149 私は無難を行く女
帰って来たー。
疲れたー。
町をいっこ滅ぼしてきましたよ。
あはは。なにあれ、怖すぎでしょう。町一個入る程の範囲だったし、その上でのあの破壊力。
ゲームだとあの岩が弾んでたりしたけれど、実際だと地面に激突して炸裂してたし。なお、炸裂していたのは地面の方。
えぇ、クレーターができてましたとも。小さいけれどね。
うん。あれは使うの禁止。というか、使い道がないよ。そもそもどんな時に使うんだ? って感じだし。町を粉砕するなんてこと、そうはないだろうしね。
『この町、なんとかして消せないかな?』なんて思うことはあったとしても、実際はやらないからね? 機会があったから今回はやったけどさ。
気分的にはスッキリした部分もあるんだけどさ、それ以上に自分のやらかしたことにビビってるのが現状だよ。
さて、クラリスが思った以上にテンプレな吸血鬼だということは判明したよ。あの棺桶は教会が管理するのかな? もしここで私がクラリスを始末すると、あの棺桶のところで復活するということだろう。復活場所が判明しているのはいいね。
まぁ、そうすると教会側が危ないけれど。対クラリス用の武器はもうあるから、私がしくじらなければいいだけだけどね。
私が一回死んだ夜以降も、一応、クラリスの動向は確認している。確認と云っても、【道標】さんで確認しているだけだけどね。
なぜかあれから屋敷から動いていない。昼間はお日様のおかげで動けないと推測しているんだけれど、夜も大人しくしているのが解せない。
……夕べと一昨日の夜は雨が降っていたわけだけど、もしかして流れ水もダメってこと?
流れ水がダメなのって、吸血鬼の本体というか、体は干乾びたミイラみたいなものだからじゃなかったっけ?
基本は幻術で自分の姿をごまかしているけれど、鏡には本来の姿が映るから嫌っているとかいうやつ。あれ? 鏡に映らない、だっけ?
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
とにかく、推測するに濡れるのが嫌なのかな?
神様方からは、祭りが終わるまでは大人しくしててねと云われたから、始末に動くのは来月の一日夜の予定だ。
さて、ただいまの時間は午後の二時ですよ。
私の替わりをしてくださったララー姉様と入れ替わった際に、私の留守中のことを確認。
あったこととしては、たい焼きの型が届いたこと。ひとつだけ頼んだはずだったのに、なぜかふたつ一気に焼けるタイプの物が、十個届いた。
……あれ? そんな数頼んだっけ? ひとつだけの筈だったんだけれど。まぁ、いいか。鉄製のブツだから、鉄鍋みたいに最初の処理? っていえばいいの? 使い初めにやらなくちゃいけないことをやっておこう。空焼きして、クズ野菜……って、たい焼きの型だから、そんなの無理だよね。……普通にたい焼き作ってみるか。あ、形は羊だっけ。
それともうひとつ。こっちはエメリナ様からのお願い。
例の料理対決への参加をお願いされました。とはいえ、選手ではなく、ゲスト枠。いわゆる参考料理的なもの、という建前で、大会が滑らないように美味しい料理を作って、ということらしい。
尚、料理テーマは肉料理。それも鹿肉を使った。教えちゃっていいのかと思ったけれど、ゲスト枠だから構わないらしい。参加予定選手には、肉、とだけ伝えてあるとか。
ディルガエア、というか内陸の国(ディルガエア、ナナトゥーラ、帝国北部)なんかは、魚がほとんど手に入らないからね。川魚とかもある程度は出回っているけれど、そこまで沢山獲れる訳じゃないからね。
尚、一番手軽に食べられるのが兎。次いでアヒルだか鵞鳥、鹿、猪となっている感じ。牧畜として豚や山羊、羊もいるけれど、そこまで広くは出回っていないかな。山羊や羊は食肉がメインってわけではないけれど。
というかね、兎の繁殖力がとんでもないので、肉関連は問題ないんだよね。なにしろ年間五十匹くらい産むらしいし。そんなのが群れでいるわけで。
にも拘わらず、増えすぎて災害になったりしないのは、他の獣の餌になりまくっているから。人間も狩りまくっているしね。でもそれでどうにか均衡を保てている当たり、あいつらの繁殖力はおかしいような気がするよ。
あ、格闘兎はそこまで繁殖力は強くない模様。奥義書にそう記載されてたよ。
ふむ。肉料理か。うーん、物珍しい調理法の料理と、普段処分してしまう部分も使った料理をつくるとしましょうかね。調味料は持ち込んでもいいのかな? いいよね? よし、胡椒を使っちゃろ。
さて、それじゃたい焼き……じゃなかった、ひつじ焼きを作りに行こう。
このネーミングはどうにかしないとダメかな? どうにも肉料理に思えてならないよ。
ナタンさんに断って、厨房を借りる。
さぁ、作るぞー。
材料さえあれば、簡単に作れるからね。手軽と云えば手軽だね。さて、問題となるのは具材。餡子なんてないからね。
なにを入れよう?
