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159 無双できるんじゃないかな?


「うらぁぁぁぁっ!」


 魔人が大剣をブンと横薙ぎに振りぬいた。その一撃をまともに喰らった執事は炎上し、火の玉となって吹き飛んでいった。そして庭の向こうで二、三度バウンドして止まった。


 大剣が当たった時、なんだかギャリギャリっていうような金属の擦れる音が聞こえたから、あの執事、服の下に鎖帷子でも着ていたのだろう。

 炎上した以上、まったくの無駄だったけど。あれ、魔法の火だから一定時間消えないし。肋骨もへし折れただろうしね。


「さぁ、苦しめ!」


 メイドの首が飛んだ。魔人が剣を振るたびに、なにかしら飛ぶ。首とか腕とか。あぁ、今度は胴を両だ――うわぁ、中身が、中身が……。


 いや、いくら動物の解体で慣れたとはいっても、さすがに人間だと……。


「弱いな! 常命の者よ!」


 いや、あいつら不死の怪物(アンデッド)化しているから、定命の者(モータル)とは違うんじゃないかな?

 というか、不死の怪物化していても、首を刎ねられたら完全に死ぬみたいだ。まぁ、あの大剣は魔剣だしね。炎打撃の付いた。さっきメイドが火だるまになって、地面をゴロゴロと転げまわっていたし。あの執事も動かなくなったしね。


「貴様を殺して、我が主に忠義を示すのだ!」


 魔人。狂乱候(レイバーロード)が突撃して、まだ二分と経っていない。にも拘わらず、もはやあいつらは半壊状態だ。戦意は喪失していないけれど、どうみても勝ち目が無いのはあきらかだ。


 まるで心臓が脈打つみたいに、赤い紋様が微かに明滅する黒い鎧に身を包んだ鬼人。ただでさえ戦闘能力の高い鬼人が、長大な魔剣をぶん回しているのだ。普通の神経の持ち主なら、一目散に逃げだしているだろう。


 いや、見た目は鬼人だけれど、実際は別物だし。


 ついに最後に残ったメイドが刺し貫かれて炎上し、戦闘が終わった。


「また凄まじいな……」

「鬼人に見えるが、実際は神の生み出した戦闘特化の魔人だからな」


 呆然と呟くオルボーン伯爵に、私は肩を竦めて見せた。

 狂乱候は「静かになったな……」といいつつ大剣を背に納め、私の側に戻って来た。


 それにしても、男爵とクラリスはどうしたんだろ? 出てこないけれど。


 【霊気視】を使って確認する。あ、静かになったのに、誰も報告に来ないからだろう、慌てたように動き始めた。


 狂乱候が大剣を構える。


「死にたい者が、またひとり現れたか」


 扉のなくなった入口へと向かう。

 その入り口から現れたのはレブロン男爵であった。


「見つけたぞ、弱者め!」

「ひっ!?」

「殺すな!」


 私が命じると、狂乱候を振り下ろした剣をピタリと止めた。男爵は直前で止まった剣に腰を抜かし、へたり込んだ。


 たちまち股間に染みが広がっていく。


 あー、失禁したか。そういやスケさんにびびってたし、基本的にヘタレなんだろうね。


 再び剣を背に納め、狂乱候が戻って来る。


 ゲームでもそうだったけれどさ、もう、これだけで無双できるんじゃないかな? どんだけ強いのさ!?


 いや、ゲームだとアプデで最高難易度が追加されたら、さすがに無双はできなくなったけれどさ。

 そういや、あの最高難易度の詳細を知って、唖然としたっけ。なにせ、プレイヤー側の攻撃力と防御力が表示されるものの四分の一になるとか、どんだけよ。しかも難易度上昇に合わせて、敵は強くなっているという有様。更に耐性を百パーにしてもダメージが入るというね。尚、ドラゴンのブレスに触れただけで死にます。一秒保たない。炎耐性があってもガリガリ減るというね。


 鬼か!


