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147 神罰(前)


「これより、赤羊騎士団第一小隊にはバッソルーナに向かってもらう。目的はバッソルーナの閉鎖。いかなる住人の出入りをも禁じる。指揮は第一小隊隊長オラシオが執る。総員、準備に掛かれ。一時間後に出発せよ」


 団長の命に俺は絶望した。


 俺の名はハイメ。赤羊騎士団第一小隊副隊長だ。


 農家の四男坊に生まれ、俺も農家になる気満々だった。

 実家で育てている野菜は玉菜と蕪。どちらも自慢の品だ。とくに蕪は豚肉と一緒に煮てスープにすると絶品だ。


 だが俺は農家にはなれなかった。なんてことはない。畑がなかった。それに加え俺には腕っぷしだけはあった。頭だってそんなに悪くはない。


 親父は云った。


「お前は俺なんかよりも頭が良い。力だって強い。このあたりじゃ一番だ」


 そんな感じで話を切り出された。なんてことはない。兄弟全員に跡を継がせるには畑が足りない。畑を買うにはお金が必要だ。当然のことだ。だが、兄弟たち全員を独立させるだけのお金はなかった。俺なら農家にならなくてもやっていける。親父はそう判断した。それだけのことだ。


 俺は王都で兵士に志願し、軍団に入団した。本来俺が継ぐ予定だった畑は弟が継いだ。ちょっと試してみたかった農法があったが、それは弟に任せるとしよう。


 兵士の仕事は単調だ。


 訓練、訓練、訓練、害獣討伐、訓練、休暇、訓練、魔物討伐……。


 みたいな毎日が続く。


 訓練は正直、仕事をしているという気がしない。いや、自身を鍛え、来るべき時に自らの命を守り、敵を倒すためには必要な事なのは分かっている。たまの休暇も自主訓練に充てることが多い。ただ、休暇の前日の夜には、同じく翌日休暇の仲間と繁華街に繰り出したりもする。


 酒を飲み歩いたり、娼館に足を運んだりもした。


 だがそこに高揚感、ワクワクとした気分はないのだ。


 まぁ、娼婦と遊んでいる時は別の高揚感はあるが、常日頃求めるものとは違う。

 別に俺は色ボケではないからな。


 畑で土をいじっている時は楽しかった。


 どうやったらもっと大きな蕪を作れるのか? とか、農業研究所が時折募集する新作物の試験栽培に応募し、当選するかしないかに一喜一憂したり。大したことと思われないかもしれないが、俺にとっては心躍ることがいくつもあったのだ。


 だが、兵士の仕事はいつも単調だ。


 あまりにもつまらないから、自主的に礼法だの儀礼だのを学び、騎士試験に応募してみた。

 気晴らし、暇つぶし気分だった。だが試験勉強をしているときは楽しかった。


 予想外に簡単に試験を通ってしまい、俺は赤羊騎士団に配属となった。


 赤羊騎士団は一般兵からの成り上がりが殆どだ。成り上がりという言い回しは、いまいち悪いような捉え方をしてしまうが、軍団と赤羊騎士団との仲は良好だ。

 立場が変わっただけで、どちらも顔見知りが多いこともあるが、テスカセベルムみたいに俺たち成り上がりの騎士が、兵士を馬鹿にするようなことはないからだ。


 なにせ、騎士と兵士の差は、礼儀がしっかりとしているかいないか程度でしかない。しかも、その礼儀は式典の際にしっかりとしていればいいだけなのだ。


 普段は着ている鎧が違うだけで、中身は兵士と変わらない。これが上級騎士ともなれば、貴族の一員となるために大変な苦労を背負うことになるのだろうが。


 そんなこんなで騎士になって二年。なぜか小隊の副隊長に昇進していた。


 いや、なんでだ?


 俺、ただの農家の四男坊だぞ?