カスタードクリームをいまから作る気はしないしな。……そういや、カスタードクリームのレシピは出してなかったな。
それは今度つくるとして、そうだなぁ、具材はチーズとジャムにしておこう。そういや、海外だとベーコン入りとかあるんだっけ? ……それはもうお菓子ではなく、食事になるような気がするけど。
最初の具材はジャムに決定。
ジャムといっても、ちょっとゆるいんだよね。お砂糖控えめだから。ゼラチンなんて使ってないし。どちらかというとソースとかシロップという感じ。
いや、お砂糖、高いんだよ。だからこそ自家生産に切り替えたんだけれど、まだ量は少ないからね。でもこの砂糖は、外に出すわけにはいかないけれど。色が白すぎるから。出回っているのは三温糖みたいな色をしてるからさ。
インベントリで精製できるかなと思ってやってみたら、出来たんだよ。実際にやるとしたら濾したり遠心分離機に掛けたりするらしいけれど。
インベントリ、便利過ぎるでしょう。というか、常盤お兄さん、どれだけ機能をくっつけたのさ。
多分、私じゃここまでのお砂糖の精製はできなかったと思うよ。甜菜絞って煮詰めて作る程度しかできないから。
型をふたつ空焼きしている間に、生地の準備。生地自体はすぐ作れるからさして時間はかからない。
バニラエッセンスをどうしよう? 加える? 和風な出来にはならないから、アリかもしれない。
たい焼きの生地のワッフルって感じになりそう。
生地にバニラエッセンス投入。
しっかりと焼き入れが終わった型に、バターを塗布して生地を投入。ジャムを入れて、さらに生地をダバー。
開いていた型をパタンと閉じて、くるんとひっくり返す。
……焼き時間って、どれくらいやればいいんだろう?
自分で作るの初めてだから、勝手がわからん。
まぁ、勘と云うか、鼻に頼ろう。
そうそう、たい焼きと云えば、私には忘れられない思い出があるんだよ。
おぉ、奇しくも中二の時の今日のことだよ。それは八月八日の出来事。だからこっちだとちょうど今日、二十四日にあったことだ。朝食後、お兄ちゃんが云ったのさ。
「ちょっとあんまん買ってくる」
そういって出かけて帰って来たのはお昼。随分と遅かったから訊いたのさ。
「どこまで買いにいってたの?」
「松戸」
松戸って、家は埼玉だよ。なんで千葉まで行ってるの?
などと思っていたら、ちっちゃい紙袋をひとつ渡された。お肉屋さんがコロッケとか入れてくれるようなやつ。
ほんのりと温かい、みょうにずっしりとした重み。
「肉まん」
は? いや、兄、あんまんを買いにいったんじゃなかったのか?
「くそぅ、あんまん、売り切れてた。さすがあんまんで有名な店というところか」
いや、なにシリアスな顔で云ってんのさ。
そしてふたりでお昼代わりに肉まんを頬張る。
肉まんは巨大だった。両手で持つ、ほぼ球形の肉まん。……いや、肉まんなの? これ。巨大な肉団子に薄い皮をつけただけじゃないのかな?
かぶりつくと零れだす肉汁。これまでに食べた肉まんより、はるかに美味しい。たまねぎとかシイタケの混じった餡。あとは白菜? なによりも、ウズラのゆで卵がまるごと一個入っていたのが印象的だった。
そしてその肉まんを食べ終えたところ、でてきたのがたい焼き。
お兄ちゃんがいうには、あんまんが買えずがっかりしていたところ、その店のすぐわきの通りにたい焼き屋を発見。仮設住宅みたいな小屋を店舗にしたその店で、買って来たとのことだ。
ここで問題なのが、お兄ちゃんが妙に表現しがたい顔していること。
……今度は何をやらかした、兄。
「変わり種のたい焼きがあったから、買って来たんだ。ただ、あきらかに地雷といえるのも買って来た」
いや、なんでわざわざそんなの買うの?
「注文したら、店主に「え、そんなのないよ」と云われたよ」
「なにやってんの!?」
「いや、ちゃんと壁に張り出されてた奴を云ったんだぞ。ただ、誰も注文しないから、店主も商品にあることを忘れてたんだろ?」
……それは地雷レベルどころじゃないんじゃないかな?
「まぁ、食え。普通の餡子、カスタード、チョコレート、ママレードにハムマヨネーズ、そしていまいった地雷」
待て、兄。変なのがあったぞ。
なんだハムマヨって。たい焼きに入れるものか? というか、それが地雷じゃないの!? というと、地雷は何がはいってんのさ!? 怖いんだけど!?
そういや昔、とんでもない大判焼きを買って来たことがあったな。柏の駅前で買って来たとかいってたけど。
イチゴ大福ならぬイチゴ大判焼き。
火を通したイチゴの熱々の果汁とあんこのハーモニーは、とてもじゃないが私の口にはあわなかった。もちろん、兄の口にもあわなかった。
あの屋台の親父はちゃんと試食したのかと小一時間問い詰めたい、と、お兄ちゃんがブツブツいってたのを憶えている。
さて、たい焼きだ。
お皿に並ぶたい焼きをじっとみつめる。レンジで簡単にあっためたから、ホカホカだ。
黒っぽい色が透けて見えるやつは、餡子かチョコだろう。よしこれだ!
