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152 一心不乱に食べてくれ


 司会進行のイルダさんが、料理対決の開始を宣言した。


 さぁ、調理の開始だ。


 まずは篭手を外してと……。


 ふふふ、鎧エプロンの私に隙はないぜ。


「あ、あの、材料を取りに行かなくてもよろしいのですか?」


 アシスタントのメイドさんが訊ねて来た。


「うん。いまは込み合ってるからね。選手のみなさんが取り終えてからいきましょう。

 食材は十二分にあるんだもの。なくなったりしないわよ」


 ……ん? あれ? リリアナさんがメイドさんを睨んでる? なんで?


 思わず首を傾ぐ。


「キッカ様。空きましたよ」

「うん? うん、それじゃ取りに行きましょう」


 えーと、取るのは、もも肉のブロックと、あとは各部のお肉を色々。あ、背中は止めておこう。何故か背中のお肉は獣臭さがきついんだよね。それと……あぁ、やっぱり誰も手を付けてないね。内臓肉を全部持って行きましょうかね。おっと、タンを忘れちゃいけない。しっかり洗ったんだもの。取り忘れたらあの作業が無駄になる。


 野菜は……こっちも私が使う予定のものは残ってる。当たり前か。使ったことのない食材なんて取るわけないもの。

 トマト、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、大葉に……あ、緑豆がある。


 緑豆とかいってるけど、地球のとは全然違うよ。でかいインゲン豆みたいなやつ。鞘は硬くて食べられないから、割って中身をつかう。まぁ、普通の豆だね。あれだ、インゲン豆の形をした枝豆みたいなものだよ。色どり用にこれも付け合わせに加えよう。


 あとは卵と塩。……いつみてもアヒルの卵はでかいな。いまだに慣れないよ。鶏卵の感覚が染みついているから、よそ見して卵を取ろうとすると、落っことすんだよね。一回やらかして凄い気分が落ち込んだよ。


 さーて、時間がないから急ぐよー。


「それじゃ、付け合わせと野菜の準備をお願いしますねー。リリアナさん、豆も追加でお願いします」


 調理ブースに戻り、ふたりに声を掛け、調理を開始だ。


 まずは天板をどん。ボールに塩をドサッ。卵を卵黄と卵白に分けて卵白を塩のボールに投入。


 はい。鹿肉の塩釜焼を作りますよ。こっちじゃこんな無茶な塩の使い方をした料理なんかないからね。インパクトだけはありますよ。インパクトだけは。


 しっかりと塩と卵白を合わせて練りこむ。


 練りあがった塩を天板に敷いてと。よし、これで準備は完了。


 さて、次はお肉だ。


 ででんと、俎板に載っけたでっかい肉塊に胡椒を振って、擦り込んでと。それからローズマリーをぱらぱらやって、登場するのは大葉さん。本名青紫蘇。これを肉の表面に張りつかせますよ。


 いや、この大葉でのコーティングは普通はいらないんだけどさ。一昨日の試作で問題点がひとつあってね、その解決策としてやってるんだよ。ローズマリーと喧嘩すると問題なんだけれど、多分、大丈夫だろう。


 で、問題というのが、塩。当たり前だけど食べるときには塩釜を叩き割るわけで。この際に塩の破片が肉に掛かるんだよね。結果、無駄に塩っ辛くなる。

 払い落せばいいのかも知れないけれど、いい塩梅に焼けたお肉の表面を払うのもね。そこで考えた案がふたつ。


 ひとつ目。紙、もしくは布で肉を(くる)む。鯛の塩釜焼だと、和紙で包んだりするからね。


 ふたつ目。大葉で包む。いまやってるやつね。


 なんでふたつ目を選んだかというと、大葉は食用可だからだ。大丈夫だとは思うけれど、紙で包んでの調理とかに変な忌避感とかがあったら問題なので、大葉で包む方を選択したよ。


 さて、このお肉をさっきの天板の塩の上にどすん。そして残りの塩で表面をぺたべたと覆ってと。


 なんだか驚いているような、呆れているような実況が聴こえてくるけど、気にしない、気にしない。気にしちゃいけない。


 よし、完了。


 それじゃオーブンに放り込んでくるよ。オーブンの準備は完了しているからね。


 白い塊を載せた天板を持って、食堂へ。


 裏口から入って、私用となっているオーブンへとお肉を投入。よし、これで二十分焼成すれば出来上がりだ。


 調理場に戻って、脇に置いておいた砂時計をひっくり返す。


 タイマー完了。よし、だいたい十分くらいで一品目の鹿肉の大葉包み塩釜焼、作業終了。あとは焼けるのを待つだけです。


 それじゃ二品目にいきましょう。


 二品目はハンバーグですよ。くず肉を美味しく食べる最良の料理!