 副隊長となっても相変わらずつまらない毎日を送っていたが、年に一度の武闘大会は楽しみだった。


 参加はしない。


 兵士、騎士が参加するためには、部隊内での予選が必要となる。それも当然だ。全員がこぞって参加しようものなら、軍団、騎士団が祭り中は機能しなくなってしまう。


 さすがにそれは問題だ。


 そのため、参加希望者による隊内での予選を行い、勝者が隊の代表として参加することができる。


 幸いなのは、赤羊騎士団全体の代表ではなく、赤羊騎士団の各小隊三十六名からひとり出せるということだ。もっとも、本当に各隊からひとりずつ代表が出てくると大層な人数になるため、その代表の総数が二十名を超える場合にはさらに選定戦が行われることになるが。


 隊での予選で仲間を冷やかすように応援し、代表になった者を大会で応援する。


 それが俺の毎年の楽しみだ。もちろん、他の参加者の試合を見るのも十分に楽しみにしている。なにより、対人戦の勉強になる。


 だが今年はこれからバッソルーナに向かわなくてはならない。町を封鎖する。それも期限は不明。

 そもそも、いまからバッソルーナに向かえば武闘大会観戦は絶望的だ。


 せめてもの救いは、参加の決定している連中は今回の仕事を免除されたということだ。もっとも、その代わりに赤羊騎士団の存在感をしっかりと示して来いというプレッシャーが掛けられたわけだが。


 まぁ、頑張ってくれ。無様に負ける気はないんだろう? 仕事から外れることに罪悪感を感じるなら、しっかりと結果を出して俺たちの誇りになってくれ。


 ◆ ◇ ◆


 バッソルーナの封鎖は迅速に行われた。とはいっても、こっちはたかだか二百五十二名+一名。我ら赤羊騎士一個小隊と軍団兵二個中隊だけだ。あぁ、あとひとり、黒羊騎士団から情報収集のために派遣されている。東西南北四方の門を封鎖。というか、我々で強制的に出入りを禁止したようなものだ。


 もっとも、出入りを完全に封鎖したわけではない。門以外からも出入り出来る場所はあるだろう。外壁に穴の開いている場所なんていうのは、結構あるのだ。放置されていることはまずないが。とはいえ、簡易的に穴を塞いでいるだけなんていうのはよくあることだ。


 大きな木箱を退けたら、大穴がある、というようなね。


 さすがにそんなところまでは監視が行き届かない。


 他には、町の外に仕事がある者は、例外的に町より出ることを許可している。畑が町の外にある、なんていうのはよくあることだ。なにしろここは森より十二分に離れた場所だ。魔物による被害は殆どない。代わりに、草猪に作物を荒らされることはあるが。


 あいつら畑の作物を狙いにくるからな。俺たちの作る美味い野菜を喰うから、あいつらは美味いんだ、とか云ってる奴がいたが、だからどうだっていうんだ。


 ゴヨは俺たちの野菜が美味い証拠だと胸を張っていたが、そのために作物が全滅していたら意味がないだろうに。


 確かに草猪は良い値で売れる。だが例え畑を荒らしている草猪を狩れたとしても、被害と天秤に掛けたら割に合わないのは一目瞭然だ。


 と、話が逸れたな。


 俺たちの仕事は住人の出入りの完全管理。また、行商人たちの足止め。商人たちには町の外で商売をしてもらう。尚、その際には鑑定盤で健康状態の確認もする。

 ここで毒に侵されてる場合には、可哀想だが我々の管理下に置かれることになる。まぁ、幾らか解毒薬があるそうだから、それを使うこともできる。


 もっとも、これは有料だ。少なくとも現状では。


 噂に聞く神子様お手製の薬剤だ。これを無料で使うなんてとんでもない話だ。現物を見させてもらったが、一様に整った、全く同じと思える壜に入った薬に驚かされたものだ。


 あそこまで均一な壜を作ることのできる職人なんて、俺は聞いたこともないぞ。この薬壜だけでも結構な価値があるのが見てわかる。


 解毒薬の管理は黒羊騎士のアブランが行っている。


 なんでも今回のバッソルーナ封鎖は、バッソルーナに蓄積型の毒が蔓延していることが原因らしい。その為に現在、この解毒剤の増産が行われているそうだ。


 ……いや、ちょっと待て。


 増産というが、誰がやってるんだ? 少なくとも、町の住人全員分は必要なんだろう? なに? 王都にもその毒が広がってんの?

