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161 一番の秘訣は喋らない事


 私は男爵邸を物色していた。時間がないから、急いで、だけれど。

 探している物は壺。できれば蓋のあるものがいい。


 こっちの壺やらなんやらは素焼きのものが多いけれど。一応、釉薬を使ってあるものもあるけれど、洗練されているとはいいがたいからね。なにせ食器やらなんやらの主流は、金属製か木製かのいずれかだから。


 そして男爵の部屋でおあつらえ向きの大きさの壺を発見。ちゃんと蓋もついている。インベントリに格納っと。あぁ、それと、呪われアイテムと化した鬘も忘れずに回収しないと。


 よし、ついでだから食糧庫を見てこよう。まともな食料があったら貰っておこう。


 ()奇妙な肉(じんにく)とかないよね?




 伯爵は死んだ。それはそれは潔く自らの命を絶った。

 私がしたことといえば、自分の飲み水用にインベントリに入れて置いた水をマグカップに入れて渡しただけだ。


 ただ、その水が【聖水】であっただけで。


 伯爵はその一杯の水を飲み干し、炎上し、灰となった。

 やはりかなりのダメージがあったのだろう。でなければ、一杯だけで灰に至る事はなかったと思う。


 炎上とはいっても着ている衣服は燃えず、吸血鬼化した伯爵だけを灼き、灰としただけだ。


「感謝する」


 それが伯爵の最期の言葉だった。召喚器なんて拾わなければ、こんな結末を迎えずに済んだだろうにと、なんだか感傷的な気分になったよ。


 伯爵の遺灰はインベントリに格納済みだ。いま手に入れた壺を骨壺代わりにして、地下牢に置いてくる予定だ。なにがあったのかもきちんと置手紙に記してね。


 さて、そろそろ外に出ようか。ふふふ、問題のないチーズがあったよ。


 む? 泥棒だって? いいじゃんか。私はハゲに白金貨四枚取られてるんだぞ。本当ならその四枚でどれだけチーズが買えると思ってるんだよ。私の家の台所どころか、メインホールぐらいも埋め尽くす量を買えるぞきっと。金貨一枚で三十キロサイズがふたつくらい買えるから、白金貨四枚で八百個。重さにして……えーっと……約二十四トン。日本だと値段が高いから、半分くらいになるだろうけど。

 それをたったの三個で済ませてるんだぞ。十分お得だろう!


 あ、ついでに水瓶もくすねておこう。どうせここにはもう人もいないし。水瓶なんて安いもんだしね。いらんだろ。中の水は流して……と。あとでちょっと教会に聖水を置いて来ようと思ってね。念のため。


 要は、男爵が人間を辞めていた場合の始末用だ。


 一通り回って、食料品を適当にくすねて家探し終了。水瓶と食糧だけでいいのかって? いいのですよ。このままだとどうせ廃棄処分になりそうですからね。保存の効くものを頂いてきましたよ。小麦粉に芋粉(多分、片栗粉的なもの)、それと乾燥したハーブの類。あ、卵も頂いておきましょうかね。ただ卵は、こっちだと海外と同じ考えと云いますか、扱いが同じみたいですからしっかりと火を通さないとダメですけどね。なんで平気で二週間、三週間とか経った卵が店頭で売られているのか、日本だと考えられませんよ。


 卵に対する意識の違いだろうけど。まぁ、そんなんだから、生卵を食す日本人は頭がおかしいとか云われたりするんだろうけど。つーか、大昔は食料危機は西洋のほうが酷かっただろうに、なぜに食に対する貪欲さが日本人以下なんですかね? 必要は発明の母というだろうに。不思議だ。


 あぁ、日本人が食いしん坊だっていう逸話が一個あったなぁ。旧日本軍関係の話だったかな? どこぞの国から山羊が日本軍のどこぞの部隊に贈られたそうな。で、その部隊はその山羊を美味しく調理していただいたと。

 贈った国は「え? 食べちゃったの?」という反応だったそうな。


 なにを想定して山羊を贈ったのかはお兄ちゃんから聞いて知っているけれど、私は説明しないよ。とにかく食料として贈ったわけじゃないんだ。

 ……えぇぃ、聞くなよ。私はまだ未通女だ。そんな小娘に説明させようとすんな! つーか、これで察しろ! 確かに話を振ったのは私だけどさ!


