承せざるを得ない。何しろ、囚われた際、キッカ殿がしっかりと身を護ることができたからこそ、助けが間に合ったのだ。また、キッカ殿でなければ、神々が教会を脅しつけるようにして動かすことなどなかっただろう。


「訓練を厳しくするだけでも、鍛錬のなっていない役立たずを取り除くことはできますよ。兵士としての最低限の能力を維持していない者など、無駄飯食いでしかありません」

「確かに、篩は必要か。いっそのこと、訓練メニューを騎士団のものと一緒にするか」

「サロモン様が組んだ地獄メニューですか?」

「いや、赤羊騎士団の標準メニューだ。サロモン殿の訓練メニューなどやらせたら、軍団兵の半数が辞めてしまうわ」


 アキレスは顔を顰めた。


「軟弱な。そんな事で兵士として務まるのですか?」

「連中をお前と一緒にするな。お前ほどの根性があるものなど、そうはおらん」


 呆れたような父の言葉に、アキレスは肩を竦めて見せた。


「そういえば父上、キッカ殿はバルキンを圧倒したのでしょう?」


 アキレスが問うと、アダルベルトの顔が目に見えて明るくなった。


「おぉ、凄かったぞ。盾でこう、バルキンの攻撃を全て潰してな。作り上げた隙に拳をドカンと叩き込むのだよ。まさに攻防一体であったな。決闘の後にキッカ殿が云っていたが、こういう戦い方であるなら、リーチのやや短いメイスや手斧などが盾との相性がいいと云っていたな」

「あのバルキンを圧倒したということは、それだけの地力があるということですよね? 短期決戦を挑んだわけでもないのでしょう?」

「あぁ、じっくりと戦っておったな。なんというか、砦が突き進んでいるようにも思えたな、あの鉄壁具合は」


 それを聞き、アキレスはほんの少し考え込むと、こう口にした。


「キッカ殿に訓練メニューの考案を願えませんかね?」

「おまっ……キッカ殿は民間人だぞ! そんなことを頼めるわけもないだろう。それに聞いた話だが、殺人兎の攻撃を三時間も延々と盾で受けきるような御仁だ。よしんば引き受けられて出て来た訓練メニューを、兵士共がこなせるとは思えん」


 そんなことを云うアダルベルトを、アキレスは半目で見つめた。息子の失望の入り混じった視線を受け、アダルベルトは口元を引き攣らせた。


「父上、何気に酷いことを云っておりませんか? キッカ殿を非常識の塊みたいに。行動に関しては、魔法使いであるが故に私たちの常識の埒外のようですが、考え方は非常に常識的ですよ。他人ができないような、無茶なメニューは組みますまい」

「しかしだな――」

「そういうわけですので、行ってまいります」


 突然のアキレスの言葉に、アダルベルトは目を瞬いた。


「は? いや、アキレス、どこへ行くというのだ!?」

「決まってるじゃないですか、サンレアンです。大丈夫、収穫祭までには戻ります」


 それだけ云うと、慌てふためく父親を放置し、アキレスは国王の執務室を後にした。


 こうして、国王陛下の仕事が増えることが確定したのである。


 ◆ ◇ ◆


 オクタビア王妃殿下とセレステ王女殿下は、興味深く彼女を眺めていた。彼女、マルコスの秘書を務めているアンセルマは、鑑定用ルーペを右目に当て、ペンダントトップを鑑定していた。


 鑑定といえば鑑定盤、というのが定番なのだが、美術工芸品などの鑑定には向かない。

 物の真贋を確認することは可能なのだが、こういった装飾品や絵画、彫刻などを鑑定盤で鑑定したところで、その価値が示されることはないのだ。


 アンセルマが鑑定しているペンダントトップは、先日、キッカよりセレステ王女に贈られた入学祝だ。

 普段でも使える用に、あまり価値のあるものにはしなかったとキッカは説明していた。とはいえ王族の者が身に付けるものである。最低限の価値はあるように、キッカはいくつか宝石を用いて装飾をしていた。

 具体的には、ダイヤモンドと、イエローダイヤモンドを用いて。


 アンセルマの本来の役割はマルコスの秘書ではなく、こういった装飾品の鑑定師である。宝飾品を主とした商会を営んでいるアルカラス伯爵家より、王家が借り受けているのがこのアンセルマだ。


 そのアンセルマだが、少々様子がおかしい。顔が引き攣っている様にも見える。


 王妃殿下と王女殿下は互いに顔を見合わせた。


 ルーペを目から外し、困惑したような表情のままアンセルマは顔をあげた。


「見た目的には、価値はさほどないもののように見えますので、普段使いにするには問題がないと思われます」


 アンセルマの言葉にオクタビアは眉をひそめた。


 さほど価値がない様に見える?


