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153 ホースラディッシュで我慢してください


 栄えある第一回料理対決の優勝者は、ベレンさんに決まった。


 優勝の決定となったのは、野菜の上手な使い方。


 あのネギ間が決定の理由となった。いや、肉ばっかり食べ続けていたからね。そうなると、やっぱり重いんだよ。

 その点、ベレンさんのあのバーベキュー串は凄くバランスが良かったわけだ。


 その辺りの気遣い(?)的な部分が評価され、優勝と相成った。


 おめでとうございます。


 あと、やっぱり肉料理としては、みんな似たような味になってしまったらしい。そして調理法も。まぁ、どれもステーキになってたからね。鉄板焼きか炭火焼きかの違い程度では、そこまで劇的に味が違うわけでもないしね。

 あ、そうそう、燃料として骸炭を使っているわけだけれど、特に臭いとかは発生していない。ダンジョン産だからなのかな。なので、調理につかったところで、変な臭いがつくこともないよ。


 話を戻して。


 ここでこう、一味違うもの、でも出ていれば、おそらくその料理人が優勝したんじゃないかな。例えば、シャリアピンステーキなんてものを作ったら、さっくり優勝できてたかもしれない。


 あぁ、いや、でも下拵えに時間が掛かるから、一時間じゃとても無理か。


 作るとなると、玉ねぎと合わせて、少なくとも一晩寝かせないといけないから。


 んー、それ以外だと……あぁ、ミルフィーユステーキがあった。お肉をスライスするのが難しいけれど、これなら下拵えに時間はかからないね。

 まぁ、お肉を薄くスライスする。っていうことを基本しないからなぁ。ひき肉だって作らないし。そういう発想がでないんだろうなぁ。


 なんだろう。肉は分厚く切るのが至高、みたいな風潮があって、そこから外れたことをしないんだよね。


 まぁ、確かに分厚いステーキは食べ出があって、凄い満足感なんだけれどさ。


 って、ベレンさん、また真っ青になってるんだけれど、大丈夫なの?


 そりゃ、国王陛下なんて、雲の上の方から表彰されるって云うのは、大変な名誉で、緊張しかしないだろうけど。


 た、倒れたりしないよね?


 って、言ってる側から――。


 ふらりと傾きよろけ、倒れかけたベレンさんをイルダさんが慌てて支えた。


「あらら。国王陛下の前で緊張し過ぎちゃったのかしらねぇ」

「私は皆に親しまれ、愛される王を目指しておるのだが……」

「国王陛下がどう思おうとも、その背にある王の権威は変わりませんからねぇ」


 私がそういうと、国王陛下は複雑そうな顔をしていた。




 こうして、第一回料理対決は閉幕したのです。




 そしてすぐに解散、といくかというと、そうもいかない。いや、周囲が混雑しているからね。

 なので、食堂の個室へと皆で移動。えぇ、国王陛下も一緒に。カリダードさんも一緒なのは謎だけれど。

 組合はすぐ隣なんだけれどな。


 いまは残りの塩釜焼を肴に、みなさんワインを傾けていますよ。


 ……まだ食べますか。予想以上に健啖家なことで。


 ベレンさんは隣の個室で休んでいるよ。というか、寝てる。大丈夫なのかな? 


 そうそう、折角なので、塩釜焼用にソースというか、薬味を作って来たよ。


 イリアルテ家に献上した青とオレンジを捕まえにいった時に、湖の側で見つけたものがあってね。それも温室でちまちま栽培していたんだ。


 山わさび。ホースラディッシュとか西洋わさびって云った方がわかりやすいかな。

 それを擦り下ろしただけだけれど、薬味としてだしました。ソースにするならヨーグルトと合わせるんだけれど、ヨーグルトは作っていないからね。


「それにしてもこの調理は驚いたわ。いきなり粘土細工みたいなことをはじめるんだもの」

「塩を大量に使うので、お祝いとか、なにか特別な時ぐらいにしか作りませんけれどね。パーティの時などには、塩釜の塊を運び込むとちょっと盛り上がったりしますね。叩き割る時などは特に」