 よし、泥棒終了。屋敷から出るとしましょう。




 扉のない玄関から外に出ると、門の辺りが騒がしくなっていた。どうやら軍犬隊が到着したみたいだ。

 思ったよりも早かったな。まだあのメイドがここを出て行ってから三、四十分くらいしか経っていなんだけれど。


 と、狂乱候を消さないと。


 足元に【走狗】を召喚する。私の現状の召喚枠は一枠だけだから、【走狗】を召喚した瞬間に【魔人】が消える。

 これでよし。【走狗】はここで待機させておこう。一分で消えるしね。


 さて、それじゃ軍犬隊の皆さんに状況の説明を……って、あれ? もしかして教皇猊下までいらしてる?


 いつぞやに見た、背丈よりも高い錫杖を手にした豪奢な法衣の女性が見える。


 うん、教皇猊下だ。ヤバいな、失言に気を付けないと。


 テクテクと進んでいくと、軍犬隊の皆さんに取り囲まれた。


 ……またこれかい。


 って、槍向けて突っ込んでくんな!


『こっちくんな!』


 【揺るがぬ力】を第二段階で発動。一段階目はせいぜいひるませるだけ。二段階目はひるませ、よろけさせる。三段階目は吹っ飛ばし。となっている。三段階目はその威力も異常だから、二段階目までとはまったくの別物といっていい。


 さすがに三段階目で発動すると死んじゃうかもしれないので、二段階目にしたよ。でも私を問答無用で殺そうとしたから、これで止めたりはしないけど。


 ということで、そーれ【電撃(スパーク)】!


 素人級の雷撃魔法を発動。継続型で、任意の時間延々と電撃を放ち続ける魔法だ。


 よろけた馬鹿垂れはバチバチと電撃を受けて倒れるも、それで許すつもりはない。死なない程度に行動不能になってもらうよ。


 ふはははは。身悶えるがいいー。


 実のところ、いまの私は虫の居所が悪い。自分でも意外なことに、伯爵の事を気に入っていたみたいでね、あんな風に死なせてしまったことを悔やんでいるんだよ。救う方法はまったくなかったし、救うわけにもいかなかったんだけどさ。


 ってことで、半ば八つ当たりだ。殺そうとしたんだから問題ないよね。生きてるし。


 生きてるし!


「し、粛清者様、どうかお許しを! これでは死んでしまいます!」

「誰が殺すか。こんな愚図、俺が殺すに値せんぞ。だが痛みを伴う罰は必要だ。見境なく人を食い殺す犬など、ただの狂犬にて軍犬に非ず。本来なら殺処分案件だ。きちんと躾はしておけ」


 慌てる教皇猊下に、私は冷たく云い放った。


「貴様、教皇猊下に対しなんという口の利き方を――」


 詰め寄って来る隊員のひとりの鼻先に指を突き付ける。


「なにか勘違いしていないか? 俺の役目の関係上、アンララー様の下に配することが最善であると判断されたことより月神教に籍を置いているに過ぎん。事の次第によってはどの教派の教皇猊下の命であろうと無視するし、必要とあらばその命をも狩るぞ。それが俺の役目だからな。

 なんだったらこれから殺し合いをするか? 駄犬共」


 【雷の霊気(スパークオーラ)】発動!


