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143 大層なことをした覚えはないのですが?


「よいしょっと」


 ぴょんと、バルキンさんの背中から降りる。

 それを確かめ、バルキンさんがゆっくりと立ち上がる。そしてやおら私をじっと見つめた。


「……なんでしょう?」

「俺、踏まれてたんだよな?」

「えぇ。動けなかったでしょう?」

「いや、重さをまるっきり感じなかったんだが?」

「不思議ですね」


 そういうとバルキンさんがなんとも表現しがたい顔で私を見つめて来た。


 ……仕方ないなぁ。


「私、重さを感じさせない歩き方の技術を体得しているんですよ」

「……は?」

「云ったでしょう? 羽根のように軽いでしょうって」


 バルキンさんが胡乱な視線を向けてきたが、すぐに額に手を当てて俯いた。


 どうやら、実際に重さを感じなかった事実と、自身の常識が葛藤しているようだ。


「それじゃあ、なんで俺は起き上がれなかったんだ? なんだか上に動かしようのないなにかがあったみたいに感じたが。


「あぁ、私が乗っかっていましたからね」

「だが、重さが無いようなものなんだろう?」


 あぁ、誤解されたか。


「重さはありますよ。無いように感じさせるだけで、重量はしっかりとありますからね。というか、重さを消すなんてできませんよ」


 笑いながら私は答えた。


「起き上がれなかったのは当然じゃないですかね。なにしろこの鎧、総重量が百数十キロありますから」

「は?」


 間の抜けた声を上げて、バルキンさんが私を見つめた。


「……あんたの体重は?」

「体重は、年齢以上に女性に訊くものではありませんよ。もちろん、重いなどというのは禁句です」

「あぁ、すまん」


 再びバルキンさんは俯いた。


「……えぇ」


 いや、なにもそんなに悩まなくとも。


 私が遠い目をしていると、出入り口から赤茶頭のいけ好かない男が走って来るよ。

 うん、ナランホとかいう侯爵だ。

 そしてその後を、でっぷりとしたおじさんが、護衛の騎士と共にのったりのったりと歩いてくる。


 ナランホ侯爵は舞台にまでくると、指を振り回して喚いた。


「バルキン! なにをやっておるか! なぜ負けを認めた!」

「彼女は俺よりも強かった。それだけですよ、侯爵様」

「バルキン、そんな小娘に負けるなどと、貴様は首だ。二度と戻って来るな!」


 相変わらず不愉快な面のナランホとかいう侯爵。そして遅れて到着した、いかにも悪役としか云えない風体の太ったおっさんが喚いた。バルキンさんの雇用主ということは、これがバインドラー公爵だろう。


 うん。私に負けただけでクビか。なんだろうね。人の扱い方を理解していないみたいだね。人材は宝だよ。クソみたいな、あの三馬鹿みたいな生き物ならともかくも。


 バルキンさん、普通に優秀だと思うけどな。私に対して侮ったこともしなかったし。私があまりに変則的だから負けただけであって、もう一度勝負したら、今度はかなり勝つのは大変だと思う。


 それはさておいてだ。


「バルキンさん、バルキンさん。バルキンさんって、公爵邸に住んでいたんですよね? 私物って当然ありますよね?」

「あ、あぁ」

「ふむ。それで戻って来るなというのは、敷居をまたぐなということで。ということはですよ、これは公爵がバルキンさんの私物を強奪したというのと同義じゃないですかね? ということはですね――


 お……おぉ、あのおっさん、ご、強盗だーっ!」


 私は叫んだ。


 ……なんだろう、やたらと観客席が盛り上がっているんだけど。あのバインドラー公爵って、そんなに嫌われてるの?


「なっ……? 貴様、私を誰だと思って――」

「強盗だーっ!」

「貴様、だま――」

「強盗だーっ!」

「バルキン! 荷物だけは取りに来て良い!」

「なんだ。ちゃんと良識的な判断をできるじゃないのさ。これまで散々、みみっちい(ケツ)の穴の小さい嫌がらせをチマチマとイリアルテ家にやってた癖にさ」


 私がそう云うと、バインドラー公爵は驚いたように私を凝視した。


「神様はお見通しだよ。ただ人間の争いには介入する気などないから、放置しているだけよ。でも私は違う。あなたの存在は非常に不快だ」


 云い切ってやった。


「な、なにを根拠にそんなことを――」

「なにを云ってるのさ! そこの『股を開け』とか私に云ってきた幼女趣味の変態侯爵とつるんでるんだもの、あんたも同じ穴の貉でしょ!」


 ずびしっ! と私が指さすと、バインドラー公爵は青い顔をして、ナランホ侯爵から一歩遠退いた。


 あれ?