「キッカ殿、この薬味は? これもキッカ殿が持ち込んだものかね?」


 国王陛下が訊ねて来た。どうやら山わさびがお気に召した模様。


「山わさびですか? それは森で採ってきたものですよ。あれ? これは食用として使われていないのですか?」

「私は今初めて食べたのだが――」

「私も知りませんね」


 国王陛下の言葉に、カリダードさんも同様答え、エメリナ様は首を傾いだ様子。


「食用として認知されていなかったんですかね? 死の森の湖の側で群生していたんですけれど」


 山わさびって、本わさびじゃないんだから綺麗な水が必要ってわけじゃないよね? こっちの山わさびは水の多いところに生えるのかな? それともたまたま? いや、たまたまならあんなに群生していないよね。水の中に生えていたわけじゃないけれど、水際に近いところに生えていたし。


「組合に依頼して、幾らか採取されてはどうです? 農研に持ち込めば、増やすくらいは簡単だと思いますよ。肉料理に合う薬味ですし」

「キッカ殿はもっていないのかね?」

「いや、今使っちゃいましたからね。それに葉を落としてありますから、植えてもダメかと思います」


 そう答えると、国王陛下は酷く残念そうな表情を浮かべる。


 なんだか子供みたいだ。


「組合長、依頼を出そう」

「陛下、問題がひとつ。目的の植物の形状が不明です」

「あ、それなら分かりますよ」


 私は荷物から【菊花の奥義書】を(実際にはインベントリから

)出すと、ペラペラと植物図鑑の部分の頁をめくる。


 ほどなくして、山わさびの頁はみつかった。


「これですよ」


 テーブルを空け、そこに奥義書を開いたまま載せる。写真付きだからね。


「これがそのやマわさァビ」


 ……おぅ。こっちの名称が無いみたいだから日本語で云ったわけだけど、発音しにくいみたいだ。ホースラディッシュって云った方が云いやすそうだな。


「はい、そうですよ。なんだか私の母国語の名称だと云いにくそうですし、ホースラディッシュと呼び方を変えますね」

「ホースラディッシュ?」

「別名ですよ」


 面倒臭いからこの説明でいいや。間違いじゃないし。


「この書物をお借りすることは?」

「不可能です」

「そうよねぇ。それ神器だものねぇ」


 のほほんとした調子でエメリナ様。……かなり酔ってませんか?

 そして顔を引き攣らせているカリダードさん。


「なので、ここで描き写してください」

「ちょっと筆記具を取ってきますね」


 カリダードさんが慌ただしく退室する。


 そうだ、胡椒のことも云っておこう。思い出した時に云わないと、私の事だ、すっかり忘れて、次がいつになるかわからん。


「エメリナ様。サンレアンに戻ってからになりますけど、苗木をお渡ししますね。本日の料理のレシピを買っていただきましたが、公開したようなものですからね。さすがに丸損となってしまうのは心苦しいので」

「苗木って?」

「今日の料理に使っていた香辛料の苗木ですよ。いま召し上がっていただいている鹿肉に使われているやつです。農研にも出していないものですよ。この辺の気候だと育てるのが厳しいので、室内で温度を一定に保たないと枯れちゃいますけど」

「注意するのは温度だけ?」

「そうですね。こっちの気候がどのくらい寒くなるのかわかりませんけれど、二十度くらいに保つことができれば、問題ないと思います」


 こっちは気候はかなり安定しているみたいだからね。日本ほど温度差があるわけじゃないみたい。

 ちなみに、今は夏で暑いけれど、湿度が高くないから結構平気だ。暑い日でも三十度ぐらいまでしか上がらないからね。冬場は寒くても氷点下にはならないみたいだ。

 年間を通してだと、ドワーフグリーンペッパーにとっては、最低温度ギリギリの温度の時期がほとんどだから、多分、栽培するのは厳しいだろうと思う。

 そうそう、今は三十度くらいあるといっても、かなり過ごしやすいよ。日本みたいにそこら中アスファルトってわけじゃないから、かなり涼しく感じるよ。なにより蒸し蒸ししていない。周囲が野っ原で、風がぬるくないっていうのが大きいのかな?