「こちら終わりました。次はなにをすればよいですか?」


 メイドさんが指示を求めて来た。


「それじゃ、これを三十秒くらい熱湯に放り込んで、それから表皮を剥いてください。それが終わったら、トマトを潰してお鍋で火にかけて、ペーストっぽくしておいてください」


 そう云って私は鹿タンを渡した。


 顔が引き攣ってるねー。こういった部位はこっちじゃ食べないみたいだね。美味しいのに。


 さて、こっちの作業を進めよう。


 各部お肉をスライスして。さらに細く切って紐状にして、そいつを並べて細かく切って行く。ちっちゃい正方形を作る感じ。


 途中で、皮を剥かれた鹿タン到着。これも同様に細かく切り分ける。


 さすが神様謹製の包丁。切れ味がおかしい。肉が刺身みたいに切れる。


 ヘラジカのお肉各部、舌、心臓、肝臓、脾臓と、切り終えた物をまな板の中央にまとめてと。そして俎板のまわりについたてを立てる。これは目隠しじゃなくて、肉が飛び散るのを抑えるため。


 そして包丁を出刃二丁に持ち替え。


 それこそ、どこぞのゲームの乱舞開始のポーズみたいに、両手の出刃包丁を頭上でシュキーンと合わせる。


 ふふん。パフォーマンスは大事。


 それじゃ、肉を叩くよーっ!


 ずどどどどどどどどどどどど!


 叩いて叩いて肉をミンチにする。今回の調理で一番疲れる作業だ。


 一心不乱に叩い――ん?


 ……なんかみんながこっち見てる。

 いや、ごめんねー、うるさくってさー。でもね――


「時間が無くなりますよー」


 肉を叩きながらそう云うと、手を止めていた選手さんたちが再起動し、イルダさんも慌てたように実況を再開した。


 よーし、ひき肉完了。ところどころ粗が目立つけれど、それがよいのだ。歯ごたえ大事。


 ひき肉をボウルに入れて、玉ねぎのみじん切りを入れて、卵黄を放り込んで練る。


 いつも……というか、こっちに来る前は、つなぎに卵黄を使ったりはしなかったんだけれど、ほら、今回は卵黄だけ残ってるからね。使わないなんて選択肢はありませんよ。勿体ない。

 あー、でも、ちょっと味が変わっちゃうかなー。卵は何のかんのでしっかり味を主張するからね。


 大雑把に混ざったところで、塩胡椒。そしてナツメグを追加。


 見慣れたハンバーグの形の形成して、バットに並べていく。


 八枚できたよ。別に自分たちで食べる分があってもいいよね。ふふふ。


 審査用に三枚。本当は一枚でいいんだけれどね。選手のみなさんの料理があるから。そして私たちで三枚。あとはイルダさんに一枚。あとの一枚は……そうだ、観客の人を適当に選んで食べてもらおう。


 確か、海外の料理番組でそんなのがあったよね。


 お父さんのビデオコレクションは、やたらと料理番組が多かったからな。だから私もいろいろと知ってるわけだけど。

 えぇ、深山家ではVHSが現役でしたよ。もはや再生専門だったけれど。


 それじゃ、焼いて行こう。


 フライパンに油を引いて、じゅーっと。


 蓋をして、焦げ付かないように軽く揺すりながら焼いていく。


 あ、時間! 砂時計を見る。落ち切ってる!? やべぇ!


「キッカ様、先ほどオーブンから出しておきました。問題ありません」

「あ、ありがとう。助かったよ」


 メイドさんの報告にほっとする。危うく塩釜焼を焼き過ぎるところだった。あとはこのまま放置して粗熱をとろう。塩釜を割るのは、食べる直前だ。


 ハンバーグを順調に焼いていく。


 金串を刺して焼け具合を確認。よし、肉汁は濁ってない。焼けた!


