表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/363

160 いい加減死んでおけ


 がすっ! と、いう音と同時に、ぐしゃ、というか、ごしゃ、というか、とにかく骨と肉が潰れるような音が響いた。


 同時に左手に掛かるとんでもない衝撃と圧力。


 一撃受けて、さすがにヤバイと思って指輪を追加したよ。

 筋力・知力上昇の指輪。


 とにかくドーピングしないとダメだ。吸血鬼相手に真正面から殴り合いとか無理。というか、捕まったら終わる。


 ちょっと見通しが甘すぎた。


 例のナイフは止めで使わないといけない、とにかく、確実に一撃で殺せるようになるまで弱らせないといけない。

 とはいえ、魔法は悩みどころなんだよ。いや、逃げられたら面倒臭いことこの上ないから。


 と、とりあえず片足だけでも使えないようにできないかな。


 とにかく、必死で戦い方、戦術を模索する。ゲームでやってたものが幾つか思い浮かぶ。んだけれど、こうも動きが速いとかなり厳しい。


 まずは、なんとかして足を潰そう。


「まったく、忌々しい盾ねぇ!」


 クラリスが吐き捨てる。


 私の左手にある、青白く燃えるようなエフェクトの掛かっている盾。魔力を固めて一時的に物質化している代物だ。その性能は魔人シリーズの武具と同等。同等とはいっても無強化状態の代物ではあるけれど。


 でも、それでもこの世界に存在するどんな盾よりも高性能の代物だろう(但し、ダンジョン産の魔法の盾は除く)。


 そもそも魔人の盾は、その製法からして頭がイカれている代物だからね。なにせ素材のひとつが魔人の心臓だから。どこの妖怪退治の槍だよ。


 とにかく近接戦闘メインは止め。危なすぎる。


 視界の端に浮かんでいるアイコンのカウントダウンがもう直ぐ終わる。盾が消える。そうなる前に隙をつくらないと。とにかく盾は現状生命線だ。これがなくなったらこっちの体があっというまに壊される。


 【神の霊気】!


 自分を中心に、球状の光の球が私を覆う。対不死の怪物用の攻防魔法だ。


「っ!?」


 猛攻していたクラリスが飛び退いた。


 ジュッと、肉の焼ける音が一瞬だけ聞こえた。


 すかさず【聖水】を撃つ。水弾はクラリスの左足に当たった。だが当たったのは左足首から下だ。狙いは膝だったんだけれど、クラリスの移動距離が予想よりも遠かった。


 【召喚盾】を再召喚する。


 これで警戒されて逃げられたら困るんだけど。それを思って近接戦をやったけれど、私じゃどうにもならなそうだしな。ボーと訓練しておいてよかったよ。やってなかったらあっという間に殺されていたに違いないよ。クラリス、確実にボーよりも強いし。


 クラリスは左足を前に出すように斜に立っている。そのぐしゃぐしゃだった左腕はほとんど修復され、元通りになっていた。とはいっても、伯爵と戦っていた時に比べ、その速度は段違いに遅い。左足に至っては、いまだにじゅうじゅうと煙を噴いている。


 まるで酸を浴びたみたいだ。いや、実際に浴びたらあんな風に煙を噴くのかどうかは知らないけど。映画の演出とかでしか観たことないし。


「貴様……」

「おや? 水は嫌いだったかな?」


 とりあえず挑発しておく。


 見た目や話し方からして、出来る女っぽく見えるけれど、実際のところクラリスはかなり単純な思考をしていると見た。

 引き際とかの思い切りはいいけれど、邪魔が入らない状態でなら、逃げずに私の血を手に入れることを優先するはずだ。


 魔人を使えば楽かもしれないけれど、あの戦闘能力だとたちまち殺しかねないからね。そうするとあの棺桶で復活するわけで。そんなことになったら、どれだけ被害が出るか分からないよ。

 いまあの棺桶、どこにあるんだろ? もう教会に運ばれたのかな? それともまだバッソルーナ? 後者だとしたら、アイツらが餌になるだけか。あぁ、いや、まだ兵隊さんたちもいるだろうし、それは絶対に避けないとだめだな。


 右手に魔力を溜める。


 よし、とりあえずこの間決めた通り【聖水】メインの戦い方に切り替えだ。できればゼロ距離でぶつけたい。というか、きっとそれじゃないと躱されるだろうし。


 あぁ、面倒臭いな。


 瀕死にしないとナイフは使えないとか、どこのモンスターをとっ捕まえるゲームだよ。あれはナイフじゃなくて変なボールだけどさ。


 【聖水】を撃つ。クラリスはちょんと右に跳んで躱し、着地と共に一気に間合いを詰めて来た。


 ちょっ!? 【神の霊気】もお構いなしかよ!?


 慌てて盾で打撃を受ける。が――


 盾を掴まれた!


 盾を放棄する。途端に【召喚盾】は霧散し消滅する。僅かながらにでも盾を支えにしていたクラリスはよろめいた。

 もちろん、その隙を逃すなんてありえない。


 【聖水】!