 全身に電撃を纏う。


 地神教としては、これがディルルルナ様由来の力だと誤認するだろう。


 私を取り囲んでいた軍犬隊たちがたじろぎ、退く。


 おいおい、これでヘタレるなら喧嘩売るなよ。


「粛清者殿、部下が無礼をした。ここに謝罪する。どうか怒りを納めてもらえないだろうか?」


 ファウストさんが進み出て、頭を下げる。


 ……ファウストさん、思ったよりも出てくるのが遅かったな。私を観察していたのかな? まぁ、いいや。面白くないけど。


 【自己解呪】を掛けて【雷の霊気】を解除する。


「ここでなにがあったかを話そう」


 ここで起きた事、というか起こしたことについて淡々と告げる。まぁ、大した内容じゃない。殴り込みをかけて、皆殺しにした。それだけだ。

 伯爵については伏せて置いた。面倒臭い説明はしたくないし、地下牢を脱獄していたことにはしたくないからね。


「あそこに並ぶ死体は、レブロンの使用人共だ。全員、不死の怪物化していたから始末した。あとで確認しろ。鑑定盤を使えばわかるだろう。

 そしてあそこに倒れているのが件の吸血鬼だ」


 月明かりの元、屋敷の壁の側に倒れる女性の姿は良く見えた。


「あの恰好は……」

「忌むべき吸血鬼とは云え女性。全裸のままであるというのは、あまりに哀れだろう?」


 私がそういうと、教皇猊下は驚いたような顔をしていた。


「レイヴン殿、そこに倒れている男は?」

「あぁ、あれがレブロン男爵だ。治安維持隊……いや、王太子殿下の部隊に引き渡すのがいいだろうな。ただ、まだ人間であるかどうかは確認していない。

 本人は情けないほどに腰抜けだから、さほど警戒することもないだろう。引っ掻かれたり、噛みつかれたりしないようには気を付けることだ。もしそうなったら、魔法で処置しておくように。

 すでに【疾病退散】の魔法は伝わっているのだろう? 教会内では普及させるようにアンララー様より命じられていると思うが」

「いまは覚えさせる者の選定中です」


 教皇猊下が答えた。


「適当でも問題ないとのことだぞ。回復系魔法は教会関係者しか身に付けることができない。そして意に反した活用をした者は魔法を剥奪され、相応しい罰が降される。アンララー様がそのように調整されたからな。いまは人数を増やす方がいいだろう」


 よし。もう私の用はないぞ。なにかしらボロを出す前にとっとと消えよう。


「ではビシタシオン教皇猊下。これ以上の無礼を働く前に、退散させていただこう」


 私は一礼すると【不可視の指輪】をふたつ装備して姿を消した。


 【不可視の指輪】も性能UPしたからふたつで透明度百パーですよ。ついでに【弓術上昇】もつけてあるので、完全に暗殺者特化装備になっていますよ。


 さぁ、とっととこの場から出ていきましょう。庭を突っ切り、塀を飛び越えて脱出! ボロを出さない一番の秘訣は喋らない事ですからね。


 ◆ ◇ ◆


 はい、ただいまっと。


 窓からまた帰ってきましたよ。あのあと、教会と王宮の地下牢とを回ってきましたよ。


 教会ではあのメイドが一心不乱にディルルルナ様に祈っていたよ。まぁ、お構いなしに聖水を置いてきたけれど。

 ディルルルナ様の立像の足元に水瓶を出して、【聖水】を三発放り込んで、ほぼいっぱいにして、蓋(木製)をして置いてきたよ。


 あのメイドさんが目を丸くしてオロオロしてたけれど。まぁ、目の前にいきなり羊皮紙がでてきて、突然文字がつづられだしたら驚くよね。


 聖水の使い道というか、効能を書いてきたから、まぁ、適当に検証して有効活用してくれるだろう。廃棄されたら廃棄されたで構わないし。


 そして地下牢には伯爵の遺灰の詰まった壺を置いて、レイヴンの署名で伯爵が自害したことを記しておいた。ついでもここにも聖水を置いてきた。伯爵が飲み干した【血の薬】の空き瓶を【清浄】で残った薬を除去し、中に聖水を詰めて来たよ。

 これで、捕らえている不死の怪物も始末できるだろう。


 【太陽弾】の的にでもして始末すればいいと思うんだけれど、さすがにそれは倫理的にやりたくないのかなぁ。

 あぁ、ふたりいるんだっけ? あの騎士と、私を街中で殺そうとした四つん這いのアレと。ま、教会には水瓶一杯分置いてきたし、大丈夫でしょう。




 自身に【清浄】を掛けて、寝間着に着替えて、さぁ寝ようかと思ったんだけれど、私の寝るスペースがないことについて。


 姉妹、ってことなのかなぁ。なんでふたりとも大の字で寝てますかね。まぁ、いいか。せっかくだから、セシリオ様に贈るナイフの仕上げをしてしまおう。


 ナイフ本体は出来ているんだよ。柄も出来てはいるけれど、まだ仕上げをしていないんだ。


 仕上げというか、柄巻(つかまき)をしていないんだ。


 ふふふ。組紐を買ってきましたからね。こいつをきっちりと巻きますよ。あの日本刀の柄みたいな、菱模様に組紐を巻いていきますよ。巻き方は知っていますからね。というか、奥義書に巻き方まで載っていましたからね。