 では、本来の価値はいかほどなのか?


「実際の価値となりますと、正直、どうつけてよいのか。まず、このオニキスを用いて作られた女神様のレリーフ。大変すばらしいものです。サイズはもとより、縞の入り具合を良いものを用いて彫ったのでしょうね。染色などではなく、天然石で黒白黒となっているものです。これだけでも十二分に価値があるもの。王女殿下が身に付けられても遜色ない品であるといえましょう。

 そして装飾に用いられている宝石なのですが、一切の瑕、不純物がありません」


 アンセルマの言葉にオクタビアの顔が凍り付いた。セレステは意味が分からず首を傾いでいる。


「不純物が、ない?」

「ありません。完全に。まったく。一切。装飾につかわれている石は小さめですが、すべてにまったく不純物がないというのは……。

 これまで多くの石を鑑定してきましたが、このような物は初めてです。

 ……そういえば、ベシエール商会が神の石ともいえる宝石を多数、どこからか入手したとの情報がありましたが……。もしかすると、これら石はベシエール商会から仕入れたものなのかもしれません」


 アンセルマは慎重な手つきでペンダントヘッドを木箱の中に置いた。


 だがそのアンセルマの説明にオクタビアは考え込むように眉根を寄せていた。


 キッカと過ごした時間はごくわずかだ。そして立場上、彼女の行動に関しても報告を受けている。もっとも、キッカを危険視して、というわけではなく、むしろその逆だ。神々の加護を一身に受けている人物を、警護もなしに放置するわけにはいかないのだ。

 なにせ王宮で殺されかけたのだ。王家の面子としても、なんとしてもキッカを護らねばならない。

 故に、それ故に、王宮内でのキッカ殺害未遂は最優先捜査事項となっていたのである。

 イリアルテ侯爵令息ダリオ、彼は王太子アキレスの手伝いをしているとキッカは思い込んでいるが、実際は、王太子の部隊の半数を率いて、件の黒マントの騎士の捜索を延々とやっていたのである。

 もっとも、さしたる情報もない状況での捜査であったため、成果をだすことはできなかったが。とはいえ、彼らの中でも隠形に長けた者がキッカの周囲を警護していたのは、決して無駄ではなかったはずだ。


 そういったことから、キッカの王都での行動に関しての情報は、ほぼすべて把握しているのである。


 ベシエール商会の宝飾店は王都にもあるが、彼女はそこを訪れてはいない。それにイリアルテ家はアルカラス家と懇意にしている。現当主のエステラ伯爵夫人もキッカ同様、イリアルテ家に滞在していたのだ。


 宝飾品を取り扱うアルカラス家をさしおいて、キッカが他所の店から宝石を仕入れるだろうか?


「……思うのですけれど、そのベシエール商会が手に入れた宝石の出どころというのは、キッカ様なのではないのでしょうか?」

「セレステ? どうしてそう思うのかしら?」


 オクタビアが娘に問う。すると少女は簡単にこう答えた。


「だって、キッカ様が黒いドレスを着てらした際、身に付けていた装飾品は黒い真珠のネックレスとイヤリングでしたよ。私、黒い真珠が実在するなんて、それまで知りませんでしたもの」

「く、黒い真珠ですか!?」


 アンセルマが声を上げた。


「この世に存在するはずのない、アンララー様のシンボルではありませんか!?」

「え? あ、あれが黒真珠だったの? キッカちゃん、黒月長石って――」

「黒月長石だとエスパルサ公爵家に恥をかかせるだろうから、黒真珠にしたと聞きましたよ。ナランホ侯爵の事で、お母様はお父様と相談されていましたから、丁度“黒真珠”のところを聞き逃してしまったのではないでしょうか?

