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164 キッカのいない街:サンレアン ②


 おはようございます。私、冒険者組合総合案内受付担当、タマラと申します。


 相も変わらず、総合受付の仕事としては暇を持て余す有様ですが、以前のように暇に押しつぶされることはありません。


 えぇ、空いた時間は青茜の世話をし、回復薬を生産すればよいのですから。

 キッカ様の仰っていた通り、青茜はあっという間に増えました。特に使われていなかった、雑草だらけだった花壇を使えるようにし、真ん中に一株だけポツンと植えた青茜が、いまでは花壇の半分を覆っています。この分だと、あっというまに花壇を覆いつくすでしょう。


 というかですね、サイクルが非常に早いですね。花が散り、種を着け、周囲に散り、芽を出し、花を咲かせ、と。地下茎で増える訳ではないので、繁殖のコントロールは容易ですが。


 これなら回復薬の増産も簡単ですね。調剤は一度に薬剤十本分を行えますから、素材の消費は早いですが。


 そろそろいろいろな調剤を試してみるべきでしょうか? 失敗すると時間にして約一時間が無駄となりますが。

 ……いえ、無駄ではありませんね。その素材の組み合わせでは、錬金薬はできないとわかるわけですから。


 そんなわけで、受付としての仕事はほぼありませんが、私の毎日は充実しています。ただ、私の作る回復薬は、回復薬(最下級)となっていますが。鑑定盤によると十五ポイントの回復力とのこと。


 一般的な人の生命とでもいいましょうか、それが百ポイント前後とのことですので、それなりの効果ということでしょう。とはいえ、基準がいまひとつわかりませんが。


 リカルドさんの腕を治癒したあの回復薬は下級で、約二十五ポイント回復するものであったそうです。


 キッカ様に教えて頂いた回復薬の目安は以下の通り。


 回復薬(下級):二十五ポイント回復。

 回復薬(中級):五十ポイント回復。

 回復薬(上級):七十五ポイント回復。

 回復薬(極上):百ポイント回復。軽度欠損回復。

 回復薬(極限):百五十ポイント回復。重度欠損回復。

 回復薬(究極):全快。欠損、即死回復。


 このような感じでしょうか。


 軽度欠損回復は、指などとの末端程度の回復で、腕となると回復不能となります。手首から先は回復できるのでしょうか? その辺りはやってみないと不明とのことです。


 重度欠損回復は、手足はもとより、外傷による失明なども回復するとのこと。ただ、欠損時の出血により失われた血液の補填はされないとのこと。


 究極はもはや神薬です。五分以内と制約がついていますが、死亡者を復活させる薬です。もちろん、欠損はもとより、失われた血液さえも補填します。さすがに肉片となってしまったものは回復不能だそうですが、黒焦げの焼死体であっても、死亡から五分以内であれば回復できるという、とんでもない薬です。

 ただ、人の身では生産不能であるとのことです。


 ……はて? 生産不能であるのなら、なぜ究極の回復薬の説明などをされたのでしょう? 存在する?


 ……。


 そ、存在するのでしょうね。もしそんなものが持ち込まれようものなら、さしもの副組合長も卒倒することでしょう。


 このことは胸にしまっておくことにしましょう。他言無用です。ぜったいに要らぬ厄介事を引き込むことになります。それこそ災厄レベルの。キッカ様に災難が降りかかり兼ねません。人の欲は恐ろしいものですからね。殺してでも奪い取るを信条にしている蛮人は存外多いのです。




 キッカ様が王都に向かわれて、ひと月が過ぎました。


 なんと申しますか。以降、非常に退屈です。いえ、退屈というのとは少々違いますね。刺激が足りない、という方が正確でしょうか?


