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155 あれが吸血鬼だとしたら、大問題ですね


 冒険者食堂の新メニューとして、塩釜焼とハンバーグが追加された。それとなぜかトマトのチーズ焼きも。


 もっともトマトのチーズ焼きは、トマトの入手が容易になるまでは保留であるし、塩釜焼に至っては予約を受けてから、ということになった。

 あ、普通のローストした鹿肉も新メニューに追加されたんだった。こちらは無くなり次第販売終了となる。多分、十皿限定になるかな。いや、十二皿くらいには切り分けられるかな?


 さて、これらの新メニューだけれど、ハンバーグに関しては非常に面倒なことがひとつある。

 それはひき肉。こいつを作るのが大変ですからね。


 そこで、ひき肉をつくる道具をどうにかしようと思うのですよ。


 えーっと、ミンサーっていうんだっけ? ちょっと興味があって、昔、ミンサーとパスタマシンについては調べたことがあるんだよ。


 そして私の持つ【菊花の奥義書】。これは私の見聞きしたものが記載されていく図鑑だ。私の過去の知識、見聞によるものも記載されている。それこそ、私自身がその内容をすっぱり忘れているものまで。


 えぇ、ミンサーとパスタマシン。その詳細が記載されていましたよ。


 今回必要なのはミンサー。ふむ。構造はそこまで複雑じゃないね。円盤にくっつける刃の部分の取り付けくらいじゃないかな?


 ということで、エメリナ様と相談です。


「ということでですね、変なモノを抵抗なく作ってくれる鍛冶職人の方とかいませんでしょうか?」


 羊皮紙に描き写した、部品それぞれの形状と構造図を示しながら、エメリナ様に問うてみた。


「確かに。毎回あれをやるのはねぇ。ついたてを立てたのは、お肉が飛び散るからでしょう?」

「そうです。結構大変なことになりますからね」


 エメリナ様が顎に手を当て、考え込むように目を瞑る。


「んー。そうね、複数の鍛冶師に依頼しましょう」

「はい?」


 訊くと、各部品ごとに複数の鍛冶師に依頼するとのこと。


「部品だけなら何に使うのか分からないでしょう? うちとしては、少しでも長くアドバンテージが欲しいもの。部品が全部そろっていれば、組み立てるのはこっちでもなんとかなるでしょうしね」

「なるほど。……そういえば、食堂のメニューってどのくらい盗まれました?」


 なんとなしに訊いてみた。もう開店してから二ヵ月くらい経っているんだもの、簡単なものは盗まれているだろう。

 とんこつスープとかは大丈夫だと思うけれど。下準備が面倒だし。


「唐揚げは盗まれたわね。まぁ、揚げるっていう調理法はすぐに露見しちゃったからねぇ」


 揚げ物。油がそれなりのお値段だから、揚げ物をやろうなんて発想自体生まれなかったのかな? いや、考えた人はいたかも知れないけれど、割に合わないと思われたのかもしれない。


 まぁ、最初は素揚げだろうしねぇ。揚げ物は衣があってなんぼって気がするし。いや、ものにもよるけどさ。


 そういえば天ぷらとかも作ってないな。今度作ろう。野菜を揚げるとしたら天ぷらだものね。


 森で牛蒡を探しておくべきだったな。牛蒡、人参、玉ねぎ……かき揚。あぁ、かきあげ天食べたい。


「ほかはまだ大丈夫みたいよ。推測はされているでしょうけれど、まだ商品としてだせるレベルじゃないんでしょうね」

「衣に四苦八苦しているところですかね? そうすると」


 なるほど。ふむふむ……。パン粉あたりに難儀しているのかな?