 ばしゃりとクラリスに掛かり、その服をびっしょりと濡らす。クラリスはくぐもった声を上げると再び飛び退き、服を破り捨てた。


 月明かりの下に現れる白い裸身。聖水の効果のせいで、しゅうしゅうと白い煙を上げているけれど、その体に瑕はひとつとしてついていないようにみえる。


 正直に云おうか。嫉妬しかねぇ。ちくしょう!


 なによ、あの完璧なプロポーション! 羨ましいったらないよ!


 私は胸が大きすぎてバランスが悪いんだよ! なんでこんなに育っちゃったかな? 私は乳じゃなくて背丈が欲しかったんだよ!


 なんだかリスリお嬢様には気に入られてて、一緒に寝てるときに揉まれたりしているけどさ。

 変な気分になって、同性愛に目覚めそうとか気が気じゃなかったりするけどさ。って、そんなのはどうでもいいんだよ。


 ……ぬぅ。


 私はクラリスを睨みつける。


 クラリスはどこぞの漫画のキャラよろしく、しっかと開いた左手を顔に当てるような恰好でこちらを見ていた。


 わずかでも灼けた顔を見せたくはないのだろう。


 おろしている右手がバチバチとスパークしている。


「なぜ抗う。お前の血はもう私のモノなのに」

「云ってくれるな。俺の血は俺のモノだ」


 雷撃主体にされるときついかな。【魔法盾】と【召喚盾】の併用とか、やり難くて仕方ないしな。さすがに両手盾はネタにしかならないし。


 クラリスが雷撃を放つ。それを【召喚盾】で受ける。


 ばん!


 と、弾ける音と共に、私の左腕に激痛が走った。雷撃が盾を貫通したのだ。


 痛った! 痛った! うぅ、手が痺れる。やっぱり雷撃系はスタン効果があるみたいだ。

 って、痛みに悶えてる場合じゃないよ!


 クラリスが雷撃を連射してくる。どうやら近接戦闘から遠距離戦に切り替えたみたいだ。

 これは予想はしていたんだよ。【神の霊気】を展開すれば、こうなるかなって。なにせ、接敵するだけでダメージを受けるんだもの。それだったら遠距離攻撃をするよね。その手段があるんだもの。


 雷撃の速度を避けるなんてできようもない。盾受けするしかない。でも【召喚盾】は対物メインの盾だから、魔法はほぼ貫通するんだよ。だからといって【魔法盾】だと魔法は防げるけれど、対物はからっきし。正直、雷撃よりもクラリスに殴られる方が致命的だ。


 【召喚盾】は外せない。それなら【魔法盾】との両手持ち? いや、そしたらどうやって攻撃すんのよ。


 一応、反撃として【聖水】を撃っているけれど、水球の弾速は遅いから遠距離だと躱される。


 こっちも雷撃に切り替える? いや、でも、効き目――痛い痛い痛い!


 だぁっ! HPバーが減って来た。思った以上にダメージ受けてる!?


 慌てて魔法で回復する。


 なんだかジリ貧になってきた。どうしよう?


 一定距離を保ったまま、魔法の撃ちあいを続ける。ここではっきりしたのは、確実にクラリスと私の魔法は似て非なるモノであるということだ。

 私は魔法を撃つのに、どうしても魔力を溜めなくてはならない。だから一撃一撃の間が空く。でもクラリスは平気で連射してくる。


 この差を覆す方法としては、継続型の魔法に切り替えればいいんだけれど、いかんせん、射程が短いのだ。所詮素人級だしね。それ以外となると、達人級の雷魔法だけれど、達人級は両手を使うから盾を放棄しなくちゃならない。


 多分、盾を捨てたら一気に近接戦闘に切り替えて来るだろう。【即死回避】と【死の回避】があるから、確かに私は一日一回までなら死ねるけどさ、それを見越してまで試そうとは思わない。


 だって、畳みこまれたら死んで回復した直後にまた殺されて終わるもの。


 魔人使うか? いや、魔人だと一気にクラリスを殺しちゃいそうだなぁ。あの鉄のナイフで殺さないとだめなんだから、それは困る。


 あぁ、もうっ! 本当に面倒臭いな!!


 有効な打開策が思いつかず、バシバシと雷撃魔法の撃ち合う。言音魔法? 言音魔法はちょっと使いたくないんだ。クールタイムがあるから、できるならここぞというタイミングで使いたい。


 そんなことを考えていたら――


 がしっ!


 !?!?!?


 いきなり羽交い絞めにされた。


 え、なに?


 クラリスの雷撃が止んだ。


「よくやったわ、オダリス」


 え、伯爵!? うそ、ここでクラリスに屈したの!?


 ちょ、マズイマズイマズイ。


 腕を上にあげられているから、これじゃ魔法の狙いをつけられない。私の使う魔法の欠点ともいえる。腕を発射台にしているから。


 タイミング悪く纏っていた【神の霊気】が切れる。張り直す? いや、張り直すならクラリスがもっと近づいてからだ。


 それと、しかたないから【氷の棺】を使おう。クラリスを拘束している間に、伯爵の始末をしな――


 不意に私の拘束が解かれた。


 え?