 とにかく、毎日の生活が物足りなく感じています。キッカ様がここサンレアンに腰を落ち着けてから、まだ半年と経っておりません。


 にも拘らず、こうもキッカ様の来訪を待ちわびているのは、キッカ様の人柄故でしょう。……いえ、引き起こした騒ぎのこともありますが、問題事ではなく、有用な事なのですが。


 魔法を使ってみせたこと。

 回復薬の実演。

 自作の魔法の装備。

 殺人兎の討伐。

 十字弓なる新型の弓。

 骨製の全身鎧。


 ……組合に持ち込まれたものすべてが、いままでになかったものである時点でおかしいですね。


 加えて――


 キッカ血塗れ事件。


 キッカ様が血塗れでここに来た時には、チャロが悲鳴をあげましたからね。その悲鳴に驚いて、キッカ様がオロオロするなどという、なんともコミカルなことになっていましたが。


 なんというか、いろいろとズレているのは、キッカ様が異国の出ということのためなのでしょう。


 王都はいまごろ芸術祭の真っ最中でしょう。キッカ様も楽しまれているのでしょうか?


 芸術祭はサンレアンでも開催されています。王都ほどの規模ではないので、三日ほどではありますが。


 期間中は王都で祭り中の興行権の抽選に漏れた劇団や、芸人が劇場にて無料公演をしています。あぁ、彼らはもちろん無報酬というわけではありませんよ。侯爵家が十分な報酬を出しています。


 組合でもイベントを行っています。飛び入り歓迎の勝ち抜き武闘大会です。


 勝ち抜いた人数に合わせて、組合が賞品をだしています。


 五人抜き :干し肉五食分。

 十人抜き :傷薬(軟膏)。

 二十人抜き:携帯ランタン。

 五十人抜き:希望する武器 ※金貨二枚相当。現金でも可。

 百人抜き :回復薬(下級)※金貨十枚相当。現金でも可。


 このような賞品であったのですが、予想以上の盛況となりました。


 無謀にも百人抜きを目指す方が多く、会場周囲は死屍累々。教会の司祭の方々が回復魔法(!?)の修練も兼ねて、怪我人に施術を行っていました。


 神の奇跡、とのことでしたが、出どころはキッカ様でしょうね。まぁ、キッカ様はアレカンドラ様より魔法の頒布の命を受けているわけですから、神の奇跡というのは間違いではありませんが。


 尚、この回復魔法は、教会関係者でなくては身に付けることができないそうです。


 武闘大会参加者の目当てはもちろん回復薬(下級)……といいたいところですが、さすがに百人抜きをハナから目指す者は居らず、一番人気は携帯ランタン。回復薬(下級)は二番人気です。


 この携帯ランタン、地味に便利ですからね。灯りとしては当然のこと、火種としても使えますからね。


 回復薬(下級)は金貨十枚というのは組合での値段であって、いまだに市場価格は白金貨相当です。理由は、組合が非常時用にストックしておく最低量に達していないため、いまだ販売していないからなのですが。


 そろそろ私の作った回復薬(最下級)が足りない分を補填しますので、やっと販売にこぎつけられそうです。

 あぁ、もちろん、緊急で必要としている方には、ストック分を満たしてなくてもお売りしますよ。場合によっては後払いも可です。


 もっとも、それを踏み倒そうものなら大変なことになりますが。


 この後払い、というのが曲者なのです。要はこれは借金と同様のものです。他にも、資金難によりこのように後払いにしている組合員は大勢います。


 さて、そこで、踏み倒しをした者を捕らえた者には借金を帳消し、もしくは減額、と触れをだしたらどうなるでしょう?


 組合員はそこら中にいますからね。似顔絵などを組合事務所に張り出そうものなら、積極的にとらえようとはしないまでも、酒場や宿屋などでは、皆、目を皿のようにして探すことでしょう。


 ん? 賞金を懸けないのかと? 賞金をかけると少々厄介なことになるのですよ。行方不明者捜索ならともかくも、借金を背負った者の捜索となると犯罪者扱いになるのです。お役所案件に発展してしまいますからね。そうなると、いろいろ面倒になりますからね。


 本日も武闘大会は行われていますが、百人抜きはもとより、五十人抜きも現れていません。

 いまのところ、二十人抜きがふたり出ただけです。今年は、腕自慢は皆王都へと行ってしまいましたから、もしかしたらひとりも出ないかもしれませんね。


 昨年はフレディさんが五十人抜きを達成していましたけれど。


 期間中は何度でも挑戦できるのですから、頑張って欲しいものです。戦闘訓練にもなりますしね。傭兵や探索者にはよい経験になるはずです。人型のモノと戦うことは多いですからね、彼らは。