「あ、そうだ、エメリナ様。ジャガイモが安定して仕入れられるようになれば、揚げ物関連のメニューが増えますよ。あぁ、ひき肉ができれば、メンチカツも作れるのか。コロッケ、メンチカツ、ポテチにフライドポテト。コロッケは普通のと、肉を抜いて人参や豆をいれた野菜コロッケとか。そもそもジャガイモは万能ともいえる根菜ですからね。ビシソワーズ、ガレット、じゃがバターにポテトサラダとか。ポテサラといえば、しば漬けとジャガイモで作ったポテサラのサンドイッチが美味しんだよねぇ。うん、ほかにも……どうしました?」


 目をパチクリとさせているエメリナ様に、私は首を傾いだ。


「え、えぇと、キッカちゃん。ジャガイモって、そんなにたくさん色々な料理が作れるものなの?」

「えぇ、これくらい序ノ口ですよ。汎用性が非常に高いお芋ですからね。煮る、焼く、蒸す、揚げるとなんでもござれですよ。さすがに生は止めた方がいいと思いますけど」

「蒸す?」

「そういえば蒸し料理は出したことがありませんでしたね。蒸気を利用する調理法ですよ」


 茶わん蒸しを作ろうと思って断念したからね。丁度いい器がないって理由で。


「想像も見当もつかないのだけれど……」

「それじゃあ、今晩にでも一品作りましょう。簡単な大衆料理ともいえるものですけれど、美味しいですからね。まさにシンプルイズベストを体現したような料理ですよ」


 いっその事ジャガイモフルコースでもやってみようか。いつの間にやら、インベントリに大量に放り込まれているし。


 サンレアンの温室と庭の畑。そこの管理をルナ姉様が買って出てくれたわけだけれど、採れた作物のほとんどを私のインベントリに放り込んで来るから。自由に使っちゃって構わないって云ってきたんだけれどな。


 ……まさかと思うけれど、食べきれないほど採れてるわけじゃないよね?


 作物がリスポン――リポップのが正しい?――する畑を思い出す。


 うん、考えないようにしよう。


 さて、それじゃ今晩は何を作ろう。じゃがバターは最後に出すとして、メニューとしては、肉じゃが、ガレット、ビシソワーズ、ポテサラに……。あ、コロッケもつくろう。さっき云ったしね。あー、そういえばさっき、茹で料理は云わなかったね。まぁ、ジャガイモの茹で料理なんて、粉ふきいもしか知らないけど。


 そんなことを考えつつ、私は思わず笑みを浮かべたのです。


 ◆ ◇ ◆


 本日は二十七日。武闘大会最終日です。

 今日もエスパルサ家の皆様といっしょに観戦していますよ。


 行われる試合数は四試合。場合によっては五試合。準決勝の二試合、三位決定戦、決勝戦。


 優勝者には賞金が与えられ、他にもなにかしらの願いを叶えるというものがある。

 もっとも、その願いと云うのも常識的なものだけれど。

 どこぞの領主になりたいとか、どこぞの姫様を嫁にくれといったところで却下されるのは当たり前のことだからね。


 第三回だか四回の優勝者がある願いをした。その結果、後の優勝者の多くがそれを望むようになっていたりする。それは、特定の相手を指名し、試合をすること。

 ……どれだけ脳筋なのよ、という感じだけれど。


 試合の方は順調に進み、決勝戦。サロモン様が云っていたけれど、本当に午前中で終わりそう。


 なんでこんなスケジュールなのかというと、午後は会場を撤収し、閉祭式の準備をするのだとか。うん、明後日でお祭りはお終いだからね。


 試合の結果はというと、四位が軽戦士の人。三位と二位は赤羊騎士団の騎士さん。優勝は全身金属鎧の重戦士の人となった。


 それにしても、本当にどっかで見たことある気がするんだよ、あの重戦士の人。あの立ち回り方……どこだったかな……。


 試合舞台では表彰式が始まっている。


 そして注目されるのは、一番最後。もちろん、優勝者の云う望みだ。


 その声は魔道具のおかげで、観客席にも余すことなく届いている。


 入賞者にメダルと賞金が国王陛下から手渡される。


 国王陛下、心なしか張り切っている様にみえるな。まぁ、昨日はベレンさんが失神しちゃったからねぇ。


「さぁ、ライマーよ。望みを云うがよい」


 国王陛下が優勝者、ライマーさんに促す。ライマーさんは跪いた姿勢のまま、その願いを口にした。


「ある者と剣を合わせたく存じます」


 ライマーさんの言葉に観客席が湧く。それはそうだろう。大抵優勝者が望む手合わせの相手となると、武闘大会に出てこない強者が指名されるのが常だから。


 昨年は白羊騎士団団長にして、近衛騎士隊隊長であるヘルマンさんが指名されたらしい。四年前だか五年前には、バレリオ様が。バレリオ様、その年の優勝者を秒殺したらしいけれど。


 優勝して意気揚々としていただろうに、一気に気分はどん底になっただろうなぁ。


 さて、ライマーさんは誰を指名するんだろう?