「むぅ、温度管理が厳しいのか。となると、農研にもちこんでも大規模に栽培するのは厳しいか……」

「国王陛下はホースラディッシュで我慢してくださいよ」


 思わず苦笑いを浮かべる。


 あ、そうだ。これを云っておいた方がいいかな。まぁ、私が云わなくても、今日中にでも報告がはいると思うけれど。


 私は美味しそうにワイングラスを傾けている国王陛下に顔を向けた。


「国王陛下。おそらく今日中には報告が入ると思いますが、お話しておきたいことがひとつ。もしかしたら、もうご存知かもしれませんが」

「なにかね? キッカ殿」

「一昨日二十四日、バッソルーナに神罰が降りました。バッソルーナは壊滅。瓦礫の山となりましたよ」


 ぐふっ。


 国王陛下はむせると、慌ててワインを喉に流し込み、喉に引っ掛かった肉を飲み込んだ。


「そ、それは本当かね?」

「えぇ。ディルルルナ様、実に晴れやかな笑顔でしたからね。彼らはディルルルナ様はもとより、七神全てに喧嘩を売ったんですもの、この結果も本望でしょう。なにしろ、もう神の手を借りずに自分たちだけで好きに生きるらしいですし。あぁ、彼らを他の領で受け入れることはお勧めしませんよ。連中が落ち着いた先々の祝福も無くなり兼ねませんからね」

「しっかり通達しておかなくてはならんな。キッカ殿、情報を感謝する。やれやれ、あの町の連中は完全隔離せねばならんな」


 国王陛下、頑張ってください。

 一応、こうは云ったけれど、ルナ姉様のお怒りは収まっていないからね。ひとまず角をひっこめただけで。


「それで、他には問題はないかね?」

「えぇ。徹底した方がいいでしょうけど。角は収めてくださいましたけれど、まだ怒りは収まっていないみたいですからね」

「もう、レブロンの爵位を剥奪して、教会に処分を預けた方が良いかもしれんな」

「教会はあの町の連中全てを破門にすると思いますから、受け取りを拒否するんじゃないですかね。なにしろ教会を破壊した上に、神々を足蹴にした馬鹿共ですし」


 国王陛下は大きくため息をついた。


「我々がどれだけ守られているのか、それすらも忘れるとはどれだけ愚かなのか。呆れるばかりだな。レブロンがどんな暴言を吐いたのかも、マルコスは一切喋らんかったしな。その事実だけでも頭を抱えるしかないわ」

「家もなくなりましたし、レブロン男爵はどうするんですかね? 王都の別邸に引きこもるんですかねぇ? 今後は葡萄づくりも大変になるでしょうし」

「あぁ……祝福が失われたのか。む、財を失ったわけだな。ならば好機かもしれん」


 国王陛下がにやりと笑う。


 んん?


 私が首を傾いでいることに気付き、国王陛下が説明してくださった。


 なんでも、レブロン男爵が買収しようとしている酒造があるのだとか。証拠は無いものの、なにかしらの不正行為を行い、無理矢理借金を背負わせた節があり、その借金の肩代わりをする形で、酒造を手に入れようとしているのだとか。

 この状況だと、その買収の話はながれるだろうから、国王陛下がその酒造を横から買い取るという話だ。


 なんでもその酒造の作るリンゴの発泡酒がお気に入りとのこと。


 えーっと、シードルっていうんだっけ? アルコール度数の低いお酒だった気がする。


 というか、本当にお酒好きなんだな。




 このあと、なんだか散々愚痴を聞く羽目になったけれど。主にレブロン男爵のやらかしたことについて。


 あのイケメン男爵、どんだけやらかしてんだよ。しかも、微妙に罰せられないラインを綱渡りするとか。そりゃ国王陛下も苛々するわ。


 なんか、突然先代他諸々が亡くなって、跡取りでもなかった五男坊の彼が男爵位を継いで、そこからやりたい放題のことをやっているのだそうな。しかもそんな傍若無人のことをしている割には、自領の産業は発展させているから、国としては文句も云えない。……その手段が犯罪すれすれだとしても。