 そしてもうひとつ組合が行っている催しとして、武具の展示会を行っています。品評会と云ってもいいでしょうか。


 サンレアンはダンジョン【アリリオ】の探索者の拠点となっている街です。一部の探索者は【アリリオ】の宿場を拠点としたいようですが、それは推奨されていません。魔物の暴走が一度起きれば、あっというまに壊滅しますからね、宿場は。


 あそこはあくまでの仮の町でありますから、本拠地にするにはあまりにも危ないのです。


 そんな探索者が拠点としている街ともあって、荒事を生業とする者はほかの街よりもはるかに多いのです。

 それ故に武具の流通、消費も多く、求められるものも質実剛健のものが好まれます。


 若手の職人にとって修行と実益を兼ねるには、もっとも適した環境と云えるのがこのサンレアンでしょう。

 そして彼らのその技術の宣伝の場となるのがこの展示会です。


 傭兵や探索者がどこの誰に武具を依頼するか、買うのか、それを決める目安に丁度いい機会となります。運が良ければ、貴族や軍からの依頼が舞い込むかもしれません。展示会はまさに職人にとっての晴れ舞台と云えましょう。


 え? 王都では開催されていないのかと? もちろん王都でも開催されていますが、方向性が質実剛健ではなく、神韻縹渺に向かっていますからね。いうなれば式典用の装備といえましょう。実用性はあるのでしょうが「それで賊を斬るなどとんでもない!」などと云われるような代物が一堂に介しているのが、王都の武具展覧会です。


 展覧会会場は組合第三倉庫を片付けて使っています。……えぇ、第一倉庫と第二倉庫は今も雑多にモノが詰め込まれていて、カオスそのものです。何が保管されているのかはわかってはいますが、なにがどこにあるのかは不明という有様です。


 キッカ様が納品してくださった、運搬量上昇の錬金薬が本当に役に立ちました。今まで重すぎて力の十分にある人が揃わないと動かせない箱を移動できましたからね。これで倉庫の整理も捗ると云うものです。


 ……組合統合の時に、なんでも構わず適当に詰め込むからこんなことになるのですよ。当時現場を勝手に仕切っていたあの婆さんを呪いたいくらいです。


 いまは犯罪者管理の仕事をしているそうですが、きっと周囲から嫌われている事でしょう。


 この展覧会にはキッカ様の鎧も出展してあります。販促の意味合いの有る展示会ですから、勝手に出展しても問題ないでしょう。組合受付脇に、見本として置いてありますしね。

 その効果もあったのか、在庫として預かっていた鎧四領がすべて売れました。

 更に二領ほど受注を受けました。引き渡しは早くとも十二月になる可能性があるとお知らせしましたが、それでも良いとのこと。もっとも、なぜそこまで遅くなるのかも訊ねられましたが。


「現受注分が出来上がるのが、そのくらいの時期とのことです」

「おぉう、人気なんだな」


 その受注分は近衛隊なんですけれどね。それを考えると、この骨鎧はプレミアム付きとなるのではないのでしょうか?


 ……そういえば、この鎧は一切強化していないとか。かなり高性能の鎧ですが、強化をしたらどうなるのでしょうね?


 からんころんからん。


 扉に付けられた鳴子の音に、処理をしていた書類から目をあげると、【燃ゆる短剣】の面々が入ってきたところでした。


 現在の時刻は午後の二時過ぎです。ということは、お昼の馬車で【アリリオ】を発ったということです。探索者は大抵、なにかしらの成果を上げない限りサンレアンへと戻って来ることは殆どありません。あるとすれば、装備品に問題が起きたか、パーティーメンバーに問題が起きたかのいずれかです。


 【燃ゆる短剣】は堅実なパーティですから、十分な成果を上げたのでしょう。彼らの担当はナタリア……って、こっちに来ましたね。


「タマラさん、キッカさんは戻りましたか?」


 刻削骨の鎧[玉ねぎ]に身を包んだミランダさんが私に訊いてきます。ミランダさんは、この全体的に丸っこい鎧、製作者のキッカ様曰くタマネギ鎧の試用依頼を受けている方です。