 チュートリアル後、最初のガイド役NPCと別れた直後に遭遇した狼相手に死闘を繰り広げたのはいい思い出だよ、ちくしょう。

 一、二を争う雑魚だぞ。それを倒すのに三十分以上掛かるとかないよ。


 あぁ、いや、ゲームの話はいいや。しかし魔人の力がリアルでこれだと、いろいろダメなんじゃないかって気がするよ。まぁ、今回のことが終わったら、召喚魔法の技量が百を超えるまで使わない予定だけれどね。


「小僧、来たぞ」


 伯爵の言葉を聞き、私は男爵邸の玄関に視線を向けた。


 そこには、白い貫頭衣のような服を纏ったクラリスが立っていた。

 仮面をつけず、瑕ひとつない顔を晒して。


 クラリスは妖しげに微笑んでいた。


「これはこれは。見たことのない御仁と、見たことのある御仁。こんな時分にどんな御用かしら?」

「分かっているだろう? クラリーヌ」


 伯爵が前へと進み出る。


「武器はいるか?」

「不要だ。全力で振ると簡単に折れるのでな。あぁ、それとだ、小僧。手出しは無用だ」

「ここで奴を仕留め損なうわけにはいかないんだがな」

「すまんな」


 まぁ、一緒に倒しましょう、なんてことにはならないだろうなぁ、とは思っていたよ。そもそも協調性なんぞ、伯爵はともかくも私には備わっていないようなものですからね。共闘なんて多分無理だし。


 途中で面倒になって、巻き込むこともお構いなしに魔法をぶっ放す未来しか見えないよ。死んでなきゃ治せるし、とかいう精神で。

 自分の性格ですからね、その辺りの事はよくわかっていますよ。えぇ、自覚していますとも。私は基本的に面倒が嫌いなのだ。


 そんなわけで、伯爵とクラリスの戦いを見物……とはいかないわけで。


 逃げようとしているハゲを狂乱候に捕まえてもらって、そのまま監視してもらう。うん、永続召喚だと純粋に手が増える訳だから、こういうところは助かるな。


 で、私はというと、急いで死体を回収。これ以上損壊されても問題になりそうだし。とはいえ、インベントリに入れっぱなしにしておくわけにもいかないので、門のところに並べて置く。

 ほら、さっき逃がしたメイドの報せで、きっと軍犬隊のみなさんが来るだろうしね。軍犬隊が大規模に動けば、なにごとかと治安維持隊も動くだろう。そうなるとインベントリから死体を出すのが非常に難しくなってしまうもの。


 うん、後ろで激しい戦いが繰り広げられているのを尻目に、死体を並べたよ。

 さすがに生首を持ったりするのは初めての経験だよ。なんだろうね、あまりのことに現実感がないから、吐気とかはないけれど、今晩、悪夢を見そうな気がするよ。それと上下に分断されたこの遺体。飛び出した臓物がもう……ね。


 一応、死体全てに【聖水】をぶっかけておいた。既に不死の怪物化していた死体だから、ゾンビ化はしないと思うけれど念のため。


 ん? 戦闘そっちのけでなにやってんだって? いや、だって、死体を残しておかないと、身元やらなんやら面倒なことになりそうだし。

 それに死体のあるところで戦うのもね、踏んづけて転びそうだし。

 頑張ってふたりが戦っている足元に転がってる死体も回収したんだよ。隠形モードで回収してきたから、ふたりは気が付かなかったけれど。




 伯爵とクラリスの戦いは激しいものだった。


 基本的に殴り合い。時折クラリスが雷撃を放つけれど、伯爵がそれをさせないように立ち回っている。クラリスは撃てても、明後日の方向にばかりという感じだ。


 見物に回った私の方にも飛んできたりするけれど、それは【魔法盾】ですべて防いでいる。


 双方吸血鬼ということもあって、その戦いも異常といえた。一言でいうなら、いわゆる格ゲーの世界だ。異常な反射速度。有り得ない跳躍力。そして一撃ごとに周囲に衝撃をつたえる打撃力。


 時たま当たる打撃が、尋常じゃない。なにせ打撃音がおかしい。普通の殴る音と一緒に、骨の折れる音が聞こえて来る。これは防御のために相手の拳を受けた腕の骨が折れる音。それに加えて、攻撃した側の腕の骨が折れる音でもある。


 殴る度、受ける度に骨折し、そして次の一撃を繰り出すまでにそれを修復、回復しまた殴る。こんなことの繰り返し。安全に生きていくために架せられている、生物としてのリミッターが完全に外れている。


 さすがにアレに当たるのはマズいよね。リンクスの時、胸に穴開けられたし。いまは装備的に大分違うけれど。

 あと、現状【黒檀鋼の皮膚】が当てにならないからなぁ。うん、盾を出して、盾受けする方が堅実だろう。


 多分、私が身体能力を向上させる指輪を装備していなかったら、見えなかったんじゃないかな。


 改めて思うけれど、吸血鬼、怖すぎでしょう。


 そして戦況だけれど、伯爵が不利だ。多分、クラリスによる強制力が影響していると思われる。いわゆる血親というやつだ。血を吸われた者は、血を吸った者に従属するとかいうやつ。


