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163 キッカのいない街:サンレアン ①


 オイラはボー。誇り高き棘尻尾族の一羽だ。いや、一羽だった。


 そもそも、棘尻尾族に誇りなんてありゃしない。棘尻尾だなんていっているけれど、単に手入れができていなくて、汚れてトゲトゲしてただけだし。


 そう、オイラは姉と共に群れを抜けた。


 オイラたち兄弟姉妹は最初、十数羽いた。正確な数は覚えていない。ただ、他の仲間とは少しばかり毛色が違ったのを憶えている。オイラも牡なのに縞模様が赤いしな。


 でもオイラたちはほかの仲間よりずっと強かった。肉を仕留めてくるのも一番だった。だけど、それも少しの間だけだった。


 兄妹の一羽に角が生えた。


 それが始まりだった。


 狩りに出るたびに、兄弟の数が減って行く。


 そして、とうとうオイラと姉(と云い張っていた)だけとなった。


 姉は云った。みんな、仲間に殺されたと。私たちもこのままだと殺されると。


 原因はオイラたちに生えた角だった。

 どうやらオイラたちの母親は角付きと子供を作ったらしい。その子供がオイラ達。仲間たちは、混じり物のオイラ達を殺すことに決めたのだ。


 オイラ達は群れを抜けることにした。姉もオイラも、誰よりも強かったけれど、さすがに群れ全部を相手にすれば殺されてしまうだろう。


 群れから逃れることは簡単だった。森の中をたくさん移動し、十分に群れから離れたところで、姉とオイラは別れた。


 その後、姉がどうしたのかは知らない。


 オイラは森で生きることを諦め、平原へと出た。

 縄張り争いが面倒だった。ぶちのめして肉にしてもよかったが、正直、多すぎる肉は食べきれず、腐らせるだけだ。

 それを放置すると、その臭いに釣られたやつが来る。そうした奴は、大抵、オイラのことも肉とみるんだ。


 だから、ぶちのめして肉にする。


 肉が増える、結果、腐らせ――と、キリがない。


 平原にでてからは悠々自適だった。群れに居た時には、一度しか食べることのできなかった、赤い根っこのたくさん生えている場所も見つけた。


 時折、牙を生やした四本脚が突っ込んできたけど、オイラとしては肉が突っ込んできただけだ。


 正面に立ち、その脳天に拳を叩き込む。それで終わり。こんな簡単な狩りはない。


 そんな感じに、オイラは悠々と生きていた。


 しばらくして、オイラの縄張りに二本足がやってきた。

 群れにいた頃、よく聞いていた。堅い棒を振り回すしかできない肉だと。


 見たところ、オイラより大きい。だが、オイラの縄張りに入った。ならばあの二本足はオイラの肉だ。


 今にして思えば、オイラはなにも知らない、ただの馬鹿者だったんだろう。


 オイラは負けた。


 それもただ負けたわけじゃない。なにもされなかったのに負けた。


 オイラのパンチはまるで効かなかった。途中で、さすがに勝てないと分かって逃げようともした。でも、気が付くとまた殴りかかっていた。


 訳が分からなかった。


 なにもできず、オイラは力尽きて倒れた。


 あぁ、今度はオイラが肉になるんだ。そう思った。


 でもその二本足は、倒れたオイラの頭をなでると、そのままどこかへ行ってしまった。オイラは殺されなかった。


 オイラは呆然とひっくり返ったまま、空を眺めていた。


 空が赤くなり、紫になり、そして黒くなった。


 ぽつぽつとちいさい灯りがたくさん見える。


 オイラは負けた。負けた者は勝った者の物だ。


 オイラは待った。


 また来るかどうかも分からないけれど、待った。それしかできなかったから。

 ずっと待っていたら、またあの二本足がやってきた。もちろんオイラは服従だ!


 こうしてオイラは二本足の子分になった。子分になったからには、この二本足は親分だ。


 親分に担がれ、二本足の群れに入った。親分の場所は楽園だった。あの赤い根っこが、まるまると太っていた。それに丸い緑色の葉っぱと、丸長の葉っぱが美味い! ここが、こここそが楽園だ!


 オイラは感動した。そして改めて思った。


 親分は凄い。


 親分はオイラに名前をくれた。ボー。強い二本足の名前を貰ったと、親分は云っていた。親分が強いと云うほどの二本足の名前だ。オイラの宝だ。オイラはこの名前にふさわしい男になると決めた!