 その……あり得ない物ですから、私も信じられなかったのですけど、キッカ様が嘘をつくとも思えませんし」


 オクタビアが困ったような顔でアンセルマを見つめた。


「王妃殿下、キッカ様が心配なのですが。聞いたところでは、やたらとトラブルに見舞われているとのことですし」

「護衛を送ったほうがいいかしらねぇ」

「人選を慎重にしないと、キッカ様が嫌がると思いますよ」


 娘の言葉に、オクタビアはほんの少し考え、送る護衛役を決めた。


「【影】を三人送りましょう。交代で見守らせることすれば、抜けはないでしょうし。……いえ、三人だとさすがに時間的に厳しいわね。五人にしましょう」

「お母様、人選をお間違いないように。男性は駄目です」


 セレステは至極真面目な顔つきで進言した。


「何故?」

「だって、キッカ様の入浴とか……」

「人数が足りないわね。諜報部から引き抜きましょうか。アンセルマ?」

「畏まりました。宰相閣下にお伝えいたします」


 アンセルマは鑑定師ではなく、宰相秘書の顔でにっこりとほほ笑んだ。


 ◆ ◇ ◆


「そう、灰になったのね」

「骨のひとかけらも残さず、すべて」


 ファウストの報告を聞き、考え込むようにひとつ息をついた。


 王宮に囚われていた不死の怪物二体。一体は街中でキッカを襲った不死の怪物。もう一体は、本年度の武闘大会優勝者。もっとも、不死の怪物化している時点で人外の力を得ているため、優勝は剥奪されている。


 その二体に【聖水】を飲ませた。結果、その二体は炎上し、灰と化したのである。


「というと、あの水は本物、ということなのね」

「えぇ。ですが――」

「保存が利かない。まぁ、水は放置すると痛むものね」


 顔を顰めつつ、ビシタシオンは傍らの丸められた羊皮紙を広げた。


「レイヴン殿はなんと?」

「聖水の効能についてね。飲料も可とあるから、無駄にするくらいなら普通に食事につかってしまうか、薬草畑にでも撒くか、どちらかね。

 必要ならディルルルナ様に頼め、なんて気楽に書いてあるけれど……」

「さすがにそれは……」

「そうよねぇ」


 ビシタシオンは羊皮紙を丸め直すと、困ったような笑みを浮かべた。


「また不死の怪物騒ぎが起きた場合には、祈願することを検討しましょう。まずは対不死の怪物用の魔法で対抗することが先でしょう」

「魔法使いの育成を行いますか?」

「そうね。魔力さえあれば、それだけ多く使えるのでしょう? 希望者を募って、まずは魔力を増やす修行を進めましょう。

 と、王宮には不死の怪物化した者がまだ一体いたでしょう? それはどうしたの?」


 ビシタシオンが訊ねる。するとファウストは珍しくも困ったような表情を浮かべた。


「キッカ様が進言した通りのことを行うようです」

「キッカ様が? なにをするというの?」


 ビシタシオンが首を傾ぐ。


「最後の一体は、キッカ様を二度、殺そうとした者です。だから、というわけではないでしょうが、キッカ様はこう仰ったのですよ。魔法の修行のための的にでもすればと。初心者でも使える【太陽弾】は威力が弱いですからね、それを何発撃てば不死の怪物を倒せるのか、目安になるだろうと。

 もっとも、屍鬼はゾンビなどよりも強い化け物ですが」

「それはなんというか……」


 例え不死の怪物化したとはいえ、もとは人間だ。それを的として扱えというのは、まるで慈悲の欠片もないように思える。


「まぁ、自分を殺そうとした者を、丁重に扱おうとは思わないわね」

「えぇ、ごもっともで」

「それじゃ、はじめましょうか」


 微かに笑みを浮かべて、ビシタシオンは立ち上がった。


「なにをはじめるので?」

「もちろん、魔法の修行よ。みんなといっしょにね」


 そうファウストに答え、ビシタシオンは【魔法の小盾】を展開した。



感想・誤字報告ありがとうございます。


※キッカのいない方がヤバイ>神様方はあれが平常運転です。そして教会関係者は大半が狂信者みたいなものなので。なにせ神様が目に見える形で実在証明されていますからね。そして風神教は女神ナナウナルルを祭神とした、狩猟、毒物の専門家の集団です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 映画ならこの後スタッフロールが流れ最後に映像が流れ始めて 長い事放置されて埃被った棺が少し開いて隙間から効果音と共に手が出てきて終了 って感じかな?
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