 試用の報告をしたいのでしょうが……。


「まだですね。芸術祭が終わるまでは王都に滞在しているのではないでしょうか」

「あー、そっか。そうだよねぇ。折角のお祭りだもん、それを措いて帰って来るなんてないよね」


 ミランダさんは乾いた笑い声を上げます。


「え、二十階層に突入したんですか!?」


 ナタリアの驚く声が聞こえてきました。


 【アリリオ】の二十層。通称【墓場】。不死の怪物の巣窟です。通常の武器では倒すこと叶わず、例え魔剣を以てしても、数が多すぎて攻略不能とまでいわれている階層です。


「突入したんですか?」

「うん。魔法を買ったから、試しにね。蠢骸骨を三体、簡単に倒せたよ。凄いね、魔法。でもそれが限度かな。数が多すぎて魔力? が足りないよ」

「数が多すぎてダメだと? 魔力を鍛えても無理そうですか?」

「どうなのかなぁ。その辺もキッカさんに訊きたいんだよね」

「ちなみに、戦利品はありましたか?」


 訊いてみました。恐らくはそれなりのモノが手に入ったのではないでしょうか?


「うん。剣と盾が手に入ったよ。内一振りが銀の剣だったのが呆れたけど」


 銀の剣!? 銀は不死の怪物に対する特効効果があると云われている武器ですよ。それを蠢骸骨が使っていたと?


「持つ分には問題ないのでしょうか?」

「そうみたいだね。魔法三発で粉になったけど」


 ほほう。魔法の威力は十分なようですね。無茶をしなければ不死の怪物への対処は問題ないようです。

 ただ、さすがに数の暴力はどうにもできないようですが。


「どうにかして魔力を増やせないかなぁ」

「増やし方のレクチャーは受けなかったのですか? 一番手っ取り早いのは一度魔力を空にして、再び完全に回復させるというのを繰り返すだけだそうですよ」

「え?」


 私はキッカ様から教えて頂いた、魔力容量増量のための修行方法をミランダさんに説明しました。効率よくやれば、最初の内は一日で十回くらいまわせるとのこと。魔力量が増えてくると、消費、回復に時間が掛かるそうですが。


「うーん、魔法の盾かー。でも、キッカさんは使えない魔法って云っていたんでしょう? それにお金を掛けるのはなー」

「まぁ、よほど余裕のある場合でしょうね。それに、現状憶えている魔法を乱発すれば魔力もすぐに尽きるでしょうしね。

 それで、銀の剣はどうするのですか?」


 恐らく、売りに出すことはないでしょうが、聞いてみましょうか。


「かなりガタがきてたから、打ち直しに出すよ。アラムが使うんじゃないかな。また二十層までいって、今度はメイス持ちの蠢骸骨を狙うつもり。銀のメイスが欲しいからね」


 なるほど。蠢骸骨には打撃武器のほうが有効ですからね。

 しかし、銀のメイスですか。……もういっそのこと、キッカ様に依頼したらいいのではないでしょうか? 対不死の怪物用の打撃武器を。


 あぁ、でも、それを私が云うのは余計なことですね。現状、キッカ様は魔法の武器を作っていないようですし。


「二十層突破の目途は?」

「しばらくは無理。雑魚を突破できるようになっただけじゃ、多分、ボスに殺されて終わっちゃうよ。なんで二十層が不死の怪物の巣窟なのよ。初めての不死の怪物の階層がそのままボス階層とか、嫌らしいにもほどがあるよ!」


 ミランダさんが右手を振り回して怒りをあらわにしています。していますが、鎧のユーモラスさのせいで、可愛らしいだけですね。




 さてさて、二十層を最初に突破するのは誰なのでしょうね。


 そういえば、キッカ様も探索者登録はしていましたね。




 そのことを思い出し、私は思わず被っている仮面の下でほくそ笑んだのです。



感想、誤字報告ありがとうございます。

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