「それは誰だ?」

「残念ながら、名前は存じません。ですが教会関係者であり、猫の仮面を身に付けた者にございます」


 ぶふっ!?


 思わず噴き出した。


「ど、どうしたのだ? キッカ殿」

「い、いえ、なんでも。失礼しました」


 驚くサロモン様に、慌てて謝る。


 うぅ、訝し気な視線が痛い。サロモン様だけじゃなく、みんな見てるし。


 つか、なんでリンクスのことを知っているのよ!? あの重戦……し……。


 あ……。


 私はもう一度、優勝者であるライマーさんを見る。観察する。


 オペラグラス越しに見える三人と近衛のふたり。

 国王陛下とホンザさんの背丈から比較して、重戦士おおよその体格を測る。そしてあのどっしりとした戦い方。あ、顔が見えた。


 上げられた面頬のおかげで、その顔が兜から覗く。あの不機嫌そうな真面目腐った顔。


 思い出した。あれ、レブロン男爵の護衛だ。私が男爵邸で氷漬けにした奴。


「キッカ殿?」

「え、あ、はい。なんですか? サロモン様」

「あの優勝した人物。ライマー殿になにか思うところがあるのではないかね?」

「思うところと云うか、なんというか……」


 どう答えましょうかね?


「まさかお姉様……」

「なんですかリスリ様?」

「あのような男性が好みなのですか?」


 ……。

 ……。

 ……。

 ……は?


「いや、なんの話ですか? リスリ様」

「お姉様も適齢期じゃないですか。ですから、伴侶として――」

「あー。有り得ません」


 私は断言した。結婚? ないない。私は死ぬまで独り身を貫きますよ。


「私は基本的に人間嫌いですよ。なので、誰かに一目惚れをするということ自体、有り得ません。私がどんな人生を歩んできたのかは、ざっくりとですがお話したことがありますよね。それを鑑みて貰えば、理由も解るかと思いますが」

「あ……」


 リスリお嬢様の表情が陰る。


 ちょっと意地の悪い云い回しだったかな。


「それでは、あの御仁を見て妙な反応をなさっていたのはどうしてでしょう?」


 今度はアレクサンドラ様が訊いてきた。その後ろで慌てたようにしているオスカル様は相変わらずだ。


「あー……。あれ、レブロン男爵の護衛のひとりですよ。そして私にとって、レブロン男爵関連の人間は敵です」


 苦笑しながら私は答えた。


「で、あの男が相手に指名したのは、粛清者のひとりですよ。サロモン様なら粛清者についてはご存じなのでは?」

「レイヴンという人物については聞いておるが、猫の仮面の人物については知らんな」


 あー、そういえば、姿と名前を同時に晒したことは無いのか。いや、教会で名乗ったから、軍犬隊の人たちは知ってるよね。秘匿しているのかしら?


「猫の仮面の人物の名前はリンクスですよ。件の吸血鬼とやり合ったみたいですから、軍犬隊はそのことを知っていると思いますよ」


 そう答え、再び会場のほうへと目を向ける。


 リンクスを呼び寄せるのは難しい、そんなことをホンザさんが答えているようだ。


「――絡をとることも難しいのか?」

「いまどこにいるのかも不明ですので」


 ホンザさんが申し訳なさそうに国王陛下に答えている。


 ごめんなさい。ここにいます。


『気にすることないわよぉ。私がやるからねぇ』


 不意に頭の中に声が響いた。


 ら、ララー姉様!?


『私も思うところがあるから丁度いいわぁ』


 口元がおかしな風に引き攣れるのがわかる。


 いや、なにをする気ですかララー姉様!?