 そして親分はオイラが強くなる方法を教えてくれた。殴り方にもいろいろあると教わった。オイラは以前よりもずっとずっと強くなった。でも親分には敵わない。


 ある日、親分は云った。


「ボー、私はちょっと長い間留守にするから、お留守番を頼むわよ。あっちのは仲間だから壊しちゃダメよ」


 そういって、親分は旅立った。


 オイラには仲間が増えた。金属の六本足と足無しだ。こいつらは強い。六本足には勝てると思う。でも足無しには勝てない。

 オイラの本能が云っている。戦っちゃダメだって。


 こいつらはオイラが寝ている時間に番をしている。親分の巣を護る頼もしい仲間だ。


 親分の巣には、親分以外にも二羽いる。見てわかる。親分以上だ。逆らっちゃいけない。親分が一番だと思っていたけれど、親分は三番目だった。でもオイラの親分は親分だけだ。


 親分が巣を留守にしてしばらくたった頃、二羽の二本足がやってきた。それもお日様が昇る前にだ。

 親分の巣の入り口をガタガタとやっている。


 巣荒らしだ!


 弱っちぃ、頭の良いふりをした頭の悪い奴が成るやつだ!


 馬鹿な二本足だ。そこを開けたら、その先にいるのは足無しだ。暗い時間は六本足と足無しの出番だけど、見つけたからにはオイラの獲物だ。


 親分に貰った金属を握る。オイラの手を覆う、オイラのパンチを凄くする奴だ。おまけに、オイラの手が痛くならなくなる。


 安心しろ、親分は殺しちゃダメと云っていたからな。ちゃんと生かしてやる。壊すのは足だけにしてやろう。

 そうしたら、向こうの巣にいる二本足に持って行ってもらうんだ。


 大丈夫、オイラは馬鹿じゃない。親分に云われたことは憶えているぞ。そして親分が帰ってきたら褒めてもらうんだ!


 さぁ、巣荒らしの二本足、覚悟しろ!


 ◆ ◇ ◆


 すべての神に祈りを捧げた後、礼拝堂を出、お向かいの家に向かって祈りを捧げます。


 キッカ様が不在であることは承知しています。ですが、だからといってこの日課を辞めるつもりはありません。丁度この方向には王都があることですしね。


 祈りを終え、ほぅ、と息をついていると、兎が私のところへとやって来ました。

 キッカ様のお家を護っているボーちゃんです。額に生える小さな角と赤い縦縞模様が特徴的な兎さんです。この子がかの【殺人兎】の亜種だとはとても思えません。


 人懐こくてとても可愛らしいですからね。


 ボーちゃんは私の前で止まると、私の法衣の裾をひっぱります。なんだか慌てているよう?


 なにかあったのでしょうか?


 道路をつっきり、キッカ様のお家に向かいます。


 玄関先に、黒革の鎧に身を包んだ男性がふたり倒れていました。マント、頭巾、手袋と、ご丁寧に黒で統一してあります。そして近くにはへし折れた剣が転がっています。

 ……よくみると足もおかしな具合に曲がっていますね。


「ボーちゃん?」


 兎さんに声を掛けます。すると兎さんは誇らしげに胸を張りました。


 今一度、倒れている男性ふたりをみます。黒づくめ。覆面をしているあたり、怪しさ抜群です。


 泥棒ですか? 泥棒ですね? ……へぇ、キッカ様のお家に泥棒ですか。


 折れた足を踏みつけてやりましょうか? いえ、やはりここは風神教の信徒らしく、毒を使うのがよいでしょう。でもいま持っているのは鉄鋼芋虫の酸だけなんですよね。毒というより、応急処置用の傷薬ですし。えぇ、身体が欠損した場合、止血の為にこの酸で傷口を焼くのですよ。


 ……目に垂らしてやりましょうか?


 そんなことを考えていると、玄関の扉が開きました。そして出てきたのは金色の鋼でできた機械人形。球の上に乗ったような機械人形は、体をくるりと横に向けると、そのまま畳まれるように足元の球に収まり、完全な球体となって敷地奥の倉庫へと転がって行きました。いえ、転がると云うのは正しくないですね。

 球の左右の部分のみが回転して進んでいるのですから。


 あれもキッカ様がお造りになったのでしょうか?


