156 今日はジャガイモ尽くしです
目の前でカリダードさんが頭を抱えています。
こんにちは、キッカです。武闘大会でこれ幸いとアンララー様がストレス解消をするのを見届けた後、私は冒険者組合へとやってきましたよ。
昨日、ジャッカロープの件で話を訊きたいと頼まれましたからね。
なので、とりあえず一羽、テーブルの上に置いてみました。
なんというかですね、ジャッカロープ、UMAどうこう以前の問題で、完全な新種だそうです。
普通にいっぱいいたんだけど。
あぁ、でも【アリリオ】周辺だとみなかったな。こいつらがいっぱいいたのは、テスカセベルムとの国境あたりだ。二百年前の戦争の時に、賠償でテスカセベルムから割譲された土地のところだね。あそこは一応イリアルテ侯爵領になるのか。
そういや、テスカセベルムは色々と不足しているみたいだけれど、あのあたりを開拓して農村でもつくればいいのに。あまりに国境に近いと問題視されそうだけど。
それともあの辺りは危ないのかな? そういや怪獣猪とかもあの辺りで遭遇したしなぁ。
推測するに、ジャッカロープは森の奥から南下してきたんだろうね、きっと。
ってことは、こいつら結構強い? 私は簡単に狩ってたんだけど。
まぁ、隠形しながら【氷杭】を撃ってただけなんだけどさ。
「オークションに掛けますか?」
起き上がったカリダードさんが突然そんなことを訊いてきた。
芸術祭の最終日にオークションが開催されるそうだ。芸術祭はその名の通り文化振興のお祭りだ。演劇などの舞台だけでなく、絵画や彫刻、宝飾品なども展示されるわけで。それらの作品すべてではないものの、一定数がオークションに掛けられるのだそうだ。
……えぇ、そんなところにこれ出すの? 芸術とまったく関係ないですけど。
「確実に落札に来る方はいますので、そこは大丈夫です。こちらでも情報は流しますし」
「落札されるんだ……いや、私が気にしているのはそこではなく」
「ナバスクエス伯爵が競り落とすでしょうね」
「格闘兎に賞金掛けてた伯爵様ですよね? バジリスクも落札した」
確認するとカリダードさんは頷いた。
「もういっその事、そのナバスクエス伯爵に献上しちゃったほうがいいんじゃないですかね?」
「先に新種の兎であることを認知させるほうがよいでしょう。その方がいろいろとトラブルを避けられます。オークションであれば、問題なく広まるでしょうから」
「いろいろ、ですか?」
「えぇ、いろいろです。ところで、これはどこで?」
そんなわけで狩った場所と、ついでに味も説明したところ、なんというか、凄い呆れられたような顔をされたよ。どういうこと?
「その……食べたんですか?」
「食べましたよ。美味しかったです。個人的にはスクヴェイダーより美味しいと思うんですけどねぇ」
「……え?」
「まぁ、兎ですからねぇ。個人的にはジャッカロープ>格闘兎>スクヴェイダー>兎>アルミラージって感じですかねぇ」
そう答えると、カリダードさんはテーブルに載せられたジャッカロープをじっと見つめた。
「食べてみます? もう一羽くらい提供しますよ」
そういってもう一羽、鞄から取り出して先の一羽の隣に置いた。
尚、獲りたての状態であることは「私、魔法使いですから」で押し通した。外傷がないのに血を抜いてあることも「私、魔法使いですから」で押し通した。
さて、これで組合での用事は完了。あとは帰るだけです。
そうそう、二羽目のジャッカロープは剥製(トロフィー。首だけの壁掛けね)にして、飾るのとのこと。
無駄に可愛らしいから、壁掛けにするのはいいかもしれない。こっちには動物愛護団体なんてないから、まったくもって問題もないしね。
◆ ◇ ◆
ただいまー。
イリアルテ家王都邸へと帰ってきましたよ。
帰り際に今後やることを考えていたんだけれど、意外に増えた。
今日の夕食は問題ないとして、問題になるのがセシリオ様への入学祝い。サンレアンに帰ってから作ろうかと思ったけれど、サンレアンに帰る際に渡すことに変更。
いや、そうしないとかなり間が空いちゃうからね。
そしてすっかり失念していたことがひとつ。セレステ王女様。確か、セレステ王女様も今年から学院に通うはず。
セレステ王女様への入学祝いも作らなくては!
当初、セシリオ様には対毒と対疾病の魔法を掛けたペンダントを贈る予定だったんだけれど、これをセレステ様の方へと変更。いや、同じものだと問題がありそうだからさ。
なので、セシリオ様にはペーパーナイフを贈ることにしましたよ。ペーパーナイフというか、手紙とかの封蝋を切るためのナイフ。もちろん、護身用にも使えるようにしますよ。本当は竜骨で作りたかったんだけれど、まだ竜骨を加工できるだけの技量がないんだよね。なので、翠水晶のナイフを作りますよ。
翠水晶なんていっているけど、孔雀石と月長石の合金。……いや、これ合金っていっていいのかな。そもそもこのふたつは金属といっていいのかしら?