 以前は召喚アイテムの強制力と相殺されていたんだろうけれど、その召喚アイテムはもう封じられてしまっているからね。それとも破壊済みなのかな? いずれにしろ、もうその影響力は消えてしまっていると思われる。


「しつこいわねぇ。いい加減に従いなさいよ!」

「私の忠誠は国家に捧げている」


 クラリスが喚き、伯爵が答える。


 クラリス、焦れて来たね。でも伯爵の動きも精彩を欠き始めた。そろそろ均衡が崩れそう。


 そんなことを考えた直後、クラリスが伯爵の拳を躱すと同時にその腕をつかみ引っ張った。

 拳を突き出し、体が伸び切ったところを引っ張られたのだ。当然の如く、伯爵はたたらを踏むように少しつんのめった。その隙を逃さずクラリスは伯爵に抱き着くと、その首筋に噛みついた。


「ぬぅっ!?」


 伯爵がクラリスを突き放し、蹴り飛ばした。ブチブチという肉の千切れる音がここまで聞こえた。


 首筋の肉が食い千切られたのはダメージが大きいらしく、血を流しながら伯爵がよろけた。

 そこへ体勢を立て直したクラリスの手刀が襲いかかる。


「ぐっ!」


 胸を貫かれ、伯爵が膝をついた。それに伴い、ずるりと伯爵を貫いたクラリスの左腕が抜ける。その指は歪み、折れるどころか砕けているのがわかる。


 私は弾き飛ばされたけれど、伯爵は手刀が貫通した。それを考えると、あのローブは穴が開いたものの、十二分に仕事をしていたのだろう。私の心臓が潰されたことを考えると、役に立っていなかったことは変わりないけれど。


 あぁ、ローブはまだ戻って来ていないよ。


 クラリスが右手を振り上げる。


 あぁっと、伯爵を殺させるわけにはいかないんだ。


 【太陽弾】を撃つ。


 突如として顔面に向かってきた光の球に、クラリスは左手を顔の前に翳し、飛び退った。だが真後ろに飛んだために、【太陽弾】はクラリスの左手に直撃した。


 灼ける左腕に目を見開き、クラリスが警戒するようにこちらを見ている。


「伯爵、交代だ」

「すまんな小僧。消耗させることもできなかった」


 ……。

 やっぱりだよ。途中からなんとなくそうじゃないかとは思っていたけれど、伯爵、捨て駒になる気だったね?


 クラリスをみる。左手の火傷の治りが明らかに遅い。

 例え吸血鬼だとはいえ、無限に体を再生できるわけじゃない。再生するには、当然それに必要なだけのエネルギーが必要になる。


 いや、栄養(カロリー)というべきか。


 再生速度が遅い。即ちガス欠というわけだ。


「ここからは俺が相手をしようか。リンクスも世話になったことだしな」


 リンクスの名前を出す。


 あは、思った通り、目の色を変えたよ。さすがに名前は調べたみたいだ。まぁ、武闘大会で名乗ったからね。


 そしてリンクスといえば、クラリスにとって最高の血の持ち主だったわけで。レイヴンは軽装鎧ながらも、その鎧の色合いはリンクスと同様。


 ならば、レイヴンも美味しい餌と判断したのだろう。


「あっは、最高の血が自ら来てくれるなんてねぇ」


 クラリスが一気に間合いを詰める。


 その右の貫き手を躱し、いなし、踏み込み、右拳をクラリスの鳩尾に付き込む。


 って、そういや呼吸はフェイクか。人間の急所を殴っても意味ないかな?


 確かな手応え。その一撃がクラリスを退かせた。


 うん。前回の時の【死の宣告(死ぬがよい)】はしっかり効いてるね。いまの手応えおかしかったもの。多分、胸骨が折れたはず。


 筋力のドーピングもしていなければ、打撃力も上昇させていない。素の私のパンチ力で、骨をへし折るなんてできようもない。

 【死の宣告】の防御力低下がしっかりと効いている証拠だ。


 実際、クラリスは驚いた顔をしている。伯爵ならともかく、ただの人間の一撃で、人体において一番頑丈(なんだっけ?)な胸骨がおられるとは思わなかったのだろう。


 さて、それじゃ近接戦闘を頑張ってみよう。




 そして、私は魔法を発動させたのです。




 【召喚盾(バウンドシールド)】!



誤字報告ありがとうございます。

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