「あらー。今日は早いわねー。おはよー、リビーちゃん」


 機械人形に次いで現れたのは、ルナ様です。キッカ様の姉貴分であるララー様のお姉様。王立農業研究所サンレアン支部の支部長さんです。野良着であることから、お庭にある試験畑の世話にでるところだったのでしょう。


「あらー? これはなにかしらー?」

「泥棒みたいです」

「ほほー」


 ルナ様はその場にしゃがみ込むと、倒れているふたりに話しかけました。失神していると思うのですが……。


「おふたりさん。聞こえているわよねー。なんで失神している振りをしているのかはどうでもいいわー。

 あなたたちには三つ選択肢があるわよー。


 ひとつ。苦しみぬいて死ぬ。

 ふたつ。苦しみぬいて死ぬ。

 みっつ。苦しみぬいて死ぬ。


 選ばせてあげるわー。どれがいいかしらー?」


 倒れているふたりがビクリと動きました。……しっかり起きているようですね。それはともかくも――


「ルナ様? それではみんな一緒なのでは?」


 問うと、ルナ様は中腰の私を見上げ、にっこりとほほ笑みました。


「違うわよー。ひとつめはお腹が破裂するまで食事をする。食材はちょーっと倫理に反するかもしれないけれどねー。例え吐いても許さないわー。


 ふたつめは、人間、どこまで骨折できるかに挑戦ねー。人間の骨は二百本以上あるから、楽しめると思うわよー。何本目まで生きていられるかしらねー。


 みっつめは縛って吊るして放置かしらー。逆さ吊りだと頭に血が昇って死に至るわねー。キッカちゃんが云ってたけれど、駿河問いとかいう吊し方だと最終的に背骨が折れるらしいわよー」


 お、思ったよりえぐかったです。というかキッカ様、なんでそんなことを知っているのですか!?


 あ、泥棒さん、ガタガタ震えてますね。


「でも安心してねー。死ぬって云うのは冗談よー。私が殺人犯になっちゃうからねー。だから死ぬ寸前でちゃんとお薬で治してあげるわー。キッカちゃんが技術を磨くために作った、販売に適さない回復薬(トニック)は大量にあるから、あなたたちは死なないわよー。何度も死ぬような目に遭えるなんて、運がいいわねー。それに一本あたり金貨単位の値段の回復薬を飲み放題なんて、滅多にできない経験よー」


 うわぁ……。


 あ、泥棒さんたち泣き出した。


「どれもやりたくないのなら、(うち)に盗みに入ろうとした理由を云え」


 !!?


 ルナ様の声のトーンが一気に冷え込みました。普段ののんびりとした口調との違いが凄すぎて、背筋を悪寒が走るレベルです。

 あ、泥棒さん、あっさり白状しましたね。


 ほほぅ。エクセラン商会の回し者ですか。キッカ様の技術を盗みに来たと。なるほど、作業台が目的ですか。さすがに冒険者組合や教会に盗みに入ることは躊躇われたのでしょう。盗もうとしたものは、錬金薬調合台や呪文書作成台でしょうから。あと、魔法の付術台、というのがあるのでしたか。


「商会が相手ねー。それじゃ、報復はララーにやってもらおうかしらねー、正々堂々と。持ちこたえられるかしらねー」


 確かララー様はミストラル商会の商会長でしたか? となると、徹底的にエクセラン商会の商売に横槍を入れると云うことでしょう。私は商売のことはわからないので、どういった方法を取るのかは不明ですが、ミストラル商会はキッカ様が販売した料理レシピに必要な食材を専売しています。そしてそれは冒険者食堂がすべて仕入れている状態。その冒険者食堂は大繁盛状態。それも全国規模で。

 ミストラル商会の資金はかなり潤沢になっているというのは、素人の私でも想像がつきます。


 ……エクセラン商会、勝ち目があるんでしょうかね?


「それじゃあ、兵士を呼んできましょー。ボー、こいつらが逃げようとしたら、容赦なく殴っていいからねー。【殺人兎】の力を思い知らせるといいわー」


 ルナ様がそういうと、ボーちゃんは拳を空に突き上げました。そしてシュッシュッと、パンチを打つ仕草をしています。


 ……拳の風切り音がおかしいですね。ボッ! とかいっていますけど。私がやってもそんな音は出ませんよ。


「ボーが見張ってくれるから、ここは大丈夫よー。リビーちゃん、ありがとうねー」


 そういってルナ様は兵士の詰め所に向かって歩いていきました。


 私も教会に戻らないと。あぁ、あと、みんなにこのことを知らせておかないと。エクセラン商会系の商店でのお買い物は取りやめです。


「それじゃあね、ボーちゃん」


 私が手を振ると、殴る練習をしていたボーちゃんが手を振ってくれました。


 とてもかわいいです。この子が【殺人兎】だなんて信じられません。


 私はボーちゃんと別れると、教会に戻りました。




 さぁ、今日も一日がはじまります。頑張っていきましょう。



誤字報告ありがとうございます。

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