まぁ、いいや。
出来上がりは鉱石ナイフみたいになりますよ。翠色の半透明な刀身のナイフになりますからね。見た目も綺麗だし、問題ないでしょう。付術する魔法は【恐怖】と【不死怪物退散】にしておこう。護身刀代わりにもなるようにするつもりだからね。
【恐怖】は斬り付けた相手を怯えさせて逃げ出させる効果。
【不死怪物退散】は斬り付けた不死の怪物を逃げ出させる効果。
自分が逃げる時間稼ぎをする武器、といったところだね。セシリオ様はまだ十才だもの、さすがに賊なんかとガチで戦うのは無茶だろうし。
今晩、また女神さま方にお願いして、一時的に自宅に戻ろう。錬金装備を作らないと、セレステ様へ送る方の付術が半端な代物になるからね。うん、今晩は忙しくなりそう。
「キッカ様、本日のメニューはなんでしょう?」
王都邸の料理長、ナタンさんが訊いてきた。その後ろには助手の料理人が二名控えている
「エメリナ様に予告しましたからね。今日はジャガイモ尽くしですよ」
そういって私は背負い籠を足元におろした。そしてその上に抱えていた籠を置く。
いずれも中身はじゃがいも。背負い籠の中身が男爵いも。抱えていた籠の中身はメークインだ。
メークインは肉じゃがに使って、男爵いもはほか全般を使う予定だ。
みんなで皮を剥いて下拵えを開始。
手の空いているメイドさんたちも手伝いに来てくれたよ。というか、なんでクリストバル王弟殿下まで!?
え、えーと……あ、イネス様、これは問題には……あ、問題ない。好きにさせろと。あ、はい。それじゃお手伝いをお願いします。
そんなわけで、王弟殿下と一緒に調理開始です。
さて、まずは肉じゃがからいきましょう。一番時間が掛かりそうだし。かなりアレンジを加えないと作れそうにないからね。
……できそこないのビーフシチューみたいになりそうな気がする。
こっちの牛は労働力なので、食肉用の牛なんぞいません。なので牛肉のお味は非常に残念なものとなっています。そんなわけで使うとすると豚、猪、鹿、兎のいずれかとなります。今回は猪を使いますよ。メークインと人参、玉ねぎ、猪肉を切って炒めてスープベースで煮込むだけ。簡単です。
野菜の切り方は好みでいいんじゃないかな。食べやすいサイズなら。煮込みのスープは、こっちには醤油も出汁もないのでスープベース……ブイヨンみたいなやつを使いますよ。これで二、三十分弱火に掛けて置けばOK。
次、ポテトグラタン。適当に刻んだ玉ねぎと塩漬け肉を炒めて、玉ねぎに火が通ったらコンロから降ろす。そして小麦粉をごそっと投入。しっかりと和えたらミルクを入れて再び火にかける。とろみがついたら、下茹で済みのジャガイモを入れた皿(グラタン皿なんてないから、適当な深い皿)にフライパンの中身を投入。あとは上にチーズを適当に載せて、パン粉を振って、オーブンへ。これで焼けるのを待つだけ。二十分くらいかな?
次、ビシソワーズ。下茹でした男爵イモをマッシュして裏ごし。粗熱が取れたらミルクと合わせて完成。と、塩胡椒で味を調えるのを忘れずに。冷やさなくちゃいけないので、今回は私のアイスボックスを使うよ。
冷蔵庫みたいなものは無いのかな? 帝国のダンジョンから見つかったりしてないのかしら?
次、野菜コロッケ。ひき肉を作るのが面倒なので、野菜コロッケですよ。炒めた人参、玉ねぎ、緑豆をマッシュポテトに和えて形を整えてと。もちろん塩胡椒を忘れずに。あとは衣をつけて揚げれば完成。ソースはトマトソースでいいや。ちょっぴり塩を効かせれば大丈夫だろう。
次、ポテトサラダ。マッシュポテトに塩揉みしてしんなりするまで放置したキュウリの輪切り(水に晒して余分な塩っ気は除去)をマヨネーズと和える。キュウリの代わりに刻んだ柴漬けを使ってもいい。まぁ、柴漬けなんてないんだけれどさ。……今度、柴漬けを作ってみよう。多分、材料は揃ってるし。
次、ガレット。男爵イモを千切りにして、塩漬け肉も似たように刻んでと。これをバターを引いたフライパンに敷き詰めて、上からおしつけつつ焼く。少ししたら蓋をして放置。ジャガイモが透けてきたらひっくり返してまた放置。このひっくり返すのがちょっと難しいんだよね。一応ひと塊にくっついているんだけれど、端っことかは崩れそうで。
上からお皿を被せてひっくり返してお皿に載せたあと、フライパンにスライドさせて載せるのが一番簡単かな?