 ハンバーグをお皿に盛り付け。リリアナさんにお願いして置いた付け合わせも盛り付け。


 次いでフライパンに溜まった肉汁と油に、作って貰ったトマトペーストを加えてソースをぱぱっと作成。

 塩胡椒で味を調えてと。


 うーん。ちょっぴりママレード加えようかな? ただトマトと合わせたことはないんだよね。柑橘系のソースはお肉に合うけれど……うん、冒険は止めておこう。


 失敗したら元も子もないよ。


 火が通っていい塩梅になったところでソース完成。ハンバーグに掛けてと。


 よし、ハンバーグステーキの完成。


 時間は、あと数分ってところだね。うん、間に合った。

 そうだ、さっきの観客に食べてもらう案をイルダさんに云っておこう。


 思い立ち、私はイルダさんを手招きする。


 イルダさんはなにか胸元をいじると、こちらにやって来た。どうやら魔道具を止めたらしい。


「なんですか? キッカ様」

「観客の人たちのことなんですけれど、こんな調理風景を見ているだけだと、生殺しみたいなものでしょう? 料理をひとり分多く作ったので、観客のひとりを選んで食べて貰ったらどうかと思うのですが、エメリナ様に確認を取っていただけませんか?」


 あれ? なんだか失望したような顔をされたよ。そして視線の向かう先は、出来上がったハンバーグのお皿。


 ……。


「私たちの分はありますから大丈夫ですよ。お屋敷に戻ったら焼きますので、一緒に食べましょう」


 そう云ったらたちまち表情が明るくなった。


 また分かりやすいな。というか、この子は食いしん坊キャラか?


 イルダさんは審査員席にいるエメリナ様の元へ。そして二、三言葉を交わしてこちらに戻って来た。


「問題ないそうです。段取りはどうしましょう?」

「では、私の料理の番になった時に、私がその辺りのことをやりますね」

「お願いします」


 イルダさんは会場中央に戻り、進行を再開。


「はい。制限時間となりました。調理を終了してください。これより審査となります。

 まずは――」


 審査がはじまるねー。見たところ、みんな作った物はステーキっぽいね。ぱっと見はみんな一緒だけれど、よくみると微妙にちがう。

 バーベキューみたいに焼いたお肉と、フライパンで焼いたお肉。そして掛かっているソースの違い。


 このあたりは好みが分かれるかなぁ。


 というか、ベレンさん串焼きだ。いや、串焼きと云うか、まんまバーベキューになってるよ。リーキと鹿肉……あれもネギ間といっていいのかな?

 ヤバいな。普通に美味しそう。


 いや、それよりもだ、選ばれた観客用の席を準備しておかねば。


 食堂へとはいり、事情を説明してテーブルと椅子を一脚借りる。


 ボッチ席はほとんど使われないからと、快く貸してくれたよ。というか、なんでそんな席があるんだろ? 普段は花瓶でも置いてあるのかしら? 角にぴったりとくっつけてあったけれど。座ると壁しか見えないよ?


 私とリリアナさんとで、ゴトゴトとイスとテーブルを運んでくると、三人目の試食にはいったところだった。


 あぁ、一応、配慮して小さめにしてあるんだ。そりゃそうか、さすがにひとりで四人前は食べられないだろうしね。その辺りの注意はしてあったんだね。


 ……私、普通に一人前で作っちゃったけれど、大丈夫かな。

 まぁ、塩釜焼……ロースト……鹿肉ってなんていうんだろ? 鹿は英語でディアーだけど。多分、違うよね。それだったら牛だとローストビーフじゃなくて、ローストカウとかローストオックスになるもの。

 まぁ、いいや。


 ローストした鹿肉はその場で切り分けるから、量は調整できるよね。ハンバーグは、残してもらう方向でいいか。さすがに食べきれないだろうし。でなければ、一人前を三等分にでもしてもらえばいいだろう。




 そんなこんなで四人目の試食も終わり、審査も完了。結果を控えていたベニートさんへと渡す。

 これは商品の手続き用の書類を作成するためだ。この場で勝者は契約することになるからね。


 この空き時間にわたしの料理の紹介となるわけだ。食堂の新メニューという形だ。


 それじゃ、この時間を使って観客のみなさんからひとり選定しよう。うん、微妙に時間が空くからわけだから、私の提案は丁度良かったみたいだ。


 リリアナさんたちに席の準備を任せて、私はイルダさんの隣へ。


 おぉぅ、ちょっと緊張で足が震えるよ。こういうのやったことないからね。でも頑張ろう。云いだしたからにはやり遂げねば。


 会場を囲んでいる観客を見渡し、私は意を決する。


「観客のみなさん。お腹は空いてますかー?」


 私は問うた。観客のみんなは静まり返った。


 ぬぅ。ドン引きされたかな? だが私は負けんぞ。


「返事がありませんねー。さて、私は料理を二品作りました。その内の一品は全部で四人前。四皿あります。審査員は三名。おや? 一皿余りますね。

 それではもう一度聞きますよ。みなさん、お腹は空いてますかー」


 ぱらぱらと、お腹空いたとか腹減ったとかいう声が聞こえてくる。

 うむ。さっきよりはましになった。あとは煽ればよかろう。


「元気がないぞお前ら! ここにいるのは大半が組合員だろう? そんな覇気がなくてどーする! 私は一皿だが、お前らのために料理を作った。食べたくはないのか? もう一度訊くぞ。肯定なら拳を突き上げ、おーっ! でも、うぉーっ! でもいいから、声を上げろ!」