「べ、ベルナベ様?」

「エロイ、お主……」

「ご、誤解です、私は――」

「誤解なもんですか。この決闘騒ぎもそれが原因でしょ! 私を性玩具にしようと、さんざん私の事を見下した上で、男に股を開くしか能がない売女みたいなことを云って侮辱したくせに!! 誰が無能よ!!」


 私は怒鳴った。バインドラー公爵はさらに一歩離れた。


 というか、ナランホ侯爵の名前って、エロイなのか。私からしてみるとアレだけど、こっちの言葉だと特に関係はないからなぁ。

 それとバインドラー公爵、意外とまともであるようだ。少なくともそういう方面に関しては。


「キッカ様、いまの発言は事実で?」

「あぁ、ホンザさん。私はこの背丈ですからね。どこでも先ずは子ども扱いなんですよ。まぁ、それは仕方ないので、特に不快ではないのですが。ということはですよ、私を手に入れて手籠めにしようとしていた、そこのナランホとかいう生き物は、そういう趣味ということでしょう?」

「ほぅ……」


 ホンザさんの目が細まった。怖っ!


「ナランホ侯爵、ビシタシオン教皇猊下は貴殿に対し、もはや教会は友好的ではないと宣言されましたが、状況が変わりましたな。もはや教会はあなたと敵対しているとお考え下さい。

 我らが神子様に対する暴言を、看過するわけには参りません」

「み、神子!?」


 ……訂正したいけれど、ここで訂正するとますます面倒なことになる気がする。いや、いま引っ掻き回したのは私なんだけれどさ。


「やれやれ、ナランホ侯爵。さすがにそれは私も看過できんな」

「へ、陛下!?」


 ありゃ、国王陛下までいらしたよ。


「なにを驚くことがある。私はこの決闘の証人だぞ。さて、ナランホ侯爵。私が決闘の証人となった際には、そこに至る事の次第については詳しく聞いてはいなかったのだが……」


 国王陛下はため息をついた。そして側に控えている護衛の近衛騎士の表情はうかがい知れない。


 ……うん。私が作ったドワーフ鎧を着ているからね。強面の仮面のせいで、表情は分からないよ。

 いや、あれは仮面とは違うか。兜の一部だし。


 しかし改めてみると、本当、ロボットみたいに見えるな。


「お主、最低だな。まさか子供に欲情するような輩だとは思わなかったぞ」


 国王陛下があからさまに、汚いものを見るような目でナランホ侯爵を見つめた。


「な、陛下、誤解です。そもそもその娘は成人しているのでしょう? 単なる下働きの料理人見習を私が妾として引き受けようとしただけです。そもそも神子を騙るような不届き者です、私がどうしようと問題ないでしょう!」


 ナランホ侯爵が喚く。


 あぁ……こんな感じの教師いたなぁ。あからさまにセクハラしてきたの。いや、パワハラになるのかなぁ。


 あぁ、面倒臭い。でも反論はしないとね。


「決闘で敗北したというのに、さらに私に対し侮辱を重ねますか。どれだけ恥知らずなのですか?

 云っておきますが、私は自らを神子であると名乗ったことは一度もありません。そして自分も自身を神子と思ったこともありません」


 私は云った。そしてこう続ける。


「ですが、七神全てより加護を頂いているのは事実です」


 あ、そうだ。折角だから、【加護】と【祝福】の違いをここで云っておこう。

 【加護】はいわゆるパッシブスキル。放っておいても勝手に常時発動しているものだ。もっとも、私は幾つかの加護を不活性化、っていえばいいの? しているけれど。いや、そうしないと、自分の危機察知能力が落ちてしまうからね。あと人を見る目が錆びるのはさすがに困る。