 それで黒羊騎士団ではなく、俺たちにここの封鎖の仕事が来たのか!? いや、それは後だ。

 ってことはだ、まさか神子様がひとりで薬を作ってんのか?


 いや、目を逸らすなよ。


 いやいやいや、なにやってんだよ。神子様にどんだけ負担をかけてんだ。


 ないわー。ホント、ない……って、怒るなよ。事実だろうが! え……?


 アブランからある話を聞いた。切れたね。


 ここのクズ共、よりにもよって神子様を慰み者にしようとしたらしい。

 神子様の活動に関しては俺だって知ってる。魔法の薬のことはもとより、魔法のこととか。

 しかもサンレアンじゃ、飛竜襲撃騒動の際に、薬を無償で提供してくれたって話じゃないか。

 聖人君子にもほどがあるだろう。


 あぁ、それでか。


 納得した。


 なんでアブランが、この町を通過点にしている商人たちにだけ、薬を提供……いや、強制だな、しているのか。


 こいつらの治療は後回しにしているってことだろう。非常に厄介な毒らしいが、致死性はないとのことだし。


 とはいえだ。神子様の負担が減るわけじゃない。なんとも心苦しいことだ。


 ◆ ◇ ◆


 二十二日。教会から軍犬隊が派遣されて来た。


 一体何事だ?


 しかも隊を率いているのは、副隊長のコンラッド殿じゃないか。本当に何事だよ!?


 隊長と俺、軍団の中隊長二名にアブランが集まり、コンラッド殿より話を訊いた。


 最悪だ。


 それは、近く、バッソルーナに神罰が落ちるというもの。


 この町の奴らはなにをやらかしやがったんだよ!? いや、神子様にやらかしたことは、数日前にアブランから聞いたよ。だが今日まで目こぼしされてたんだ、それじゃないだろう?


 半ば呆然としながら、その詳細を聞いた。


 やりやがったよ。教会を破壊するとか何を考えていやがるんだ。


 あれ? それじゃ教会の連中はどうしたんだ?


「あぁ、バッソルーナで活動していた司祭たちは王都に向かった。毒に侵されてはいなかったから、そのまま通したぞ」

「いつの間に?」

「商人の馬車に乗っていたからな。問題なかったから通した、というよりは、教会の件を知らせてもらわなくてはならないからな」


 アブランの言葉に、俺は目をそばめた。


「そいつらが神を裏切った可能性は?」

「ないな。俺たち一般信者と違い、神に仕える連中だ。裏切り行為をしたのなら、ディルルルナ様が見逃すようなことはすまいよ」


 確かにそうだ。ディルルルナ様はノルニバーラ様ほどではないにせよ、厳しい女神様だ。教会の破壊に加担していたのなら、無事でいられるはずがない。


 だが――。


「それなら、なんでこの町の連中は無事なんだ?」

「無事ではあるまいよ」


 コンラッド殿が俺の疑問に答えてくれた。


「神罰は降されるのだ。町の住人の助命を嘆願したのは神子様だ。だが、神子様としては、簡単に命を奪うよりは生きて己が罪を存分に自覚させようという考えのようだ。この町に関してはかなり激怒しているらしいからな」


 それも当然だろう。というかだ、神子様の災難の話は俺も聞いている。王都で軍犬隊が隊を組んで進軍したのだ。噂にならない方がおかしい。なによりもそれを率いたのがビシタシオン教皇猊下なのだ。