塩漬け肉を使っているから、特に味付けは不要だよ。お肉の獣臭さが気になるなら、香草を散らす程度かな。後は焼きの際にお酒を加えるか。
次、じゃがいももち。こっちの主食になってるバレの替わりに一応作ったよ。つくり方はちょっと違うけれど。残ったマッシュポテトと小麦粉にちょっぴりのミルクを合わせて練って、フライパンで焼くだけ。片栗粉はないから小麦粉を代用したよ。えぇ、いつもの「細けぇこたぁいいんだよ」の精神ですよ。あ、塩で味は調えたよ。ただ、ナンみたいな感じにはせず、丸餅っぽい形にしたけれど。
そして最後にフライドポテト。スナック枠? これは揚げるだけだから、最後に作ればいいだろう。すぐだし。上がったら塩をふるだけだし。マッシュポテトを形成して揚げてもいいけれど。いや、それだとハッシュドポテトになっちゃうか。
そうだ。ついでだからポテトチップも作っておこう。油の温度も十分だしね。
「とりあえずこんなところかな。ジャガイモレシピの有名どころは押さえたと思うし」
「え?」
私の言葉にクリストバル様が目を瞬いた。
「ほかにもあるのかい?」
「ありますよ。粉ふき芋とか、ベイクドポテト、スパニッシュオムレツ。まぁ、下茹でして、あとは適当に炒めたりなんなりすればいいだけですから、特定のレシピなんてなくてもなんとかなりますしね。さすがジャガイモ、万能根菜だ!」
ルナ姉様から伝わっているとは思うけれど、芽と、緑色になったジャガイモは毒なので食べないようには云っておいたよ。毒とはいっても食用に適さなくなっただけで、種芋にはなるとも。
さてさて、これにて本日の夕食は完成です。
◆ ◇ ◆
夕食は好評でしたよ。
それぞれのメイン食材がすべて一緒であることにも驚かれて、私としては満足です。まぁ、個人的には、肉じゃがが別の何かになっていたのは苦笑いするしかなかったけれど。
……あれはどう頑張っても、肉じゃがの味とはいえないよねぇ。深山家の肉じゃがは砂糖もみりんも使わないから、甘みがないとはいえ。あぁ、どうせなら生姜でも放り込めばよかったのか。確か生姜はあったはずだ。ワインに入れたりするのを見たことがあるし。
で、レシピですが、エメリナ様がすべて買うとのことでしたが、さすがに今回はそれを受ける訳にはいきません。
いや、こっちにある既存の料理のレシピと似たようなのもあるからね。さすがにそれでお金を貰うわけにはいきませんよ。
なんとか金貨二十枚で収めたよ。ビシソワーズとグラタンはともかく、ガレットとか肉じゃがはねぇ。ガレットは千切りして焼いただけだし、肉じゃがはシチューみたいなもんだしね。
そして、個人的に一番おいしく感じたのがポテサラとフライドポテトというあたりにも、苦笑いするしかなかったりするわけで。コロッケも美味しかったけれど、トマトソースだとやっぱりパンチに欠けるんだよ。グラタン? グラタンも美味しかったよ。でもあれはメインはチーズだ。たとえ上に掛かっているだけで、大半がジャガイモだとしても、主役はチーズですよ! 「チーズの為なら人だって殺せる」は至言だ! (酷ぇ!)
あぁ、久しぶりに食べたポテサラ。美味しかった。これは早々に柴漬けを作らなくてはならないな。柴漬けポテサラは私の中では至高。
とはいえ柴漬けの作り方は知らないんだよね。赤紫蘇を加えて普通に漬ければいいのかな? まぁ、サンレアンに戻ったらやってみよう。
ん? ポテチ? ポテチは別格でしょう。美味しくないわけがないの筆頭ですよ。
全体でかなりの分量を作ったけれど、残さず食べて貰えたよ。使用人の皆さんの分を含めても、ちょっと多いかと思ったんだけれど。
そうそう、クリストバル様がメークインを農研に持って行くとのこと。メークインは持ち込まれていなかったみたいだ。
「これで男爵と女王が農研にもちこまれましたね」
などと云ったら、クリストバル様はぽかんとしていたけれど。
とりあえず、赤麦と白麦みたいなものですよ、と云っておいたよ。
ただ今の時刻は夜の十時過ぎ。本当、微妙にアンバランスだよね。この文明レベルで時計なんていう精密機械があるんだもの。
ダンジョンで発見されたものを分解して、模倣して作ったらしいけれど。
帝国産なわけだけれど、帝国の科学レベルはどの程度なんだろう? 他国よりも進んでいるのか、それともダンジョンから出た機械のいくつかを模倣できる程度なのか。
まぁ、時計なら各パーツさえコピーできれば、なんとかなるか。精度に関してはどうかは不明だけれど、とにかく動くものは作れるだろうしね。
ベッドに視線を向ける。今夜はリスリお嬢様に加えてイネス様まで来て眠っている。
イネス様は八月の間は実家への帰省という感じで、このイリアルテ家王都邸で過ごしている。それに合わせて旦那様でもある王弟殿下も一緒に滞在している。
現アルカラス伯爵家当主であるエステラ伯爵夫人ももちろん滞在している。エステラ様はセシリオ様につきっきりだ。
さて、それじゃあ自宅へと戻って、なんとか今夜中にナイフは作ってしまおう。
そして私は、女神様に連絡を取ったのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。