 【祝福】は、普通の技能……魔法っていったほうが近いかな。そういったものだ。自身が使わなければ、その効果は発揮されない。使用すると魔力を消費するらしいから、もう魔法って云った方がいいんだろうね。


 だから【看破】であれば、私はどれだけ使っていても平気だけれど、ホンザさんだと一時間くらい使うと魔力切れを起こして倒れると思う。


「国王陛下、ここで再度決闘を申し込んでも構いませんか? 今度は侮辱に対する謝罪ではなく、互いのすべてを賭けて。今この場で、あの御仁と戦いたいのですが」

「キッカ殿!?」

「ご心配なく。昨日に宣言した通り、侯爵領なんていらないので、王家に返上いたしますから」


 そう国王陛下に云って、私は右手を伸ばすと【雷撃】を放った。

 狙い違わず、私の手から放たれた雷は、逃げようとしていたナランホ侯爵の足元に着弾した。


 ナランホ侯爵は腰を抜かし、へたり込んだ。


「どーしましたかー? ナランホ侯爵ー。さー、決闘をしましょー。大丈夫、決闘では魔法は使いませんよー。レギュレーションで決められていますからねー。さー、舞台に上がってくださいなー」


 ルナ姉様っぽく云ってみた。いや、煽るには丁度いい口調なんだよね。……ルナ姉様にはちょっと申し訳ないけれど。


 ナランホ侯爵は目を剥くようにして私を見つめていた。そこにあるのは恐怖のみだ。

 あ、バインドラー公爵も似たような感じだね。汗をダラダラ流してる。護衛の騎士が棒立ちになっているのはどうなんだろ?


 そんなことを思っていると、大仰なため息が聞こえて来た。


 うん。国王陛下が呆れ果てたように、ナランホ侯爵を見下ろしていた。


「ナランホ侯爵。キッカ殿に詫びを入れるなら今の内だぞ。そもそもだ、私はお前がどうなろうと、どうでもよいのだ。なにしろ国への貢献を鑑みれば、お前などキッカ殿の足元にも及ばぬのだからな。王として、私がどちらに付くかなど、迷うこともない」

「そんな馬鹿な! こんな料理もできぬ小娘に!」

「キッカ殿が我がディルガエアに腰を据えて、まだ半年と経っておらん。だが、この短い期間において、すでに我が国の国家予算数十年分の貢献を成しているのだ。これがどれほどのことであるか、貴様でも理解できるだろう? はて? ナランホ侯爵領の貢献度の何倍だろうな?」


 は? 国家予算数十年分!? え、なにそれ知らないよ!?


「あ、あの、国王陛下? 国家予算数十年分って、そんな大層なことをした覚えはないのですが?」


 思わず私は国王陛下に訊ねた。


「あぁ、キッカ殿にとっては大したことではないのかも知れぬな。まず、万病薬の寄付。あの本数だけでも計り知れぬ価値があるのだよ。他にも数種類、薬を寄付してくれただろう? そしてこれはイリアルテ家を通してのものだが、食に関する貢献だな。料理に関してはもとより、キッカ殿がもたらしてくれた十数種類の新しき作物。あれが今後国にもたらす恩恵を鑑みれば、安く見積もっても数十年分になるのだ」

「あー。お砂糖とかですか?」

「それ以外の作物もだよ。我が国は農業国家だ。より丈夫な作物。より収穫量の多い作物。なにより、より美味い作物を求めている。そのために農業研究所があるのだ。キッカ殿のもたらした作物が我が国にとってどれほど有益なものであるのか。あのクリストバルが大興奮していたからな」


 あぁ。王弟殿下にはいろいろと訊かれたからなぁ。……今度、果物の苗木でも贈ろう。こっちで育ててもらえれば、そのうち手軽に手に入るようになるかな? 家の庭は植えるには有限だからねぇ。