 そして私はもう一度問う。


「お前ら、腹は減っているかーっ!」


 おーっ!


「肉を食べたいかーっ!」


 おーっ!


「だが食べられるのはひとりだけだーっ!」


 えーっ!?


「いや、ひとり分しか余分にないんだから、仕方ないでしょう? これからその幸運なひとりを決めるわよ。じゃんけんは知っているわね?」


 こっちにもじゃんけんはある。呼び名は違うけれどね。

 で、ひとりを選定するのに、会場と私とでじゃんけんをすることにした。とにかく人数を減らすためだ。勝ち抜けで、残り四人となったところで会場に出てきてもらい、そこで互いにじゃんけんをして、ひとりを選ぶ。


 かくして――


「やった、勝ったー!」

「くそ、ここまで来たのに……」


 よろこぶ赤毛の軽戦士のお姉さんと、跪き、打ちひしがれている狩人っぽいお兄さん。


 あぁ、うん、残念でした。


「それではお姉さん、こちらにどうぞ」


 そういって、急遽つくった席へとご案内。


「まずは審査員の皆さまに料理を出しますので、暫しお待ちくださいね」


 そして私は審査員席へと向かう。料理の運搬はリリアナさんたちにお任せだ。


「お疲れ様です。国王陛下、エメリナ様、カリダードさん」


 審査員席の前で一礼する。鎧が少しばかり音を立てるが、さして気にもならない程度。隠形技術万歳だ。


「キッカちゃん、さっきのは凄かったわね。進行って、あんな風にやるの?」

「お祭りですからね。砕け過ぎても問題でしょうけれど、お堅く真面目にやらずともいいと思いまして」


 エメリナ様、楽しそうでなによりです。


「キッカ様、先ほどのはほとんど扇動ですよ」

「場を盛り上げるというのは、そういうものでしょう?」


 イベントなら、あのくらいは普通だよね?


「ところで国王陛下、大丈夫なのですか? 公務とかいろいろとあるのでは?」

「マルコスみたいなことを云わんでくれ、キッカ殿。大丈夫、抜かりはない。王とて多少の融通は利くのだ。すでに調整はすんでおる。

 なによりキッカ殿の料理だぞ。それを食せずしてなんとするのだ。そのためにオクタビアの怨嗟を振り切ってここまで来たのだ。この催しの話を耳にして、実に楽しみにしていたのだ。期待しているぞ」

「それだと、ただの食いしん坊みたいですよ、国王陛下」

「食いしん坊、結構。人間、なにも食べずに生きることは叶わぬのだ。ならばより美味いものを食べたいものではないか!」


 なんだか国王陛下はご機嫌だ。


 というか、いつの間にやら私は国王陛下にまで気に入られていたみたいだ。これもきっと、異性の好感度をあげる祝福が仕事をした結果なのかな。仕事し過ぎじゃないのかな?