 軍団の恥さらし。治安維持隊の一隊の引き起こした連続強姦殺人事件。

 危うく神子様がその被害者となるところだったのだ。時系列を考えるならば、その事件の前に、ここでも同様の被害に遭いかけたということだ。


 考えたくもないが、我々ディルガエア人の評判は、神子様の中では地に落ちているのかもしれない。


「ディルガエアの恥さらし共が」


 歯を食いしばり、恨み言のように言葉を吐きだす。


「それについてはまったく同意する」


 そしてこう言葉を続けた。


「ハイメ殿、神子様は連中に苦難をお望みだ。連中をひとまず町から排除し、女神様の神罰後に廃墟で暮らしてもらおうじゃないか。

 なに、連中が自ら選んだことだ。神の居を破壊したのだ、対価として自分たちの棲み処が壊されたところで文句はあるまい。

 そもそも神子様の嘆願がなければ、このような猶予もなく、町もろとも連中は命を失くしていたのだ。感謝すべきだろう」


 コンラッド殿が凶悪な笑みを浮かべる。腸が煮えくり返る程の怒りを覚えているのだろう。


「それにだ。解毒薬は冒険者組合が全力で生産をしている。だが、どう頑張っても施設の関係で、一時間当たり十本が現状では限度だそうだ。連中に行き渡らせるには時間が掛かる」

「コンラッド殿、なぜ冒険者組合が?」


 隊長が問うた。

 そうだ。解毒薬は神子様の作った薬だろう?


「神子様が無償でレシピを冒険者組合に提供しようとしたらしい。さすがに冒険者組合側がそれは問題であると神子様を諫めて、対価を支払ったようだが」


 なっ!?


「薬師にとって、薬のレシピは財産ですぞ。それも、いかな毒でさえも解毒する薬となれば、計り知れない価値があるもの。それを無償で?」


 軍団中隊長のひとりが驚きの声を上げる。


「あの方はそういう方だ。同業者からしてみれば悪夢かもしれないが、解毒薬なら問題あるまい。なにしろ需要がほとんどないからな」


 確かに。遅行毒を解毒する解毒薬などは作られている。だがそれらは個別の毒それぞれに対する物であるし、なにより広く知られているものだ。昔からの知識であるわけだしな。

 そして即効毒に対する解毒薬など、基本的に作るだけ無意味に近い。なにしろ予め持っていなければならない。いや、持っていても間に合わずに死ぬことの方が多い。故に、毒見役などという者が存在するのだ。


 だがこの解毒薬はどんな毒でもたちどころに解毒するという、対毒の神薬ともいうべき薬だ。これ一本でどんな毒にも対処できる。その価値は非常に高いといえるだろう。


 それを考えれば、神子様は馬鹿なんじゃないかと思うやつもいるだろう。


 それを感じ取ったのか、コンラッド殿が苦笑めいた笑みを浮かべた。


「神子様は薬のレシピに価値を持っていないようなのだ。どうせいずれ知れる、ということを念頭に置いているらしい。既に神子様は回復薬のレシピを冒険者組合に公開している。レシピの公開に関しては、こんなことを云っていたと聞いた。

 他人が作る薬よりも、よりよい薬を作ればいいだけのことだと。そうすれば、私の薬の価値は変わらず、損などしないと」


 なんとまぁ……。


「器が大きいというか、なんというか……」

「まぁ、神子様はそういう方だ。

 さて、これを確認してくれ。バッソルーナの住人退去に関して、七神教会は王国に協力を要請した。これはここに派遣されている赤羊騎士団及び軍団への書状だ」


 コンラッド殿が封をされた羊皮紙をふたつ、テーブルの上に並べた。


 隊長が手に取り、確認する。


「了解した。コンラッド殿、指揮は?」

「これまで通りに。我々は指揮下に入ろう。よろしく頼む」


 コンラッド殿が一礼する。


 軍犬隊が指揮下にはいる。我々と肩を並べて活動するということだ。これはなかなかにプレッシャーがかかるな。




 顔を引き攣らせながら、俺はため息をついた。



誤字報告ありがとうございます。

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