「ところでキッカ殿、いまの雷はなんだね?」

「私、ディルルルナ様からも【加護】を頂いていますから」


 答えになっていないけれど、これでいいだろう。ルナ姉様、嵐の女神でもあるのだし。雷もその領分だからね。


 え? きちんと質問に答えていないって? いや、答えない方が良い場合もあるでしょ? それに、嘘を吐いているわけじゃないから、問題ない問題ない。


「エロイよ。どうにもこのお嬢さんは非常に多才な人物のようではないか。というかだ、国が勲章を与えた人物ではないか。お主はいったいなにをしておるのだ!」


 バインドラー公爵がナランホ侯爵を睨みつけた。


 おや、本当に意外にまともだ。いや、しょうもないことをしている時点で、見直すことにはならないけれどね。


 で、そのナランホ侯爵はというと、どうあっても謝罪の言葉は吐きたくないようで、私を睨みつけていますねぇ。


「あのー、国王陛下。決闘を承認して頂けませんか? このままだといつまでたっても終わりそうにないですし。さくっと殴り倒して、侯爵領を返上して終わりにしますから」

「ふむ、教会と敵対してしまった以上、もはや擁護は出来んしなぁ。ナランホ、最後のチャンスだ。謝罪を拒むのであれば、キッカ殿を打ち負かすのだな。もっとも、その後、教会がどう動くことになろうとも、私は一切関与せんぞ」


 あぁ、切り捨てるんだ。いいのかな? いや、それだけ教会の勢力が強いということだろう。考えてみたらそりゃそうか。この世界は七神教一強なわけだし。その信者は全人類といってもいいわけだもの。


 ……あ、となるとだ、ナランホ侯爵、教会から破門になるんじゃないの?

 そんなことになったら、領民から総スカンを喰らうんじゃないのかな。


「く、小娘、この私が倒してくれる!」


 ナランホ侯爵は立ち上がると、舞台へと上がった。入れ替わるようにバルキンさんが舞台から降りる。


 あ、そうだ。


「バルキンさん。再就職先を斡旋しますから、待っててくださいね」


 バルキンさんに声を掛けると、私は開始位置へと向かった。既にナランホ侯爵は開始位置に立っている。


「キッカ殿? 決闘の開始はまだ――」

「時間も押していますし、侯爵の武器は真剣で構いませんよ。どうせ当たりませんから。あ、この盾を預かってください。使いませんから」

「キッカ殿!?」


 いきなり盾を手渡されたホンザさんが声を上げた。そして舞台そばで見物している国王陛下に視線を向けた。


「キッカ殿が良いといっているのだ。問題はない」


 国王陛下の了承。


 さすが国王陛下だ。分かってる。そこに痺れるあこが――。


 って、アホなこと考えていないで、本日二戦目、集中しよう。


 正面に立つナランホ侯爵をみつめる。その手には意匠の凝らされた細剣。足が震えているように見えるけど、きっと気のせいだろう。


 ホンザさんが決闘の開始を告げる。


 するとナランホ侯爵は無造作に私へと踏み込み、細剣を振り降ろしてきた。


 って、細剣で振り下ろしって。細剣って、基本、突きが主体の剣でしょうに。


 馬鹿なの?


 正直、バルキンさんの大剣の振り降ろしよりも遅い。こんなの【いなし】てくれといっているようなものだ。


 かくて、【いなし】からの脇腹への左フック。いわゆるリバーブロー。体がくの字に曲がったところへ右ショートアッパー。体勢を無理矢理起こしたところへ、ダメ押しの左ストレート。


 ナランホ侯爵は鼻血を噴き出し、無様に転がった。


 ……倒れた時、頭を打ったよね? 生きてはいるけど、ちょっとヤバイ?


 ホンザさんが私の勝利を告げる声を聞きながら、懐から取り出した振りをして、回復薬(初級)をインベントリから取り出す。


「キッカ様、これを」

「ありがとうございます」


 ホンザさんから盾を受け取り、代わりに薬を手渡した。


「これは?」

「いや、侯爵、倒れた時に頭を打ったみたいですので、その回復薬を飲ませてやってください。

 ……不快かもしれませんけど」

「いえ、神子様の頼みです。喜んでやりますとも。こんな輩でも、死なれては後味が悪いですからな」


 ホンザさんに侯爵を任せ、私は舞台を降りた。




 こうして、私の決闘騒ぎは終わったのです。



 ん? 侯爵領? 返上しましたよ。ナランホ侯爵はこれからどうするんだろ? 収入がなくなるわけだけれど。なんらかの役職でももっていれば、お給金があるんだろうけど……。



 ま、私には関係ないし、いっか。




誤字報告ありがとうございます。

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