 私がかつてネットで調べたり見たことのあるものはしっかりと記載されていますからね。興味の赴くまま、物造り関連に関して調べ捲ったのが役にたってますよ。というか、醤油の作り方も載ってたよ。サンレアンに戻ったら、ララー姉様にお願いしてズルをしてもらおう。


 さて、巻いて行こう。あ、鞘がないな。組紐で巻いた柄だし、木製の鞘だとちょっとごつくなりすぎるな。片刃のナイフだし。革の鞘をつくろうか。革なら革鎧をつくるつもりで、以前サンレアンで仕入れたのがいくらかあるし。


 柄に皮を載せてと。使うのは鮫皮じゃなくて、サムヒギン・ア・ドゥールの皮。鮫皮と同じような感じだったから代用するよ。


 丁寧に丁寧に巻いていき、ほどなくして完成。しっかりと組紐を留める。その為に柄頭に穴を空けておいたんですからね。あとは柄頭に金属の金具、鵐目(しとどめ)金具をきっちりはめ込んで完成。これは巻紐が外れないようにするための物? なのかな? ナイフと同じ素材でつくってあるから、見た目には薄緑色の石みたいに見えるけれどね。紐の留めてある部分が透けてみえるけれど、みっともなく見える訳じゃないから問題ないだろう。


 月に掲げて眺めてみる。


 ふふー。ちょっとニヤニヤししゃうね。綺麗に出来上がったよ。あくまでもペーパーナイフという位置づけにするから、普通の仕上げだけで、強化の仕上げはしていない。それでも鉄や鋼のナイフなんか比べ物にならないほどの威力のある代物になってるけれどね。


 と、付術をしてしまおう。


 付術するのは次のふたつ。


 【恐怖】:斬り付けた相手を恐れさせ、逃走させる。

 【不死怪物退散】:斬り付けた不死の怪物を逃走させる。


 いずれも、倒すための付術ではなく、自身が逃走する時間を稼ぐための付術だ。

 セシリオ様はまだ十歳だからね。いくらバレリオ様の子であるからといって、正面切って暴漢やゾンビと戦うべきではないと思うのですよ。

 それに、いくら性能はよいといっても、ナイフに仕上げてある以上、たかがしれているからね。


 あ、ちなみに刃物はこんな感じの区分けだよ。刃渡りで分けてるだけだね。


 ナイフ:十~十五センチ

 短 剣(ダガー):三十センチ前後

 (ショートソード):五十センチ前後

 長 剣(ロングソード):八十~九十センチ

 半片手剣(バスタードソード):百五十センチ前後

 両手持剣(グレートソード):二メートル前後


 大雑把なところでこんな感じかな。小剣(スモールソード)なんていう、剣以上長剣以下の中途半端なのもあるけど。ゲームとかだと長剣って片手剣扱いだけれど、実際は両手持ちが主流。完全な片手は小剣までかな。

 この区分けだと、日本刀の物干し竿って、両手持剣扱いなんだね。いや、日本刀って両手持ちが基本だけど。


 で、この入学祝の翠水晶のナイフは、刃渡りが十二センチの代物ですよ。柄の長さとほぼ同じ程度の刃渡りしかありません。明らかに戦闘用じゃないね。

 林檎とか剥いている方が合いそうです。


 さて、それじゃ部屋の隅っこにいって、付術しましょ。


 付術台出して、魔石出して、そして肝心のナイフを置いてと。


 えーと、割合をどうしようかな。回数使えた方がいいんだけれど、屍鬼くらいは退散できるようにしたいよね。かといって、威力? を上げ過ぎても無駄になりそうだから……って、あんまり回数稼げないな。六十回でいいか。


 せーの、ばぢん!


 付術すると同時に慌てて付術台をインベントリに格納する。


 後ろを見る。


 むくりとリスリお嬢様が起きあがっていた。起き上がってはいるけれど、寝ぼけているみたいだ。

 見ているとゆらゆらと左右に揺れていたかと思うと、ぱたりと倒れてまた眠ってしまった。


 さてと、ナイフの仕上げも終わったし、鞘は明日の昼間にでも作りましょうかね。それじゃ、ソファーででも眠るとしましょう。




 おやすみなさい。



誤字報告ありがとうございます。

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