 会場を見ていると、国王陛下とホンザさんの間に、突如として黒づくめの人物が現れた。


「私をご指名とはね。あの夜の続きをしたいのかしら?」


 国王陛下とホンザさんが突如現れたリンクスから離れる。護衛の騎士が剣を抜いた。


「素晴らしいわね。でも私がここに立つ前であったらもっと素晴らしかったわね。国王陛下、どうぞ舞台よりご退場を。この男の要望に応えますので。ホンザ殿、審判をお任せしますよ」


 暗殺結社のローブ姿に猫の仮面。女性言葉の細身の男。突如として現れたその異様さに観客席がざわめいている。いったい、あれはなんだと。


 ライマーがゆっくりと立ち上がった。


「捜していたぞ、狼藉者」

「随分なお言葉ね? レブロンの腰巾着。レブロンのしたことを鑑みれば、間諜がうろつくのは当然のことでしょう? で、私を指名したのは何故かしら? クラリスになにか云われた?」

「貴様……」

「そうそう、これを聞き忘れていたわ。あなたはまだ人間? それとも――」


 ライマーがタワーシールドを前面に出して一気に踏み込み、そしてその長大な盾を突き出した。


 盾殴り。


 だがその盾が届く前に、リンクスはトンと、軽い感じで後方に跳び退った。軽く跳んでの移動距離は、凡そ六メートル。


 私の顔は引き攣りっぱなしだ。


 ララー姉様やりすぎ! そんなの私はできな……できな……で、できるな。身体強化を掛ければ。

 いや……でも……。


 くっ。なんだろう、このもやもやした感じ。


 頭を抱えたい。なぜだか知らないけど、ものすごく頭を抱えて蹲りたい。


 リンクスがライマーから距離をとる。その跳躍たるや瞠目に値するものだろう。観客席が静まり返っているのがその証拠だ。だがここからどうするのか?


 私にはだいたいわかっていた。私ならここからどうするか。恐らくはそれが答え。


 折角作り上げた間合いを、今度は一気に詰める。それこそ、明らかに人間離れした速度で。

 当然、全身金属鎧で身を包み、動きが鈍っているライマーにそれを躱すことなど不可能だ。


 できることは盾受けのみ。


 どごん!


 金属をぶっ叩くよう鈍い音が響き渡り、ライマーは吹き飛ばされた。それも恐ろしいほど遠くまで。

 ライマーは場外に落ち、その勢いに一回転して止まった。


 再現。


 それは、まさに私がクラリスに胸を貫かれた時の再現だ。違いは、貫き手で私は胸を貫かれたけれど、ライマーは盾に撃ち込まれた掌底で吹き飛ばされたということだ。


 あの吹き飛ばしはどうやったのかは分からない。身体強化のみであそこまでの威力を出せるのか、試したことが無い。

 でも別の方法でならすぐにできる。


 言音魔法【揺るがぬ力】。


 以前、私はそれで熊に空を飛んで貰い、そのまま天に召されてもらったっけ。


 多分、ライマーの現状の総重量はいいとこ百三十キロくらいのものだろう。あの時の熊なんかよりずっと軽い。吹き飛ばす事なんか簡単だ。


「陛下、どうやらあの者は人間を辞めているようですわ」


 目の前で起きた信じられぬ戦いに呆然としていた国王陛下は、ハッとすると、慌てて右手を上げ命じる。


「ヘルマン」

「はっ!」


 今度はヘルマンさんが右手を上げる。すると入場口から白羊騎士団の騎士が現れ、たちまちのうちにライマーを運び出していった。


 手際がいいなぁ。


 観客席がざわめき始めた。


 リンクスは観客席をぐるりと見回し、最後に視線を国王陛下で止めた。

 向き直り、姿勢を正す。


「では国王陛下。日陰者がいつまでもお目汚しをするわけにも参りませぬ。これでお暇させて頂きますわ」


 優雅に一礼した途端、リンクスの姿はかすむように消えてしまった。

 それこそ夢幻であるかのように。


「これは、大変な事になったな……」

「あれが吸血鬼だとしたら、大問題ですね」


 不死の怪物ではないはずだよねぇ。【生命探知】には引っ掛かってたんだし。とはいえ、アンララー様が間違ったことはいわないだろうし。


 アレはなんになったんだろう?




 私にとっては疑問を残し、こうして武闘大会は閉幕したのです。




感想、誤字報告ありがとうございます。

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