私は無難を行く女。
カプリと齧りつき、咀嚼し、固まった。
……な、なにこれ?
人間、おかしなものを口にすると、混乱し、硬直するものだ。少なくとも私はそうなった。
吐き出すべきか飲み込むべきかで葛藤し、硬直するのである。そしてその間にも口の中の異物が舌を攻撃する。
……ほんと、なにこれ。
「よりにもよって最初に引いたか……」
お兄ちゃんの憐みの籠った声が聞こえた。
私は意を決して口の中のものを呑み込んだ。ロクに噛んでいないから、飲み込むときにちょっと喉が痛かった。
そしてたい焼きの齧ったあとをみつめる。
餡子特有の黒っぽい赤色の上に、カスタードみたいなややクリーム色が見える。だが、あの味はクリームなどではない。餡子と混じっていたが、絶対に違う。
餡子とホイップクリームとか、明らかにミスマッチだろと思えるコッペパンが美味しかったから、絶対に違う筈だ。
というか、なんなの、これ?
私は恨めし気にお兄ちゃんを見つめた。
さすがにそんな顔の私に見つめられれば、兄だってたじろぐ。
「あー、それはあずマヨだ」
は?
「あずマヨ。あずきマヨネーズ」
はぁぁ!?
馬鹿じゃないの。……馬っ鹿じゃないの!? いや、なんであずき……餡子とマヨネーズを合わせたのさ。
合わないよ。今食べてみたけど、まるっきり合わないよ。そもそも、試さずとも合わないとわかるでしょう? マヨラーなら大丈夫?
知るかぁっ!
「き……菊花? いや、無理して食べなくていいから。俺が食うから。ほれ、よこせ。こっちくえ。ハムマヨは美味かったから」
なんでハムマヨなのさ、兄!
ハムとマヨネーズ、そしてキャベツの千切りの入ったたい焼きは、不思議と美味しかった。
なんてことがあったんだよ。
そもそも、店主がメニューに載せている事すら忘れている商品を買おうというのが間違っているのだ。なんで買って来たのかな、兄。
と、焼けたっぽい。
型をパカっと開く。
お皿に載せ、バリを取り除く。これはあとでジャムでもつけて食べよう。
ふふ。たい焼きよっつ完せ……。
視線を感じて厨房の入り口に目をむける。
縦にならぶエメリナ様、イネス様、リスリお嬢様の顔。
なにをやってらっしゃるのでしょうか?
「お姉様、新しいお菓子ですか?」
リスリお嬢様のキラキラとした目。
あ、三人の後ろでリリアナさんがニコニコとしてる。
「えーと、試食します?」
幸い、ひつじ焼きはよっつある。
「これは手で持って齧りつくお菓子なので、礼儀作法上問題になるかもしれませんけど」
そういって、席に着いたお三方の前にひつじ焼きを並べた。
尚、現在リリアナさんがひつじ焼きの二陣を焼成中。具材はチーズ。
メイドさん(名前は知らない。王都邸付きのメイドさん)がお茶を並べ終えたところで、試食を開始。
……うーん、ジャムだとちょっと食べごたえが無い感じだな。具材がさびしい。うん。ジャムを使うなら、リンゴジャムにして、刻んだ林檎をバターを加えて火を通したものと合わせると良い感じになりそう。他のだと……ベリー系は、あのイチゴ大判焼きの悪夢を再現しそうだな。
これはもう、餡子をつくれということか。サンレアンに戻ったら、小豆の栽培をしよう。いや、考えてみたら、豆で餡はつくれるよね。白あんもそうだし。
あ、大豆。大豆だと餡は無理だけど、枝豆ならいける。ずんだを作れるじゃないか! 売ってるかな? 探してみよう。だめなら自分で栽培すればいいや。
試食の結果は、概ね好評。
手づかみで食べる系のお菓子だからどうかと思ったんだけれど、問題はなかったみたいだ。エメリナ様から請われたので、レシピも販売。中に入れるものは色々と試していくそうだ。一応、ハムとかは合うといっておいた。
ベーコン? いや、調べたらこっち、燻製系ってないのよ。まぁ、食糧難なんてことはなかったからか、保存食系がほとんど発展していないみたい。干し肉とかはあるけれど。うーん、木が少ないのもあるかもしれない。死の森の木の伐採は命がけだし、人工森の木はほぼ建材に回されるからね。
そして届いた二陣のチーズのはいったひつじ焼き。
これは熱いうちじゃないと、チーズが固まってしまうからね。屋台ならともかく、店売りには向かないかな。
こうして午後は、ひつじ焼きに入れるのはなにがよいのか、皆で談義をしながらのんびりと過ごしたのです。
誤字報告ありがとうございます。
※たい焼き屋のくだりは実話です。
あのたい焼き屋、いまでもあるのかなぁ。