 思わず苦笑いを浮かべる。兜を被っているおかげで、見られないのは幸いだ。


「ご期待に添えなかったらどうしようと、戦々恐々なのですが」


 そう答えていると、メイドさんが塩釜焼をワゴンに載せて運んできた。


「調理しているところを見ていたけれど、それはどういう料理なのかしら?」


 エメリナ様が塩釜焼をしげしげと見ながら問うてきた。


「塩で覆って焼くというだけの料理ですよ。大量に塩を使いますから、そう頻繁に作る料理ではありませんけれどね」


 そう答え、金槌で容赦なく塩釜焼をぶっ叩いた。焼けて硬くなっていた塩釜がバキッと割れ、それを私はくずしていく。

 やがて大葉に包まれた肉の塊が姿を現した。

 あとはお肉に余計な塩が掛からないように、丁寧に大葉を剥がしてと。


「リリアナさん、切り分けの方をお願いします」

「畏まりました」


 ここでリリアナさんとバトンタッチ。こういうのは、私よりもリリアナさんの方が慣れているし、私よりも上手いからね。


 切り分けられたお肉がお皿に載せられていく。


 あぁ、塩釜焼用のソースも作っておけばよかったかな? まぁ、そのままでも十分美味しいからいいか。


 奇抜な料理ではあるけれど、結局は焼いたお肉なんだよね。味としては、多分、先に出された肉料理とさして変わらないだろう。


 でも、私の料理には特出した点がある。


 それは胡椒。必殺のスパイスですよ。


 そういや、毒見とかはいいのかな? と思っていたけれど、しっかりと鑑定盤が置いてあったよ。

 あぁ、でも鑑定盤だと、アナフィラキシーショックはさすがに判別できないよね。そういうのはどう対処しているんだろう?

 いや、対処もなにも、無理か。まぁ、アレルゲンが原因なんだから、解毒薬で回復できると思うけれど。いや、万病薬の方になるのかな?


 三人の前に、料理とワインの入ったグラスが並んだ。なお、ワインにも胡椒が入れてありますよ。


 いや、こっちのワインって、現代のものみたいにしっかりとしたものじゃないから、()のままで飲むものじゃないみたいなんだよ。

 大抵はなにか混ぜ物をする。蜂蜜とかジャムとか。地球でも昔はワインに香辛料を入れて飲むのが当たり前だったと聞いたことがあるし、そういうものなんだろうと思う。思うに、きっと渋すぎなんじゃないかな?


「この香り……」

「綺麗な色ね……」

「食欲を刺激するな」


 三様の感想の後、実食。


「ふわぁ……」

「これは……」

「美味い……」


 噛み締め、目を瞑り、実にしみじみとした感じで声を上げる。


 おぉう、凄い反応だ。ふふふ、さすが胡椒さん、その威力たるや抜群ですよ。

 多分、このアムルロスの人類で初めて胡椒を口にしたんじゃないかな? たしか、胡椒は人類未踏の地にしか生えてないって、アレカンドラ様が云ってたし。


「キッカ殿、これは素晴らしいな。これも、あの調理法ならではということなのかね?」

「調理法というよりは、香辛料の力でしょうね。こっちじゃ出回っていないものを使いましたので」


 って、なんだかお三方とも、簡単にパクパク食べてるけど大丈夫なのかな? まだもう一品あるんだけど。


「あの、お腹の方は大丈夫ですか? もう一品あるのですが?」

「問題ないぞキッカ殿、美味しいものは別腹だからな」


 いや、国王陛下、それをいうなら甘いものでは。……じゃなくて、別腹なんて言葉、こっちで初めて聞いたよ。


「それでは、二品目を。ハンバーグステーキです。

 先の塩釜焼は塩を大量に消費するので、食堂で出すには問題があると思いますが、こちらなら普通にメニューに載せても問題ないかと思いますよ」


 三人の前に、ハンバーグの皿を並べる。


 ふふふ。このハンバーグは自信作ですよ。あらびきのひき肉を用いているおかげで、肉の歯ごたえを残してありますからね。肉のプチプチした歯ごたえも楽しめるハンバーグ、それもほぼヘラジカの全身部位入りですよ。

 まぁ、背中の肉は省いているし、内臓は一部だけだけれどね。

 でもこれは、ヘラジカを丸ごと食べると云っても過言ではないと思うのですよ!


 思うのですよ!!


 まぁ、御託を並べてもうざいだけなので、云いはしませんけどね。


「どうぞお召し上がりください」


 私がそういうと、三人はナイフでハンバーグを切り分ける。まずそこで柔らかさに驚き、滲み出る肉汁に頬を緩ませる。


 切り分けた一切れを、フォークに突き刺し一口。


 肉の柔らかさに改めて驚愕し、そして口内に爆発的に広がる鹿肉の味に笑顔が浮かぶ。まさにそんな感じの反応。


 これこそが料理を作る醍醐味ですよ。美辞麗句で着飾った“美味しい”をやたらと小難しくした言葉なんぞいらんのです。


 脇目も振らずに一心不乱に食べてくれ。それが料理人のとっては最大の賛辞だ!