 私もクラリスも、きっと同じ顔をしていたに違いない。


 直後――


 ごっ!


 クラリスが伯爵に側頭部を殴りつけられ、数歩退いた。頭を抑えた右手の指の隙間から、血がたらたらと流れている。ここから見ても頭蓋が歪んでいるのがわかる。伯爵の一撃が骨を砕いたのだろう。


「いっただろう? クラリーヌ。私の忠誠は国家に捧げていると」


 いいながらも伯爵は胸に手を当て、その場に崩れた。かなり無理をしていたようだ。回復が終わっていない上に【神の霊気】に晒されたこともそうだけれど、それ以上にクラリスの強制力に抗うことに。


 クラリスは頭部に受けた打撃のせいで、よろめいていた。伯爵の一撃で砕け、歪んだ頭蓋が修復されていくのがわかる。


 好機だ。


 私は伯爵の脇を通り抜け、一気に間合いを詰めた。


「『フォース!』」


 ほぼ一言で発動できるように設定しておいた簡易ワードで、言音魔法【揺るがぬ力】を発動。


 前面に衝撃波を放つ魔法だ。


 クラリスが全身に衝撃を受けて吹き飛んだ。


「がっ!」


 猛烈な勢いで屋敷の壁に叩きつけられて、その場に転がる。煉瓦の壁が割れ崩れ、骨組みであった太い木の柱が歪んでいるのが分かる。クラリスは壁に叩きつけられた際に、そこかしこを骨折したらしく、動きが鈍い。


 ここで終わりにする。


 起き上がろうとしているクラリスの許へと隠形モードで近寄る。


 ついでだ、【透明変化】も使う。


 例のナイフを抜く。


 クラリスが身を起こし膝をついたところで、その胸にナイフを突き立てた。

 胸の真ん中。やや右寄り。クラリスの左胸。心臓の位置を狙い撃ちだ。


「はっ!? あっ!?」


 クラリスは目をパチクリとさせていた。


 不意打ち。打撃二倍。死に至らしめるに足りるか怪しいが、それならここでさらに魔法も追加してやればいいだけだ。


「き、貴様――」

「いい加減死んでおけ」


 私がそう云った直後、クラリスが私の仮面を掴んだ。

 仮面がズレ、フードが外れる。

 私の素顔が露わになる。黒髪が零れる。


 クラリスの目が見開かれた。


「な……めが……み……?」

「見たね……」


 歯を剥くように笑みを浮かべる。それこそサメみたいに見えるように意識して。


 満足したような笑みを浮かべる。それこそすべてを諦めたように私を見つめて。


 クラリスの目が虚ろになり、伸ばしていたその手がぱたりと落ちた。


 実にあっけない終わり。私の手の、黒っぽい粘る血のついた鉄のナイフが妖しげな輝きを放っている。どうやら魂を封じることはできたようだ。あとはこれを、女神様に送ればこの仕事は終わりだ。


 私はクラリスの瞼を閉じると立ち上がった。


 ……素っ裸っていうのも可哀想だよね。


 辺りを見回す。クラリスが着ていた服は破れてダメだし。……あ、ハゲ、失神してるね。ひっくり返ってる。狂乱候がなにかしたのかな? 丁度いいや。


 レブロン男爵の所まで行き、その服をインベントリに取り込む形で剥ぎ取る。上だけね。下は失禁したせいであれだからね。ヅラは外して胸の所に置いておいてやれ。

 そしてクラリスの遺体を一度インベントリに格納して、男爵の服を着せて出してと。裸よりはマシでしょ。体格的に、男爵はそれなりに大柄だからね。上着だけでもクラリスの膝上くらいまで


 検分はされるのかも知れないけれど、運んでる途中の兵士や軍犬隊の人に見られることはなくなるだろうからね。


 さてと、つぎは――


「女神アンララー様、私のような者が拝謁する無礼、どうかご容赦を願います」


 背後から伯爵の声が聞こえた。


 あぁ、仮面、外されたままだっけ。


 私はクラリスに剥ぎ取られて落ちた仮面を拾い上げると、装備しなおした。そして改めて伯爵に向き直る。

 伯爵はまるで臣下の礼を取るように、跪いていた。


「この姿の時はレイヴンだ。畏まる必要などないよ、伯爵」

「しかし――」

「小僧で構わんよ」


 そういうと、伯爵は暫し目を瞑り、微かに笑んだ。


「小僧、頼みがある」


 跪いたまま、伯爵が私を見上げる。その目は落ち着いていた。先ほどまであった、まるで抜身の刃物のような迫力が失せていた。

 クラリスが死に、その強制力が消えたことも影響しているのだろう。


「なんだ?」


 私は伯爵に望みを促した。もっとも、伯爵がなにを頼もうとしてるのかなんて、なんとなく予想がつくけれど。


 そして伯爵は、私の予想通りの言葉を口にした。


「私を殺してくれ」




 私はなんとも寂しいような気持ちで、ひとつ大きく息をついたのです。



誤字報告ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