 どういうことをやらかしたかというと、いわゆる焼き畑。そのせいで商業ギルドが激怒しているものの、男爵、とっととギルドを退会してやりたい放題なのだそうな。


 焼き畑か。商業関連においては、こういうことだ。採算度外視の値段で集客して、周囲の同業者を干上がらせて廃業に追い込み、自身だけとなると同時に、商品の値段を法外な値段に上げて儲けを生み出すって方法。その上で、いろいろと技術発展などに投資して、結果として産業が発展しているらしい。現状、レブロン男爵領周辺のワイン生産は、レブロン男爵の独占状態だそうだ。


 同業者にとっては悪夢でしかないし、商業ギルドは需要と供給の安定とか、経済云々とかを担っているわけだけれど、それをぶち壊しまくっているレブロン男爵の後始末で頭を抱えていたようだ。


 商業ギルドって準国家機関みたいなものなんだけれど、相手が下級とはいえ貴族だからか、強硬手段にはでられなかったらしい。それをやると国家に対する反逆になっちゃうからね。


 国としては再三注意をしているものの、片っ端から無視ときたもんだ。


 ある意味、この辺の構造の問題が浮き彫りになったともいえるけれど、本来の貴族の在り方というものを無視している時点で、レブロン男爵のやり方はあり得ない、あってはならないものなのだそうな。


 なるほど、貴族としても失格なのね。そういや階級制度を無視してるって話だったし。いろいろとダメじゃねーか、あのハゲ。


 それだけダメだというのに、決定的なことは一切やらかさないから、罰することができないと。


 これはもう、その辺りの所を色々整備しないとダメなんじゃないですかね。そうしないと、第二、第三のレブロン男爵が……。


 そんなことを云ったら国王陛下がブルリと震えあがってた。


 暗殺した方が早いやもしれんな。などと云っているのが聞こえたけれど、私はなにも聞いていない。聞こえていない。


 いや、さすがにそんなことはしないと思うけれどね。




 そんなこんなで、夕方までわたしは皆の愚痴を聞いたり、酒のつまみをちょこちょこと作って過ごしたのでした。

 普通の鹿肉のローストとかまで作っちゃったよ。料理対決用に準備した鹿肉は、大量に余ってたからね。オーブンも空いていたから、一気に五つ焼きましたとも。

 ひとつは近衛の人に、差し入れという形で渡したよ。それと護衛の兵士さんたちにもひとつ。あとは、国王陛下の御土産用とカリダードさんのお土産用。最後のひとつはイリアルテ家用のお土産だ。


 私の? 私はまた作るからいいよ。いまだにインベントリには大量に肉があるし。兎とか、兎とか……兎とか。


 そういや、カリダードさんに奥義書のジャッカロープの頁を見せたら顔を引き攣らせた後、頭を抱えてた。近く、そのことで組合に行くことになっちゃったよ。




 それにしても、なんで愚痴をぶちまける会になったんだろう? 国王陛下はもとより、カリダードさんまで。カリダードさんは、バッソルーナの組合長をなんとか始末できないものかと、やたらと物騒なことを云っていたし。


 ◆ ◇ ◆


 イリアルテ家に戻ってきました。本日に限り、私はみなと一緒に食事はせず、すこし時間をずらしました。


 そして厨房に集まったのは、本日料理対決で頑張った三人。リリアナさん、イルダさん、そして名前が不明のメイドさん。


 えぇ、残しておいたハンバーグをこれから焼いてみんなで食べますよ。チーズだって載せちゃいます。ついでに鹿肉のローストも切り分けよう。さっきオーブンに放り込んでおいたものがいい塩梅に焼けて、今は冷ましつつ余熱調理中ですからね。蓋をしてあるだけだけど。


 はぁ、やっとご飯を食べられる。


 なんだか、午後はずっと料理をしていたからなぁ。トマトのチーズ焼きとか作ったら、そのレシピも売ることになっちゃったし。


 それでは、いただきます。


 ふふ、焼き立てのハンバーグ美味しい。


 料理対決で出した時は、ちょっと冷めちゃったのが残念だったけれどね。まぁ、段取り上は仕方ないか。でもよろこんでもらえたし、良かったよ。


 というか、イルダさん、なにも泣かなくても。


 あぁ、いや、喜んでもらえてなによりです。


 そんなこんなで、私のお祭りの六日目は終わったのでした。



 ごちそうさまでした。



誤字報告ありがとうございます。

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