 一口サイズのを味見用に作って食べてみたからね。どっかの古いアニメみたいに、口からビームが出そうなくらいに美味しかったよ。


 これまで久しく食べてなかった味に小躍りしたくなったもの。舞茸を食べた坊主じゃないけど。


 うん。普通のステーキとはまた違った味わいがあるからね、ハンバーグは。ミンチにしたお肉のマジックだよね。同じ焼いた肉なのに、ステーキとハンバーグだと味わいがまるで違って感じるもの。


 子供から大人まで安定して好まれている料理だもの、外れる訳がないのだ。


 ソースもいい感じに仕上がったしね。個人的にはまだ微妙に不満ではあるけれど、現状だとこれが限界かなぁ。


 というか、凄い勢いで減っていくんですけど。え? 本当に大丈夫なの? 食べすぎでお腹が痛くなったりしないよね。不安になってきたんだけれど。


「美味しー!」

「うわぁ!?」


 背後から聞こえてきた声に、思わず変な声がでたよ。


「これ凄いよ! こんなの食べたことないよ!!」


 叫んだのは軽戦士のお姉さんだ。びっくりした。


「お気に召していただけたようでなによりです。これと全く同じとはいきませんけれど、食堂の新メニューとして並びますので、よろしければ、今度はそちらでご注文ください」


 そういうと、目をまん丸にして私に食いついてきた。


「それ本当なの!?」

「えぇ。そのお披露目も兼ねて、私も調理をしたわけですから」

「よーし、絶対また食べるぞー。

 あ、いまさらだけど、先月はウチの馬鹿がごめんねー」


 はい?

 なんだろう? いきなり謝られたよ?


「あなたにいきなり勝負を挑んだアホがいたでしょ。ちゃんと締めといたから」

「あぁ、あの時のお兄さんのお仲間さん。あ、あのお兄さん、大丈夫でしたか? 悶絶してましたけど」

「中身が出そうとかほざいてたけど、大丈夫よ。それと、情報ありがとうね。お祭りが終わったらサンレアンに拠点を移す予定よ。あなたもサンレアンに住んでるんだっけ? 向こうでも会ったらよろしくね。

 あ、これって、サンレアンの食堂のメニューにもなるのかな?」

「そのはずですよ」


 そう答えたところ、心おきなく引っ越しできるとか云ってた。

 どれだけ気に入ったんだろう、ハンバーグ。いや、気持ちは分からないでもないけど。


 私ももっと早く作ればよかったかな。ひき肉を作るのが面倒臭いって理由で、作らなかったんだよね。

 あー、インベントリを使えばミンチにできたのかな? できたとしても、凄い整ったミンチになりそう。そうなると、今日作ったみたいなハンバーグにはならないよね。まぁ、好みに寄るところか。あとでちょっと試してみよう。


 それじゃ、審査員席の方へ戻ろうか。


「……あぁ、幸せ」

「ちょっと食べすぎちゃったかしら……でも満足」

「キッカ殿、実に素晴らしい料理だった、礼を云う」

「ご満足いただけたようでなによりです」


 にっこりと笑うが、兜を被ってたら意味がないよね。面頬を上げる訳にもいかないし。いつもの遮光器仮面を着けてないから。


 そうこうしていると、ベニートさんが戻って来た。


「奥様、すべての手続きが整いましてございます。資金、店舗の移譲、各契約書はこちらに」

「ありがとう、ベニート。それじゃ、審査結果の発表とまいりましょうか。

 陛下、発表の方をお願いできますでしょうか?」

「私でよいのか? 侯爵夫人。主催者だろう?」

「むしろ、私などよりも箔がつくというものでしょう」


 ということで、発表は国王陛下が行うことに。


 ……王様がこんな簡単に市井でほいほい活動していていいのかなぁ。


 ぼそりとそんなことを云っていたら、リリアナさんが答えてくれたよ。


「陛下は頻繁に城下にお忍びでいらっしゃいますから」

「そうなの?」

「娼館通いは有名です」


 国王陛下、それは大丈夫なの? 世継ぎ問題とかに発展したら大変だよ。




 私がそんなことを心配していると、国王陛下を先頭に、皆が会場中央へと移動した。


 さぁ、結果の発表だ。


「お待たせしました。これより総評と、結果発表を行います!」


 イルダさんが声を張り上げる。


 あ、私は端っこに――


 ぐいっ。


 あれ? 引っ張られた?


「キッカちゃんもここにいてね?」


 エメリナ様が微笑みながら、私の鎧の鎖を掴んでいた。


 うん、この鎧の欠点だよねぇ、この鎖。




 そんなわけで、私も表彰する側に立つこととなったのです。



 いいのかな?




誤字報告ありがとうございます。


※感想ありがとうごさいます。

 鎧の料理人=アイアンシェフ 確かに(笑)。これには気が付かなんだ。

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